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第十二話 メンタル

 昨日は思い切り身体を動かしたせいか、今朝はやたら空腹だ。

 

 わんこそばのように、次々に皿の料理を平らげ、綺麗になった皿を、私の傍に控えるメイドに渡す。

 エルフのメイドたちは人海戦術で、新しい料理を私の目の前に並べ、食べ終わった皿を私から受け取ったメイドたちはワゴンに皿を積み上げて、食堂から出ていく。

 

 入れ違いに新しい料理をワゴンに乗せたメイドが食堂に入ってくる。

 

 食事に関しては、もう誰も私にツッコミを入れない。


 ティーカップに満たされた食後のお茶を口に入れると、ようやく落ち着いてきた。


 「響ちゃんが食べ終わったところで、今日の方針をどうするか決めようぜぃ」


 「昨日は、初めての殺し合いをしたわけだけど、身体の具合だけじゃなくて、気分が悪くなったりはしないの?」


 吸血鬼の血を色濃く受け継ぐ私は、殺し合いに対しての忌避感が乏しいけれど、普通の人間なら話は別よね。

 私の問いに対して、皆が口々に答える。

 

 武蔵は自分の両手を見つめながら苦笑まじりに。

 

 「肉を断つ感触がまだ手に残ってるけど。何故か気持ちは落ち着いてるんだよなあ」


 鈴音は武蔵の表情を心配そうに見つめながら。


 「武蔵ちゃん、本当に大丈夫なの? 私も夜眠れなくなるかなと心配してたんだけど、ベッドに入ったら、ぐっすり眠れちゃった。何故なんだろうね」


 「私も何故か平気なんだよなあ。……ねえ、もしかして神食(かんじき)の武器は、私たちの身体能力だけじゃなくて、精神力も強化していくんじゃないの?」


 朱理の発言に日向君が目を見開きながら。


 「朱理ちゃん、その通りかもしれないぜ。勇者がメンタル面が弱いままだったら、天使や魔族なんてとんでもない相手と戦争なんて、できっこない。響ちゃんには感謝しないとだな。……予め響ちゃんの血で精神力を強化してなかったら、初めての戦闘でもっと混乱してたと思うぜ」


 高雄さんがその怜悧な顔に影を落としながら。


 「……それだと、何時か殺し合いなんて、全く気にならなくなって。……魔物だけじゃない。『人間』を殺してしまう事にも慣れてしまうのかしら。……なんだか怖いわね」


 加賀先生は皆の心配を振り払うように、陽だまりのような温かい笑顔を見せ。


 「大丈夫よ。戦場に出たくないなら、高雄さんは戦争に参加しなくてもよいのよ。覚悟を決めたメンバーだけ参戦すれば、エルフたちも納得するはずよ」


 「それだけでエルフたちは納得するでしょうか? 確かエルフの民兵は、負傷者を言霊で治療したり、後方支援にも駆り出されてたと聞いています。戦わないなら、せめて後方支援に参加しないと、後からどんな無理難題を押し付けられるか、分かりません」


