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第十一話 混沌の洞窟

 異世界に拉致されてから、三週間が経過した。

 日中は、武器の扱いに慣れるための鍛錬と、言霊の学習。毎日この繰り返しだった。

 模擬刀を使った稽古では、何度も武蔵が高雄さんの服を切り裂いて、色々見えてしまったり、二人がもつれ合って倒れてしまったり、武蔵は平常運航中。

 高雄さんは真っ赤になり怒鳴りつつも、武蔵を見捨てることなく、指導を続けてくれた。

 ジリヤの模擬刀を紙一重で避け続けた高雄さんに、武蔵の攻撃が何故当たるのか理解できない。

 

 高雄さんと、朱理の指導により、全員ある程度、自分の武器を扱えるようになってきた。


 加賀先生の自動小銃については、日向君が身振り手振りを交えて、構え方を教えた。

 腰の高さに構える「腰撃ち」、胸付近に構えて撃つ「抱え撃ち」、腰を落とし、右太股に銃を当てて撃つ「屈み撃ち」、うつ伏せに構える「伏せ撃ち」、右足を曲げて立てた左膝に構える「膝撃ち』」、両足を交差させて座り、右手で銃を持ち上げ、右肩に当てる「座り撃ち」、肩幅より広く広げた両足で立ち、斜め右を向きながら左足を半歩踏み出して構える「立ち撃ち」などなど。

 加賀先生は日向君の指示通りに構えて、射撃訓練を繰り返した。

 

 日向君、思った以上に雑学に詳しいのね。


 銃剣を使った戦闘をせざるを得ない状況に備えて、加賀先生も模擬槍による稽古に参加している。

 やはり武蔵の模擬刀により、加賀先生の服が切り裂かれて、色々見えてしまうたびに、鈴音が武蔵に平手打ち。

 何故か、日向君や私との立ち合いでは、武蔵に服を切られる事もなく。

 狙ってやってるのかしら?

 じゃあ、私は武蔵的には日向君と同じ扱いなのかしら。

 なんか、腹立たしいわね。


 言霊の学習については、進捗に個人差は出てしまったが、初歩の初歩は、全員発動できるようになっている。


 アルフヘイムとハライソは、散発的な小規模戦闘が何度か発生しただけで、戦争と呼べるような大規模な戦闘には至らなかったと聞いている。

 日向君が寝物語でインガから聞き出した話とも一致するので、おそらく間違いないのだろう。

 日向君は侍従のエルフは何人か食べてしまったが、インガ以外の幹部エルフはまだのようだ。


 日向君が考案した「防具」はまだ完成に至らない。

 代わりに、魔物の皮を加工して作られた、皮の鎧が支給されている。

 皮の鎧と言えど、素材は魔物の皮。これでも鋼鉄の鎧よりも防御力に優れているとか。


 「そろそろ、混沌の洞窟へ行ってもいいんじゃないか?」


 武蔵の発言に、皆それぞれ考え始める。


 「鈴音も、動かない的には、それなりに当てるようになったけど。動き回る魔物に当たるかどうかは、私も自信が無いんだよね」


 「私たちの成果は、「手加減」できるようになった事でしょうか。的を砕いたり、貫いたりすることなく、軽く叩く程度まで、威力を落とす事ができるようになりました」


 「怖いけど、強くなる為には、洞窟に潜らないとダメだよね。私も武蔵ちゃんに賛成だよ」


 朱理と加賀先生も鈴音と同意見のようだ。


 「俺が読んだ本だと、基本的に刀は骨を斬れば、刃の痛みが早まり、人を斬れば刃に肉や脂がこびりついて、切味が鈍っていくらしいぜ。神食(かんじき)の武器の刃が痛むかどうか、試してみないと分からないけど、この事を頭に入れておいて、魔物を斬った方がいいと思うにゃー」


 「巻き藁や、畳表を試し切りした事はあるけど、肉の塊は試し切りしたことが無いのよね。日本刀なら、豚肉の塊を骨ごと両断できるようなんだけど。日向君の忠告、覚えておくわ」


 「反対意見が無いなら、明日から混沌の洞窟へ行きましょう」


 壁際に控えて聞いていたウリヤーナが口を挟む。


 『では、探索に必要な物資は明日までにご用意いたします。護衛として、リンマとインガをお付けします』


 護衛だけでなく、見張り役も兼ねているのでしょうね。

 エルフたちが無条件に私たちを信用するはずもないか。


 



 朝食後、一時間ほど休憩してから、混沌の洞窟に向かう事になった。

 城下町を通って郊外に向かうのかと思い込んでいたら、王城の裏庭にある隠し通路へ案内された。

 私たちを一般のエルフたちに接触させたくないようだ。

 日向君がエルフたちから聞き出した情報によると、勇者がこの国にやって来たことを公にしていないそうだ。徹底的に情報統制しているとか。たんに秘密兵器扱いなのか、それとも隠さなければならない理由があるのかどうかまでは分かっていない。

