第十五話 異世界の人間
明朝の朝食後、インガにルサルカの砦の内部を案内される。
食料の備蓄は万全で水源も確保され、私が飢える心配はなさそうだ。
城内を見て、皆が口々に感歎の声を上げる。
均等に切り分けられた大石を隙間なく敷き詰めた石壁。全ての石にびっしりと言霊文字が刻まれている。武骨な造作ではあるけれども、王城よりはるかに堅牢に見える。
インガと共に城壁の上に登ると、大きな城門の前は切り立った崖と森林に囲まれており、城門の前は下り坂の隘路となっている。そして、城門の前に並ぶ無数の巨大な石像。
「インガちゃん、あの石像は何かにゃー?」
『はい! 祐也さま! あれはゴーレムですー。言霊文字により自立制御されていますがー、言霊使いが言霊により遠隔操作する事で、より柔軟に戦闘させることができますー。しかも! 完全に破壊されるまで、『再生』の言霊により、何度でも修復され立ち上がりますー』
日向君の質問に対し、嬉しそうに胸を張りながら、インガが説明してくれる。
完全に日向君に籠絡されているようね。
石像は人型ではなく、獣の姿をしている。エルフたちの祖霊を象ったゴーレムなのかしら。坂道の隘路なら、二足歩行より実用的に見える。
『私たちの基本戦術はー。地上の敵の突進をまずはゴーレムたちが受け止めてー、弓矢や言霊による攻撃で止めを刺しますー。空を飛ぶ魔族には、こちらも飛行できる同胞が空に上がり迎撃しますですー』
「……飛行できるエルフもいるのですか?」
『ウリヤーナちゃんのように、祖霊が鳥の氏族はー、祖霊の御力をその身に宿すことでー、背中に翼を生やして空を飛びますー』
「上を目がけて射かけても、矢の威力は減衰するだろうから、制空権は飛行部隊に確保してもらわないと厳しいだろうねぃ。逆に地上に展開する敵部隊は、城壁から防壁を利用して身を守りながら、下に射掛け続ければいいわけで。砦を守り切れるかどうかは、ウリヤーナちゃんたちの活躍にかかってるにゃー」
やはり、攻城戦では私は空に登るしかないわね。敵に頭を押さえつけられたら、敗北しか見えない。
頭に角を生やした、サイの様な魔獣を先頭に、様々な魔獣が城壁目がけて突進してくる。
その突撃をゴーレムたちが受け止めると、城壁から矢や言霊による攻撃が放たれ、魔獣たちが断末魔を上げながら倒れていく。
「最上さん、鈴音さん、無理に攻撃しようとしないで、必ず防壁で身を守ることを意識してください」
加賀先生の銃撃により、魔獣が文字通り蜂の巣になり、その身を砕かれる。
鈴音のクロスボウから炸裂弾が放物線を描くように投射され、魔獣の頭上で炸裂。撒き散らされる爆風と破片に、魔獣たちが翻弄される。
その混乱に乗じて、朱理が放つ矢が魔獣の急所を的確に穿つ。
散発的に、空中の魔族たちが城壁目がけて攻撃を放つが、エルフたちが展開する言霊の防壁により、全て遮断される。
私は翼で飛翔するエルフたちと共に、空中を駆け抜けている。
念動力で空中に不可視の足場を作り出し、階段状に並べた足場の上を疾走しているのだ。
威嚇の咆哮を上げ、グリフォンが突き出す嘴を飛び越えて、その背中に全体重を乗せた短剣を突き立てて、その巨躯を両断する。
ワイバーンに騎乗したゴブリンが放つ魔術の矢を短剣で斬り払い、念動の足場を駆け上がり、跳躍。
左右に展開した念動の足場を蹴りながら、ジグザグに宙を駆け下がり、ゴブリンの首を刎ね、ワイバーンに飛び乗る、
主を失ったワイバーンは私を振り落とそうと暴れまわるが、食らいついてくるワイバーンの頭蓋に短剣を叩きこむ。
絶命して落ちていくワイバーンから、自分が作り出した足場に飛び移る。
前方の空から、新たな敵の群れが見える。
『私が「聖弓」の力を開放して、敵の数を減らす。私が攻撃を放つまでの間、各員は言霊により援護せよ』
宙を舞うエルフたちがウリヤーナの指示に従い、言霊の防壁を展開する。
魔族たちが魔術による攻撃を放つが、全て防壁に遮断される。
『「聖弓」の名において――豪雨のごとき矢が我が敵勢を穿つ』
ウリヤーナが持つ「聖弓」が強く輝きだし、文字通り豪雨のような矢の雨が「聖弓」から次々に放たれ、宙を駆る魔族たちを飲み込んでいく。
矢の雨が止まると、全ての敵影が落下していくのが見える。
――これが六騎士の真の力。
日向君がインガから聞き出した情報によると、六騎士はその身に祖霊の御力を宿し、更に「聖なる武器」を振るう事で、足し算ではなく、掛け算のように強くなるらしい。
高雄さんが打ち負かしたジリヤも、「聖剣」ではなく模擬刀を振るっていたという事は、まだ全力ではなかったのだろう。
やがて、地上に展開する、敵の陣営が視界に入ってくる。
翻る軍旗の先端は無数の異形で装飾されているのが見える。
――あれは……干し首?
