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第十八話 契約

 ――夢を見ている。


 ……夢を見ているという、自覚があるという事は、明晰夢(めいせきむ)のはずよね。

 ……でも、ナニを見ているのか、ナニも理解できない。

 脳の処理能力を超えた、ナニかを見ているのは分かる。

 でもナニも理解できないのがもどかしい!


 終らない夢の中で、ちりちりと焦燥感(しょうそうかん)に、神経を(あぶ)られながら、覚醒を待ち続けた。

 武蔵は、加賀先生は、日向君は……そして、砦で待つ鈴音たちは、無事なのかしら?


 鈴音と朱理の匂いで、目が覚めた。


 気が付くと、私の上半身に、二人の少女が顔を埋めて、眠っていた。

 匂いで分かる。鈴音と朱理だ。


 窓に視線を見やると、朝のようだ。

 朝のはずなのに、まるで今が夜であるかのように、五感が鋭くなっている。

 鈴音と朱理の呼吸音だけじゃない、心音に止まらず、血液が体内を循環する音も聞こえる。

 壁や床越しからも様々な音と匂いが、私の聴覚と臭覚を刺激する。

 可視光線だけでなく、不可視光線も視える。

 鈴音と朱理の身体が放つ熱も視える。

 五感が脳髄へと送り出す、圧倒的な情報量に、眩暈を感じる。


 ……吸血鬼になってしまったのかしら?

 確か天使の首筋に噛り付いて、血を吸って……。


 そこから先を何も思い出せない。

 でも吸血鬼になったのなら、朝から絶好調なのはおかしい。


 煩悶に身をよじっていると、鈴音と朱理の呼吸音が変わるのが分かる。

 そろそろ目覚めるようだ。


 「……響、目が覚めたの! 良かった、本当に良かったよ! ……ほら、鈴音、響が目覚めたよ!」


 朱理が、その顔に泣き笑いの表情を浮かべながら、鈴音を揺り起こす。

 目覚めた鈴音が、涙で腫れぼったくなった目で、私の表情を確認すると、再び私の胸に縋りつく。


 「お姉ちゃん! 本当に良かった! も、もう、目が覚めないんじゃないかって……」


 朱理が慮るように、私の表情を窺いながら、気遣うような声色で、話しかけてくれる。


 「響、一週間も眠りっぱなしだったから、本当に心配したよ。身体が痛むとか、気分が悪いとか、とにかく大丈夫なの?」


 一週間も、眠り続けていたのね。

 落ち着いて、部屋の周囲を見渡すと、王城で与えられた、個室の中である事がわかる。


 「朱理、ここは砦じゃなくて、王城の中みたいなんだけど。私が寝てしまっている間、何があったの?」


 鈴音は私の胸に顔を埋めたまま、泣き続けるので、朱理に事情を聴くしかない。


 「大和君の話によると、響が最後の天使に止めを刺そうとしたところで、響たちのお父さんが現れたそうだよ。響たちのお父さん、預言者が次は三か月後だって、言い切ったから、とりあえず、私たちも王城に帰って来たんだよ」

 

 朱理が何を言っているのか、よく分からない。

 私は、下半身を引きちぎられて、吹き飛ばされただけのはず。

 それに、お父さまが三か月後だって話しただけで、どうして砦から王城に引き返せるのかしら。


 ―――下半身?


 右手で鈴音を抱き寄せながら、半身を起して、左手で自分の身体をまさぐる。

 ある! 

 腰も脚もある!

 何が何だかわからない!


