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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第五章 「魔法使いといっしょ」

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第五十五話 『虎の威を借れば』

  

 考えることは山ほどあった。調べなければならないことも。

 ルピンからの依頼。俺のやりたいこと。現状に対する最善策。

 何をするにも情報が必要だったから、真っ先に向かう場所は決まっていた。

 ティナにしてみれば、厄介ごとから遠ざけようと気を遣ったはずなのに、俺がこんなに早く引き返してくるのは想定外だったようだ。


 快く迎え入れてはくれたが、ティナは室内にちらりと視線をやった。視線の先のミリエルはソファにふんぞり返って、部屋の主のようにくつろいでいる。

 見た目は幼女そのものだが、態度はティナよりよっぽど大きい。


「お、ヨウスケではないか。なんじゃ、ワシを遠慮無くじろじろと見て……そうか、これが俗に言う視姦というものかのー。ふむふむ、先ほど会ったときには否定しとったが、やはり欲情しとるのか。こんな幼いからだにまで反応するとは、おぬしも難儀な性癖じゃのー」

「ミリエル!」

「どうしたラクティーナ、そんな顔を赤くして……おお、そうじゃったな! ぬしも処女だったことをすっかり忘れておった。すまんすまん。そーいえば弟子同士で猥談しとるときも耳を塞いでおったな」


 じろり、と睨まれたミリエルは気にした素振りもなくケラケラと笑っている。

 ため息ひとつこぼして、ティナは俺に顔を向けた。


「……それでヨースケ、何しに戻ってきたの。ああ、ルイザには会えた?」

「つれないのー。そんな様子では男の子(おのこ)に手を出されぬまま年を取るぞ。童貞と同じで、処女を拗らせるとひじょーに面倒じゃよ? なにしろ時間は残酷じゃからな。手をこまねいているうちに妹分に先を越され、娘のように思っていた者に置き去りにされ、そのまま萎びた干物に手を出す物好きはおらん。お、そうじゃ。丁度良い相手がおったの。ヨウスケに頼んで手を出してもらったらどうじゃ?」

