第十話 NAISEI? だが、断る!
毎日、族王と六騎士全てが、私たちについて回るわけにはいかないのだろう。
今日の案内役は熊の氏族のインガと、黒豹の氏族のエレオノーラ。
インガは日向君を、エレオノーラは加賀先生をこの世界に連れてきたが、日向君と加賀先生の話によると、、戦争の相手は天使や魔族だけでなく、『人間』である事を予め説明していたそうだ。
六騎士の中ではまともな部類と言えよう。
他の四人は全員戦死してしまえば良いのに。
でも、仮に六騎士が全滅しても、リュボフィだけは生き残りそうな気がするわね。
お母様を槍で突き刺し、私を追いつめた相手だが、どこか憎めないところがある。
本来なら、一番憎んでも良いはずの相手なんだけどなあ。
朝食の後に、私たちの防具を揃える為の採寸が行われた。
「甲冑なんて、ちっとも合理的でも機能的でもないニャー」
「私も、甲冑なんてちょっと。弓を引くのに色々と邪魔そうだしねえ」
日向君のダメ出しに続いて、朱理も不満の声を上げる。
それに対してエレオノーラが宥めるような口調で答える。
『ミスリル製の、極限まで軽量化された甲冑をご用意いたしますが。弓手の皆さまには、ウリヤーナが着用しているような、弓手に合わせた意匠のものありますよ』
「ミスリルねえ。エルフにはとっておきの素材があるって、インガちゃんから聞いてるぜぃ。そいつを使って、俺の指示通りに防具を揃えて欲しいねぇ」
エレオノーラは余計な事をと言わんばかりに、目線の叱責をインガに向けた後に、取り繕ったような笑顔を見せ。
『では、どのような防具をご用意すればよろしいでしょうか?』
日向君は予め用意していた図面を広げ、エレオノーラに見せる。
皆も興味深そうに覗きこむ。
「この図面と注釈通りに仕立ててほしいねぃ。エルフの職人を総動員、言霊も使えばできるっしょ?」
「なるほど、確かに、合理的かつ機能的ですね。日向君、流石です」
「これなら、私にも着る事が出来るかも。日向君、凄いね」
「祐也、お前、頭柔らかいなあ。剣と魔法の世界で、この発想は無かったぜ」
皆が口々に日向君を褒め、日向君はドヤ顔。すぐ調子に乗るわね。
日向君が示した防具は、この世界では革新的なモノだろう。
しかし、エルフ秘蔵の希少素材を使わないと、この世界では製作不能。
量産は無理でしょうね。エルフを利する事にはならない。
『このような構造や意匠の防具。私たちが持ち合わせない概念のもの。仕立て上げるには相応のお時間を頂くことになりますが』
「防具の完成には時間がかかってもいいぜぃ。完成までの間は、皮の鎧でも装備して、洞窟の上層部で力を蓄えておくからねぃ」
エルフたちは私たちをすぐにでも戦力化したいのだろうけれど、思惑に乗る必要はない。
安全マージンをとりながら、まずは私たち全員が強くなることが先決なのだ。
昼食までの時間は、初歩的な言霊教育を受ける事になった。
エレオノーラが事前に用意していた「入門書」を全員に手渡す。
『この「入門書」に記された「言霊」を習得するまでは、どうぞお持ちください。夕食後の就寝前にも、復習する事をお勧めいたしますわ』
皆、真剣な表情で、自分の「入門書』」を読み始める。
漢字のような「表語文字』」だという事を「理解」できる。
全く見たことが無い文字なのに、「意」』も「読み」も理解できる。
『「言霊文字」で記された書物は、知性ある存在なら誰でも読み解くことが出来ます。まずは、基礎的な「言霊文字」をよく学習してから、より応用的な言霊の学習を始めてください』
「入門書」の内容は、四つの章から構成されている。
第一章 「基礎」
第二章 「攻撃的言霊」
第三章 「防御的言霊」
第四章 「補助的言霊」
第一章に、言霊文字の基礎が詳しく解説されている。
ページをめくりながら斜め読みしていくと……。
第二章の「攻撃的言霊」には『炎の矢』、『火炎弾』のように、ファンタジーの攻撃魔法のような言霊が、その効果と共に列記されている。
第三章の「防御的言霊」には、『防壁』、『矢返し』など、相手の攻撃に対応するための言霊が並ぶ。
第四章の「補助的言霊」には『癒し』のような治療のための言霊以外に、『強化』、『強靭』、『補修』、『修繕』、『再生』など、様々な言霊が記されている。
戦時中だからか、入門書にも関わらず、戦闘に役立ちそうな言霊ばかり解説されているわね。
「似たような言霊も並んでるんだけど、何がどう違うんだ?」
武蔵の問いに対して、エレオノーラが答える。
教師役が一番似合うエルフね。
『同じような「言霊」の意味を重ね合わせる事で、より大きな効果を引き出すことが出来ます。例えば、『強化』と『強靭』の言霊を続けて唱えれば、自身の肉体をより強く強化出来ますし、武具に『言霊文字』を刻めば、より強化されるというわけです。また、全く同じ言霊であっても、複数の言霊使いが同時に唱えれば、効果が強化されます』
「具体的には、どのように学習を進めればいいのですか?」
加賀先生の問いに対して、エレオノーラは。
『音読しながら、「学習用紙」に書き写してください。言霊を、暗記、暗唱できるようになるまで、この繰り返しです。専用の「学習用紙」以外に「言霊文字」を記すと、効果を発揮してしまうので、学習時には必ず「学習用紙」をご使用ください』
武蔵が苦虫を噛み潰したような顔で嫌そうに。
「うへえ、小学生の漢字の書き取りみてえだな。まるで拷問じゃねえか! 憲法第二十五条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に觝触しているぞ!」
異世界では日本国憲法は私たちを護ってはくれない。
鈴音が苦笑を浮かべながら、武蔵を見つめて。
「武蔵ちゃん、漢字の書き取りって大嫌いだったもんね。忘れ物した罰に、居残りで漢字の書き取りを先生にさせられたりとか」
「鈴音、嫌な事は思い出させるなよ。うわぁ、嫌だなあ」
「武蔵ちゃん、一人で勉強するのが苦痛なら、私と一緒に勉強しようよ」
武蔵がサボらないように、鈴音が監視した方がいいわね。
言霊の学習には命がかかっているのだから。
「高雄さん、私たちも一緒に勉強しない? 一人で根を詰めてやるより、二人で教えあいながらの方が捗ると思うよ」
空気を読む朱理は、あえて親友の鈴音ではなく、高雄さんに声をかける。
「そうね。むしろ学習成果を競走した方が捗りそうね」
「では、毎日課題を設定して、翌日成果を先生が確認することにしましょう」
高雄さんと加賀先生の発言に男子二人は表情を強張らせる。
「加賀先生はともかく、高雄が絡むと、絶対にスパルタ式になるだろ!」
「せっかく綺麗どころが揃ってるんだから、もうちょっと色っぽい展開をお願いしたいにゃー」
バカ二人を高雄さんが一喝する。
「このおバカ! 命がかかってるんだから、真剣にやりなさい! 加賀先生、むしろこの二人の課題は、他のみんなよりハードルを高くしましょう」
「高雄さんの言う通りです。ここは私も心を鬼にしましょう」
この日は、食事以外の時間を全て、言霊の学習に充てた。
鈴音が久しぶりの武蔵との共同作業に嬉しそうだったのが微笑ましい。
この世界にやって来てから、初めて鈴音らしい笑顔を見たかもしれない。