苦悶の表情を浮かべた、エルフの干し首!
ギリギリとウリヤーナが歯ぎしりを立てる音が聞こえる。
『ハライソ軍は、あのように我らの屍も辱めるのです』
空中からエルフたちが射掛ける攻撃に、次々に敵が倒れていくが、敵の進軍は止まらない。
インガの説明通り、右翼と左翼は、ゴブリンやオーガなどの魔族の群れが見えるけれど、中央のアレはなんだろう。
「……ね、ねえ。ウリヤーナ。中央が『人間』なのよね。私には緑色の肌をした人影が見えるんですけど……」
『この世界の『人間』の肌は、全て緑色なのです』
「その『人間』が流している血の色が、蒼く見えるんですけど……」
『この世界の『人間』の血の色は、蒼いのです』
異世界の『人間』が地球の人間と同じとは限らないのか!
むしろ同じ赤い血を持つエルフの方が、地球の人間に近いような気もするわね。
エルフたちと決裂した場合は、『人間』と交渉するつもりだったけれど、難しいかもしれない。
エルフたちの攻撃に倒された、『人間』の死体が立ち上がり、自分の臓物を引きずりながら、行軍を続ける。その異様な光景を目にしても、『人間』たちが動揺しているように見えない。全く気にすることもなく、死体と一緒に行軍を続ける。
「……この世界の『人間』って、死んでも起き上がるわけ? どうなってるのよ!」
『唯一神の加護を受けた『人間』は『英霊』として、死後も戦い続けます。故に、『人間』の身体は全て焼き払わなければなりません』
どこが『人間』なのよ!
ダンピールの私より、よっぽど化け物じゃない!
倒された魔族の死体が起き上がる気配は無いのに!
「私たちの感覚だと、蒼い血を流す緑色の肌をした何かは、人間には見えないんだけど!」
ウリヤーナが不思議そうな面持ちで私を見返しながら。
『そうなのですか? 血や肌の色が違っても、私たちには同じ『人間』にしか見えないのですが。もちろん勇者さま達が、ハライソの『人間』とは別のあり方の人間でいらっしゃるとは認識しておりますが』
微妙にずれたやり取りに眩暈がしてくる。
やはり、異世界の異種族には私たちの常識が通用しない。
朱理たちにも敵影が見えてきたのだろう。
仲間たちが動揺する声が聞こえる。
『何故か、天使の姿が敵軍の中に見えません。今のうちに可能な限り、敵軍の数を減らします』
空を飛ぶエルフたちは、無理に突出しようとせず、砦前方の上空を守るように飛び回り、空中から地上への攻撃を続ける。
砦からの射程範囲内に敵軍が侵入したのだろう。加賀先生の銃声に続き、矢の風切音が聞こえ始める。
味方が倒れる事を気にすることもなく、ハライソ軍の行軍は止まらない。素人目に見ても、戦略や戦術の下に戦闘しているように見えない。
しかし、その数は脅威だ。魔族の死体を乗り越えて、『人間』の死体と一緒にハライソ軍が砦へと迫ってくる。
何時までも念動力の足場を維持するのは消耗する。
ひらりと、鈴音の傍に舞い降りると、鈴音が涙を浮かべながら抱き付いてくる。
「……お姉ちゃん! 無事でよかった!」
鈴音を抱き寄せ、宥めるように頭をなでていると、青ざめた顔の朱理が、おずおずと私に声をかけ。
「ひ、響……。中央が『人間』だったはずだよね。あの緑色の肌をしたのは何? ……そ、それに、ゾンビみたいなのも一緒に歩いてるんだけど」
「あれがこの世界の『人間』。そして、『人間』は死んだ後も、死体を焼き尽くさない限り、ゾンビの如く戦いを続けるみたいよ」
全員が息を飲む。
血の気が失せた真っ白な顔になり、震え声で高雄さんが。
「な、何よそれ……。本当に『人間』なの? まるで化け物じゃない!」
私は高雄さんに苦笑いを返しながら。
