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第十三話 ヒヒイロカネ

 あれから一か月経過した。

 混沌の洞窟の探索は第二十三階層に到達。

 私たちは、着実に力をつけてきている。

 

 ――――ようやく、日向君が考案した防具が完成した。


 エルフ秘蔵の素材「ヒヒイロカネ」。

 「ミスリル」以上に強靭でありながら、異常に軽量。強い衝撃を受けると更に硬化し、衝撃を受け流した後に、元の硬度に戻る。

 最大の特徴は、言霊を使用すれば、「液状」、「繊維状」、「粒子状」などと自由自在に加工できる点。


 「ヒヒイロカネ」の繊維を幾重にも織り込んだ、全身を覆う「ボディースーツ」

 私たちの世界における、ケブラー繊維の防刃防弾ボディーアーマーを参考にしたそうだ。

 人体の急所は「ヒヒロイカネ」のプレートで補強されている。

 

 さらにボディースーツには「液状」の「ヒヒイロカネ」と「粒子状」の「ヒヒイロカネ」による混合物が塗布されている。

 このボディースーツ、普段は柔らかい着心地なんだけど、衝撃を受けた瞬間に、液状の『ヒヒイロカネ」が、固体のように硬くなり、貫通抵抗性能を発揮する……らしい。

 

 ボディースーツを着用した私が実験台になり、朱理が放つ弓を体に受けると、弾むように柔らかく矢を弾き返した。

 地面に落ちた矢は鏃が潰れ、へし折れていた。

 矢の運動エネルギーは、矢の変形で消費されてしまい、矢を受けた衝撃はほとんど感じられない。


 ダイラタンシーを利用した「リキッドアーマー」と言うらしい。

 このボディースーツの上に、「ボディーアーマー」を重ね着する。


 ボディーアーマーは、ヒヒイロカネを加工した円盤状のプレートを、まるで龍の鱗のように幾つも重ね合わせる事で、身体の動きに合わせて、自由自在に曲げることが可能になっている。


 私たちの世界における、「ドラゴンスキン」というボディーアーマーを参考にしたそうだ。

 どちらの防具も非常に軽量、装備した者の身体の動きを阻害する事もなく、優れた防御力を発揮する……らしい。

 防護、防熱、防寒、防圧、防水、軽量化などの言霊文字により、さらに強化されている。


 正直な話、私自身よく理解していないので、凄い防具らしいとしか説明できない。


 同じく、ヒヒイロカネで制作されたのヘルメット、フェイスマスク、グローブ、ブーツでフル装備だ。


 ちなみにこの世界の「龍」は圧倒的な強者であり、本物の龍の何かを素材とすることはできない。

 


 「わははっ! 響ぃ、まるっきり、ふ、不審者にしか見えないぞ! あー、腹がいてえ」


 モデルとして防具を全て着用した私の姿を見て、武蔵が爆笑する。

 いちいち腹を立てても仕方がないので、スルーする。


 対照的に、加賀先生は真剣な表情のまま、私の全身を眺めながら。


 「現代における軍用装備を参考に、この世界にしか存在しない希少素材で制作された防具……。軍隊という組織は、本来、合理性を追求するものだと聞いたことがあります。少なくとも中世レベルの発想により制作された甲冑よりは、機能的かつ合理的な装備なのでしょう」


 加賀先生の発言を受けて、日向君は難しい表情を浮かべ。


 「実際のドラゴンスキンは政治的な問題と重量の問題から、軍隊も正式採用してないんだけどねぃ。こいつは素材と言霊文字のおかげで、重量の問題は解決している。……ドラゴンスキンのもう一つの問題は整備性かにゃー」


 「整備性ですか。どのような問題があるのですか?」


 加賀先生と日向君の質疑応答に、全員が真剣に耳を傾けている。


 「攻撃を受けて破損した場合は、『修繕』、『補修』、『再生』あたりの言霊でなんとかするしか思いつかないにゃー。希少素材を使って製作してるからスペアが無いのが最大の問題。こまめに言霊でメンテナンスするしか。あと、防具を過信しないでくれよ。当たり所が悪ければ、どんな重装備でも死ぬときは即死するし、天使や魔族の攻撃に対しては、気休めにしかならないと思うにゃー」


 「つまり、一番頼りになるのは、神食(かんじき)の武器という結論になるわけね」


 日向君は高雄さんの発言に力強く頷き。


 「その通りにゃー。神食(かんじき)の武器は今のところ、全く破損する気配が無いからねぃ。攻撃される前に倒すのが第一前提。あとは神食(かんじき)の武器で、敵の攻撃を受け流すか、弾き返すか、かにゃー。それと言霊かにゃー。神食(かんじき)の武器を通して、言霊を発動させれば、効果が強化されることが分かったからにゃー」


