第三話 襲撃
天井の残骸が落ちてきて、ガレキや塵が視界を塞ごうとするが、念動で全て、鈴音と武蔵を巻き込まないように吹飛ばす。
天井から落ちてきたのは二つの人影。
甲冑姿に、武装している!
それぞれ長剣と槍を構えている。
耳が長い。
ファンタジー映画に登場するエルフにそっくり。
白黒で分かりにくいが、少女たちだろう。
私もあまりの状況に呆れているのだが、武蔵と鈴音が、突然の展開に硬直しているのは不味い。
念動で二人を持ち上げて、私の背後に置く。
『魔族と、勇者さまを二名確認。魔族を排除し、お二人を救出します。……下からも魔族の気配がします。リュボフィは下に向かいなさい』
明らかに耳にしたことが無い言語のはずなのに、何故か、何を言っているのか理解できる。
勇者様というのは何が何だか分からないが、魔族というのは私とお母様の事だろう。
二人のエルフもどきは、敵愾心に満ちた眼で私を睨みつけている。
武装した侵入者に遠慮は無用だろう。
部屋中の家具を念動でまとめて二人に叩きつける。
『はぁあああああ!』
文字通り、気合一閃。
家具は全て長剣のエルフもどきに切り落とされる。
槍を装備しているエルフもどきは、この隙に壁を突き破り、走り抜けていく。
不味い!
お母さまの寝室に向かったのか!
《お母さま! 起きてください! 襲われています!》
お母さまに念話を飛ばすが返事がない。
今朝は無理して起きていたから、深い眠りに落ちているのか。
私だけで二人を護り、襲撃者を排除するしかない。
眠りについているとはいえ、お母さまが簡単に殺されるはずがない!
手遅れになる前に、目の前のコイツを倒して、早くお母さまのところへ行かないと!
「あぁあああああ! ちょっと待ってくれ! 何が何だか分からんが、お前たちは何なんだ! 何故俺たちを襲うんだよ!」
私の背後で武蔵が立ち上がり、絶叫を上げる。
混乱しているのだろう、私の異常性にはまだ気が付いていないようだ。
「ま、魔族って……。お母さんとお姉ちゃんはそんなんじゃない! 二人とも私を大切にしてくれてるんだからっ!」
お母さまと私の体質を知っている鈴音には、誰が魔族扱いされているのか、理解できたようだ。
「お、おい……。鈴音、お前は何を言って……」
武蔵が狼狽する声を遮るように、エルフもどきが口を挟む。
『勇者さま、私は獅子の氏族のジリヤと申します。勇者さまお二人をお迎えに参りましたが、魔族に勾引かされているご様子。お助け申し上げます』
お父様の言葉を思い出せ!
念動は私のイメージ次第で無限の可能性があると。
目の前には分かりやすくモデルにできる長剣がある。
念動で長剣をイメージする。
エルフもどきの口上の隙を突き、眉間を狙い、不可視の長剣を突き出す!
『卑劣な魔族めっ! 名乗りも上げず、騎士に挑みますかっ! もはや、容赦しませんよ!』
見えないはずなのに、エルフもどきは長剣で受け止めた!
「天井を突き破って、いきなり現れた強盗風情が騎士を名乗るの? お笑い草だわ。鈴音と武蔵をさらう為に私とお母さまを襲うなら、強盗じゃなくて、殺人魔の誘拐犯ね。無法者風情がカッコつけるんじゃないわよ!」
火花散らす鍔迫り合いの間に、イメージを重ねていく。
『魔族風情が! 騎士を愚弄しないでください!』
不可視の長剣の数を増やしていき、順番に突き出す!
不可視の長剣たちの乱舞を、エルフもどきは剣舞のように華麗な剣さばきで、弾き返す。
「止めてっ! お姉ちゃんに酷いことしないで!」
鈴音が涙声で悲鳴を上げる。
「待ってくれ! 俺たちが目的なのは分かったから、剣を振り回さないで話し合ってくれ!」
武蔵も静止の声を上げるが、エルフもどきは無視して。
『お二人は魔族に騙されているのです。魔族を斬り捨て、お救いします!』
エルフもどきは身勝手な事を言いながら、踏み出そうとするが、不可視の剣撃の範囲内から抜け出せないようだ。
それでも手強い!
エルフもどきから、血の匂いがする。
相手が人なのか、魔族とやらなのか分からないが、間違いなく実戦経験があるのだろう。
私は人外の力を持ち合わせているとはいえ、ただの女子高生に実戦経験などあるはずがない。
こんな事なら、高雄さんから剣道でも教わっておけば良かった!
帰宅部として過ごしてきた事を後悔しながら、不可視の長剣の数を増やしていき、突くだけでなく、薙ぎ払い、振り落とす。
その数、二十三振り!
