第六話 『初めての……』
植物型モンスターグランプルに囲まれている現状。
ここから抜け出すための方法は、今や俺の手の中にある。
しかし、具体的なやり方が分からないのだから、まずはスピカに聞くしかない。
「まずワタシを開いてください」
魔導書スピカの大きさはB6版程度。俺の手よりわずかに幅広である。しかし、吸い付くように手のひらに収まるため、片手でも持ちづらいという感じはない。
ページを開こうと思った時点で、手を触れるより早く、勝手にページがめくれていった。
契約前と変わらない白紙のページが延々と続いている。
ただ、最初のページにだけ、見慣れない文字が躍っている。
見たこともない文字だというのに、俺にはその文字に書いてある言葉が読めた。
スピカの目次。
そう書かれていた。
「魔導書と契約する際、どこに口づけをするかは、魔導書の方向性を決めることと等しいのです。表紙であれば派手な魔法。裏表紙であれば地味な魔法。背表紙であれば魔導書の名前にまつわる特定の魔法。中のページを選んだ場合は、そこに記載されている魔法に特化することになります」
「……おい。そんなこと一言も」
「こればかりは魔導書ではなく、主が決めることなので……」
言わなかったのではなく、言えなかったのだと分かった。
魔導書であるからには作られた存在ということだ。
今更のように気がついた。
大きな力には、責任が伴う。スピカには、いくつもの制約があるのだろう。
それが道具であるということの本質なのかもしれない。
表紙であれば派手な魔法。つまり、見た目や威力を重視するようなことか。
地味なら、補助や間接的な魔法。名前にまつわる魔法とは何だろう。スピカなら、星であるとか、稲穂であるとか、そういったイメージに関連する魔法を得意とするようになるのか。
中のページに記載されている魔法。これは意味がよく分からない。
「ええと、一般的な魔導書には、それまでの主が開発してきた魔法が登録されています」
「炎の矢を飛ばすとか、氷の塊を生み出すとか、そういうのか」
「その通りです。さすがご主人様!」
「……誤魔化そうとしてないか」
「いえいえ、そんなことは」
と言いつつ、スピカはなんとなく言いにくそうにしている。
なるほど。
魔導士が強力なのは、魔導書に登録されている魔法を呪文だけで使えるからだと言う。
普通の魔導書には、渡り歩いてきた主の数だけ新開発された魔法が載っているのだ。
スピカにはそれがない。
真の主はおろか、仮の主になることすら拒否してきた。
ということは、彼女に登録された魔法は一つとして存在しない、と言うことだ。
おい。
俺のジト目に、スピカは慌ててこう反駁してきた。
「問題ありません! 古い魔法なんてそのうち対処されると相場が決まってますから! それよりもご主人様がこれから作っていく魔法のことを考えましょう!」
「ちなみに、目次を選んだ場合は」
「分かりません。前例がありませんから!」
「……前例を知らないの間違いじゃないのか」
「そうとも言います!」
明るく言われた。まずい。思った以上に、ポンコツなんじゃなかろうかこいつ。
「あ、信じてませんねご主人様!」
「さっきまでは最高の相棒だと思ってたがな」
「ううっ! このスピカ、最高の魔導書であることは間違いありませんからね!」
「根拠は」
「それはこれからご主人様と作る伝説のなかにあるのです!」
「……早まったか、俺」
気を取り直して、まずは脱出だ。
グランプルを撃破することを考えよう。
「あれを倒すには、どうしたらいい」
「そうですね。やっぱり攻撃系の魔法を作ることから始めましょうか」
「……開発することすらできない、なんてオチは無いな?」
「大丈夫です! ただ、どんな効果の魔法を作れるかについては、ご主人様の描いたイメージによっちゃうので……そこはご了承くださいねっ」
いわゆる、俺の考えた超強い魔法が出来るかどうかは俺次第ってことか。
「どんな魔法でも良いのか」
「えーと、具体的には」
「星を落とす、とか」
ど派手な魔法というのにはやはり憧れる。
せっかく一発目の魔法なのだ。やはりロマンに溢れるものにしたい。
