第七十五話 『鵜の目鷹の目』
俺はアヴェイラから色々と話を聞いてから、冒険者ギルドを出た。
行き先のあては二つ。
兵士の詰め所か、盗賊ギルドか。
どちらから行くべきかと少し迷って、俺はいつか来た道を辿るのだった。
◇◇
ホークアイの負傷と失敗について、アヴェイラは多くを語らなかった。
ただ、個人的見解として付け加えてくれた。
「あいつ、しばらくは絶対安静だそうだよ。鷹が撃たれちゃ世話ないね。しかも絶対に成功すると思われてた案件でしくじったんだ、他の面々は二の足を踏むだろうさ」
「この話、最初から俺に持ってくるつもりだったのか」
「察しがいいじゃないか。……窓口のお姉さんからの、Aランク昇格祝いだよ。ホークアイが失敗した依頼ってことで報酬も跳ね上がってる。もちろん正式な依頼さ。ヨースケなら出来そうだからね」
パチッ、とウインクされた。
その仕草は、ものすごく似合わなかった。
こう、アヴェイラは美人の部類なんだが、可愛いらしい振る舞いをしている姿を見て、無理すんなと言いたくなった。
もちろん口には出さなかった。
「なんだいその目は」
「受ける。受けます。じゃあ俺はこれで……!」
背を向けた。振り返らず、俺は逃げようとした。
「待ちな。ねえ、ヨースケ、どこに行くんだい?」
恐ろしいプレッシャーであった。
こわごわと振り返ると、呆れたアヴェイラの顔があった。
「別に怒ってないから、こっちに戻ってくるんだ。忘れものだよ」
「え?」
「ギルドからの正式な依頼だって言ったろ。ほら、これが契約書。全部読み終えたらサインして、一枚は控えとして持つ。ったく、普通はAランクになるまでに経験しとくべき流れだってのに。だいたい詳しい話を聞かずにどこに調べに行くつもりだったんだ。……早い男は嫌われるよ?」
ぐ、と声に詰まる。言い返せなかった。
言われるままに座り直して、文面を読み込んで納得してから記名する。
こういった依頼の注意事項も、講習にあったことを思い出した。依頼ということで、どこまでギルドのサポートを受けられるか、どの程度が自己責任で、どの範囲まで保証されるか。かかる経費の扱いについてなど、わりと細々とした内容まで書面に起こしてある。
普通ならばギルドの仲介のため、あまり注意深く確認する必要は無いのだが、依頼内容によっては、どこかの貴族や組織から直接出された依頼もある。
こうなると基本的な契約内容や条件がまったく違うことがあるため、気をつける必要があるとかなんとか。
逆に手厚い保証や潤沢な経費が認められる場合もあるため、一概にどちらが良いとか悪いとかは言えない。
契約金として費用が発生したり、失敗した場合の罰則金なんかが設定されていることもある。
今回のケースは、状況や難度こそ特殊だが、方式は一般的なギルドからの調査依頼だ。
少ない情報を頼りにモンスターの密集地に埋もれた鉱石を採取してくるか、街中に隠れ潜んだ人間を捕縛してくるか、その程度の違いである。
「ギルドとしては快盗ミラージュを捕縛してくれさえすれば文句はない。あんたに方法は任せるが、なるべくなら生きたままで頼みたい」
「殺しちゃまずい理由は?」
「ここハミンスじゃあ、快盗ミラージュの名前はでっかいからね。本物でも偽物でも――本人ってことは九割九分ないだろうが――殺して終わりってなると、納得しないのも多いんだよ。それに盗まれた貴重品の行方も調べなきゃいけないし」
「つまり、ホークアイが重傷を負ったのは」
「さてね。……取り逃がしこそしたが、一度は追い詰めたんだ。まァ、失敗したって事実の前には言い訳にしか過ぎないけど……状況が悪かったか、不運が重なったか、あるいは」
おそらく、仕留めるだけなら容易かったのだろう。
しかし殺せない理由があったから、その隙を突かれた。手痛い反撃を受けてしまった。
これを油断と見るか、相手の実力がかなり高いと見るかは判断が別れるところだ。
俺は後者と見た。
書類の中には、ホークアイの証言によって作られた人相書きもあり――自称快盗ミラージュは、四十代か五十代の中年男性だった。
短い髪、のっぺりとした顔で、ぼんやりとした瞳、中肉中背、特徴と言えるほどの個性がまるで見当たらない。
存在感がない。覇気がない。
人混みに紛れたらそのまま顔が思い出せないような、ひどく茫洋とした顔だった。
ハミンスの外に逃げられた可能性は考えにくいそうだ。
