第十六話 天使
三体の異貌異形の巨人たちが、ゆっくりとした足取りで大地を踏みしめ、砦へ向かって進軍する。
『大きいのから順番に、主天使ジャヒー、能天使タローマティ、大天使ドゥルズーヤーだな。やれやれ、三体も天使を投入してくるたぁ、ハライソも本気だな』
ゲームのように弱い順から一体ずつ敵が出現するはずがないわね。
リュボフィが教えてくれた通り、より大きい巨人から順番に観察する。
主天使ジャヒー。
禿頭に顔は目と鼻があるはずの場所に、大きな乳房のようなものが見える。縦に裂けた口には刃の様な乱杭歯が並び、胴体には無数の乳房のようなものが見える。四本の太い腕を振り回しながら、巨人たちの最後尾を歩いている。
すごくキモイ。
能天使タローマティ。
ジャヒーを小型化したような姿だけれど、頭にはヤマアラシのような針毛が生えているのが見える。
やはりキモイ。
大天使ドゥルズーヤー。
ざんばら髪の頭を、大きく振り回しながら歩いている。血走ったギョロ目に、大きく開いた口からは瘴気のような何かを吐き出している。腕は二本だけれど、肘から先は大きな刃になっている。やはり胴体には無数の乳房のようなものが見える。
とてもキモイ。
天使というより、悪魔にしか見えないわね。
「どんな情報でもいいわ。今までの天使との戦闘で、何か分かっていることを教えて頂戴」
騎士たちがお互いの顔を見合わせる中、エレオノーラが一歩前に出て。
『天使と交戦した兵は全滅。そして六騎士で天使と戦った者はいません。伝承によると、腕を自由自在に伸縮させて攻撃、あるいは全身のどこかから、何かを射出して攻撃するといった曖昧な情報しかありません。天使が行使するという『神霊力』については、歌を唄うとしか伝えられておりません』
日向君がインガから聞き出した通り、やはり天使については何も分かっていないに等しい。
でも、攻撃の間合いが見かけ以上に広い事が分かっただけでも収穫ね。
加賀先生を先頭に、武蔵と日向君も私たちの居場所まで降りてくる。
「六騎士の皆さん、あの天使たちとはどのように戦えばよいのですか?」
加賀先生の問いにジリヤが答える。
『ハライソを天使が護るように、アルフヘイムは我らが祖霊が護ります。兵士たちが祖霊を召喚し、祖霊の突撃に、我ら六騎士も追随します。皆さんも私たちと一緒に出撃してください』
『直ちに、我らが祖霊の降臨を願う! 兵士たちは各々の祖霊への呼びかけを始めろ!』
リンマの指示に応えるように、砦中のエルフたちの言霊による合唱が始まる。
やがてエルフたちの言霊に応えるように、城門の前に、獅子や狼など巨大な獣たちが次々に現れる。
鳥の鳴き声に空を見上げると、巨大な鷹や鷲たちが羽ばたく姿が見える。
『城門を開け! 祖霊に続き、我ら六騎士と勇者さまが天使に突撃を敢行する! 兵士たちは砦の守備を固めよ!』
巨大な城門が開く音が大きく砦を揺るがし、巨大な獣たちが走りはじめる。
獣たちに続いて、馬に騎乗した五人の騎士が砦から出撃。背中の翼を広げ、ウリヤーナは空を羽ばたく。
「俺たち、乗馬の訓練してなかったな。どうする?」
「今の俺たちの力なら、馬よりも早く走れると思うぜぃ。とにかく走って追いかけるしかないかにゃー」
「では、騎士たちを追いかけましょう。獣たちを遮蔽物として利用し、影から攻撃する事にしましょうか?」
加賀先生が私たちの表情を窺い、武蔵、日向君、私が加賀先生に首肯を返す。
「エレオノーラの説明によると、天使たちは手足を伸ばして攻撃したり、全身から何かを射出するようです。相手の動きをよく見て、とにかく攻撃を受けないように、慎重に立ち回ってください」
武蔵を先頭に、加賀先生と日向君が武蔵を追いかけるように駆け出す。日向君の言う通り、人間ではありえない速度で走っている。あれなら、騎乗した騎士たちにも追いつけるだろう。
私も走り出し、武蔵と並ぶように疾走する。空中に上がるのは、もう少し天使に近づいて様子を見よう。
獣たちの咆哮が大地を揺るがし、天使たちが唄う耳障りな歌声が耳朶を打つ。
天使たちが口内から迸る閃光を放ち、大空を舞う巨大な鳥たちを次々に撃墜する。
―――あれが神霊力?