 日向君がインガから聞き出した話によると、この世界と私たちの世界をつなぐ「門」は託宣の巫女にしか「開けない」そうだ。

 そしてその託宣の巫女がどこにいるのかは、インガたち六騎士にも知らされていない。

 もちろん私たちも会ったことがないし、城内に居ないなら、居場所を探す手立てがない。

 悔しいけれど、せめて託宣の巫女の居場所を突き止めるまでは、エルフたちの言いなりになるしかない。


 「響さんの言う通りかもしれません。では高雄さん。後方支援に参加する子たちを護衛出来るように強くなってください。万が一の時はすぐに逃げ出せるように」


 「加賀先生、分かりました。……自衛のための戦いなら、私も覚悟を決めます」


 高雄さんは迷いを振り払うように決然と答える。

 重くなった空気を吹き飛ばすように、朱理が明るい声で。


 「じゃあ、今日も頑張って、洞窟で戦って強くなろうか。何時、本格的な戦争が始まるか、分からないしね」




 今日の護衛は、リュボフィとウリヤーナ。

 彼女たちに先導されて、混沌の洞窟に案内される。


 さあ、戦いの始まりだ。




 昨日の戦闘で武蔵たちは強くなり、蝙蝠や大鼠、ムカデの動きにも慣れたのか、特に負傷する事もなく、危なげなく魔物たちを倒していく。


 「第一階層の魔物では物足りなくなったな。第二階層に進んでもいいんじゃないのか?」


 武蔵の発言に、加賀先生は顎に手を当て思案しながら。


 「第一階層で足踏みしていても、これ以上の力を得るには非効率的かもしれません。皆さん消耗は軽いようですから、第二階層に挑戦してみましょうか」


 鈴音の表情を窺うが、まだ元気そうだ。


 「皆、まだ元気そうですから、加賀先生が仰る通り、先に進みましょう」


 『下の階層に向かうなら、こっちに来てくれ』


 リュボフィに案内されたのは、行き止まりの広間。これまでの洞窟の通路や広間と違い、石畳の床がある。

 床には魔法陣のような複雑な文様と共に、無数の言霊文字が刻まれている。


 「この広間はなんですか?」


 『ここは、『転移の間』だ。混沌の洞窟は第百階層まである。階段でそんな深くまで潜るには何日もかかるだろ? そこで『転移の間』を用意したってわけだ。この広間は魔物たちは近寄れねえ安全地帯だ。万が一の時は、各階層にある『転移の間』に逃げ込めば、魔物たちは手を出せねえ。そして、『転移の間』の本来の役目はこうだ」


 リュボフィが 『転移! 第二階層!』と叫ぶと、目の前の光景が歪み……。

 気が付くと視界に入る景色が微妙に変わっている。

 ここが第二階層かしら。


 『さあ、ここが第二階層だ。使い方はご覧の通りだから、覚えておくといいぜ』


 「いきなり第一階層から第百階層まで移動することもできるわけ? そしてその逆も?」


 私の問いに対して、リュボフィは私の肩をバンバン叩きながら。


 『響の言う通りだ。こいつのおかげで、俺たちは毎日、混沌の封印に異常がないか、確認に行けるってわけだ』


 武蔵が呆れたような声を上げる。


 「エレベーターより便利じゃねえか。言霊ってのはとんでもねえなあ」


 日向君は、この世界には火薬が存在しないとエルフから聞き出しているけれど、この洞窟は言霊で掘ったのかしら?

 エルフたちにはまだ隠し持っている技術があるのかもしれない。


 「では、第二階層の探索を始めましょう。新しい魔物が出ても落ち着いて対処するように。大丈夫、皆さんならやれます」


 加賀先生の声に対して皆が口々に答えながら、隊列を組み直して通路へと移動した。




 「畜生! こいつら、ちょこまかと跳びやがって!」


 焦燥に声を荒げる武蔵に対して、高雄さんが冷静に指示の声を飛ばす。


 「大和君と日向君はお互いの背中を護るように! 相手を無暗に追いかけるんじゃなくて、よく動きを見てから攻撃しなさい!」


 第二階層で最初に遭遇した魔物は額に大きな角を持つ、「一角兎」だった。

 大きな脚を活用して、不規則な動きで跳ね回り、私たちを翻弄する。


 高雄さんの剣閃が閃くたびに、一角兎たちの首が落ちるが、武蔵と日向君が対処しきれていない。

 一角兎は、地面だけでなく、壁も足場にして、立体的に攻撃してくる!