「わあっ。さすがご主人様。スケールが違う。……と言いたいところですが、世界の理への介入方法が分かれば可能でしょうが、いきなりは無理です。ごめんなさい」
解答がおざなりである。やはり無理があったか。電子レンジですら仕組みは割と複雑なのに、もっととんでもないことをやろうとしたら、難易度が跳ね上がるのも当然か。
まずは簡単な魔法からだとスピカに言われた。その手の世界の摂理をねじ曲げるほどの魔法は、使い手が一切いないわけではないが、一時代に一人や二人程度しかいないと。
それに、そう簡単に強力な新魔法をほいほい作れたら苦労しない、とも。ごもっとも。
「強力な魔法や特殊な魔法の開発については、その手の資料を集めたり、情報を手に入れたりしてからになります。なので、ワタシがすぐに教えられる地水火風あたりから始めていただけると。それなら出回っている詠唱魔法と同等の効果がある記述式が使えますから」
記述式。
つまりは、一般的な魔法使いが、言語による詠唱によって効果設定するの同じだ。それを魔導書は、自身のページに書き込んで登録してしまう。
前もって設定し、必要になったらすぐ取り出せる状態にしておく。
そして、主たる魔導士が口にするのは呪文だけ。
デメリットはほとんど無い。
魔法使いが、属性、効果、威力、範囲、持続時間、誘導性、そういった諸々を詠唱によって形成してゆくのと対比して、魔導士のそれは属性と効果くらいしか設定されていない。
しかし魔導士と一対になっている魔導書が、その残った設定を瞬時に組み直す。
目的に沿って、たとえば炎の矢を飛ばすにしても、主の意志を読み取って望みの結果が得られるように調整するのだ。
さすがに炎の矢を打ち出して凍らせることは出来ないが、足止めなら威力を弱めて足を狙うだとか、行く手を遮るように降り注ぐとか、そういった細かな修正を魔導書が請け負うことになる。
スピカの説明に、ふむふむと頷く。
登録されている魔法が一つもないと聞いて、一時はどうなることかと思ったが、そこまで不安になる必要ななかったようだ。
それこそ炎の矢のような、基本的な攻撃魔法っぽいものは、スピカ頼りでも作れるらしい。
手探り感はあるが、それもまた楽しい。
ああ、こういうちまちました作業。結構好きなのだ。
「やり方としては、ワタシの白紙のページに触れたまま、どんな効果の魔法かをイメージしてください。そう、そんな感じです。荒れ狂う炎。業火。灼熱。なるほど、ご主人様らしい凄まじい大魔法です。え、あ、はい。大丈夫ですよ! これなら基本の記述式で行けます。シンプルイズベストってやつですね!」
特殊な効果や複雑な手順が増えれば増えるほど、開発は困難になるらしい。
想定している魔法は確かに、単純と言えば単純な内容だ。
「確かにグリンプルはなかなか強力なモンスターですからね。一定範囲を一度に焼き尽くすくらいでないと。ええ、再生能力も兼ね備えていますから、ちょっと燃やしたくらいじゃすぐに道を塞がれちゃいます」
スピカの言葉を聞きながら、イメージをどんどん膨らませてゆく。
グランプルのような植物だけでなく、どんなモンスターも焼き尽くす火炎。
効果範囲は広い方が良い。
だが、どのくらいだ。
遺跡の周囲は、見渡す限りグランプルだらけだ。
再生能力のある植物モンスターなのだから、一片でも残っていたら遠からず復活しそうだな。
それは困る。跡形もなく消し去るくらいで丁度良いだろう。
「あの、ご主人様。この魔法を使うときに使う魔力の量はどのくらいにしますか?」
魔力の量がそのまま攻撃力になるとしたら、全部突っ込んでみるべきか。
いや、完全に使い切るのも危険だろう。五割程度消費でいいか。
「はい、はい。……五割!? え、五割ですか!?」
威力不足で倒しきれなかったら、その方が危険だろう。
大は小を兼ねるというし、あまりケチって無駄になるよりずっといい。
それに、使った魔力は自然に回復するものだろう。
「確かにその通りなんですが……いえ、それがご主人様の意志ならば!」
スピカとやり取りしながら、イメージの細部までを固めていく。