 一時間ほど森の中を歩くと、小山が見えてきた。エルフの兵士たちが歩哨に立っているという事は、あれが「混沌の洞窟」なのだろう。

 私たちを先導するリンマとインガの姿を見て、兵士たちが敬礼する。


 『ご苦労様ー。これから私たちが勇者さまを混沌の洞窟にご案内するから、しっかり入口を護っててねー』


 『万が一の非常時は、私たち騎士が咆哮を上げる。王城へ連絡するとともに、救出部隊を突入させてくれ』


 『了解いたしました!』


『ではー。洞窟の中へご案内いたしますー。足元には気を付けてねー』


 混沌の洞窟の壁には「言霊文字」が刻まれていて、松明やランタンが必要ない程度には、壁が明るく輝いている。

 武器以外の余計なもので手を塞がれないのはありがたい。

 通路の横幅と天井高は、それぞれ十メートル程度かしら?

 

 思ったより、広い。

 

 私が先頭に立ち、武蔵と日向君、高雄さんが、すぐ後ろについている。

 射撃担当の鈴音たちは更にその後ろだ。

 私たちが探索に慣れないと意味が無いので、リンマとインガは最後尾についている。

 私たちの手におえない状況に陥った場合は、彼女たちが助っ人として戦闘に参加することになっている。


 『この洞窟には罠は存在しません。魔物の奇襲にだけ、ご注意を。飛行する魔物、土中から現れる魔物には特に注意が必要です』


 洞窟を進むと、大鼠がたむろする広間が見える。気配を感じて、天井に視線を向けると、大きな蝙蝠がぶら下っている。

 地球にはあれだけ大きな鼠や蝙蝠は存在しない。あれが魔物ね。

 私たちに気が付いたのか、魔物たちが襲い掛かってくる!


 「天井に蝙蝠! 加賀先生たちは、上を狙ってください! 前衛組は、魔物を足止めしながら、各個撃破を狙うわ!私に続いて!」


 万が一の味方誤射に備えて、まず射撃組が攻撃する段取りになっている。

 銃声とともに、矢が宙を割く風切音が聞こえる。

 予想通り、撃ち漏らしが多い。

 撃墜出来たのは三分の一程度かしら。


 「蝙蝠が私が!」


 「俺たちは大鼠を狙うぞ!」


 「分かったわ。後ろには行かせない!」


 「俺のカッコいいところを見ててほしいにゃー」


 壁を足場に蹴飛ばして、高く舞い上がる。

 複雑な軌道を描く蝙蝠を、二振りの短剣で両断する。

 まずは二匹!


 高雄さんを先頭に武蔵たちが大鼠目がけて走り出す。

 