 私も目の前の一角兎の頭を叩き割りながら。


 「跳びあがった瞬間、空中ではこいつらも方向転換できない! この隙を狙いなさい!」


 「分かったぜ!」


 「合点承知の助!」


 武蔵と日向君はようやく落ち着いたのか、慎重に長剣とシャベルを突き出し、一角兎たちを突き殺していく。


 後衛に向かおうとする一角兎は、加賀先生たちの射撃で倒されていく。

 加賀先生と朱理は冷静に対処している。

 一角兎が跳びあがった瞬間に、「光弾」と矢が一角兎の身体を穿ち、絶命の鳴き声と血しぶきを上げながら、倒れていく。

 鈴音はなんとか、矢を放つだけで精一杯のようだけど、それでも時々、一角兎を射落としている。


 「これで、ラスト!」


 最後の一角兎の頭を、斜め上段から振り落とした短剣で両断する。


 「今回はヒヤッとしたぜ。複雑な動きをする魔物は手強いな」


 「全くだぜぃ。他の魔物と連携されてたら、もっと苦戦してたにゃー」


 武蔵たちは腕や足に傷を負っている。

 鈴音たちが駆け寄り、言霊で傷を癒す。


 「鈴音ちゃん、朱理ちゃん。言霊も、こうギュッと俺をハグしてから使ってくれた方が、効果倍増すると思うぜぃ」


 バカな事を言い放つ日向君の頭に、高雄さんが拳骨を落とす。


 「そんなわけないでしょ! さりげなく、セクハラしようとしない!」


 朱理と鈴音は苦笑しながら、二人のやり取りを見守っている。


 「減らず口をたたけるようなら、まだ大丈夫そうね。少し休憩したら、先に進みましょう。一角兎、あれいいわね。攻撃力はさほどでもないから、いい練習相手になるわ」


 「俺と祐也がツーマンセルで行動。頭では理解してるつもりでも、いざ戦いとなると上手く立ち回れないなあ」

 

 分かったような気がしても、頭で理解できているとは限らない。

 そして、頭で理解出来ていても、その通りに体が動くかどうかも別問題。

 神食(かんじき)の武器が私たちに与える知識も、十分に活用できていないのが現状ね。

 源義経たちは、武士なら当然、刀や弓での実戦経験がある。私たちのような苦労とは無縁だったのだろう。エルフたちに伝わる伝承で、私たちのように、義経たちが神食(かんじき)の武器に振り回されていたという逸話は存在しない。

 

 一休みしてから通路を歩いて行くと、今度は通路上に、一角兎の群れが跳ね回っているのが見える。


 「先生、鈴音! 私に続いて射撃を!」


 いち早く一角兎に気付いた朱理が、矢継ぎ早に矢を放ち、続くように銃声が鳴り響き、クロスボウの矢が追いかける。一角兎は狭い通路の壁を利用して、無軌道に跳ね回り、殆ど命中していない!


 右手に握っていた短剣を一角兎に投げつけるが、回避される。

 念動力で短剣を出鱈目に振り回すと、一角兎たちは後ろに飛び跳ねて後退する。


 「響さんはこのまま兎の動きを牽制して! 私が血路を開きます! 大和君たちは待機して後衛を護って!」


 突貫する高雄さんを見て、左手の短剣を右手に握り直し、私も高雄さんを追うように駆け出す!


 「牽制するだけなら、私も行けるわ! 二人で兎を蹴散らしましょう!」


 念動力で短剣を振り回し、兎たちを広間まで追いやる。

 高雄さんが短剣の乱舞を器用にすり抜けて兎たちに追いすがり、刀を翻すたびに、兎の断末魔が洞窟に響く。


 追いついた私も短剣を両手に握り直し、高雄さんの背中を護るように立ち回り、兎目がけて短剣を振り下ろす。

 