最終的に出来た魔法の名前は、《不諦焔》。
注ぎ込んだ魔力が尽きるか、対象を焼き尽くす、あるいは術者が止めるまで、決して消えない炎を生み出す魔法である。
手順としては、まず炎を生み出す。そして、炎が対象を追いかけるようにする。
それだけである。
超シンプル。
ただ、魔力を多めに使えば使うほど、炎の威力を強く、他者からの妨害などで消えにくく、追いかける精度が高くなる仕組みだ。
ゲームとかによくある、相手に向かって飛んでいく炎の攻撃魔法。いわゆるメラとかファイアとかアギとかを思い切り良く強化しただけのものである。
スピカを開くと、一ページ目にしっかりと記述されていた。
呪文名:《不諦焔》
下に延々と書かれている謎の文字や、計算式のような不思議な記号混じりの文章、それらが渾然一体となっている。
これが記述式というものだろう。焔がどうたら、条件がどうたら、という部分部分は読めるのだが、全体を通して読み解くことはできない。なるほど、さっぱり分からん。
ただ、記念すべきスピカに登録された、新魔法。
俺の初めての魔法が、これだ。
威力については申し分ないはずだ、とスピカが太鼓判を押してくれた。
魔法を使うためには、この魔法を使おうとする意志と、呪文を口にすることが必要らしい。
安全装置というわけでもないのだろうが、呪文だけ口にしても勝手に発動したりはしない。
スピカ経由なので、そのくらいのファジーさがあるようだ。
だからハッタリにも使える。フェイントにも。これは覚えておこう。
さて、お披露目である。
そこそこ広い遺跡を、森のようにぐるりと取り囲んでいる緑のモンスターグランプル。ここからは見えないが、おそらく向う側まで、びっしりと隙間無く埋め尽くされていることだろう。
こうして取り囲みながら、遺跡の内側には全く入ってきていないことから、この遺跡のどこかにモンスター避けの仕掛けがあるのかもしれない。
魔法的には、結界という可能性もある。
ここに居続ければ他のモンスターにも襲われないだろうが、食糧の問題がある。
すき焼き定食を諦め、スピカにお金を出した。つまり空腹なのだ。そろそろ限界だった。
俺はスピカを握りしめ、今、万感の思いを込めて、魔法を使った。
「《不諦焔》!」
ボッ、と分かりやすい音を立ててひと区画のグリンプルが炎に包まれた。
ボッ、ボッ、と間の抜けた音の割には、その炎の規模は大きい。
少しずつ焼いて、切り開いて道を作っていこう。
と、思った矢先に。
ボボボボボボボッ! と立て続けに、前後左右その奥に至るまで、視界の範囲のグランプルが一斉に膨らんだ焔によって飲み込まれた。
しかし前方どころか、全方向に大量のグランプルがいたため、全部が攻撃対象となっている。
まだ炎は生まれ続けている。ふくれあがっていく。
天まで届けと言わんばかりの巨大な焔は、とうとう巨人の姿を取って、目に見えていない部分の道の先、半径一キロメートル程度の無数にうごめくグランプルの森へと突進し、一切を焼き滅ぼそうと暴れ回っていた。
見渡す限り、一面が赤に染まっていた。熱い。やばい。
いや、感心している場合じゃない。
一言で言って灼熱地獄である。
なんだこれ。なんだこれ。
「……あれ?」
「さ、さすがご主人様。魔法も凄まじい威力ですね!」
一瞬口ごもっただろスピカ。
危険無く通れる程度の空間が出来ればいいな、と思ったのだ。これでは近隣一帯のグランプルをすべて此の世から抹殺しろ、といった感じの威力である。
想定外過ぎる。
つーか、あの炎の巨人はなんなんだ。
「込められた魔力が強すぎて、追いかけ続ける炎という概念が変わっちゃったものと思われます。さすがご主人様!」
「……やけくそ気味に言ってないか」
「い、いえ。正直、多すぎるとは思ってましたが、ここまでとはこのスピカの目を持ってしても見抜けませんでした。……やはりワタシのご主人様は凄かった。それだけのことだったんです」
「ちなみに、俺が最初想定していた結果を出せる魔法を使うなら、どの程度の魔力で良かったんだ」
「三分、くらいですかね」
「一割以下かよ……」
それは言えよ! さすがに!
