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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第六章 「シルエット・ミラージュ」

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第六十七話 『あっぷあっぷ』

 


「わあっ、困りましたねご主人さま……!」

「そうだな、囲まれてしまったな! なんてことだ!」


 大げさに言うスピカに反応して、やれやれ、とこちらも大げさに肩をすくめてみる。

 ここは街からかなり離れた先にある廃墟の目の前であった。


「でもそんなご主人様のために、こんなとき、ぴったりの魔法があるんです」

「なに、ぴったりな魔法だって!?」

「そう、今回ご紹介するのは《衡殺嵐フラット・テンペスト》。ご主人様謹製の素晴らしい魔法なんです!」

「ああ、それは俺も知ってたさ。なんたって自分で作ったんだからな……」

「HEYご主人様! 魔導書スピカをお持ちの素晴らしいご主人様だけに特典がありますので、どうぞご安心ください! ご主人様のビッグでヘヴィーな魔力でも安心安全、以前より威力をかなり弱められるようになったんです!」

「でもスピカ、あんまり弱くしてしまうと最初の目的が果たせないんじゃ」

「さすがご主人様、良いところにお気づきになられましたね! ですが大丈夫、ご主人様がお持ちの魔導書スピカはこんなこともあろうかと目的に沿って段階別に調整出来るよう努力を続けました……その結果、なんと!」