エルフもどきも、不可視の長剣たちを全て捌ききれないのか、掠り傷が徐々に増えていく。
生々しい血臭が鼻孔を刺激する。
力がみなぎり、犬歯が刃のような牙になる。
「潰れなさい!」
念動で床をめくり上げ、エルフもどきに叩きつけて、床と壁のサンドイッチにする。
ダメ押しに、大きな杭をイメージして、サンドイッチに突き刺す!
「うわぁあああっ! 何だこれ! 床が!」
「きゃぁああっ! お姉ちゃん!」
悲鳴を上げる二人を念動で優しく抱き止め、ゆっくり一階のリビングに舞い降りる。
足を怪我しないように、ガレキや家具は念動で壁際に寄せる。
家中を私が嵐のように破壊してしまっているが、命には代えられない。
お母さまのところに行かないと!
リビングの奥、お母さまの寝室がある地下室へ続く廊下に視線を向けると、奥から槍をぶら下げた,エルフもどきがリビングに入ってきた。
槍の穂先は濡れている。
お母様の、血の匂いがする!
『やれやれ、吸血鬼だったのか。聖槍しか持ってこなかったのは失敗だったな。流石に殺しきれなかったぜ』
私に念話を送る間もなく、お母さまが倒されるなんて!
「そ、そんな……。お母さまに何をしたの!」
槍をしごきながらエルフもどきは獰猛な笑みを浮かべ。
『あぁん。都合よく寝ぼけてやがったからな。多少てこずったが、心臓をブスリと刺してやったら、失神しやがったぜ。まあ、吸血鬼はこの程度では殺せねえけどな』
鈴音が声にならない悲鳴を上げる。
武蔵が息を呑み、うめくように。
「きゅ、吸血鬼!? マルレーネさんが? 嘘だろ!」
武蔵に知られたくない事実だったが仕方がない。
「こいつの言ってることは本当よ。お母さまは吸血鬼で、私は人間と吸血鬼の混血。お母さまと私は人外の存在だから、こいつらから見たら魔族扱い。だけど、鈴音は普通の人間として生まれたから、勇者さま扱いのようね。鈴音はともかく、武蔵が勇者さまなら、この状況を何とかできる凄い力とかはないわけ?」
武蔵は歯切りしながら、私に絶叫を返す。
「人外って、お前……。マルレーネさんもお前も普通に暮らしてるじゃねえか! 勇者さまって、俺も普通の高校生だよ! お前がこいつらと戦ってるのに、見てることしかできねえよ!」
「武蔵は戦わなくてもいい。鈴音だけは守ってくれれば十分よ」
エルフもどきはニヤニヤしながら私達を見ている。
『おしゃべりは終わったか? 俺さまの名は狼の氏族のリュボフィ。母親は殺し損ねたが、小娘のお前はさっくりと殺してやるぜ」
エルフもどきが槍を構えなおす。
やられる前に、やるしかない!
念動で目の前の床をめくり上げ、エルフもどきに向けて飛ばす!
エルフもどきは軽やかに跳躍すると、飛び越えた床を蹴飛ばして、槍を手に飛び込んでくる!
死角を突くように、下から念動の長剣で突き上げるが、エルフもどきは風車のように槍を回し、長剣が弾き飛ばされる!
速い!
咄嗟に両腕を交差し心臓を庇うが、腕にエルフもどきの槍が突き刺さる!
「ぐ、ぐぅうううっ!」
胸には届いていない!
腕の筋肉と、念動で槍を押さえつけて、無造作にエルフもどきの脇腹目がけて、回し蹴りを放つ!
エルフもどきは躊躇なく槍から手を放すと、宙返りで私の蹴りを回避して、無手で身構える。
素人の私には分からないが、格闘家らしい構えに見える。
隙が無い。
『俺さまから槍を奪ったのは、お前が初めてだ。褒めてやるぜ。少しは楽しませてくれるじゃねえか』
念動で腕から槍を引き抜くと、鮮血が迸るが、ダンピールの回復力は伊達じゃない。
この程度の傷はすぐに塞がる。
引き抜いた槍を右手の全力をこめて強く握りしめる。
私の握力で潰せない?
一体この槍はどんな金属で出来ているの!
『仕切り直しだ! もう一度行くぜ!』
エルフもどきに距離を詰められる前に、念動の長剣たちで攻撃するが、体さばきだけで、全部回避される!
こいつ!
長剣のエルフもどきより、圧倒的に速い!