 「響、やっぱり、どこか痛いところがあるとか、気分が悪いとか。大丈夫なの?」


 朱理の不安を振り払うように、笑顔を作って答える。


 「身体は大丈夫よ。ただ、突然目が覚めて、色々驚いているだけよ」


 深呼吸を繰り返して、気分を入れ替える。


 「私が、天使に止めを刺そうとしたというのは、理性を失った私が吸血鬼の本能だけで戦ったのかもしれない。でも覚えてないの。……それより、武蔵たちは、全員無事なの? それと、お父さまが三か月後と言ったから、王城に帰って来たのは、どういうことなのかしら?」


 私の胸から顔を上げて、うるんだ瞳で私の顔を見つめながら、鈴音が教えてくれる。


 「エレオノーラさんの説明によると、預言者は、敵に対しては、絶対に嘘を吐けないんだって。だから、お父さんが次は三か月後って断言したら、三か月後まで、絶対に攻めてこないんだって話だよ。ただ、……全員生き延びたけれど、加賀先生が……」


 鈴音が涙声を押し殺しながら、話を続ける。


 「……加賀先生の右腕が、なくなっちゃった。……エルフたちの言霊でも、失われた四肢を再生させることは出来ないんだって……。それなのに、加賀先生は、何でもないように振る舞って……何時も通り優しくて……」


 私は天井を仰ぎながら、深く溜息を吐く。

 加賀先生が右腕を無くしてしまった!

 利き腕を失ってしまったら、もう戦う事は出来ないし、日本に帰っても、教師を続ける事は難しいかもしれない。

 あの先生は、女性なのにどうして、教え子の為に無茶ばかりするんだろうか。


 「加賀先生の命に別状はないのね? じゃあ、加賀先生に会ったら話してみる。……話を変えるけど、敵の言い分を頭から信じてしまって、砦を離れても良かったのかしら?」


 困惑した表情で、鈴音と朱理が顔を見合わせる。

 朱理が私に向き直り、話を引き継ぐ。


 「エルフに伝わる伝承の中で、預言者は敵には絶対に嘘を吐かないって何度も繰り返し記録されてるみたいだよ。そして、一度として、これまでの預言者が嘘を吐いた逸話は何一つないんだって。だから、私たちは王城に帰ってこれたの。……また洞窟の探索で力を蓄えることが出来るように」


 伝承の真偽はともかく、既に王城に帰還した事実は受け止めた方が良いわね。

 再び、ルサルカの砦にハライソ軍が侵攻を開始したら、転移したら良いのだろう。

 

 凄く切実な問題が発生していることに、今頃になって気が付いた。

 自分の(まなじり)が、釣り上がっていくのが分かる。

 私の顔色が変わっていくのを見て、鈴音たちが大きく目を見開き、血相を変える。


 「どうしたの、響! やっぱり、どこか体の具合が悪いの?」


 「お、お姉ちゃん、大丈夫なの……。どうしよう、エルフの医者だと、お姉ちゃんの身体の事はよく分からないよね」


 私は必死に作り笑いを浮かべながら。


 「ひもじいの……。もう、今までこんな飢餓感を覚えたことが無いぐらい、お腹が空いているの! お願いだから、何か食べさせて……」



 鈴音たちもまだ、朝食を済ませていなかったようだ。

 全員が食堂に集まり、食事を始める。

 ……加賀先生は右肩から先の腕がなくなっている。

 色々と話したいことは、沢山あるのだけれど、飢えを満たさないと、何を口走るか分からない。


 目の前に、皿と鍋の山を無数に積み上げて、食後のお茶を口に含むと、ようやく落ち着いてきた。

 飢えのあまり形相を変えていた、私の表情が元に戻るのを待ってから、武蔵が神妙な顔をして。


 「響も無事でよかった。全員、生き残ることが出来たのは、加賀先生とインガのおかげだ。加賀先生は俺を庇って右腕を失い……。インガは天使の攻撃から、その身を挺して、祐也を護って死んでしまった。加賀先生には、どれだけ感謝の言葉を連ねても足りないし……俺たちを無理矢理、この世界につれてきたインガにも、命を投げ出してくれたからには、感謝しなければ、ダメだよな」


 日向君が武蔵を視線で咎めながら、何時ものおかしな口調で。


 「インガちゃんは、俺を無理矢理、連れてきたわけじゃないにゃー。天使と魔族だけじゃない、人間とも殺しあう事になるけれど、助けてほしいと。もし俺が断ったら、諦めると言ってくれたにゃー。()()事情を聴いてから、納得して、俺はこの世界にやって来たんだぜぃ」


 泣き落としや詭弁まで使って、私たちを拉致してきた、他のエルフとの違いは何かしら?

