第六十三話 『ミリエル先生のはちみつ授業』
一発目は双方の狙いは逸れていなかった。
だが、二発目、三発目と強力な攻撃魔法の応酬が繰り返されるたび、日和見を決め込んでいた幹部たちと野次馬、とにかく応接室前に集まっていたほとんど全員が散開した。
そして通路を挟んでギルド長とウィラー達がやり合っている最中に加勢しつつあった。
ウィラーの部下らしき数人は先ほどの先制攻撃によって魔力切れを起こしており、悔しそうに退避する。それと入れ替わるように、先ほどの言い合いやギルド長への不信の念を抱いた数名が魔法戦に飛び込んでゆく。
研究者が多く実戦経験が薄い、とは何だったのか。彼らの動揺は最初だけに留まり、隙を見て他の参加者の動きに合わせた魔法の使用に専念していた。
この状況下ですぐ動けるのだから当然と言えば当然か。
まず起きたのは、小手調べのような初級魔法の撃ち合いだった。
ギルド長がどうしてあれだけの魔法を受けて無事だったのか、そのからくりが分からない以上は慎重になるのも当然だ。
一方のギルド長は長期戦を念頭に置いているのだろう。また、この期に及んでも全員まとめて葬り去るような手を使わなかった。
違和感を覚えている者もいた。俺もそうだ。
だが、その理由はすぐさま判明した。
横合いから攻撃魔法が飛んできて、部下が身を挺してウィラーを庇った。魔法戦に参加していなかった集団の誰かが、警戒していない側面へと撃ち込んだのだ。あの場面を見せられてもなお、ギルド長の側に付くものもいた。一人ではない。半分とは言わないが、しかし十人近くがこの動きに触発され、ウィラーたちの近くから攻撃魔法を放とうとしていた。
もはや混乱という状況ではない。
ハミンス魔法使いギルドで、さらなる死傷者を厭わない内紛が生じていた。随分と強力な装備品を揃えているのだろう。
直撃を受けた何名かも、今のところ死んではいない。だが怪我は免れなかった。
前方と周囲を敵に回し、全員が近くの敵に杖を突きつけているこの状況。知っている通り、この場にいる全員が魔法使いであり、全力ともなれば致死の一撃を誰もが持っていると互いを警戒し合っている。ゆえに守りを薄めるわけにもいかない。
一人離れた場所にギルド長がいる。真っ暗な応接室の中に数名が潜んでいる。広い通路の左右にも距離を取ってまばらに数人、騒ぎから逃げようと近くの部屋に駆け込んだ者もいる。
敵味方入り乱れてこの場に残ったのは総勢二十数名、広い通路とはいえ大人数だ。
自分を巻き込む大規模魔法こそ使われていないものの、単体狙いの攻撃魔法はすでに大量に行使されている。これが意味するのは、すでに覚悟を決めた者も多いということだ。
たった三十分前までは気の置けない仲間であった者たちは、今や杖を突き付け、互いの命を握り合い、奪おうとする敵となった。
嬉々として同じギルドの同僚を殺したいと考えている者はいないだろう。
いや、さっきまではいなかった。
しかし今となっては結果として死ぬことも許容される。そうした荒れた戦場の気配、狂気に支配された空間が形成されていた。
殺伐という言葉では足りない。まるでギルド長の狂気が感染したかのように皆一様に魔法による暴力を濫用したがっている。
まだ泥沼の殺し合いにはなっていない。だが時間の問題だ。ギルド長を狙う魔法の対象を、そのまま横にいる他派閥の人間に向けた時点で、この争いは止めようがない狂奔に陥った。
ギルド長はなぜか逃げることもなく、つかず離れずの位置で杖を振って、あまり威力の無い魔法を団子状に絡まった集団に放り込んでいる。
すでに均衡は破られていた。ウィラーたちもこんな混戦になることは想定外だったのか周囲への警戒に意識を割いており、さらにギルド長以外に対して殺傷力のある魔法を当てないよう、威力の調整に手間取っている。こうした躊躇をギルド長側に回った数人は気に留めることはなく、隙を見て火焔魔法を至近距離から連発し始めた。まるで自分が巻き込まれるのを厭わないかのような行動だ。
連鎖的に威力を抑えたり直撃を避けていた数名が激昂し、反撃とばかりに同等の魔法をばらまいた。仲間の被害など頭から無視している様子にウィラーならずとも制止の声を上げるが、血なまぐさい空気に背中を押されるように彼らはお互いをいかにして殺すかに没頭を始めている。