『がははっ! なんだかよくわからねえが、面白い攻撃を見せてくれるな! ほらほらっ!もっと楽しませてくれよ!』
その時、二階から轟音が聞こえたと思いきや、ガレキと一緒に長剣のエルフもどきが飛び降りて来る。
左肩が大きく抉られているが、意気軒昂に見える。
『リュボフィ、いつまで遊んでいるのですか。早く勇者さまをお救いせねばなりません』
槍のエルフもどきは哄笑を上げながら。
『がははっ! ざまぁねえな、ジリヤ! なんだよ、その肩は! だが、これで二対一。もう勝ち目はねえぞ』
指摘された通り、こんな連中が二人がかりでは、勝てそうにない。
歯ぎしりしながらエルフもどき達を睨みつける。
ったく!
どっちが化け物なのよ!
今まで大人しくしていた、武蔵と鈴音が私を庇うように前に進み出る。
「待ってくれ! お前たちの目的は俺たちなんだろ! 大人しくついていくから、響と鈴音は見逃してくれ!」
「そんなのダメだよ! 私がついていくから、武蔵ちゃんは残って!」
「馬鹿野郎! お前こそ、響と一緒に残れ!」
二人を連れて行かれたくない!
どうすればいいの!
槍のエルフもどきが肩をすくめながら。
『勇者さまがこう仰せでは、魔族は見逃してもいいかもな』
『待ちなさい、リュボフィ! 勇者さまを勾引かしていた、おぞましい魔族など、討滅せねばなりません!』
武蔵が鈴音と私を庇うように、更に一歩踏み出し絶叫する。
「頼むから、響と鈴音は見逃してくれ! 二人とも俺にとっては家族も同然なんだ! 連れ去ったり、殺したりなんか止めてくれ!」
長剣のエルフもどきは苦虫を噛み潰したような表情で答える。
『勇者さまがそこまで仰るなら、魔族たちは見逃しましょう。ただし、貴方だけでなく、後ろの勇者さまにも、ご同行願います』
鈴音も武蔵に並ぶように一歩踏み出しながら、涙声を上げる。
「私も武蔵ちゃんと一緒に、貴方たちについていきます! だから、だから……。これ以上、お姉ちゃんとお母さんに酷いことをしないで下さい!」
「鈴音、お前はついていく必要はないから!」
「大丈夫! 武蔵ちゃんと一緒なら、どこに連れて行かれても怖くないから!」
槍のエルフもどきはニヤニヤしながら、私に愉悦に満ちた視線を向け。
『魔族の姉ちゃんよ、もう手詰まりだろ。勇者さま二人を大人しく、こっちに寄越せば、お前は見逃してやるよ。おっと、俺の槍は返してくれよな』
悔しいが、エルフもどきの言いなりになるしかない、か。
槍を無造作に放り投げてやると、槍のエルフもどきは危なげなく受け止める。
『ではお二人は私たちのところまで、いらしてください。魔族はそこから動かないように』
武蔵と鈴音が手をつないで、エルフもどきのところに行ってしまった。
『ジリヤ、俺さまが魔族の姉ちゃんを見張っている間に、お前は怪我を治しておけよ』
長剣のエルフもどきは、長剣を鞘に納め、右手を左肩の傷口にかざしながら。
『癒しの力を我が身に』
左肩だけでなく、全身の傷口がみるみる塞がっていく様子が見える。
何、これ?
『繰り返しますが、魔族はそこから動かないように。では、勇者さま、男性の勇者さまは私の左手を、女性の勇者さまは私の右手をしっかり握ってください』
エルフもどきに言われるがまま、二人はエルフもどきの手を握ると、エルフもどき達と一緒に、宙に浮かび、上昇していく。
「響、ごめん。鈴音は必ず俺が守るから。本当にごめん!」
「お姉ちゃん、今までありがとう。うぅうぐう、さ、さようなら」
謝るのは私の方だ!
二人を護ること出来なかった!
どうしよう?どうしたらいいの!
何も言葉に出来ず、黙って二人を見送るしかないというの!
そんなことは、容認できない!
見上げていくと、天井を突き抜けた上空に、真っ黒な穴があるのが見える。
エルフもどきと鈴音たちが穴に飲み込まれる瞬間に、念動のロープを伸ばし、エルフもどきの足と私の体を結びつける。
一気に引き上げられる感覚とともに、視界が暗転した。
ようやくエルフ(物理)が登場し、ファンタジーっぽくなったかも?
この作品世界では、吸血鬼は強大な存在で、万全の体調なら、
エルフ(物理)が相手でも無双できます。
マルレーネ母様は下記の悪条件から、全く実力を発揮できずに倒されました。
吸血鬼は朝には起きられないのに、今朝は無理矢理起きていた。
睡眠不足で夕方になっても色々と回復していない。
昨夜から血を飲んでいなかった。
普段は無双できても、ダメな時はとことんダメになります。
ただし、それでも簡単には死にません。
ダンピールの響は、吸血鬼の弱点が軽減されているか、
無視できるメリットがある反面、純血の吸血鬼と比較すると、
力が大きく劣ります。