 諦めると断言している以上、日向君に、選択肢を提示しているわね。


 「私も、エレオノーラさんから、全ての事情を聞かされています。私も納得してから、この世界に来ているのです」


 日向君と加賀先生の表情を窺うと、何か()()について、隠しているような気がする。エルフに勘付かれないように、細心の注意を払ってから、詳細を聞いてみよう。


 その前に大事なことがある。


 椅子から立ち上がると、加賀先生に向かって深々と頭を下げる。


 「加賀先生。武蔵のために、その身を投げ出してくれて、ありがとうございます。戦争に参加したのに、全員生き残ることが出来たのは、加賀先生のおかげです。後は私たちに任せて、加賀先生は、戦争が終わるまで、静養していてください」


 私が顔上げて、加賀先生の顔を見つめると、飄然(ひょうぜん)とした笑みを浮かべている。


 「右腕を失っても、命まで失ったわけではありません。私は今の自分に、何が出来るのか、よく考えた上で、私なりの戦いを続けます」


 加賀先生はどうして、ここまで強いんだろう。

 女性が、利き腕を失ってしまったなら、もっと取り乱してもいいはず。

 私たちを気遣って、本心を表に出さないのかしら?

 加賀先生の心遣いに、目頭が熱くなる。

 

 でもこれからは、前線に出なくても、言霊で負傷者の治療は出来るでしょうね。

 身体能力が強化されていても、片腕で自動小銃を撃てるとは思えない。

 加賀先生には、銃後を守ってもらおう。

 改めて、加賀先生に頭を下げる。


 「本当にありがとうございます。加賀先生のご恩に対し、どのように報いればわかりませんが、窮状に立たされている現状では、先生のご厚情に甘えさせていただきます」


 顔を上げると、加賀先生は暖かく微笑んだまま。


 「教師が教え子を守るのは、当たり前の事なのです。気遣いには及びませんよ。私は、当然の事をしているだけなのですから」


 当然の事。

 本当にそうなのかしら?

 教師は聖職者と言われつつも、一つの「職業」に過ぎない。

 加賀先生は、サラリーマン的な教師とは一線を画する、立派な教師ではあるけれども、それだけじゃない、何かがあるのかもしれない。

 加賀先生とは二人きりで話し合ってみよう。


 「鈴音と朱理から話は聞いたんだけれど、武蔵はお父さまに会ったのよね? 何か、お父さまについて、分かった事はあるかしら?」


 武蔵は、厳しい顔つきになりながら、真剣な口調で。


 「エルフたちが教えてくれた通り、右手に白く輝く本を持っていたよ。あれが、金剛おじさんを洗脳している、「預言書」なんだろう。……預言書を燃やそうと、言霊で攻撃したら、おじさんの目の前で、かき消されてしまった。響が放った、天使を両断するような斬撃も、消してしまったから、想像以上に、凄い超能力者って事は分かったよ」


 おじいさまとお母さまから聞かされた通り、お父さまの念動力は圧倒的で、生半可な攻撃は、全て雲散霧消させてしまう。

 念動力を上回る強力な攻撃を叩きこむか、何らかの形で、お父さまの集中力を乱さないと、勝ち目はなさそうだ。

 視線で促すと、武蔵が話を続ける。


 「俺に一方的に話しかけた後、天使と一緒に消えてしまったけれど、俺の事を、大和武蔵だと、認識していた様子だったし、響たちの事も覚えていた。……記憶にある十年前のおじさんの姿と、何も変わりが無かったし、話している分には、違和感も感じなかったな」