「ルイザはちょっと面倒な娘だけど、悪気はないのよ。悪気は」

「ラクティーナが相手してくれない。このむなしさ、どこにぶつければいいんじゃろーなー」


 からかう気満々のミリエルを見て、まともに相手にしない方を選んだようだ。

 無視されてもむしろ楽しげな様子で、ミリエルはラクティーナの苛立った顔を見上げていた。

 俺は今しがたあった出来事について、順を追って説明した。



「そう。ルイザが」

「なんじゃなんじゃ。どこもかしこも魔法使いギルドはつまらん諍いに明け暮れておるのー。そういうくだらん話よりもっと色々すべきことがあるじゃろーに」


 心配そうに目を伏せたティナと対照的に、ミリエルは小馬鹿にしきった顔をした。


「ミリエルは黙ってて」

「むむむ、じゃがなー。魔法使いギルドの体質の問題じゃぞ。これを」

「ここにいるのが世に知られた大魔法使いなら意味はあるけど、ここにいるのはただのミリエルなんでしょ」


 ティナが嫌味っぽく告げると、ミリエルは口を尖らせた。

 大魔法使いはそこまで権威だか権力だかを持っているのだろうか。

 いや、ルイザの言った内容からすると最上位扱いだ。むしろ当然かも知れない。

 魔法使いが自らを選良と判ずるための素地、非魔法使いと一線を画す地位を保証する、生きた権威そのものなのだ。


「ほー。そーゆーことを言うかのー。このミリエルでは無為と」

「そこまでは言ってないわよ。ただねえ……。せめて見た目がそれっぽい老人ならまだしも、こーんな子供の格好じゃ、まともに話を聞いてももらえないんじゃないかしら」

「言うたな! 覚えておれよ! そこまで言うなら、ワシにも考えがあるのじゃ」

「……待って。ミリエル、何する気?」


 様子が変わった。ちくちく言葉のトゲで刺していたティナが、表情を一変させた。

 ミリエルは口元をひくひくと動かして、なぜかやる気を出していた。

 ソファから飛び出して胸を張る幼女の言葉は、子供のママゴトにしか思えないのだが、恐るべき波乱の気配を思い起こさせた。

 そう、以前あの侯爵令嬢リアに感じた巨大なエネルギーに似ている。

 こんな小さな身体のどこに隠していたのか、凄まじい存在感を発揮して、腰に手を当てたミリエルは大きな高笑いを部屋いっぱいに響かせた。


「ヨウスケ手を貸すのじゃ。ふふふふふ……ワシが見事、この一件を解決してしんぜよう」


 その発言で、嫌な予感が極まった。

 ティナが焦り出し、身を乗り出した。


「あ、ごめん。謝るから。ね、ミリエル」

「もう遅いんじゃよー! ヨウスケとワシで諸問題を悉く解決し尽くしてくれるわ!」

「お願いだから止めて。絶対ぐっちゃぐちゃになるから。問題がより一層複雑になるから!」

「ラクティーナ! ぬしはそこで高みの見物でもしておれ! 行くぞヨウスケ!」


 聞く耳を持たない、という言葉がぴったりだった。


「……ごめん。ヨースケ。苦労をかけるわ」


 売り言葉に買い言葉、というだけではないのだろう。

 ティナは表情に影を落とし、ミリエルは悪戯っぽく笑っている。

 俺はといえば、二人の叫ぶようなやり取りを聞きながら、ひとつの思考に耽っていた。


 さて、この場合の解決とはいったい何を指すのだろうか?



 とりあえず、灰色ローブことルイザが犯人ではない、という前提に立って動くことにした。

 あの場での発言が嘘だったとは思いたくないし、自分の目を信じたいとも思う。

 何より彼女の行動が犯人らしくなかったのだ。


 もしルイザが昨晩から今朝、何も考えずに副ギルド長オージェスとやらを殺したとすれば、逃げるなり隠蔽工作するなりするだろう。

 いくら研究バカであっても、その程度には頭が回るはずだ。

 真っ先に疑われていたことからも、動機なり手段なり、彼女が犯人だと喧伝すれば大半が信じるだけの理由があるに違いない。

 そう考えて、まずはティナに話を聞いたのだが役に立つ情報は得られなかった。

 ティナは大魔法使いの弟子という立場もあってか、魔法使いギルド内でのいざこざには一切関わっていないらしく、背景に当たる部分の知識は皆無だったのである。


「さて、手始めに何をするかのー。怪しい者を大量に見つけて、とりあえず全員ボコボコにするとかどうじゃ?」

「ミリエル。それやったら犯人ですって自白するのがダース単位で出るわよ。やめなさい。……やめて」

「そのときは自白したのを全員集めてもう一回メタメタにするんじゃよ。そこで本当にやった犯人のみ自白し、実際にはやっていないものは撤回せよ、こう言えばよい。ほれ、簡単なのじゃ」

「……こうやって冤罪が出来ていくのよね」


 ありがちなのは派閥争いか、あるいは痴情のもつれ。

 後者は無さそうだ。ルイザの様子を見た限り。

 いや、そもそも事故などではなく殺害と断定されたのは何故か。どうやってオージェスは殺されたのか。動機は。ルイザとの関係は。

 俺には知らないことが多すぎる。よし。


「――まずは聞き込みか」

「……ラクティーナ。ヨウスケはいつもこんな感じかのー?」

「理屈先行型であることは間違いないわね。まあ、取り返しの付かない真似を盛大にやらかしてから、笑いながらメンゴメンゴと軽く言うタチの悪い似非幼女より幾分マシじゃないかしら」

「ほー。そんな幼女がおるのかー。素直に間違いを認められるとは、素敵じゃのー。せっかくだから友人になりたいのー」

「もういいわ。ねえ……お願いだから、ヨースケの指示に従って。騒ぎをこれ以上大きくしないで」

「むむむ、ワシがいつ騒ぎを大きくしたと?」

「アフール法国の神殿。グリンスパール東の山脈沿い。ニキート村。サスカールの街。セジェス……」


 ティナが暗い顔で指折り数え出すと、ミリエルは肩を落とした。


「分かった分かった。まったく、ラクティーナは本当に小姑みたいじゃの。ま、男の子(おのこ)の活躍を陰で支えるのは女子の役目じゃし、しばらくはヨウスケのやり方を見守って、サポートに徹することにする。それでいいんじゃな?」

「……いつもそのくらい素直ならいいのに」

「なにか言ったかのー?」


 話がまとまったところで、俺とミリエルは情報収集に向かった。

 ルイザとオージェスについて。事件のあらまし。そしてここハミンス魔法使いギルドで起きていた、あるいは起こりつつあった何か。その正体と、真相を露わにするために。

 ティナはお留守番である。影響力がないわけではないが、目の敵にされている部分もあるし、出張るとすれば調査を終えた真相解明の段階だろう。

 とりあえず聞き込みをするのだが、副ギルド長殺しの疑いを、幹部が掛けられている現在、ある意味では御家騒動に近い。魔法使いギルドは構成員の性質上、素直に話してくれるとは考えにくい。