状況が悪化するのにさほど時間はいらなかった。ギルド長の言葉からまだ十分も経過していない。
無差別で撒き散らされる攻撃魔法がどれほど被害を大きくするかの見本のような、あっという間の狂騒である。
ただひたすら凄惨な状況だった。
重傷を受け、戦線離脱をはかる者も出てきた。場合によっては屍山血河、死屍累累、ここに死体の山が堆く積み上がっていてもおかしくない。少なくとも阿鼻叫喚、悲鳴と流血に彩られた見るに堪えない惨状が広がっているはずだった。
それでも未だ一人の死人も出ていないのは、彼らが理性を残していたからではない。
ただ、ミリエルがこの場にいた。それだけが彼らの幸運だった。
俺の隣でミリエルが凄まじい速度で短い詠唱を繰り返し、彼らがのべつ幕無し打ち続ける縦横無尽に飛び交う命を奪いうる一撃を、割り込みで打ち消しているからに他ならない。
ティナの詠唱速度も凄まじかったが、ミリエルはそれを遙かに上回る。
「我が力、矢と化せ。其を射貫け。《魔力矢》」
特殊な詠唱魔法なのか、その唱え方なのだろう。恐ろしい速さで連発している。機械のような正確さで彼らの隙間を縫うようにして。
短縮か、圧縮か、なんにせよ普通に唱えるより数倍早いようだ。
威力の方はさほど強くないが、それでも致命の一撃を横から消し飛ばすだけの力がある。
特筆すべきはその判断力と速度だ。
防げる、躱せる、当たっても死なない。そうした魔法と、致命傷や即死になる魔法とを瞬時に見分け、後者のみに的を絞って、その軌道を狙って打ち消しているのだ。また暴走した黒ローブには直撃させて気絶させたりもしていた。自爆でもしそうな気配があったのだろう。
いったいどれだけの修練を積めばそこまで出来るようになるのか。
これは才能だけで到達できる域にはない。経験だ。練度ゆえの偉業だ。
俺はなんとなく、ミリエルの正体に気づいていた。
ミリエルが俺に合図を送ってくる。
何のことはない。やはり、とっくに向こうも気づいていたのだ。
この状況で実力を隠して云々などしている余裕はない。
放置すれば、この災禍は他の魔法使い、ギルドの外にまで広がりかねない。
あまりにも見事なミリエルの業を、俺もただ見ていたわけではなかった。
ただ、すぐさま動こうとした俺をミリエルが止めたのだ。
何かの機会を窺っているギルド長に対する抑止力として、杖を向けていろと。
その甲斐あってか、ギルド長は初級魔法で場の混乱を助長はしても、新しい動きはしなかった。俺が視線を外すのを根気強く待っているようだった。
ミリエルの合図で、ダミーの杖をしまう。
直接《氷狂矢》で狙うつもりはあったが、ミリエルは口には出さず、しかしそれを止めた。こうなった以上ギルド長を殺すな、ということだろう。現実問題として先ほどの集中攻撃をどうやって防いだのかは疑問だし、不安要素は残っている。そしてまた、殺す気があればミリエルが自分で動いていただろう。この期に及んで元凶の排除を差し止めるほど甘くはないはずだし、それを成すだけの能力は今まざまざと見せつけられた。
混乱は絶頂期にある。こういう場面にお誂え向きの魔法を俺は持っている。
すでに手の中に呼び出していた頼りになる相棒の名を、俺はそっと呼びかける。
「スピカ」
「はいご主人様、とうとう世間に力を見せつけるときが来たのですね! スピカ、感無量です!」
「……まあ、これ以上隠してても動きにくいデメリットの方が多そうだし、な」
「では、ご命令を! ワタシはご主人様のお望みのままに!」
スピカも小声で叫ぶという器用な真似をしているが、先ほどから八面六臂の働きをしているミリエルに気づいて期待、あるいは危険視してはいても、その隣にいる俺に注意を払う者はいない。
「ミリエル」
「ん。ようやく面白いもんが見られそーじゃな」
「三秒後だ。目と耳を閉じてくれ。《疑似光爆》」
左手にスピカ。空いている右手の中に出現した固い筒を、危険な魔法を撃ち合っている魔法使いたちの中へと投げ込んだ。といっても直撃させると爆発の衝撃があるため、少し軸をずらした。