 後からリュボフィから聞いた話によると、神食(かんじき)の武器を持つ勇者以外の人間は、そもそも言霊を習得できないとか。

 じゃあ、私には教える気が無かったのか? と問い詰めたら


『吸血鬼の血を引く人間ならまた別なんだろな、と予感がしてな。響は結局、神食(かんじき)の武器を持つことになったから、結果オーライだよな』


 などと、適当な返答をされてしまった。

 あいつ、六騎士で一番適当ね。


「いずれにせよ、装備は揃ったのだから、実戦で試してみましょう。……意図的に魔物の攻撃を受ける気にはなれないけど」





 ジリヤとインガに先導され、混沌の洞窟へ向かう。

 慣れない新しい防具を身につけた以上、既に探索済みの第二十三階層に向かおう、という結論になった。



 『防護の力を我らが前に』


 鈴音が言霊で展開した「不可視の壁」が、雨のように降り注ぐ「木の葉」を遮断する。


 目の前で蠢く、大きな「人面樹」。

 太い枝を棍棒のように振り回し、巨大な咢《あぎと》で食らいついてくる、

 厄介なのは、枝から無数に放たれる、刃の様な「木の葉」。

 そして、異常なまでに硬質な樹皮。

 岩をも砕く、神食(かんじき)の武器も掠り傷しかつけられない。


 『『炎の力を我が刃に』』


 前衛は己の武器に言霊で「炎」を纏わせる。


 高雄さんが振り下ろした炎の剣閃が枝の一本を焼き斬り、返す刃で二本目も斬り飛ばす。


 「あーらよっと!」


 日向君が気の抜けたような掛け声とともに、灼熱のシャベルを人面樹の幹に突き立てる。


 「食らいっ―――やがれっ!」


 武蔵も炎の長剣を幹に深く突き刺す。


 怯んだ人面樹が大きく開いた口の中に、炎の短剣を投げつける!


 凄まじい絶叫を上げながら、人面樹がその身を捩じらせる。

 人面樹からの攻撃が止んだ間隙をぬうように、皆がそれぞれの炎の武器を振り下ろす!


 絶え間なく攻撃を繰り返すと、人面樹が炎に包まれながら崩れ落ちる。

 しかし、息をつかせる間もなく、三頭の巨大な獣が、人面樹の背後から跳びかかってくる!


 刃の様な牙を剥くサーベルタイガー。

 動物と違い、魔物は炎を恐れない。


 『土の腕が我が敵を縛る』


 鈴音の言霊により、地面から土の腕が伸びて、一頭目のサーベルタイガーの四肢を拘束する。


 食らいついてくる二頭目のサーベルタイガーの牙を、日向君がシャベルで受け止め、押し返す。

 仰け反ったサーベルタイガーの腹を、高雄さんが横薙ぎに払った刀身が大きく斬り割き、翻した刃で、サーベルタイガーの首を斬り飛ばす。


 三頭目のサーベルタイガーが踊りかかってくるが、武蔵は大きく跳躍する事で、攻撃を飛び越え、そのまま全体重を乗せた長剣を魔物の背中に突き立てる。

 長剣を引き抜いた武蔵が宙返りで間合いをあけると、入れ替わるように私が走り寄り、短剣で牙を断ち割り、人面樹の口内から念動力で引き抜いた短剣をその背中に振り下ろす。


 横合いから武蔵が再びサーベルタイガーに駆け寄り、サーベルタイガーの横腹に長剣を振り下ろす。

 私は武蔵を飛び越え、高々と舞い上がり、「天井」を足場に蹴飛ばして、逆落としに短剣を首筋に突き立てる。

 獣の首を落としながら、身を翻して着地する。


 この間に、一頭目のサーベルタイガーは高雄さんと日向君が倒していた。


 奥の通路から見える獣の影を狙い、加賀先生たちが「光弾」と矢の雨を浴びせる。

 断末魔を上げながら、獣たちが次々に倒れていく。


 「これで一通り片付けたか?」


 あれだけ跳ね回っても、武蔵は息切れもしない。

 サッカー部レギュラーだった武蔵は、元々運動神経が良い。

 一か月前までは持て余していた身体能力を、今では完全に掌握している。


 皆がお互いの「呼吸」を読めるようになり、連携をとれるようになってからは、私もダンピールの身体能力を存分に振るえるようになった。

 飛び跳ねる私の動きを、武蔵は見様見真似で覚えてしまい、今では私と共に三次元的に跳び回り、魔物を翻弄する。


 「思った以上に、この防具は良いわね。重そうな甲冑と違い、身体を動かす妨げにならないわ」


 高雄さんの賞賛に対して、日向君はドヤ顔ではなく苦笑を浮かべながら。


 「俺たちの世界に実在するボディーアーマーを重ね着なんてしてたら、その重量で身動きとれなくなってたところだけど、ヒヒロイカネや言霊のおかげで、想像通りに仕上がったにゃー。――マジに答えると、本当に俺の要求通り、エルフが仕上げてくるとは思わなかったぜぃ」