 バァバァーン! と鳴りもしない効果音が聞こえた気がした。

 実演販売というか、深夜のテレビショッピングでよくある感じの音だった。

 よく聞けば、スピカがそれらしく声で再現していた。


 周囲を取り囲んでいる連中は額に青筋を浮かべている。

 今にも飛びかかってきそうだ。

 それはそうだろう。

 武器を手に、わらわらと群れて近くに潜んでいたのだ。


 廃墟のそこかしこに潜んでいたモンスターを狩って銀貨と経験値をかき集め、帰ろうとしたところ道を塞ぐようにぞろぞろとむくつけき男どもが現れたのである。


 表情も雰囲気も手にした抜き身の剣を見ても、あきらかに友好的ではない。

 にも関わらず、俺たちがこんな茶番を繰り出したのだ。

 馬鹿にされている、と思ったことだろう。

 だが激昂してすぐに突進してこなかったのは、中途半端に俺の噂を耳にしたせいか。

 それとも唐突に始まったこの寸劇に戸惑っているためなのか。


「どんな雑魚でも殺さないくらいの手加減が出来るように進歩したのです!」

「なんてこった。そいつはすごいな!」

「さあ、目の前にいる皆さん! 今ならご主人様のすごい魔法を体感するチャンスがありますが……逃げるなら急いだ方が良いですよ!」


 一方の俺とスピカも、こんな風にふざけているのには理由があった。

 この状況、茶化す以外にどうしろというのだ。

 テレビショッピング風なやり取りでもしていないと、殺伐な気分のまま素の威力で《衡殺嵐》や《氷狂矢フリーズ・アロー》を連発しかねない。

 目の前の有象無象は、スピカの言う通り、本当に雑魚なのである。


 手加減しないと即座に皆殺しになりかねず、かといって無力化用の《疑似光爆(デミ・ルミナス)》を使う選択肢はもはやなかった。

 だから、こんな馬鹿話をしてストレス発散してないとやっていられなかったのだ。


 結局逃げ出す気配はなく、慎重な足取りで俺に対する包囲を狭めてきた。

 まあ、スピカのあの言い方で危険を察知出来るようなら最初からこの場にいない。

 連中が襲いかかってくるより早く、俺は一言唱えた。


「《衡殺嵐》」


 スピカを手に、可能な限り威力を抑えられるようになった風撃魔法を撃ち放った。

 俺を中心として暴風が四方八方に放たれる魔法である。

 十人近くに囲まれていたのだが、全員が一度に空高く舞った。

 まるで花が開くような華麗さで人間が宙を飛び、放物線を描いていった。


 地肌が露出している周囲に、どどどど、と受け身すら出来ずに墜落する男達。

 気絶している者と、足や腕を痛めた者、変な方向に折れ曲がったと色々だった。

 これでも最大限、威力を絞ってあるのだ。


「い、痛えよお……」

「うぅぅ……」

「く、くそう……やっぱり無理だったか……」


 そこかしこからうめき声が上がっている。まだ辛うじて軽傷の者には、《氷狂矢》で膝下当たりを狙っておいた。

 全員身動きが取れなくなったのを見計らって、武器を回収し、懐を探った。

 武器は物理的に持ち運ぶのが面倒だ。そもそも見た感じ、あんまり良い装備品でもない気がする。


 というわけで今度は《螺旋地精(ノーム・ヘリクサー)》の出番だった。

 地面にかなり深い穴を開けて、その中に集めた剣やら槍やらを投げ込む。その後穴を崩して土が流れ込めば、彼らの装備品はそう簡単に取り出せない場所に埋まっている、という寸法だ。

 やろうと思えば全員首だけ出して地面に埋めることも可能だが、それすらしていない。

 そもそも殺さないだけ有情なのである。


「こうも続くと手間だな」

「ですね、キリが無いですし」


 まず、冒険者同士には冒険者ギルドが仲裁に入ることが多い。

 ちょっとしたもめ事なら自分たちで解決し、内輪でけりを付けようとする。

 が、人死にまで出すとそうもいかない。

 各職能ギルド、あるいは冒険者ギルドの権限を越えて、国と法の出番である。

 ギルドなりなんなりを通じて警邏にでも通報すれば、彼らは連行され取り調べを受けることになる。


 殺意を持って襲いかかってきた相手に反撃して、その結果相手が死んだ場合「基本的には」咎められないことになっている。

 これは日常的に武器や魔法を扱う冒険者ならではの慣習だ。

 手遅れになる危険があるためである。

 しかし、逆のパターンを考えると何かしらの抑制が必要とも言える。


 まず誰も見ていないところで相手を殺す。

 それが露見し、理由を問われた殺人者が「殺されそうになったから」と答えれば常に無罪放免、というのは確かにまずい。


 たとえ俺の常識より人死にが身近にあって命が軽い世界だとしても、この国にも法はあり、一方的な殺人が重罪となることはきちんとルールとして敷衍しているのだ。

 このため正当防衛を主張するために証拠が必要なのは理解できる。


 証拠として一番強力なのは、ひとつには目撃者であり、もうひとつには犯人そのものだ。

 忘れた頃に逆恨みで復讐に来られる危険を考慮すれば後腐れないようトドメを刺しておきたかった。


 が、出来れば殺さずに捕まえて欲しいと要請されてしまった。

 背景の調査という名目もあるようで、手加減するのもなかなか大変である。

 

 相手の持ち物も調べることを薦められた。

 こんな真似をする連中が現金など多く持っているはずもないが、大事なのは携帯が義務づけられている冒険者カードや、なけなしの貴重品の方である。


 露見してはまずい犯罪を働くにあたって、そんなものを持ったままの間抜けなどいるはずがない、と俺も思っていたのだが……


 全員ではないにしろ、出るは出るは燦然と輝くCランクの文字。

 低ランク冒険者がごろつき扱いもむべなるかな。

 犯罪者一歩手前が数多く登録されているとすれば、まとめて低く見られても当然である。

 今回は明らかに集団強盗であり、阿呆の所業そのものだ。

 この襲撃犯たちが何を考えているのやら、まったくもって理解しがたい。


 街の外に出ていって、こうして待ち伏せに遭う。

 こんなことが、今週に入ってすでに五度あった。


 今日でなんと六回目である。

 これまでの襲撃犯はすぐさま全員牢屋にぶちこんだから、他の連中と連携しているわけでも、その後に情報が広まっているわけでもない。

 なのにポコポコとタケノコのように次から次へと。

 なんなのだ、いったい。


 いいかげんにしろ、と思うのは当然ではなかろうか。


 で。

 困ったもんだ、でもこんなときにこいつがあればもう安心!