ミリエルはぎりぎりまで魔法による殺し合いを阻害していたが、素直に目を閉じ耳を塞いだ。
放り込まれた手のひらサイズの筒に目ざとく気がついたのは数名だけ。
だが、もう遅い。
その注意喚起の声を上げたことが、更なる被害を増やすことにも気づかない。
ミリエルに伝えてからきっかり三秒、それは彼らの注目を浴びる形で床を転がり――
――次の刹那、凄まじい閃光と爆音が彼ら全員を包み込んだ。
至近距離での恐るべき轟音と、衝撃付きの烈光。普段魔法に慣れ親しんでいる彼らすら、反射的に意識に蓋をするだけの威力はあったようで、被害が大きければ気絶、意識があっても目眩に襲われているらしく、立っているのがやっとという状況になっていた。二十余名いたこの狂乱の騒ぎの参加者たちは、一部を除いて無力化されたと言って良い。
そして残ったのは数人だけ。
微妙な距離を保っていたため大きな被害を免れたギルド長。
運良く部下が遮蔽となって、被害が少なかったウィラー他三名。
あとの魔法使いたちは意識を失っているか、でなければ身動きが取れずに座り込んでしまったか、とにかくあれほど寸暇無く降り注いでいた大量の攻撃魔法は、その使い手ごと静かに黙り込んだ。
ギルド長はミリエルが死者を減らそうと状況に水を差していたことに気づいていたようだ。ウィラーはよく分からない。想わぬ方向に転がった流れを制御しようと渦中で抗っていたせいもあってか、疲労困憊で、突然出来上がったこの空隙のような戦闘の中断に、肩で息をしつつも事態の把握に努めている。他の三名は情勢の変化についていかないのか、半ば呆然とギルド長、ウィラー、そして俺たちの顔を見て立ち尽くしている。
ミリエルが言った。
「ふむ、当事者二名が都合良く残ったな。……他のも証人としては必要じゃし」
「貴方はルイザを訪ねていた、《智と理の証》持ち……さっきの魔法といい、貴方たちはいったい」
ウィラーは俺の顔を見て、はっとしたようにミリエルを見た。
ギルド長は驚きに目を見開いている。《智と理の証》を使って調査していた俺とミリエルについて、上まで情報が届いていなかったらしい。
「すまんなヨウスケ、ワシはミリエルと名乗ったが、実は偽名なんじゃ。アレ」
それから振り返り、舌をぺろりと出した。
本当に申し訳なく想っているわけではなさそうだ。
ミリエル。
響きも似ているし、気づいてしまえば簡単で安直な偽名だった。
そして堂々と名乗る。
「さて、ネタ晴らしの時間じゃな。聞け――我が名はミールエール=スティングホルト。大魔法使いと呼ばれておる!」
すべての魔法使いの頂点として知られる名前。
ティナの師匠であり、最高の魔法使いの代名詞。
ミールエールとは呼びづらい。ミリエルとして認識してしまった以上、呼び名をすぐさま変えるのは何か妙な感じだ。というわけで呼び方はミリエルで押し通すことにする。
当たり前のように告げられた名に、俺を除いた五人は揃って驚愕の顔をした。
幼い少女の言葉だ。普通なら信じられるはずがない。
だが、先ほどの技術、精度、速度を目の当たりにした以上、疑う気にはなれないだろう。
しかしミリエルは呆れたように続けた。
「ま、大魔法使いより格上が此処におるからの。自慢になんぞならんがな。ほれ、折角じゃ。ぬしも名乗りを上げよ、ヨウスケ」
「そうです! またとない良い機会ですよ、ご主人様!」
俺より先にスピカが声を発した。視線が集中する先は、俺の手の中の魔導書。
四人分の怪訝そうな表情と一人の唖然とした顔、数秒後、揃って顔を引き攣らせた。全員が理解するまでそう時間はかからなかった。
ミリエルもスピカも気が回る。俺は幾分気楽に、そして胸を張って告げる。
「陰山陽介。――魔導士だ」
彼らの俺に向けてくる視線は、ミリエルに対してと同じ畏敬の含まれたものだった。
俺たちの名乗りはことのほか大きな効果を挙げた。
この場のギルド長ら五名を除き、戦意喪失していたり朦朧としていた。しかし話だけは聞こえていた魔法使い達に残っていた不穏な気配が、名乗りの直後から雲散霧消していったのである。
権威というものの大きさをまざまざと見せつけられた気分だった。
逆らえないというより、逆らう気も起きない。大魔法使いミールエールとは、そういう雲の上の存在なのだろう。