 日向君は別に技術者でもなんでもない、ただの高校生なのだ。

 責める事はできないわね。


 「あまり、エルフに私たちの知識を与えるのは好ましくないでしょう。この世界には、この世界なりの文化があるのですから」


 日向君は、私たちを黙って見守るジリヤたちを横目で眺めながら。

 

 ――不気味な静寂。


 あれだけ饒舌だったジリヤが、高雄さんに敗北した後は、必要最低限の発言しかしなくなった。

 無口な異種族は、饒舌な異種族より不気味ね。


 私の思考中も、皆の会話は続き。

 

 「俺たちはエルフに利用される立場にゃー。必要以上に知識はくれてやれないけれど、俺たちの身の安全は図らないといけない。悩ましいねぃ」


 重くなった空気を入れ替えるように、朱理が鈴音に抱き付く。


 「この一か月、鈴音が一番頑張ったよね。言霊で攻撃を防いだり、敵を牽制したり。鈴音のおかげで随分気が楽になったよ」


 「最上の言う通りだな。乱戦になると、単純な攻撃以外の、搦め手の援護があると、すっげえ助かるぜ!」


 口々に皆から賞賛されて、鈴音がはにかんだ笑みを見せ。


 「私だけじゃないよ。皆、凄く頑張って強くなった。あんな大きな虎まで倒せちゃうんだもの。皆、凄いよ」


 「鈴音さんの言う通り、今までの間、誰一人として大きな怪我をする事もなく、戦い続ける事が出来たのは、皆が団結して努力を積み重ねてきたからです」


 高雄さんが皆の状態を見渡しながら。


 「全員、新しい防具を着ても、特に問題はなかったようです。今日もたくさん魔物を倒したことですし、そろそろ帰りませんか?」


 私の腹時計も、夕食時であることを、狂おしいほど切実に訴えている。

 昼食は洞窟内で、携帯食料を食べただけなのだ。


 私のお腹が大きな音を立てるのを聞いて、全員が大声で笑う。


 ――――笑いものになってもいい。それで皆の心が折れずに済むのなら。

 


 


 夕食後は、個室のシャワーではなく、城内に存在する大浴場に入ることになった。

 戦時下という事もあり、なかなか大浴場は解放されないのだけど、今日は運が良い。

 厚着して戦闘を繰り返したので、私以外の全員が汗まみれなのだ。

 「防具」の洗濯の仕方など、誰も知らなかったので、「浄化」などの言霊を駆使して清めている。

 大浴場は城内に四カ所存在し、男女で二つの浴場に分かれた。


 大浴場には大きな湯船があり、私たち全員が中に浸かる事が出来る。


 湯船に大きな「山」が浮いている。

 

 説明するまでもなく、鈴音の胸である。

 浮かぶほどではないが、加賀先生と高雄さんの胸も均整の取れた形で、相応の大きさがある。

 朱理は三人と比べれば小ぶりだけれど、Bカップはあるわね。

 

 自分の「絶壁」は見ないようにする。


 「やっぱり、湯船に浸かるお風呂が一番いいね。シャワーだけだと、胸元にあせもができやすくて」


 鈴音には深刻な悩みなのかもしれなけれど、私には体験できない悩みなので、何も助言できない。


 「私も油断してると、あせもができちゃうのよね。洞窟の探索は道場の稽古のように、途中で着替えに行くわけにもいかないし、武蔵くんと日向君の前で、胸をはだけるわけにもいかないし」


 「神食(かんじき)の武器で身体能力が強化されても、あせもの問題は解決しませんね。護衛のエルフたちに見張りをしてもらって、日向君たちに見えないように、手拭いで汗を拭き取る事にしましょうか」


 「今度から、沢山、手拭いを洞窟に持っていくことにしようか」


 ダンピールの私は、汗腺が人間より少ないため、ほとんど汗をかかない。

 汗腺が人並みに存在しても、「絶壁」の下にあせもは出来ないでしょうけど。


 「『浄化』の言霊で、汗を清める事は出来ないのでしょうか?」


 私の発言に、皆が一様に反応し。


 「響さんの発想は盲点でした。今まで言霊は戦闘の時にしか使いませんでしたからね」


 「こんな事に思い至らないぐらい、私たちは必死だったんだね」


 「無理もないわ。命のやり取りなんて、日本では考えられなかったのですもの」




 しんみりとした空気になる。


 皆、黙り込んでしまい、ちゃぷちゃぷとお湯の音だけが聞こえる。





















 突然、浴場の扉を蹴破り、武蔵と日向君が飛び込んでくる!



 「大変だっ! 突然、国境線沿いに、ハライソの軍勢が現れたらしい!」


 「あー大変、本当に本当に本当に本当に、大変だにゃー!」



 あまりの事に、皆が硬直してしまったので、代わりに私が念動力で全力のツッコミをバカ二人に入れる。


 浴場の外に轟音が響く。

 バカ二人が城内の壁を突き破ったようだけど、強化された肉体なら、死んでしまう事だけはないわね。



 ――――戦争が始まる。

 お父さまを目の当たりにしても、冷静に戦えるのだろうか。

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