直撃を受けるのは不味いわね。鳥の祖霊が一撃で落とされている。
撃墜された祖霊たちは、光の粒子となりながら、天使たちに体当たりする。
天使たちが大きくよろめくけれど、ダメージを受けた様子はない。
天使たちが伸縮する腕を振り回し、大地を駆ける祖霊たちを攻撃するが、祖霊たちは腕の攻撃を掻い潜りながら、天使たちに食らいつく。
天使たちは絶叫を上げて、身をよじる。噛み割かれた傷口から、蒼い血が流れる。
天使たちが再び歌を唄うと、全身の乳房から臭い汁が迸り、祖霊たちに浴びせると、今度は祖霊たちが苦悶の鳴き声を上げながら、大地をのたうち回り、光の粒子となって消えていく。
「これはいけませんね。祖霊たちを遮蔽物と利用するはずが、このままでは全滅です」
六騎士たちが、それぞれの武器から渾身の一撃を放つ。
天使たちが唄うと、光り輝く障壁が現れて、全ての攻撃を遮断する。
「おいおい、六騎士の攻撃が通用してないじゃないか。こんなので勝てるのか?」
「私が空から天使たちの注目を引きつけます。加賀先生の銃撃を試してください。武蔵と日向君は言霊で加賀先生の援護をお願い!」
念動力で作り出した足場を駆け上がる。天使が口内から閃光を放つが、回避が間に合わない!
慌てて閃光に合わせるように、短剣を振り下ろすと、短剣の軌跡に閃光が切り割かれて消滅する。
――神食の武器なら、天使の神霊力に対抗できる!
「響さま、お見事です。同胞たちよ! 勇者さまの攻撃に合わせて、天使に応戦せよ!」
私の傍で羽ばたくウリヤーナが、騎士たちに号令する。
左腕の短剣を投げつけると、天使の障壁をバターのように切り割いていく。念動力で短剣を引きもどしながら、更に障壁に穴をあける。
その光景を見た六騎士たちが、私がこじ開けた穴を目がけ、言霊の火球、氷刃、雷撃を投射し、天使を傷つける。
加賀先生の銃撃が、障壁を貫いて、天使の身体に穴を穿つ。
加賀先生の攻撃が一番効いている!
加賀先生を狙う天使の攻撃は、武蔵と日向君が神食の武器で受け流す。
加賀先生は二人に守られながら、大天使ドゥルズーヤーの巨体を狙い、初めて「全力」で銃撃を放つ。
轟音と共に螺旋を描きながら、「光弾」がドゥルズーヤーの身体に着弾すると、抉るように傷口を割きながら「光弾」が体内に侵入する。そして爆音が鳴り響く。
加賀先生の全力射撃による「光弾」は、敵の体内で爆発するのだ。
凄まじい絶叫を上げながら、ドゥルズーヤーが崩れ落ちると、ジャヒーとタローマティがドゥルズーヤーの身体に躍りかかり、大きな口を開けて食らいつく。
天使が共食い?!
瞬く間にドゥルズーヤーを食い尽したジャヒーとタローマティの巨体が更に膨れ上がる!
「いけません! 全員、天使から離れなさい!」
加賀先生の警告に、その場にいた全員が一斉に天使から距離を置く。
巨大化した天使たちが、これまで以上に大きな声で歌を唄う。
歌声を聴くと、全身から力が抜けていく?
駆けまわっていた騎士たちが慌てて馬から飛び降りると、馬はのたうち回りながら干からびて死んでいく。
草原に生えていた草もいつの間にか枯れ果てている。
「天使が生命力を吸い上げているようです! これ以上、力を奪われる前に倒さねば、全滅です!」
加賀先生の直感に従い、私は空中からタローマティに目がけて逆落としに突撃、周囲に張り巡らせた足場を駆けまわり、タローマティの攻撃を潜り抜けながら、短剣を振るう。
タローマティが絶叫を上げながら暴れまわる。
タローマティ―が放つ閃光を短剣で切り拓き、嫌な汁はもう一振りの短剣で払いのける。
ジャヒーの攻撃を武蔵と日向君が必死に受け流す!