 今回ワタシどもが自信を持って紹介するのはこの――


 ……みたいな便利な方法が無いか、とスピカに話を振った結果が、冒頭のアレであった。

 気は紛れたが、やはり茶化しすぎだったろうか。



◇◇◇



 最初の連中が来たのは一週間ほど前だった。

 呪文一発で叩きのめし、口を噤んでいたリーダー格の男を選んで念入りに聞き出したとき、息も絶え絶えに、ようやく答えが返ってきた。

 魔導書が欲しかった、と。

 つまり俺からスピカを奪おうとしたのである。


 すでに戦意喪失していた相手だったが、反射的に手が出た。男の意識は再び飛んだ。

 地面に転がってぴくぴくしている数名を見下ろし、俺は指し示した。


「《不諦フレア・ス――」

「わぁー! 待って、待ってくださいご主人様っ! そんなに想われてスピカは感激というか嬉しくて躍り上がってしまいそうですけれど、それはそれとして少しだけ待ってくださいっ!」


 本気だったのだが、そのときはスピカ自身に強く止められてしまった。


「気持ちはよく分かりますが、冒険者ギルド含め各ギルドとはなるべく良い関係を続けたいと、余程のことが無ければ敵対の切っ掛けになる行動は慎むと、ご主人様自身がそう仰ったじゃないですか。ご主人様であれば、この程度の連中は何度現れてもどうとでも出来ます。数を恃みに向かってきても、ご主人様にとっては部屋のゴミを片付けるも同じ、むしろ埃を払うようなものなのですから」

「誰が埃だ……」

「自覚がないとはまさに塵芥ですね!」


 ひどい言われようであった。

 ごろつきにも人生があるだろうに。

 反射的に呟いたのは、ちょうどタイミング良く意識を取り戻していた別の一名だった。

 スピカのあんまりな表現に、頭に血が上っていた俺も少し冷静になった。

 先ほどの発現は、俺の短慮を諫めるための、スピカなりの配慮だったのだろう。


「ふっふっふ、これに懲りたらご主人様に近づくんじゃありませんよ? 吹けば飛ぶような命であっても今は残しておいてあげますから一生感謝するように。ご主人様がいくらお優しい方でも、敵と見做せばありとあらゆる手を使って生まれたことを後悔することになるでしょう。手を下されなかったのはあなたたちが敵にすらなれない、ちっぽけで矮小な存在だったからです。……次はありませんからね?」