伝説上の存在となってしまった魔導士もまた、それに準じる扱いを受けるのだ。
そしてミリエルは大上段に、全員を見下ろす口調で言い放つ。
「ワシらの前でこれ以上無様な真似はしてくれるなよ? ぬしら」
普通の魔法使いたちは言うに及ばず、ウィラーは凍り付いたようにミリエルを見上げ、あのギルド長ですらただ平伏するように動きを止めていたのだから、小さな身体が放つその威光たるや。
傍目には幼女に逆らえない大人達、という曰く言い難い光景であるのだが、見目形と雰囲気や存在感はまるで別物である。全員まとめて部下を叱りつけるような空気を醸し出すミリエルの口調と態度は、あまりにも様になっていた。
◇
死者がいないことも手伝って、辛うじて踏みとどまれる最後の一線は守られていた。大魔法使いと魔導士という想像の外側にいる存在が現れてまで戦闘の続行に踏み切ろうとする愚か者は、とりあえずこの場にはいなかった。
こういった場合には席順が決まっているのか、今の今まで敵味方に分かれていた彼らも、慌てながら立ち位置を整理しようと動き出す。それをミリエルは不要と切り捨て、その場に留まらせた。
俺が前に出るべきかとも考えたが、ミリエルには考えがあるようで、視線だけで俺を後ろに控えさせていた。
そして高揚、いやさ暴走していた場の空気が俺たちの登場によって強制的に沈静化され、しかし静かな緊張に張り詰めつつあったハミンス魔法使いギルド構成員たちに対し、ミリエルは告げた。
「皆を集めて、さて、と言うのが名探偵の作法じゃったかな」
反論はない。というか、どう返答して良いのか、困惑している気配が漂っている。
壁際で気絶したままの数名を除き、残り十五名ほどの集団に、ミリエルは面白そうに視線を送る。それはまるで出来の悪い生徒を優しく見守る、ベテラン教師のような暖かな眼差しだった。
「ぬしら、なぜこんな状況になったのか。自分でも分からぬ者もいるじゃろ? ……いや、一人を除いて誰一人正確なところは分かっておらんじゃろうな。どうして、最近起きた事件の真犯人であるとそのギルド長が糾弾されたか。事件の際、何が起きたのか。どうやったのか。そして、自分たちはなぜ、するつもりなどなかった味方同士での戦闘に血道を上げておったのか。ウィラーと言ったな」
「はっ! お名前を覚えていただき光栄です!」
「世辞は良い。それより、ぬし、この展開は想定外じゃったろ」
「……だ、大魔法使いたるミールエール様がこの場にいらっしゃったことでしょうか」
口調もかちかちである。ギルド長相手に啖呵を切っていたときとは態度が違いすぎる。
……死んでしまったルイザも、大魔法使いの弟子になれるかも、という話の時には人が変わったかのように興奮しっぱなしだった。魔法使いであれば、尊敬せずにはいられない存在なのだろうか。
嘆息するミリエルに、ウィラーは顔を蒼くする。
「ワシらのことではない。先ほどの戦闘じゃよ。ぬしの予定には無かったであろう?」
「……は、はい」
「死人が出ることもお構いなしな魔法戦、想定どころか経験も無かろうな」
「その通りです、が」
ミリエルは皮肉そうに口元を歪めた。
「実戦経験が少ない者が多かったことも幸いしたな。双方に得手があと一名ずつおったら、今頃ぬしらはほぼ全員物言わぬ骸よ。まあ、それだけの強者がおれば……そう仕向けられたことに早々に気づけたかもしれんがな」
「……仕向けられた、ですって?」
「おかしいとは思わなかったかのー? そこのギルド長が自分が狙われたにも関わらず、戦闘で殺傷能力の高い攻撃魔法をほとんど使わなかったことに。本気でやればぬしら全員、鏖殺も出来るだけの切り札は持っておるはずじゃぞ?」
驚愕の顔で、ウィラーのみならずその場の全員がギルド長に視線をやった。
名指しされたギルド長は何のことか分からないと言いたげに困惑の表情を浮かべ、滅相もないと首を横に振った。今更のように、未だ人畜無害を装えるその面の皮の厚さだけは、素直にすごいと思う。
だが確かに彼だけがあの一歩間違えれば凄惨そのものの魔法戦に深入りしなかった。当事者、中心人物であるにも関わらず。