加賀先生が再び、ジャヒー目がけて全力射撃を行う。
ジャヒーが身の毛もよだつ絶叫を上げながら、四肢を振り回して、小癪な人間を潰そうとする。
加賀先生たちは地面を滑るように走り回り、ジャヒーの攻撃を回避する。
攻撃を潜り抜けた武蔵が跳びかかり、長剣でジャヒーの足を薙ぐ!
武蔵を狙うジャヒーの攻撃は、日向君が受け止め、加賀先生が再び全力射撃を繰り返す。
この間も、私はタローマティの上空を駆けまわりながら、障壁を切り割くと、六騎士が言霊で攻撃を加える。
このままいけるかしら?
突然タローマティが甲高い声で鳴きながら、私を無視してジャヒーに躍りかかる。
二体の天使が激しく暴れまわり、加賀先生たちは慌てて跳躍と疾走を繰り返して、天使から距離を置く。
加賀先生の攻撃により、ジャヒーの方が弱っていたのだろう。瞬く間にタローマティがジャヒーの全身を食らい尽くし、タローマティの巨躯が更に膨れ上がる。
タローマティが唄いながら、私目がけて、頭部の針毛を射出する!
私は針毛を短剣で切り払いながら、空を駆けまわり、更にタローマティから距離を置く。
天使を一体弱らせると、別の天使が共食いをして、更に強化される。
でも残るはタローマティだけ! と言いたいところだけれど……。
タローマティはジャヒーを上回る巨体になってるわね。
神食の武器が私に教えてくれる。アレは今までの天使とは別物であることを!
タローマティ―が歌を唄う。
その全身から見えない衝撃波が放たれ、皆が吹き飛ばされる!
態勢を崩した私たち目がけ、タローマティ―が閃光と針毛を出鱈目な勢いで四方に放射する!
全部防ぎきれない!
閃光は短剣で切り割いたけれど、無数の針毛が体中に突き刺さる!
全身に走る苦痛に耐えながら、念動で展開した足場で体勢を立て直し、加賀先生たちの姿を確認すると、全員血まみれになって倒れている!
身体に刺さっている針毛に力を奪われていくのが分かる。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!
タローマティ―は、ただ一人動いている私から排除したいのか、倒れ伏した加賀先生たちを無視して、私に攻撃を集中する。
閃光を短剣で切り割き、勢いよく伸びてくる四本の腕を、足場を縦横無尽に駆け回ることで回避しながら短剣で斬りつける。
蒼い返り血を浴びるけれど、相手が大きすぎて、私の攻撃がほとんど通用していない!
全ての針毛を切り払うことが出来ずに、私の身体に更に突き刺さる。
針毛を引き抜かないと傷が塞がらないのに、そんな隙をタローマティ―が与えてくれない!
このままではジリ貧だ!
私も覚悟を決める。
タローマティ―の攻撃を掻い潜りながら、首筋に回り込む。
左手に握る短剣を首筋に投げつけ突き刺す!
念動力で短剣と私の身体を結び付けて、一気にタローマティ―に飛びつく。
首筋にしがみ付いたまま吸血鬼の牙で食らいつき、蒼い血を啜る。啜る。啜る!
タローマティ―の攻撃で、私の下半身が千切れ飛ぶのが分かる!
言葉に出来ない苦痛に耐えながら、貪欲に蒼い血を啜り続ける。
神食の武器と私の牙を通して、タローマティ―の力が少しずつ私に流れ込んでいくのが分かる。
でもこのままでは殺される!
全力の念動力を開放、短剣と牙を突き立てた傷口を通して、「大爆発」と念じる。
爆音と天使が上げる凄まじい絶叫で鼓膜が破れるのが分かる。
木の葉のように身体が吹き飛ばされる感覚と共に、私の視界が暗転する。
脳裏に鈴音の泣き顔が浮かんだ。