注ぎ込んだ魔力の分だけ炎の威力が強くなって、消えにくくなって、ひたすらグランプルを全部なぎ払って殲滅殲滅! って感じだ。
見るからにヤバイ。なにかこう、火炎が柱になって吹き荒れ、空が赤く染まっている。
とりあえず、グランプルが焼き滅ぼされた部分の炎は自然消滅している。
どんどん遺跡周りの空間は広くなっている。
見晴らしが良くなった。使った自分まで焼け死ぬみたいな間抜けなことにはならずに済んだ。ほっとした。
が、あっという間に炎が向こうまで燃え広がっていて、ちょっと不安になってきた。
「あ、よく考えたら自分の意志で消せるのか、あいつ」
「確かにその通りなんですが……どうせなので、このまま全部焼き払うのはどうでしょうか。丁度良いレベルアップチャンスですし」
「いや、そうは言うが」
「それに……見てください。あれを」
スピカに示された方角を見ると、蹂躙されたグランプルの焼け跡には三枚の金貨が落ちていた。
グランプルは、ひと区画分丸ごとで一体のモンスターである。
根っこの部分で繋がっている。
一体につき、金貨三枚。
それが見渡す限り一面に、遺跡を取り囲むかたちでぐるりと円を描くように、炎の巨人の通った後すべてに綺麗に点在していた。
「ご主人様、急いで金貨の回収を! それが終わったら《不諦焔》を追いかけてください。あんまり離れると経験値の獲得が出来ません!」
スピカに言われて、はっとした。
経験値獲得の有効範囲はおよそ十メートル。離れれば離れるほど影響は薄くなる。皆無になるわけではないのだろうが、かなりの分量を無駄にしている。
後でも拾える金貨より、経験値の方を優先させるべきではないか。
「この場合、優先順位は金貨が先です。たしかに経験値は欲しいですが、急激に取り込むとそれはそれで問題があるので……後から追いかけるくらいで必要分が確保できるかと」
なるほど。レベルアップ中毒とかいったか。
スピカなりに考えての助言らしい。素直に従うことにした。
いや待て。強力なモンスターを倒し、貧弱な人間が、相当な量を一度に取り込んだ場合とか言ってなかったか。
「この場合、全部に当てはまります。グランプルは結構危険なモンスターですし、ご主人様はレベルで言えば最初の町に辿り着いてすらいない状態。しかも相当な量が、一度に周囲に飛び散っています。十メートルの範囲内にいたらそのまま中毒を起こすくらいの、凄まじい経験値濃度ですよ、そこ」
経験値がその場に留まって場所が汚染されるようなことはないらしい。
あくまで、モンスターが死んだ直後にのみ、経験値は周囲に放射されるようだ。
経験値は使い方を間違えなければ、すごくクリーンで安全なエネルギーらしかった。
「あと、なるべく急いでください。厄介ごとが近づいてくる可能性があります」
……確かに。
あの天を衝くような巨大な焔の巨人は、かなり目立つ。
調べに来る者がいないとは限らない。
というか、まだこの世界についても、常識についても不安だらけなのだ。
この状況で誰とも出会いたくない。
国か、都市か、町レベルか。なんにせよ、警邏や役人はどこにでもいるだろう。
近くにたまたま冒険者がいて、世間知らずな俺たちを利用するために甘言を弄するかもしれない。
あるいは、危険人物扱いで狙われることも考え得る。
どこまで心配すればいいのか、それすら分からないのだ。
三十六計逃げるにしかず。
聞きたいことは山ほどあるが、今はスピカの言葉通りにする。
モンスターが死ぬとその場に金貨が残るとか、その辺の理屈も気になるところだが。
金貨を拾っては鞄の中に放り込みつつ、ひたすら遺跡から遠ざかる。
拾いきれない分もあるが、この際諦めよう。安全と平穏はタダじゃないのだ。
駆けながら、俺は叫んだ。
「金貨、すげー重い!」
「レベルアップすれば問題ありません!」
というか、すでにレベルアップしているくさい。
鞄のなかに詰め込んだ何百枚もの金貨なんて、どう考えても片手で持てる重さではない。
動けるだけでびっくり人間だ。あまつさえそれを持ったまま駆けているのだ。
そして、地を埋め尽くしていた緑がごっそり消滅し、やたらと見晴らしの良くなった景色を走り抜け、青空の下へと飛び出す。
俺たちの旅はまだ始まったばかりだ!