 まだギルドに入ったばかりの俺の顔を知っている者は数少ない。

 冒険者として多少名が売れたところで、この場ではあまり意味を成さないようだった。

 Aランクまでなればまた違うのだろうが。


 試験管をしたナジーラと受付のネーラ、ティナにルイザ、そしてミリエル。あとは試験の際にこっちに注目していた数人。

 それ以外にとっては新参か余所者に過ぎないのだから、話など聞けるはずもない。


 ただでさえ蔓延している排他的な空気に入り交じって、副ギルド長が殺害されたことが重なって、ハリネズミのごとくピリピリした雰囲気だ。

 友好的に会話をしてくれる相手を探すのは困難だろう。気安く会話に興じてくれる、いわゆる魔法使いっぽくない人物が、百人に一人いるかどうか。たとえ口が軽い相手に遭遇できたとて、その一人が情報に聡いとも限らない。

 というわけで、話し始めは誰を相手にしても悲惨なものだった。

 十人いたら、完全無視が三名。多忙を理由にすぐに去ろうとするのが三名。俺の格好を見て小馬鹿にしたように眉をひそめて、手でしっし、と追い払おうとするのが三名。最後の一人は嫌味ったらしい老人で、現状は剣士風に見えるため魔法使いらしからぬ俺の格好に散々だめ出しをした挙げ句、


「キミ、ここにいるからには魔法を使えるのだろう? ならば周囲に合わせたまえよ。ローブを着ないのは冒険者として活動している実践的力量の誇示なのだろうが、研究一本のギルド員の中には、それを不快に感じる者もいるのだからね。それに魔法を使える者が剣に頼る、という風にも見えるのは風紀上よろしくないのだ。ここにいる魔法使いは非魔法使いとは違う、一段高い階梯にいる存在だ……というプライドの塊だからね。叡智を求める向上心は、隙あらば足を引っ張ろうとする嫉妬心へと容易く変質してしまうこともある。そんなところにキミのような若造がそんな格好でうろうろしてみたまえ。嫌がらせのひとつもされることになるだろう。……ああ、まさかとは思うがローブを一着も持っていないなどという魔法使いにあるまじき失敗は犯していないだろうね? 集会のときや、会議、幹部に呼び出されたときなどの正装としても用いるのだよ? そんな魔法使いの心の友であるローブをたかが金貨数枚に釣られて売り払うような不心得者が存在するとしたら、それはとてもとても嘆かわしいことだ……!」


 話が長い。

 が、言い方はともかく内容的には俺を心配してくれているようだったのでお礼を告げた。

 確かにローブの一着くらいは用意すべきだったか。

 ティナの様子からすると、そこそこ自由だと判断したのは早計だった。

 本館に行き交うギルド員を見渡せば、ローブ姿でない方が少ない。


「お礼など要らんよ。それより、先ほどから見ていたが……話を聞きたいのであれば、もう少し工夫したほうがいいだろうね。ここは魔法使いの学問の場であり、訓練場であり、そして城だ。本物の貴族も混じってはいるが、それとは別に……魔法使いの振る舞いは貴族のそれと似ている。キミのような無位無冠の余所者が話を聞こうとしたところで、耳を傾けてくれる者はおるまい」


 それだけ言って、その老人はすぐさま去ってしまった。

 今の流れから話を聞かせてくれるかと期待したのは、さすがに贅沢だったか。


 どうしたものかと考えていると、ミリエルが俺の裾を引っ張って余裕たっぷりに笑った。


「いきなり手詰まりかの」

「俺も、ここに今日登録したばかりだからな。さすがに内情を教えてくれるとは……」

「はぁ、情けないのーヨウスケ。やる前から気後れしてどーする。まあ、ここの人間に頼まれたわけでもないからの。案外、上手くいっても余計なことをしたと文句を言われるかもしれんぞ?」