「異世界に私たちの常識を当てはめるのは無理みたいね。目前の光景の通り、あれがこの世界の『人間』なのよ。事実は事実と受け止めるしかないわね」
日向君が「人間」の部隊を見て、ウンザリとした顔をしながら。
「同じ知的生命体であっても、異世界の『人間』は宇宙人みたいなものなんだねぃ。……でも、あんな相手なら、俺たちとは全く別の生き物だと割り切って、殺すことも出来るかにゃー」
加賀先生が皆に水筒を配りながら。
「私たちがこの世界の人間から見たら「エイリアン」のようなものなのでしょう。それでも、最上さんたちは砦の防衛戦だけに専念した方が良いでしょう。前線で乱戦になれば、戦死してしまう可能性が高くなります」
空中戦が続いていたので私も喉が渇いている。
有難く、先生から受け取った水筒で喉を潤す。
この世界の『人間』を殺しても、死体が立ち上がって襲い掛かるという事は、前線で『人間』の軍勢と戦う難易度が想定より跳ね上がるわね。倒したと思っても、背中から襲われたら、たまらない。
「鈴音たちは無理する事はない。前に立つのは俺たちだけで十分だ。だから、皆は俺たちの無事を祈って待っていてくれ」
武蔵も初めての戦場に緊張を隠せない。何度も手拭いで汗を拭っている。
「天使が出現するまでは、私たちは城壁からの攻撃に専念しましょう」
私たちが防壁に身を隠し、話し合う間も戦闘は続く。
『「聖剣」の名において――閃光のごとき斬撃が我が敵勢を断つ』
『「聖槍」の名において――雷光のごとき刺突が我が敵勢を穿つ』
『「聖爪」の名において――地鳴のごとき轟きが我が敵勢を貫く』
『「聖槌」の名において――重圧のごとき打擲が我が敵勢を潰す』
『「聖杖」の名において――噴火のごとき火焔が我が敵勢を焼く』
六騎士たちが放つ、「斬撃」が敵軍を切り拓き、「刺突」が敵軍に穴を穿ち、地面から突き出す無数の土の爪が敵軍を抉る。
それでも行軍は止まらない。
不可視の「圧力」が敵軍を押しつぶし、燃え盛る業火が死体を焼き払う。
中央に布陣していた『人間』たちが全滅すると、魔族たちが潰走を始める。
『よし! 追撃戦を開始するか!』
逃げ惑う敵勢を目にして、いきり立つリュボフィの声が聞こえる。
リュボフィの声を遮るように、空中で警戒するウリヤーナから静止の声が響く。
『待ちなさい、リュボフィ! 前方に大型の人影が見えます。――あれは天使です!』
『……なるほど、無暗に突撃を繰り返したのは、私たちを消耗させることが目的だったのですね』
念動力の足場を駆け下りながら、六騎士の傍に降り立つ。
「どういうことかしら? 状況を説明して頂戴」
私の疑問にリュボフィが獰猛な笑みを見せながら答える。
『唯一神にとっては魔族だけじゃない。『人間』も捨て駒ってことさ。戦死したら、殉教者として、ありがたく祀られるんだとよ。『人間』と魔族の軍勢との戦いで、俺たちを消耗させてから、本命の天使で砦を落とすつもりなんだろうさ』
「自分を崇める『人間』すら捨て駒というわけ? 唯一神ってのはとんでもないわね。何故、そんな相手に『人間』は従うのかしら?」
リュボフィは吐き捨てるように言い放つ。
『預言者と天使の声には、『人間』は誰一人として逆らえない。否、そもそも疑問すら持たないらしいぜ。――『幸福は聖務です』という神の宣言の下に、『人間』たちが幸福に暮らす『理想郷』。それがハライソなのさ』
コンピューター様の下で、幸福に市民が暮らす「アレ」との違い。
未来社会ではなくファンタジー的な異世界なので、
クローンではなくゾンビとして復活します。
ネタ的にギリギリの様な気もしますので、
もしかしたら運営にZAPされたりしてorz