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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第一章 「魔導書のご主人様」

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第七話 『そのとき時代が動いた』

 

 グリンスパール王国。

 大陸中央に位置するこの国は今、混乱のまっただ中にあった。


 突如出現した超大型モンスターにどう対処すべきか。

 即時の騎士団の出動が望まれたが、貴族会議が紛糾しており、未だ出発はならず。

 ようやく出た結論は、騎士団の戦力のうち半数を守備隊として振り分け、ハミンス及びリヒタルオームの街を防衛する。これだけだった。


 仮称、フレイムジャイアント。

 これまで観測されたことのない凄まじいモンスターに対し、対応を決めかねていたのだ。

 討伐隊を組むべきだ。撃退できればそれで良い。

 ギルドに通達し、賞金を出して冒険者をかり出すのはどうか。


 様々な意見が飛び交うが、誰も明快な結論を出せずにいた。

 団長は会議から戻ってこず、動けないままの騎士団はいらだっていた。


「ねえ! 準備は出来ましたの!?」

「まだです! 編成にあと一時間ほどかかる模様!」

「そんなに待てませんわ! あれほどの脅威、早く対処しなければ!」


 騒がしさは続いている。


「斥候はどうした!」

「はっ、報告します。あれはやはりモンスターではないかと。ただ」

「なんだ」

「あの危険区画、グランプルの魔の畑が消滅しているとのことで」

「……なんだと!」


 次々に入ってくる報告は耳を疑うものばかりだ。

 新種のモンスターというのはさほど珍しくはない。

 基本的に、新種が報告されるのは、それまで未発見だったことと同じ意味なのだ。


 現にダンジョンの奥深くであるとか、山岳地帯などでは時折新種の存在は見つかる。

 しかし、場所が場所だ。グリンスパール王国とアフール法国の国境沿いである。

 騎士団を動かすのは出来るが、その後のことも考えると、より厄介であった。


「せめて法国側だったらこんなにややこしいことにならなかったのに」

「そこ! 余計なことを言うな!」

「はっ、申し訳ありません!」

「……どのみち動く必要はあったはずだ。モンスターがどちらに向かうかは分からんからな」


 西側にアフール法国、東側にグランスパール王国。

 その中間に、何かを取り囲むようにしてグランプルの群生密集地帯がある。

 小さくとも五メートル。大きいものなら十メートルもの高さの、植物型食人モンスター、それがグランプルである。


 何を取り囲んでいるのかは知られていない。誰も辿り着いた者がいないからだ。

 しかし、緑に取り囲まれた部分は相当な広さである。

 冒険者は噂する。あそこにはお宝があると。だが、本気にする者はいない。


 魔の畑。魔の森や魔の山同様、近づいてはいけない危険地域の代名詞である。


 グランプル。

 金貨三枚級と呼ばれる凶悪モンスターの一種であるが、一体だけであれば、それほどの脅威ではないとも言われる。

 鉄もひしゃげる威力の近接攻撃と、スライム並の厄介な再生能力を持っている。

 ただ、火炎系に強い魔法使いさえいれば、再生を許さず燃やし続けることで、無理なく倒すことが出来るとも。

 このため一体としての強さは金貨級モンスターのなかでも下位とされる。


 問題は、グランプルが一体だけで存在した試しがない、という点。そして周囲に別のグランプルがいる場合、再生能力が跳ね上がるという点である。

 一度にグランプル十体を同時に焼却できるだけの火力と、手数と、継戦能力を用意するのは、並大抵のことではない。

 それだけの戦力があれば、別のことに使った方が儲かるのも事実だ。

 つまり、割に合わないのである。

 