 「……お父さまは、超能力者ではあっても、不老長寿というわけじゃないのよ。十年経過している以上、それなりに老化が進んていないとおかしいわ」


 私の指摘に、武蔵が目を見開きながら。


 「そ、そうか。自然体で話しかけてきたから、気が付かなかったけれど、大人でも十年間、容姿が変わらないのは、確かに変だよな。……預言者は、年を取らないのかもしれないな」


 武蔵が言う通り、唯一神が、預言者を用済みとしない限り、不老長寿の恩恵を与えているかもしれない。


 「現状で分かっているのは、これぐらいだ。砦から王城へ戻るまで、馬車で四日間かかって、響が目覚めるまで三日かかった。この三日間は、洞窟の探索は見送って、武器の訓練と言霊の学習を続けていたよ」


 武蔵が話し終えるのを待ってから、高雄さんが私を気遣うように見つめながら話し始める。


 「響さん、本当に良かった。……加賀先生の姿を見て、私たちも、全員覚悟を決めたの。次の戦争では全員前線に出ようって」


 高雄さんの発言に、唖然としながら。


 「全員って……。高雄さんだけじゃない、朱理と鈴音も戦場に出るってことかしら?」


 鈴音と朱理が声をそろえて、決然と。


 「もちろんだよ! 生きて日本に帰る為には、綺麗ごとに縋るだけじゃ駄目だって、分かったから……。それに、緑色の肌をした蒼い血の何かとだったら、私だって、覚悟を決めて戦える。天使との戦いだって、私の弓が役に立つ機会があるはずだよ!」


 「朱理ちゃんの言う通りだよ。クロスボウは天使との戦いで、どこまで役に立つのか分からないけど……。それでも、言霊を使えば、私でも、何か出来るはずだよ! 全員で日本に帰りたいから……」


 三人が覚悟を決めてしまったなら、水を差すような発言は控えよう。

 生き延びるためには、目の前の敵を倒さなければ、自分が殺されてしまうのだから。


 「高雄家は、武芸十八般を家伝として、後世まで伝える事が仕来(しきた)りなの。訓練はより実戦的なものに変えたわ。これまでの寸止めじゃない。ある程度手加減しながら、模擬刀を叩きつけたり、腕や肘、脚など全身を使った攻防を、皆に教えているわ。野戦に出る事を前提に馬術の訓練も始めているの」


 鈴音や朱理が掴みあい、殴り合う光景が想像できない。

 でもこれが現実なのか。


 「高雄さん、武芸十八般って何?」


 私の問いに、高雄さんは迷いを振り切り、澄み切った表情で答える。


 「武士が修得すべきとされた、十八種類の武技の事よ。剣術、槍術、馬術だけじゃない。短刀を使った格闘術や、隠形術も、私がおじいさまから叩きこまれた全てを、可能な限り皆に教えるわ。必ず生き延びて、全員で日本に帰りましょう。響さんの体調に問題が無ければ、今日から響さんにも、訓練に加わってもらえないかしら?」