先日から逃亡の可能性を指摘され、外門の出入りには厳戒態勢を敷かれている。
この人相書きも警邏や兵士の詰め所をはじめ、すでに各所に頒布され始めていた。
「ちなみに、この似顔絵の信憑性は?」
「ホークアイに聞きな。描いたのはあいつさ」
「一応聞くけど、アヴェイラの意見としては」
「……偽者だろうね。聞いてた話とは全然イメージとは違うし。ああ、あたしの意見なんか参考にするんじゃないよ。聞かれたから答えただけで、単なる個人的な心証さ」
◇◇
話を聞きたかったが、ホークアイは自宅で療養しているそうだ。
俺は彼の自宅を知らない。
というわけで盗賊ギルドで話を聞くことにした。
「よう。話があるのは分かってるけどよ、……こっちな」
驚く前に、とりあえず挨拶をした。いきなりルピンが出迎えてくれたのだ。
詳しい話をする暇もなく、親分もとい盗賊ギルド長はしかつめらしい顔で、くい、と奥の部屋を指し示した。
俺は先に行くルピンを追い掛けて、今まで入ったことのない通路を進んだ。
ネズミのように背を丸めて、細い小道を迷わず進むルピン。
天井の低さに難儀しつつ、置き去りにされないよう俺も必死についていく。
入り組んだ道ではあるが、通路が突然開けると、仰々しい扉が出てくる。
その扉の前で居眠りをしている男がいた。
ルピンと俺の気配に気づいたか、大あくびをしつつ、伸びをした。
「きーちゃんよう、起きたとこ悪ぃな。おめーさんの仕事、してくれや」
「はっ……お、おやびん!」
「おいらは親分じゃねえって」
「へい! このキザン、しっかり言いつけられた仕事しておりやしたぜ! ルピン様!」
「まーたそういう……さっちゃんに蹴っ飛ばされてもしらねーぞ。まあいいや、こないだ話した通りだ。こいつがヨースケ。覚えとくんだぜい?」
「へい! こちらがヨースケさんで。……覚えやした!」
二人で分かり合ったように笑いあい、ルピンが扉の前に立った。
「じゃあキザン、頼んだぜ」
「へい!」
キザンがやたら豪奢な扉を開くと、わずかな隙間から黄金の煌めきが溢れてくる。
ルピンが先に進み、俺もその背中についていった。
扉の大きさから想像したよりわずかに広い部屋に、見渡す限りの金色がひしめいている。無造作なまでに山と積まれた金貨に、宝石の鏤められた黄金の剣と鎧。黄金の女神像に、指輪、ネックレス、腕輪も大量に転がっている。ルビーにサファイア、エメラルドにダイヤモンドの大きさも大小様々で、金銀だけでなく銀やプラチナといったものも隙間に覗く。通路部分を除いて足下から天井近くまでをびっしりと埋め尽くして、ありとあらゆる宝飾品と財貨が剥き出しのまま並び、部屋中央にあるランプめいた灯火によって照らされ、無限のように眩く輝いている。
ルピンは振り返って、この金色を俺に見せつけるように腕を伸ばした。
「へっへっへ、すげーだろ」
「ええ、まあ」
「どうだ、ヨースケ。一掴み分くらい持って帰らねーか?」
「……いりませんね」
まるでこの世の財宝すべてを一カ所に集めたかのような光景ではあったが、ここまで目に痛いほどの眩しさのなかにあると、どうにも現実味が出て来ない。
というよりも悪趣味だ。
キンキラと煌めく黄金も手に負えないほどの量となるとむしろ不気味ですらある。
俺の反応が芳しくないことに、ルピンは眉をひそめた。
「ちぇっ。つれねーなぁ。おいらがここに連れてきたやつは、みーんなそんな反応なんだよなぁ。さっちゃんもそうだし、きーちゃんもそう。可愛げがないったらありゃしねえ。……それともバレバレかい、これが贋物だってこたぁ」
表情はくさくさしていたが、声だけはおかしげに笑っていた。
「ああ、もちろん贋物ったって金貨だの宝石だのは全部ホンモノさ。でもよ、こっちは見せ金みたいなもんでな。ほれ、向こう。そうそう、そっちを見てな」
あらよっと、とルピンの声が聞こえた途端、部屋が入れ替わった。
入れ替わった、としか表現しようのないことが起きたのだ。
これまで周囲にあった金銀眩い財宝はすっかり消え失せ、一転して薄暗い地下室のような様相を見せている。
豪華絢爛だった部屋そのものと造りからして異なり、質素そのものといった場所にすり替わっていた。
唖然とした俺に、ルピンがへっへっへ、と自慢げに胸を張った。
まさか、空間が入れ替わったのか。
いや、空間を入れ替えたとしたら、ルピンは。