 さらにグランスパール王国とアフール法国の国境に存在していることもあって、自然の防壁としての役割もあった。

 グランプルの密集地帯には誰も近寄らないし、戦うだけ損。そんなイメージがついていた。

 もちろんグランプルが増殖し、さらに版図を広げようとしているのであれば、グリンスパール王国もアフール法国も全力で対処しようとしただろう。


 しかし、グランプルは決して群生地を増やそうとはしなかった。

 何かを取り囲み、閉じ込めるように、あるいは周囲から守る砦のように、その場所に存在し続けたのである。

 まるで結界のようだ、とは法国の有名な司祭の言葉だったか。


 以前、ハミンスの街の市長がこれを危険視して、終端にあたる外縁部分のグランプルを退治しようとする動きはあった。

 大人数を招集し、多額の税金を投入していくらかのグランプルの焼滅に成功した。

 だがそれだけだった。

 ほんの端っこを削り取っただけである。

 元よりすべてを倒しきれるのは不可能だったが、半日経たずしてグランプルはその場に再生し、同じ場所に繁茂し続けたのである。


 撃破に成功したが、金貨の回収もままならない。金貨を得るためには周囲のグランプルも同時に倒さなければ、拾いにもいけないのだ。遠距離攻撃はするそばから回復される。その後も何度か試行されたが、結局その場にいた何人かが得たわずかな経験値のみが成果となり、税金の無駄遣いとしてそのときの市長は解任される始末だった。


 なにしろグランプルは、自分から移動することのない植物型モンスターである。

 近づかない。余計なちょっかいを出さない。それだけで安全は確保されるのだ。そして決して魔の畑と呼ばれる領域から外には増えようとしないことも相まって、放置が推奨されるようにすらなった。

 たまに小遣稼ぎと称して魔法使いが少し離れた場所から攻撃をしかけることもあったが、金貨の回収に成功したという話はほとんど聞かない。

 回収できなければ、やはりその場にグランプルは復活する。

 この悪循環であった。

 

 騎士団がようやく出動準備が整ったころ、新しい報告が入った。


「報告いたします! 仮称、フレイムジャイアント、消滅を確認とのこと!」

「……なんですって!?」

「はっ。唐突に消えたようです!」

「移動したのでも、見失ったのでもなく?」

「消滅です!」


 情報が錯綜していた。

 法国側に向かっただの、リヒタルオームへ直進するコースだっただの、ハミンスはすでに壊滅しているのではないか、だの、憶測混じりの情報まで大量に持ち込まれる状況であった。

 そこに来ての目標の消失。

 次々に入る、別ラインからの報告で、大型モンスターが消えたのは事実と判明した。


 本当かどうか疑わしいにもほどがある。

 武具級と思われる大型モンスター相手では、精鋭の騎士団ですら時には犠牲を覚悟しなければならない。今回の仮称フレイムジャイアントはそれ以上の脅威だった。

 騎士の多くは決死の覚悟で向かおうとしていた。

 それでも、近隣の街や村落を守るための時間稼ぎが出来るかどうか。


 調査は続行。

 グランプルが消滅したという、魔の畑の領域のこともある。

 もしそれが真実であれば、法国との国境問題が増えることになりかねない。いや、防衛のための人員、予算も不足している。

 騎士団にも、貴族院にも、王にとっても、頭の痛い問題が続出していた。

 まずは情報を得なければならない。


 斥候によれば、フレイムジャイアントがグランプルを焼き滅ぼしていたとの目撃情報もある。

 別種のモンスター同士が争うことは珍しいが、無いわけではない。

 しかし、まずフレイムジャイアントがどこから来たのか。何を目的としていたのか。

 疑問は尽きない。

 

「脅威は去った、で済ませて良い問題ではありませんわね」


 翌日になり、彼女は言った。

 出動予定だった騎士団のなかから、先遣隊がすでに現場に向かっている。

 入れ替わりで、その場に留まっていた数名の斥候も、報告のため戻ってきていた。


「まずは調査団の派遣か。そして魔の畑の中心、誰も見たことのない場所に何があるのか。フレイムジャイアントにしても、消えたというのは解せない。もしかしたら誰かが倒したのかもしれん」