 ……何故だろう。

 魔王の部下が相手に憐れみをかけて見逃してやったような台詞に聞こえるのは。

 いや、きっと脅しをかけているのだ。

 この襲撃犯たちを生かして帰すことで、俺を狙うことの困難を広め、それをもって抑止力として働かせようとしているに違いないのだ。


 それにしてはスピカがノリノリのような気もするが。

 妙に含み笑いを混ぜ込んでいるあたりも、狙いすぎだろう。

 こないだから人前でしゃべれるようになって、スピカがはしゃいでいるわけではない、と思いたい。


 穴掘り魔法こと《螺旋地精》を使うのはこの時思いついた。

 武器を取り上げておいて、あえて再入手出来そうな処置で済ませるのに便利だったからだ。

 地面に深い穴を穿ち、そこに剣や斧などを放り込んでおく。


「クソ、なんだよ、なんなんだよ……」


 他の面々は苦痛で呻いているか気絶しっぱなしだから、一人だけ頑丈だったらしい。

 しかし身体は動かせないようで、俺の姿は目に入っていないと思われた。

 意識がもうろうとしたまま、スピカの言葉に反応したらしかった。


「魔導書さえ手に入れば……一生遊んで暮らせる金が手に入るって話だったのに……」


 独り言として口から漏れたそれが、襲撃犯全員共通の考えだろう。

 いまいちよく分からなかった。

 噂レベルではあるが、魔導書が存在すれば国宝扱いという話をティナから聞いた。

 もし運良く入手出来て、それを売り払ったなら、とてつもない金額になることは間違いない。

 あるいは俺のように契約出来たなら、伝説に謳われるほどの力を手にするのだろう。


 しかし。

 魔導書が本物であれば、魔導士である俺もまた本物であり、自分たちでは手に負えないという当たり前の理屈に思い至らないものだろうか。


 そもそも一度契約された魔導書を他人が奪うことなど出来はしない。

 それが可能かどうか、スピカにも確認したのだ。

 答えは不可能。

 俺が生きている限り、スピカとの契約は決して解除されることはない。


 だから魔導士である俺から、俺のスピカを奪うことは無理だし、試みるだけ無駄なのだが、どういうわけか金目当ての食い詰め冒険者くずれが俺たちを狙っている。

 それも、聞き出した内容には俺の持つ「魔導書」目当て以外の話が出て来ない。

 大人数で囲めばなんとかなると考えていることからも明確だが、こいつらは俺を魔導士だとは考えていないようなのだ。

 その程度だからCランク、そしてごろつきチンピラに身をやつしているのだと言えばその通りだが、それにしてもあまりに情報と行動に偏りがありすぎる気がする。


「誰だよ……戦闘慣れしてないから、脅せば簡単に魔導書を奪えるって言い出したヤツ……」


 本当に誰だ、それは。

 戦闘慣れしていないのは事実である。少しでも実戦に慣れようと考えて、場数を踏むためこうしてモンスターと戦っているのだから。

 しかし、この口ぶりからして俺の情報をばらまいている人物がいるのか。

 それも意図的に魔導書の所持にのみ言及して、魔導士である点には触れずに。

 いったい何者で、何が理由なのか。


「見た目はマジで雑魚っぽいから、本当だと思ったのによう。Aランクの金魚のフンで実力もないくせにBランクになったんじゃなかったのかよ……クソ、クソ」


 なるほど。冒険者ギルドでたまに感じた雰囲気の正体はこれか。

 ティナと話しているときに、冷ややかな視線が周囲から飛んできたことがあった。

 金魚のフン呼ばわりされるほど一緒に行動している気はしないが、理由が分かって少しすっきりした。


「契約しただなんてウソだろ……使えもしない魔導書を持って悦に浸ってる、いるはずのない魔導士のフリして偉そうにしてる、そんな痛いガキだって……」


 なんだ、適当な噂を鵜呑みにして先走った間抜けだったらしい。

 いやまあ、俺もこの世界に来る前に仙人だの宇宙人が居るだの言われても信じなかっただろうから、気持ちは分からなくもない。

 私は地底人だ! とか聞かされたら嘘吐きか誇大妄想狂と疑うのもむべなるかな。

 箝口令を敷いているわけではないが、直接大勢が見ていた魔法使いギルドも事件のことは醜聞混じりで口が重いだろうし、方々に詳細な情報が出回っていないことが最大の要因だろう。


 しかし人間、自分の信じたいものしか信じないとは言ったものだが、この場合は少しくらい裏を取っても良かったのではなかろうか。

 俺の呆れと納得と反比例するかのように、今の発言でスピカの雰囲気が変わった。


「……ご主人様、これ、土に埋めませんか?」

「待て」

「武器が無いと困るでしょうから、ちょうど先ほど剣とかを放った場所に入れてあげましょう!」

「いや、そのまま一緒に入れたら刺さったり切れたりするだろ」

「当然の末路です。せいぜい痛い目を見れば良いのでは?」


 スピカの声のトーンが低かった。

 先ほどまでのノリノリな言動から一転、今度のは真剣味がある。

 何か間違っている気もしたが、今度は俺が止める側になってしまった。


 さっき俺が《不諦炎フレア・ストーカー》を使おうとしたときは止めたくせに。

 そう告げると、スピカは言葉に詰まった。


 俺は、なだめるように手触りの良い黒い表紙を、ゆっくりと撫でてやった。

 頑なだったスピカの声は、少しずつほぐれていった。 


「ま、何も知らないヤツの言葉なんか気にするな。俺も気にしないから」

「ですがご主人様!」

「俺のことは……スピカ、お前が分かっていればそれでいい」

「……そう、ですね! スピカのたったひとりのご主人様(マスター)がそう仰られるなら!」


 スピカは明るく続けた。それはそれは朗らかな声だった。


「ではご主人様! 苦しまぬよう痛みを感じる間もなく一思いに処分すべしと! ああ、スピカのご主人様はなんと慈悲深いんでしょう……っ」

「なあスピカ……」

「冗談ですっ」


 洒落になっていないが、一応、本当に冗談のようだった。

 ついでに、……なんだかんだでいつもいくらかの冷静さを残しているスピカが、それでも本気で怒る条件が分かった気がした。うん。

 スピカはやっぱり可愛い魔導書である。健気で……うん。

 


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