「どうだい、面白れえだろ? 今話題の魔導士の目を丸くできるなら、おいらもまだまだ捨てたもんじゃねーってことかね」
俺は懐で沈黙を守っていたスピカを手に取った。
「スピカ」
「……違います、ご主人様。今のは……空間魔法ではありません」
「なら、どうやって」
「ごめんなさいご主人様、スピカには見破れませんでした」
「……気にするな」
「で、でもっ」
俺たち主従のやり取りに、口をとがらせルピンが言った。
「おいおい、スピカさんよう。いきなりネタバレするなんざ風情ってもんが分かってねえな。ま、確かに魔法じゃねえが……種も仕掛けも分からなきゃ、それこそ魔法みたいなもんだ。違うかい?」
「スピカ……」
「ご主人様……」
「おーい。おいらの手妻をお披露目したってのに、張本人の言葉をスルーするなよう……」
ルピンに言われ、我に返る。
手段はさっぱり分からないが、現に俺とスピカ、そしてルピンはあの黄金の部屋から移動していた。
とりあえずその事実に納得しておく。
「そろそろ本題に入っていいかい、お二人さんよ」
「スピカは人間ではないので一人二人と数えるのは――」
「おいらにとっちゃ似たようなもんさ。そんなことより、ヨースケ。話、あるだろ? ここなら邪魔も入んねえし、詳しい話をするにもお誂え向きだ」
◇◇◇
ルピンは言った。
「まさかあれから一度も顔を出さねーとは思わなかったぜ。おいら――つーか、盗賊ギルドから、あんときの報酬出すって言ったこと。ヨースケよう、おまえさん忘れてただろ」
「え?」
そういえば、ホークアイの件とも、自称快盗ミラージュの件とも言っていなかった。
報酬。
そうだ、魔法使いギルドの騒動のあと、アイテムか金貨で報酬をもらえる話になっていた。
盗賊ギルドの担当者と相談してからって話だったが、すっかり放置していた。
ルピンは呆れた声で続けた。
「まァ、こっちはこっちで忙しかったんだがなあ。あっちもそっちもドタバタしてたっつーか」
「……快盗ミラージュの件で?」
「へーえ、よく知ってら」
今の話で分かったことは、ホークアイの失敗した依頼を引き継いだのが俺であると、まだ連絡が届いていなかったこと。そしてルピンはこの事件にそこまで入れ込んでいない点だ。
冒険者ギルドから出た足でここまで直行してきた以上、話が届いてないのは当然ではあるのだが、予想すらしていなかったのだろうか。
ルピンはいつもの、ケチなスリがするような人好きのする笑い顔を見せるばかりで、その表情からは何も読み取れない。
以前あった鋭い視線すらなく、ただにへらっと笑うだけだ。
「俺が後任です」
「……そーかい。そりゃ、貧乏くじを引いちまったな」
ルピンは一瞬寂しげな顔をして、頭をかいた。
「どういう意味です?」
「昔、ここハミンスで馬鹿やった奴がいてな。全部そいつのやらかしたことの後始末なのさ」
つまりそれは。
自称ではない、快盗ミラージュのことを言っているのだろう。
「元々つまんねー仕事だったってのに、さっちゃんがミスって、余計なケチもついちまった。こうなったらどんな終わり方になっても、もうだれも得しねーのよ。……あー、いや、待てよ。こっから上手く収まれば、Aランクになったばかりのヨースケの箔付けくらいにはなるか」
言葉の途中で何かを思いつき、ルピンは笑みをひっこめ真面目な顔をして、俺をまじまじと見た。
口角が上がった。
「よっしゃ。まいったねこりゃ。おいら、すげー良いこと考えちまったよ」
「……嫌な予感がするんですが」
「へっへっへ。ヨースケよう、せっかくうちのギルドに名前を連ねてんだ。調査だ追跡だ大捕物だってのも楽しいかもしれんが、こっちにしか出来ねえ仕事、やってみたくねーかい?」
ルピンの笑顔は、とてもとても楽しげだった。
「こっち、というと」
「へへへ。盗賊の仕事つったら、こいつに決まってんだろー?」
くい、と人差し指をかぎ爪状にして、ルピンは腹の底からはしゃいだ声をあげた。
忘れていたわけではない。
風采こそネズミのような小男だが、この男は、盗賊ギルドのギルド長だった。
しかし、それを否応なく思い知るような、おそろしいほど満面の笑みに背筋が凍る。
ぞっとするほど楽しそうに笑い、まるで手の中に何もかも入るかのように、この薄暗い部屋いっぱいに腕を伸ばして。
ルピンは言った。
「楽しい楽しい、盗みをするのさ!」