「……それほどの実力者集団が、たまたま近くを通りかかった、と?」


 あるはずがない、とは言い切れなかった。


「たまたま、ではないのかもしれんな。どこかで戦闘しているうちに、こちらに逃げてきたフレイムジャイアントを追跡してきた。どうだ、お嬢」

「ありえませんわ!」

「ではどう考える?」

「そうですわね。……たとえば、魔の畑の中心に古代の遺跡でもあって、偶然フレイムジャイアントが召喚された。グランプルが反応して攻撃、そのまま敵対関係になり、フレイムジャイアントと大量のグランプルが相打ちになって、同時に消滅。これなら辻褄は合いますわね」


 騎士団長は考える素振りをして、戻ってきていた斥候全員に尋ねた。


「武具は、あったか」

「いえ、見つかっておりません」

「……フレイムジャイアント消失の場面は、その目で確かめたのか」

「申し訳ありません! 目視で消失する瞬間は確認しましたが、距離はかなりありました。武具については未確認です!」

「それはかまわん。状況の変化を優先して確認し、危険を避けるよう指示したのは俺だからな。グランプルの方はどうだ。金貨は残っていたんだろう」


 斥候のとりまとめ役が、前に進み出て言った。


「それなんですが、団長。妙なことがひとつ」

「なんだ」

「こいつが」


 斥候のなかでもとりわけ年若い少女を呼び、前に立たせた。


「妙な人影を見たというんで」

「……なに」

「一瞬なんですが、フレイムジャイアントの進行方向と逆側に誰かが走っていった気がしたんです。ただどう考えてもグランプルに囲まれていた側なので、見間違いかも知れません」


 とりまとめ役が続けた。


「で、あっしも気になっていたんですが、妙に残った金貨が少なかったようなんで。あれだけグランプルがいたわりに、残っていた金貨の量は百枚ほど。いや、これだって凄まじい大金なのは分かるんですが、思ったより少なかったなと」

「誰かが拾っていったんじゃないか、と」

「憶測でものを語るのはあっしの仕事じゃないんですが、どうにもそんな気がしてならねえんで」

「ふむ」

「武具も見当たらなかったとすると、もしかしたら、と」


 団長はしばらく眉間にしわを寄せて考えていたが、かぶりを振った。


「まさか、な」

「何か思い当たるふしが」

「いや、ない。無いが、あとは魔の畑の内側を確かめてからだな。あるいは、お嬢の推測が当たっているかもしれん」

「わたくしは団長の推察に一票を入れますわ」

「……真相はもっと違うのかもしれんな。とにかく、事態の収拾に当たろう」


 団長の部屋に、二人だけが残った。


「団長。浮かない顔ですわね」

「いや、誰かがフレイムジャイアントを撃破したのかもしれん。とすれば一応、金貨は拾得物として保管しておこうと思ってな」

「どういう理屈ですの」

「グランプルを倒して出現した金貨は、フレイムジャイアントが得たものだ。それを倒した者たちがいるならば、金貨ごと総取りするのが筋だろう。今回、騎士団は何もしておらんからな。……成果の横取りは好かん。それだけだ」


 これより後、魔の畑と呼ばれたグランプル密集群生地域は、完全に壊滅したとして正式に布告される。

 この地のグランプルは、一体足りとも残らなかったのだ。


 同時に古代文明の遺跡が発見され、さらに、完全な形を残したままの召喚陣の存在が露見する。

 遺跡の調査権をめぐって、古代人の子孫を自任するグリンスパール王国は、隣国たるアフール法国との関係を悪化させることとなる……。


「お嬢。……本当に遺跡と召喚陣があったんだが」

「わ、わたくしは、起きたことからこうかもしれないと思っただけですわ!」


 この騒ぎによって、王国の貴族も騎士団も大量の仕事に追われる羽目になり、一人の少女斥候が見たかもしれないとした人影については、ひとまず忘れられることとなるのだった。


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