「別に構わない。ルイザの件が納得できないだけだしな」


 ミリエルが意地悪そうに口元を歪める。


「さておき、今の男はなかなか良いことを言っておったのー。貴族相手のそれと同じ、というのは見る目があるのー」

「……向こうは貴族で、こっちは平民と思っている。だから対応も相応だって?」

「ふむ。まあ、ワシに言わせればどいつもこいつも有象無象に過ぎんが……」


 過激である。周囲に聞かれていないか少し心配してしまった。


「ヨウスケ。ぬし、気にしすぎじゃよ」

「……と、言われてもな」

「敵地にいるような振る舞いもよくないのう。まあ、ここに染まるよりは好みじゃが」


 ミリエルは笑った。


「貴族相手に話を聞いて欲しいとき有効なのは、贈り物かコネってところか」

「……力尽くって手もあるがのー? 人間、命以上に高いものを持ってる者は少ないからの」

「それはナシだ」


 選択肢には残すが、容易く選ぶわけにもいかない。


「んー、ヨウスケ。一番有効なものを忘れておるな」

「……他に何かあるか?」

「権力じゃよ。貴族たれば、王の命令には逆らえん。そしてまた、より高い爵位を持つ者には低頭平身するものよ。権威に頼るものは、それ以上の権威に弱い。常識じゃよ?」

「ギルドの魔法使いがより所とする権威……?」


 くつくつと含み笑いをするミリエルに、何か嫌な予感がした。


「ほれ、ひとつ貸してやろう。こいつを使うと良いぞ?」

「……これは」

「大魔法使いの権威にあやかれる、貴重で便利なバッジじゃよ」


 軽い様子で手渡された。ミリエルが受付に見せて、相手の態度が変わった原因はこれか。

 意匠を懲らしたデザイン、というわけではない。むしろシンプルな絵柄だ。

 杖と本。簡略化されたその二つが、紋章のように重ね合わされている。

 だが、単なるバッジではないのも一目で分かる。わずかに傾けると色が七色に変化してゆくのだ。その不思議な輝きのなかに、絵柄がぼんやりと浮かんでいる。


 アレキサンドライトという石がある。

 昼と夜で色が変わると言われる、高級な宝石の一種だ。より正確には太陽光と白熱灯、つまりは光の波長によって見える色合いが変化するらしいのだが、それを思い出した。

 あるいはホログラムにも似ている。トレーディングカードのレアでその手の加工を何度も見た。


 実際にこれが宝石かどうかは自信がない。

 透明だから鉱石の一種に思えるが、未知の素材である可能性もある。

 ただ、とんでもなく手間がかかっているか、よほど貴重なものであるとは強く感じた。

 美術品としても最高級品。

 付加価値はそれ以上だろう。大魔法使いの権威とやらは、俺の想像よりも強烈だった。


「大魔法使いの信頼厚い者にのみ預けられたこの徽章、持っている者には各地の副ギルド長と同等の権限が与えられる、という仕組みじゃ。さすがにギルド長には拒否権があるし、幹部には協力要請出来る程度じゃが、下っ端相手なら強権を振るえる――私腹を肥やすことも、権力を翳して好き勝手することも思いのままじゃよ?」

「アホか」

「アホとはなんじゃ、アホとは。せっかく貸してやろうというに」

「俺が持ってても無意味だろ。その大魔法使いと俺は無関係なのに」

「そうでもないんじゃなー。これが」

「……は?」


 ミリエルは意地悪そうに口元をつり上げた。

 バッジを持っている以上、俺はもう関係者として扱われるのだと。


「このバッジ、たとえ無理矢理奪ったとしても、与えられる権限はそのままじゃ。魔法使いギルドの憲章の初めの方に『経緯に関わらず、この証を持っている者に権限を付与する』と記載してあるからの。力尽くだろうが、大金を積んで買い取ろうが、陰謀によって掠め取ろうが、そんなことは関係無いのじゃ。バッジを持っている者には相応しくない者の手に渡らぬよう保持する義務が生じるし、奪われる危険や守り通す覚悟が無いのなら信頼できる他人に預ければよい」


 特大の厄ネタだった。やはり貴重品だ。そして、複製がまず不可能なのだろう。

 俺の手の中でもてあそべるような軽いものとは思えない。

 それを平気で預けてくるミリエルに、ティナの焦燥の理由が少し分かった気がした。


「ほれ、自由に使ってよいぞ。貸すだけじゃがな」

「ずいぶん悪趣味だな」

「そうじゃのー。最初は魔法使いが互いに研鑽するための切っ掛けだったらしいが、今となっては争いごとの火だねじゃな。ま、来歴はともかく効用は本物じゃ。関係者に話を聞くくらいなら容易いぞ?」

「分かった……使わせて貰う」

「うむ。それでこそ。よしよし、ワシがつけてやろう」


 時間が惜しい。

 ミリエルが何を企んでいるのかいまいち分からないのが不安要素だが、現状では便利であることに間違いはない。

 せいぜい有効に活用させて貰おう。いまは巧遅より拙速だ。

 ちなみにミリエルが俺の胸のあたりにバッジをつけようとして腕が届かず、悔しそうにうなり声を上げていたのは、なんともいえず見た目相応だった。


 胸にそのバッジをつけ、ギルド関係者に会うと、態度の変わりようが凄まじかった。

 先ほどと違い、あっという間にかなり詳細な話を聞くことが出来たのだった。

 

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