 二人で兎の屍の山を築いている間に、武蔵たちが追いついてくる。


 「二人の両脇で跳ね回る兎たちは、私たちが射撃します。当たらないように気を付けて!」


 加賀先生が警告の声を上げてから、銃撃を始める。

 態勢を整えた朱理と鈴音が、続くように矢を放ち始める。

 三人に撃たれた兎たちが血まみれになりながら、地面に落ちていく。


 「後は俺たちが響たちを援護します。加賀先生たちは様子を見て、指示を出してください」


 四人が振り回す武器に兎たちは斬り割かれ、叩き潰されて数を減らしていく。

 最後まで残った一羽も、高雄さんが一振りで斬り伏せる。


 「やれやれ、数が多いと、きついぜぃ。でも戦争は敵味方入り乱れての乱戦になるんだよなあ。この程度は対処しきれないと、あっという間に戦死してしまいそうだにゃー」


 「洞窟の探索のように、休憩しながら戦闘ってのも、戦場ではありえないでしょうね。連戦になっても集中力を乱さないようにしないと」


 ウリヤーナとリュボフィに見張りを任せて、広間で休憩を始める。


 「一角兎以外に、第二階層で遭遇する魔物との実戦経験も積んでおきたいわね。無理は禁物だけど、時間も有限ですもの。どうかしら?」


 手拭いで刀から血糊を拭き取りながら、高雄さんが皆の表情を窺う。

 加賀先生も周囲を見渡し、皆の様子をよく観察しながら。


 「皆さん、まだ行けそうですね。帰り道の魔物はウリヤーナさん達に倒してもらいながら帰る事も出来ます。もう少し頑張りましょう」


 皆が口々に賛同の声を上げながら立ち上がる。

 魔物たちを倒し続けた甲斐があり、力が漲り肉体的な疲労は感じられない。

 ようやく私も少しずつ強くなり始めたようだ。


 更に探索を続けると、大きな芋虫たちが広間の中で蠢いているのが見える。

 

 すごくキモイ。


 鈴音が嫌悪感を声色に滲ませながら。


 「芋虫って、葉っぱを食べる幼虫じゃなかったの?」


 「鈴音さん、日本の芋虫の中には、ゴイシシジミのように、肉食性のものも存在します」


 魔物である以上、あれも肉食性に違いないわね。


 加賀先生たちが射撃を始めるが、芋虫たちは器用にその身をくねらせて、殆ど当たらない。

 鈍重そうな見かけと違い、動きが素早い!


 高雄さんと一緒に芋虫へ走り寄ると、芋虫は私たち目がけて全身に生えた「棘」を飛ばしてくる!


 高雄さんは剣閃で棘を斬り払い、私は念動で棘を振り払う。

 そのままの勢いで高雄さんが駆け寄り、横薙ぎに刀を振るうと、緑色の臭い体液をまき散らしながら、一体の芋虫が崩れ落ちる。


 「武蔵たち、気を付けて! こいつ、棘を飛ばしてくるわよ!」


 高雄さんの背後を庇うように芋虫と対峙し、私も一体の芋虫を両断する。

 追いかけてきた武蔵たちに芋虫が飛ばす棘は、私の念動で吹き飛ばす。


 「棘は私がなんとかする! 武蔵たちは芋虫の動きをよく見て、慎重に攻撃して!」


 武蔵と日向君もお互いの背中を護りあいながら、長剣を振り下ろし、シャベルを叩きつける。

 広間中に、芋虫の体液から生じる嫌な臭いが立ち込める。


 加賀先生たちが広間に入るまでの間に、なんとか芋虫の群れを殲滅する。


 「何かを飛ばしてくる魔物は初めてだったわね」


 「響さんと私は対処できそうだけど、大和君たちは心配ね」


 「もっと多彩な攻撃をしてくる魔物たちもいるはずだ。何時までも俺たちが、響たちに庇われたままでは不味いだろ」


 「もっと魔物たちを倒して、身体能力が今以上に向上したら、俺たちもいろいろ対処できると思うにゃー。それまでは、委員長たちに庇われるのは仕方がないぜぃ」


 加賀先生が皆を労うように声をかける。


 「皆さん、お疲れ様でした。元々の身体能力や、身につけていた技量に差があるのです。全体の力が底上げされるまでは、高雄さんと響さんに頼るのも仕方がないでしょう。皆の長所で、それぞれの短所を補いながら、力を蓄えるしかありません」


 休憩しながら話し合った結果、今日の探索は第二階層までとし、帰還することにした。

 まだ余力があったので、帰り道もエルフたちを頼らずに、私たちが魔物を倒した。


 まだまだ、私たちには力が足りない。

基本的にダンジョンの探索と戦闘の繰り返しで長期連載を続ける、

「内密」の凄さを書き手側になって実感しました。

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