 高雄さんが、私の体調を確認するように、私の全身に視線を向ける。


 「私なら大丈夫よ。ハライソ軍との次の戦いまで、三か月しかないのでしょう。限られた時間は有効に使いましょう」




 高雄さんの指導は、女子高生によるものとは思えない、苛烈な内容だった。

 身体を痛めつける前に、馬術の訓練から始める。

 何らかの形で、私が念動力を使えなくなる事も想定して、おっかなびっくり騎乗する。

 この世界には(あぶみ)があるので、素人でも馬上で踏ん張ることが出来る。

 私は「魔眼」で馬を魅了する事で、馬を御してみたけれど、馬術に慣れたら、「魔眼」を使うのは止めよう。


 剣術と槍術の訓練も、従来とは全く異なる。

 高雄さんが上げる、裂帛(れっぱく)の気合いとともに放たれる、模擬刀による剣閃が、私の全身を縦横無尽に打ちのめす。

 模擬刀だけじゃない。

 間合いを詰めると、肘打ちや蹴りが、私を打ち据える。

 身体能力では、私が高雄さんを圧倒するはずなのに、隔絶した技量の差で、手も足も出ない。

 私は必死になって回避し、急所を守るのに精いっぱいだ。


 武蔵は私より弱いはずなのに、本気になった高雄さんの服を切り割いたり、押し倒したりと相変わらずだ。

 下半身を丸出しにしてしまった高雄さんを、武蔵が「うっかり」押し倒し、高雄さんの「あそこ」に顔を埋めた時は、皆がドン引き。

 高雄さんはがあまりの羞恥にただ震える中、氷のように冷え切った顔をした鈴音が、武蔵をぼろ雑巾に変えてしまった。


 この一週間の間に、鈴音は強くなったのね。


 高雄さんが赤面したまま震えながら、「せ、責任を取ってもらわないと」と小声で呟いていたのは、聞かなかったことにしよう。


 訓練の後は、食事を間に挟みながら、言霊の学習を続けた。

 エレオノーラから渡された、入門書の全てを、まだ身につけたわけじゃない。

 もっと高度な言霊の行使能力を身につけないと、お父様たちには勝てそうにない。

 焦っても仕方がないですね、との加賀先生の指示に皆が従い、書き取りと音読に励んだ。



 夜。


 皆が個室に入った事を確認してから、私は「熱光学迷彩」で姿を隠し、音波を遮断しながらの忍び足で、加賀先生の部屋に侵入する。


 寝台の上に、加賀先生が座っている。


 加賀先生の部屋から生じる、全ての音波を外部から遮断する。

 これで何を話しても、外には聞こえないはず。

 「熱光学迷彩」を解除し、私が姿を現すと、加賀先生が僅かに目を開きながら。


 「ようこそ、響さん。私から響さんの部屋にお邪魔しようかと考えていたところです」


 「夜分に失礼します。加賀先生と二人きりで話をしたくて……。音を遮断したので、何を話しても誰かに聞かれることはありません」


 加賀先生は微笑みながら、首肯を返す。


 「エレオノーラさんの話を聞きに来たのですね? 彼女からは厳重に口止めされていましたが、響さんには話しておいた方が良いかもしれません。話が漏れないなら尚更のことです」


 口止め?

 疑問に思うけれど、加賀先生の話をまずは聞こう。

 加賀先生に勧められて、椅子に腰かける。


 「響さんがエルフたちの所業に憤るのは当然のことです。しかし、大多数のエルフは被害者なのです」


 被害者?

 泣き落としや詐欺で拉致する連中が?

 

 私が怪訝な表情を浮かべるのを見守りながら、加賀先生は話を続ける。


 「六騎士たちは、族王に人質を取られ、必ず勇者を連れ帰るようにと厳命されていたのです。もし任務に失敗したら、人質の命は無いと」


 何ですって! 人質?

 私が呆然とする間も、加賀先生の話は続く。


 「世界樹の加護と公明正大な族王の指導の下、エルフたちが幸福に暮らす楽園。それがこのアルフヘイムなのです。……しかし、それはあくまでも政治上の建前。実際には族王と氏族長、そして託宣の巫女に対して、エルフたちは逆らえないのです」


 私はあまりの展開に、ごくりとつばを飲み込んでから。


 「逆らえないって、六騎士は戦場で、常人を超えた力を発揮して見せました。六騎士の一人は、族王の娘、ジリヤじゃないですか。それに、大勢のエルフたちが力を合わせれば、反乱だって起こせるのではないですか?」


 私の疑問に対して、加賀先生が(かぶり)を振りながら。


 「人質と密告の奨励、そして族王たち支配者階級の、圧倒的な力により、徹底的に管理された国家。それがこのアルフヘイムなのです。中でも、族王と託宣の巫女は卓越した存在で、この二人だけで、全てのエルフを蹂躙する力を持つそうです。族王は血縁とは関係なく、氏族長の中から選出されます。ジリヤさんは族王の娘と言えど、支配される側でしかないのです。しかも族王に就任したエルフは、肉親への情愛を失うそうです」


