第二十話 潜入
《響さん、こちらは衛兵をやり過ごしました。そのまま直進しても大丈夫です》
私の眷族となった加賀先生とは、「念話」による遠隔感応が可能になったのだ。
二人で隠密行動の際に、音声を介さずに会話が成立するのは、人間ではありえない利点。
不用意な行動が命取りとなる潜入工作。
用心に用心を重ねるに越したことはない。
限りなく吸血鬼に近づいた加賀先生は、姿を消すことが出来るようになった。
……何故、服を着たまま、服と一緒に姿が見えなくなるのか、私にも理解できない。
私も念動による「熱光学迷彩」で姿を隠しているため、お互いの姿を視認する事は出来ない。
でも、眷族としての繋がりから、お互いがどこにいるのか、明瞭に把握できる。
戦闘になった場合は、こちらは姿を隠したまま、混乱する敵に一方的な攻撃を行使する事も可能だろう。
《予想以上に厳戒態勢になっていますね。左右の通路には衛兵の気配はありません。加賀先生は、壁を透過して、中から鍵を開けてください。侵入前に壁内の確認はお忘れなく》
加賀先生は、壁や床などの物理的障壁を無視して移動可能になった。
どれほど厳重にエルフたちが警戒しても気取られることは無いわね。
エルフたちには絶対に隠し通さなければならない能力だ。
《……目標を確認しました。内部に見張りはいないようです。扉を解錠します》
素早く扉を開き、侵入すると、音波を遮断したまま扉を閉じる。
《加賀先生、火を通さずに口に入れることが出来る食料は扉から見て、左手の棚にあります》
《……匂いで分かります。十分以内に食事を済ませましょう》
度重なる食料庫からの食料消失。
エルフたちも警戒するようになり、深夜も衛兵が巡回している。
でも、私と加賀先生の「異能」を活用すれば、出し抜くことが出来る。
腹ごしらえは済んだ。
加賀先生の能力も把握。
さあ、始めよう。
王城の尖塔から空へと舞い上がる。
加賀先生は飛行できるけれど、私は念動の足場を駆け抜ける事しかできない。
……何時か、神食の武器による恩恵で私の念動力も強化されるのかしら?
音波を遮断し、疾走と飛翔。
無暗に高い城壁を乗り越えると、初めて目にする「城下町」。
《響さん、かすかにエレオノーラさんに似た匂いを感じます。……私に追随してください》
城下町にエルフたちの人質が幽閉されているのではないか?
その疑問を解消するために、エルフの警戒を潜り抜けて、城下町に潜入したのだ。
真夜中だというのに、道路にはエルフの兵士が巡回しているのが見える。
……大きな石像も見える。ルサルカの砦で見た、ゴーレムと同じものだろう。
三つの月が夜空を明るく照らすこの世界では、真夜中でも日本の夕方のように明るい。
《王都の城下町だというのに、不気味なまでに静まっています。やはり被支配者階級のエルフは、圧政下に怯えながら生活しているのでしょう》
《ゴーレムは兵器ですよね? 事実上の軍政下にあるのかしら》
地球なら、都市内を戦車が走り回っているような異様な光景。
でも、この異世界では日常の光景なんでしょうね。
加賀先生の気配を追いかけながら、活気をまるで感じられない、死んだような城下町の上空を疾走する。
《……見つけました。道路の下に、地下室があるようです。私が透過して侵入します。響さんは外の警戒をお願いいします》
《了解しました。異常を感知した時は知らせます。その際は速やかに撤収しましょう》
道路の下、恐らく隠し通路の中を加賀先生が飛翔していく事が分かる。
私は加賀先生の真上から、私たち二人が発する全ての音を殺しながら疾走する。
《……エレオノーラさんにそっくりな少女を発見しました。地下牢に一人で幽閉されています》
《エレオノーラの夫は別の場所に幽閉されているのでしょうか? 少女の様子はいかがですか?》
地下からは加賀先生と、エルフ一人の気配を私も感知している。
複数のエルフの気配を感知できないという事は、現在は地下牢に見張りのエルフはいないのだろう。
……でも、エルフから感じる気配が酷く弱弱しい。
気配から、加賀先生が姿を現したことが分かる。
「……しっかりして下さい。私は異世界の勇者、加賀彩です。貴方はジナイーダさんですね?」
ジナイーダ。エレオノーラの一人娘の名前だ。
エルフが、か細い呻き声を上げるのが聞こえる。
せき込みながら、水を飲む音。
加賀先生がエルフを介抱しているようだ。
『あ、ああ、勇者さま……。お母さまは、ご無事なのでしょうか?』
「エレオノーラさんなら六騎士の一人として、私たちともにハライソと戦っています。水はゆっくりと口に含むように飲んでください。……果物を持ってきています。無理に食べようとしないで、果汁だけでも口に入れてください」
ジナイーダは予想以上に衰弱しているようね。族王たちはジナイーダが死んでもいいのだろうか。
エレオノーラからの説明では、肉親のエルフの生命が脅かされた時は、祖霊が教えてくれるという話なんだけれど。
「貴方のお父さま、アキムさんはどちらに?」
ジナイーダはすすり泣きながら加賀先生に応える。
『お父さまは、貴重な男のエルフだからって……氏族長たちの下へ連行されてしまいました。……私がこの牢から逃げ出せば、お父様は殺されてしまうかもしれません。まずはお父さまを探し出してください』
貴重な男。
種馬扱いされているかもしれない。
エルフも繁殖しなければならない以上、人権という概念が無いなら、数少ない男はあらゆる意味で利用し尽くすだろう……というのが、加賀先生の事前見解。
私も否定できる余地が無い。
「氏族長たちはアルフヘイムのどこにいるのですか?」
『氏族長は氏族会議室にいるとしか、私たちには知らされていません。そして、その会議室がどこにあるのか、全く分からないのです』
会議室って事は、どこかに存在する「部屋」なのかしら?