「そんなこと言われても……ミールエール様。僕がいったい何をしたというんです? こんな無益な争いに心を痛め、なるべく穏便に片を付けようと」
「ヨウスケの視線が無かったら、何を使うつもりじゃった?」
ギルド長はため息混じりに即答した。
「全員を無力化出来る魔法ですよ。ただ、それを使うにはタイミングが命でして。ああして混乱している状況で使ってしまうと、無意味な犠牲が増えかねない。だから躊躇していたのです」
「……具体的には何の魔法じゃ?」
「《音響爆》ですね。至近距離からの爆音で動きを止めます」
「ふむ。ヨウスケの使ったアレに似た魔法か。……出来なくはないな」
俺の用いた《疑似光爆》から閃光を削ったものと似た効果だろう。
反射的に動きは止まるかも知れないが、言い訳としては若干無理があるような気もする。実際に効果を確かめないことには何とも言えないが。
ただミリエルは理解を示した。それなりに効果は望めるのだろう。
「ではなぜ真っ先に使わなんだ?」
「……それは、やはりタイミングが」
「途中であれば確かに難しかったろうな。向かってくる攻撃魔法に対し、防御や回避が不能になる危険性がある。タイミングを見計らったのはこのヨウスケとて同じこと。まあ、ワシがフォロー出来る状況であればなんとでもなったが」
ギルド長の表情は困惑のまま変化しない。
一喜一憂しないこれも、ポーカーフェイスの一種だ。
「咄嗟の言い訳としては上出来じゃ。共通点のある相手の手札を引き合いに出して説得力を増す。じゃが、ワシの採点は厳しいぞ? 一番最初であればタイミングは問題にならなかったはずだがのー? なぜ使わなかった?」
「僕にも想定外だったのです。まさかこんな混戦になってしまうとは……」
「減点じゃな」
ミリエルが鼻で笑った。
「混戦、いや、殺し合いになるよう煽っておいて、そんなつまらぬ言い訳を臆面もなく口にする。他の者ならいざ知らず、このワシの目を欺けると思ったか? 大魔法使いの名も随分と舐められたもんじゃな」
ギルド長が沈黙した。思い当たる節があるようだ。
あるいはミリエルの表情を見て、すぐには反論しない方が良いと計算したか。
ミリエルの言葉にウィラー他の幹部たちが色めき立つ。
「どうせじゃ。未だ状況を把握し切れておらん鈍い者もおるようじゃし、何があったか、全てを詳らかにしてしんぜよう」
「……だ、大魔法使い様。全てとは」
「全ては全てじゃ。副ギルド長オージェスとルイザを殺した秘術の正体。そしてその理由。先ほどの無為な戦闘がいかにして引き起こされたのか」
ちらりとギルド長を見る。困惑の仮面は、今まさに外れかけていた。
表情が変わらないくせに油汗が額からこめかみから、滝のように流れ出している。
そんなギルド長の様子を見て、数人がぎょっとした顔をしていた。
「のう、ハミンス魔法使いギルド長よ。どうした、目が泳いでおるぞ。見抜かれないと思っていた仕組みをすぐさま気づかれたことがそんなに意外か? それとも怖いか? 貴様の二つ名なぞ知らんが、その使い手としての能力は賞賛に値する。よし、ワシからひとつ付けてやろう。ぬしの二つ名は《汚泥》じゃ。喜べ。大魔法使いが手ずから二つ名をつけるなぞ滅多にないからのー」
そしてミリエルは、まるで名探偵のように胸を張ってこう告げた。
人差し指をびしり! とギルド長に突きつけて。
「大魔法使いミールエールは、全てまるっとお見通しじゃ!」
その言い方に、ため息を禁じ得なかった。この期に及んでシリアスな空気を混ぜっ返すその性格は、ミールエールという本当の名前を知られないための演技ではなく、ただの素なのだろう。
こんなミリエルの態度ではあったが、不可解なことに、聴衆の中には驚いたり不満げな顔はほとんど見られない。ここまでの流れから察するに、大魔法使いとしての容姿はほとんど知られていないのだろうが、この頓狂な性格だけは有名だったのかもしれない。
むしろ納得したように頷いている面々もあった。
ミリエルが横目でこっちを盗み見て、にやりと笑った。
「助手ヨウスケの協力もあって、ワシらは真相に辿り着いたのじゃ!」
しかも知らぬ間に助手扱いにされていた。
この扱いに、スピカが盛大に文句を叫ぼうとするのを、俺は必死に抑えるのだった。