 自分の声が震えているのが分かる。


 「で、でも……。謁見の時は、リュボフィが、祝言がどうのとか笑っていたし……。ジリヤと族王も、話に乗っかって、笑っていたじゃないですか!」


 加賀先生が溜息を吐くの初めて見ながら。


 「アルフヘイムは、幸福なエルフの楽園。自分が笑って見せるだけでなく、族王を笑わせる事も、エルフの義務なのです。「笑顔」と「笑い」も査定され、場合によっては、それだけで反逆と判断されて、粛清の対象となるそうです」

 

 とんでもない話の連続に、私は言葉が出ない。

 あの不敵なリュボフィも、本心から笑っていたわけじゃないかったのか!


 「エレオノーラさんは、私に「勇者の使命」について説明しましたが、異世界の人間を、戦乱に巻き込むわけにはいかないから、断ってくれと言いました。……何故、断られることを前提に勧誘に来たのか、問い詰めたところ、渋々と口を割り、ご息女とご主人を人質にされていると。でも、私を巻き込むわけにはいかないと、泣き崩れてしまいました」


 エレオノーラが私たちの目の前で、表情を陰らせたことは無い。

 

 笑顔が義務。

 胸糞悪い世界ね。


 「エレオノーラさんは、五人の仲間たちが、私たちの町から、勇者を連れ出すことになっていると教えてくれました。もしかしたら、教え子が巻き込まれているのではないかと危惧して、この世界にやって来たら、案の定、響さんたちがいたわけです」


 私は頭を掻き毟りながら


 「族王に、全て踊らされていたって事ですか……。城下町に立ち入りさせないって事は、人質は城下町に幽閉されているのかもしれませんね」


 加賀先生は真剣な顔で首肯を返しながら。


 「人質はアルフヘイム各所に幽閉され、城下町にもいるそうです。ただし、エレオノーラさんの家族がどこに幽閉されているのかは、彼女にもわからないそうです」


 「六騎士がそこまで酷い扱いを受けているのなら、私たちが、族王に牙を剥いたら、追随してくれるかもしれませんね」


 「事前に根回しが必要でしょう。そして、私たちが族王たちを打倒できるだけの力を身につける必要があります」


 あ、六騎士が人質を取られてるって言う事は……。

 私の顔色が変わったことに気が付いた加賀先生が神妙な顔になり。


 「私が戦えなくなれば、人質とされる可能性があります。だからこそ、私は戦い続けなけばならないのです」


 「利き腕を失ってしまったら、加賀先生の神食(かんじき)の武器は扱えないじゃないですか……」


 加賀先生が寝台から立ち上がると、ゆっくりと私に歩み寄り、跪いて。


 「響さんには残酷なお願いをします。私の血を吸ってください。……響さんの眷族となれば、右腕を取り戻せるだけでなく、ヒトを超えた力も得られるのではないですか?」


 「そ、そこまでしなくても! ダンピールの私が加賀先生の血を吸えば、加賀先生も吸血鬼ではなく、ダンピールになります。日常生活が色々と不自由になりますし。加賀先生が人質にならないよう注意しますから!」


 私の制止の声に加賀先生は(かぶり)を振りながら。


 「教え子を護る。それが私の心の寄る辺なのです」


 「結婚が難しくなりますし、産まれてくる子供もダンピールになりますよ!」


 加賀先生は左手で私の手を握りしめながら。


 「中学生の時、信頼していた先生に、強姦されました。その結果、私は子供を産めない体になったのです。あのような、卑劣な男とは違う、自分は、教え子からの信頼を裏切らない、教師になろうと。そして、我が子同様に、教え子を護ろうと。代償行動と理解していますが、これだけが、私の矜持(きょうじ)なのです」


 加賀先生と見つめあう。


 その瞳が、訴えかける。

 もう、言葉は語り尽くしたと。


 私は、加賀先生の白い首筋に、朱い契約の証を刻んだ。

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