……何かの暗喩かも知れない。現状では判断材料が無い。
「エレオノーラさんから、アキムさんの「匂い」を教わっています。アキムさんの匂いを追って、必ず貴方とお父さまを救出します。それまでの間は、申し訳ありませんが、このまま牢の中で」
ジナイーダは涙声を押し殺しながら。
『ありがとうございます。もう私たち、おしまいだと思っていて……。でも、勇者さま、いえ、彩さまの事を信じてお待ちします。希望があるならば、幾らでもお待ちできますから……」
ジナイーダだけを救出しても、アキムが殺されてしまったら意味がなくなる。
でも人質を一人だけでも発見できたのは、大きな収穫。
エレオノーラと、どこに匿えばいいのか話し合わないといけないわね。
アキムの匂いは「城下町」には残されていなかった。
どこを探せばいいのかしら。
加賀先生との、「念話」による遠隔感応が予想外の副次効果を引き出した。
「視える」
高雄さんの「息遣い」、「鼓動」、「筋肉の動き」、「視線」……そして「意思」。
加賀先生との感応により、私の五感だけじゃない、第六感も底上げされた。
右からの「払い」はフェイント、続く「薙ぎ」もフェイント、本命は「薙ぎ」に見せかけた「突き」。
高雄さんの剣閃を、「事前」に読めるようになった。
――これが吸血鬼本来の「感覚」。
銀閃の刺突を模擬刀で受け流すと、高雄さんが私の懐に踏み込んでくる。
「視えた」通りの「肘打ち」、「膝蹴り」、「掌底」の連打を木の葉が舞うような足取りで回避する。
高雄さんが「隙」を見せたのも「フェイント」と見切る。
あえてフェイントに乗ったと見せかけて、模擬刀を横薙ぎに抜き放つ。
私の模擬刀を紙一重で回避し、間髪入れずに高雄さんが繰り出す模擬刀の上にひらりと飛び乗る。
眦を吊り上げながらも、高雄さんは動揺することなく、模擬刀を手放すと、地面を這うように屈みながら、「回し蹴り」。これも視えている。
宙返りで高雄さんから間合いを取る。
高雄さんは私たち全員と攻防を繰り返しながらも、息を切らすことが無い。
神食の武器は確実に高雄さんの身体能力を超人に変貌させている。
高雄さんは深い溜息を吐きながら。
「一夜明けたら、響さんの動きが全く別人のよう。……否、別の存在の動きね。加賀先生と同様に「視えて」しまうのね。んー、人間の技術では、人間以上の存在には太刀打ちできないのかしら?」
私は大きく頭を振りながら。
「日本にいた時の私のままだったら、今の高雄さんの攻撃が「視えて」しまっても、身体が反応出来ないわよ」
十年前のお父さまの面影を思い浮かべながら続ける。
「お父さまが、なぜ四百年以上生き続ける強大な吸血鬼である、おじいさまに勝てたのか。理解出来ても防げない攻撃、あるいはそもそも、理解すらできない攻撃を繰り出せるなら、どんな強大な存在にも太刀打ちできるって聞かされたわ」
高雄さんは表情に困惑を貼り付けたまま。
「つまり、視えてしまっても、避けられない、あるいは防げない攻撃を放てばいいのね。……神食の武器で私の身体能力を底上げすれば、今以上に技能を生かせるという事かしら?」
私は大きく頷き返しながら。
「その通りよ。人間が長い歴史を経て磨き上げてきた技と術理を、人間を超えた力で振るえばいいだけ。……神食の武器で可能になる話よ」
「今日からは、私が加賀先生と響さんから教わる側になるのね。……そうね、天使や魔族と近接戦闘するなら、人間を相手にしてるつもりでいると危ないわね」
今の高雄さんの存在自体が十分危ないんですけど。
私たちの後ろには、ボロボロになった武蔵と日向君が倒れている。
高雄さんは後衛の鈴音と朱理には手心を加えているけれど、前衛の男たちは鬼軍曹のように厳しくしごいている。
「主天使でも強敵だったのよ? 更に上位の熾天使、智天使、座天使はどんな化け物か分からないもの。私もダンピールの力に驕る事が無いように、高雄さんとの模擬戦は必要なの。つまり、ギブアンドテイクになったわけね」
黙って見ていた、加賀先生が私の傍らに立ち。
「前回の戦闘で、私たちは三体の天使を同時に相手取り戦いました。高雄さんも複数の「人外」との接近戦に慣れた方が良いでしょう」
高雄さんが剣士の顔に戻り、模擬刀を構え直す。
限られた時間を有効に使わなければならないのは、全員の共通認識。
阿吽の呼吸で、私は加賀先生と同時に、高雄さんに躍りかかる。
ダンピール二人を同時に相手取った立ち合いでも、我慢強い高雄さんは最後の最後まで根を上げなかった。
見かねた加賀先生の制止により、今日の訓練は終了。
全員を『治癒』の言霊で癒してから昼食をとる。
午後からは洞窟へ向かう予定だ。
エレオノーラの説明では、混沌の洞窟は第三十一階層から魔物の強さが跳ね上がるという。
全員の体調と装備の状態を確認してから、混沌の洞窟へと向かった。