 軽やかに振るわれた高雄さんの刀の切っ先が大鼠の喉笛を真っ直ぐに通り抜け、返す刀で二匹目の大鼠も喉笛を断ち切られる。

 武蔵の長剣が大鼠の頭を断ち割り、日向君が横殴りにしたシャベルで、大鼠の腹が大きく割かれる。

 前衛を大きく回り込んで、後衛を襲おうとする大鼠は、加賀先生たちの射撃により、耳障りな鳴き声を上げて倒されていく。


 私が更に二匹の蝙蝠を両断すると、高雄さんも同じように大鼠を二匹倒す。


 高雄さんは華麗な足さばきで大鼠の攻撃を躱すが、武蔵たちは何度か大鼠の体当たりを受けながら、目の前の大鼠を屠っていく。


 魔物は全て倒したが、武蔵と日向君は傷だらけだ。

 鈴音たちが駆け寄り、『治癒』の言霊と『解毒』の言霊で二人を癒す。

 大鼠と蝙蝠の牙には、弱い毒があると事前に教えられている。


 「ここで休憩を入れよう! 無理することは無いぜぃ! インガちゃんとリンマちゃんは、見張りをよろしくねん」


 『祐也さま、了解だよー』


 『心得ました。インガ、お前はもっとシャッキリと立て!』


 私と加賀先生と高雄さん以外は、それぞれ疲労を表情に表している。

 生まれて初めての『殺し合い』なのだ。無理はないわね。


 「加賀先生と高雄さんは思ったより疲れていないようですね」


 「私は覚悟を決めて、この世界にやってきました。後ろから銃撃するだけなら、さほど消耗しません」


 「私は普段から鍛えてるからね。『人間』ならともかく、魔物を斬る分には躊躇しないわ」


 戦闘では男二人より、加賀先生たちの方が頼もしいわね。


 「蝙蝠があんなに複雑な動きで飛ぶとは思わなかったよ。やっぱり動く相手を射抜くには実戦経験が必要だね」


 「私は、武蔵ちゃんたちに当てないように、とにかく魔物目がけて撃つので精いっぱいだったよ」


 大鼠と蝙蝠の毛皮や牙は素材として利用できるみたいだけど、あえて回収はしない。

 必要な物資はエルフが負担するのだ。希少な素材ならともかく、ありふれた素材を回収するために、余計な手間をかける必要はないのだ。


 「本物の銃だと、跳弾が怖いらしいけど、彩先生の自動小銃は一切跳弾しないのが、有難いにゃー。特に洞窟みたいな閉鎖空間だと、跳弾が危なくてしょうがないらしいぜぃ」


 「次はもう少し威力を上げて撃ってみたいです。空を飛ぶ魔物がいなければ、射撃組がどれだけ命中させられるのか、実戦で経験させてください」


 次に遭遇した魔物は大ムカデだった。やはり人間大のサイズだ。

 力が強い代わりに、動きは鈍いと教えられている。

 射撃訓練には格好の相手だろう。


 加賀先生が中央の大ムカデを三点バーストで掃射し、左側は朱理が、右側は鈴音が矢を放つ。

 相手の動きが遅い事もあり、今度は大ムカデたちの三分の二は射撃で倒すことが出来た。


 今度も私が先頭になり、大ムカデ目がけて突貫する。

 蝙蝠たちと比べると殻が固いが、神食(かんじき)の武器は刃こぼれすることなく、バターを切り裂くように、大ムカデの身体を断ち斬る。

 

 高雄さんが刀を翻すたびに、血風と共に大ムカデの半身が斬り飛ばされる。

 ちょこまかと走り回る大鼠たちと違い、今度は武蔵たちも攻撃を受けることなく、振り下ろした長剣とシャベルで大ムカデの屍の山を築いていく。

 

 やはり、戦闘技術では高雄さんが頭一つ、いや二つ以上飛びぬけている。

 神食(かんじき)の武器で高雄さんの身体能力が、ダンピールのそれに追いつけば、正攻法では私は高雄さんに勝てなくなるだろう。

 

 魔物を駆逐した後、今度も見張りをエルフたちに任せて休憩する。

 

 「疲労感はあるけど、力が漲ってきたぜ。少しは強くなったのかな」


 武蔵の発言に皆は口々に同意の声を上げるが、私はちっとも強くなった気がしない。

 元々ダンピールが人間より、強いせいなのかしら?

 私が強くなるためには、より多くの、より強い魔物を倒す必要があるのだろう。

 多少は強くなったのかもしれないが、誤差程度なのだろう。実感が無い。


 「今日はここまでとして、反省会で意見を交えて、今後の連携など話し合ってから、その後は言霊の学習としましょう。実戦経験が足りないのは承知していますが、言霊学習もまだまだ不十分です」


 焦って取り返しのない事態に陥るぐらいなら、やはり安全マージンを取りながら、地道に強くなった方が良い。

 誰も加賀先生の意見に異議を申し立てることは無く、洞窟から王城に帰還した。


 それぞれの個室のシャワーで体を清めてから、食事の後は反省会と言霊の勉強会。


 「やっぱ、全員、素人同士だねぇ。俺と武蔵がお互いの背中を庇うように戦いながら、響ちゃんと委員長が遊撃。彩先生たちの射撃をかいくぐりながら前衛が戦えるような練度はないから、後衛は味方誤射に気を付けて、落ち着いて射撃。これしかないかにゃー」


 日向君の指摘に一様に頷きながら。


 「響のおかげで全員の身体能力は大幅に向上してるのに、いざ戦闘となると思うように動けないもんだな。その点、高雄は凄いよな。前衛で一番沢山の魔物を斬り倒しながら、自分は掠り傷一つ負ってないじゃないか」


 「日々の鍛錬がこうして役に立つとはね」


 高雄さんは頬を染めながら満更でもなさそうだ。


 「彩先生の銃と違って、私と鈴音の矢は連射が出来ないんだよね。私はある程度、2射、3射と矢継ぎ早に射る事が出来るけど。鈴音のクロスボウは、とにかく落ち着いて、1射ずつ大事に敵に当てるしかないかなぁ」


 「皆、ごめんね。私だけあまり役に立ってない……」


 肩を落とす鈴音に武蔵が励ますように声をかける。


 「鈴音が役に立ってないなんて事は無いぜ。言霊の扱いについては、鈴音が俺たちで一番じゃねえか。武器による攻撃が苦手なら、言霊を頑張ってくれればいいさ」


「武蔵君が良い事を言いました。私たちは一蓮托生なのですから、お互いの長所、短所を補い合えば良いのです。しかし、武蔵君の言霊嫌いは目に余ります。武蔵君の言霊学習の課題を見直さないといけませんね」


 加賀先生の発言に武蔵を悲鳴が上げる。


 「うへえ、本当に漢字の書き取りみたいで嫌なんだよなあ。でも命がかかっている以上、嫌がってばかりじゃだめか。後悔したくないもんな」


 まだまだ、戦場に立つには、私たちの力は不十分だ。

ダンジョンのタグ通り、やっと混沌の洞窟です。

本作の勇者たちはチート能力がないので、いきなり無双するのは無理です。

高雄さんの剣術は明らかに不自然なのですが、才能があったという事で。


自動小銃の構え方については、詳しい方にはツッコミどころ満載かとorz

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