第四十五話 『魔導の紙片』
ソフィアと貴族令嬢を巡る一件、すなわちラフィナートの納品から二週間ほど経つ。
今の俺は宿暮らしである。
実のところ、ソフィアからは一緒に暮らしませんかと誘われたのだ。
同棲という響きには憧れが無くもないが、それをするには色々と足りないものがある。
少なくとも当分はそのつもりはないと、断腸の思いで断った。
するとソフィアは分かりましたと言いつつ、寂しそうに無言で見つめてきた。じっと。
じーっと。
その表情とかあれこれが計算され尽くしたものだったと気づいた。
角度とか。涙目とか。
だからこそ耐え切れたのだ。
危ういところだった。
リアの着こなしが社交界で広まったのか、ソフィアの店は少しずつ繁盛し出していた。
それを横目に俺とスピカはBランク向けの狩り場に籠り、経験値と銀貨稼ぎに従事していた。
冒険者なのに全く冒険をしていない、作業感たっぷりな毎日を送っている。
別に意識してのことではないが、ソロ活動に邁進している状況だった。
都合上、狩り場も人気がない場所を選ぶことが多いせいもある。
おかげでいくらかレベルアップしたようだが、スピカによれば、下位の銀貨級相手ではいい加減効率が悪くなっているとのことだ。
Bランク向けの冒険者ギルド管理地のなかにも、金貨級が出現する場所はある。
そこを選ぶべきか、それとも方向転換を考えるべきか、進路に迷っているところだった。
◇
ここのところずっとティナに逢えなかったのだが、彼女は今日になって顔を見せた。
ずっと魔法使いギルドの実験室を借りて、中に籠もって色々試行錯誤していたらしい。
道ばたで話すのもなんだからと冒険者ギルドの前から場所を移した。
冒険者向けの店が立ち並ぶ通りを離れて向かったのは、小洒落れた建物だった。
周囲に他の客がいない奥に案内された。飲み物を頼んでから話し出す。
最近どうだと水を向けると、ティナは疲れた様子でぽつぽつ語り出した。
「師匠が……以前言っていた大魔法使いだったか」
「そ。色々と宿題があるのよ。たとえば今、わたしたちが使ってる魔法の……」
とまで言いかけて、ティナは苦笑した。
周囲に誰も居ないことを確認してから、一応小声になる。
「ヨースケの場合は別だったわ」
「ん、どういう意味だ」
「魔導士なら新しい魔法を作れるんでしょ。だから関係無い話なのよね」
「……つまり?」
「普通の魔法使いは既存の魔法しか使えないのよ。一般的には詠唱魔法って言われているものね。古代文明製の魔道具を持ってれば別だけど」
愚痴のような解説のような、微妙なニュアンスを滲ませてティナが語る。
そうこうしているうちに飲み物が運ばれてきた。
昼間だというのにティナが頼んだのは火酒だ。
今日はもう冒険に出るつもりがない、という意思表示なのだろう。
俺は果実の絞り汁を頼んだ。ティナに付き合って酒精入りだ。
どちらからともなく乾杯、とグラスを合わせると、彼女は一気に煽った。
実験だか研究だかはあまり上手くいっていないらしい。
それが順調にいかない鬱憤を晴らすためか、普段より幾分早い口調で喋り続ける。
「詠唱を弄って魔法を改造することも出来るらしいんだけど、これが難しいのよね。独学でアレンジしちゃうとまともに発動しないこともあるし、暴走したり暴発したりして悲惨な目に遭うって話も多いし。だからすでに出来上がっているものから選ぶしかないんだけれど……詠唱の文言って、一般に公開したりはしないの。魔法使いギルドに所属していれば基本くらいは教授してもらえるけど」
「秘密主義ってことか」
俺の相づちに大いに頷いて、ティナは肩をすくめた。
呆れた様子ではあった。
「そういうことよ。秘術って呼ばれるレベルになると人前で使うことは滅多にないわね。詠唱を聴いて覚えられたら困るから見た者は生かしておかない! みたいな極端なのもいるし。まあ、詠唱魔法は言葉のなかに細かいニュアンスとか発音とかリズムとかあって、さらに魔力の制御なんかも必要だから一度見聞きすれば使えるようなものでもないけど」
「そうか?」
俺は首をかしげた。
言い回しこそ小難しくしてあるが、ティナの詠唱を聴いていた限りではそんなに覚えるのが難しいとも思わなかったからだ。
たとえば《業火》。
ゴブリンカイザー戦でティナが放った強烈な火焔魔法である。
詠唱としては『虚ろなる炎の王よ。煉獄の力よ。汝は全てを飲み込む大いなる流れなり。熱き流れよ、疾く我が敵を喰らい尽くせ』という内容だ。
思い返しつつ、さっと暗唱してみてビックリした。
案外、この長さでも覚えていられるものらしい。
俺だけじゃなくティナも驚愕の目をしていた。
「……ヨースケ、それ」
「気にするな。俺、詠唱魔法は使えないから」
「そうじゃなくて!」
せっかく整えてあった髪をかきむしって、うがーと叫ぶティナ。
それでも声を張り上げていないのは場所を弁えているからだろう。
そこにスピカの声が割り込んできた。
俺はティナに分かりやすいよう、テーブルの上にスピカをそっと置いてやった。
「ご主人様、詠唱が簡単に思えるのは《共通言語》の作用です!」
「……え?」
「翻訳機能を切れば分かるんですが……うーん。そうですね。ご主人様の知識からすると、魔法使いの詠唱した部分は本来全部ラテン語でやり取りされていると思ってください。それが翻訳されて理解されているので簡単に思えるだけです。実際は詠唱に使われている記述はもう少し面倒くさくて複雑で、ある種の機械語みたいなものですが」
「えーと、ああ、そうか。聞き慣れない外国語を耳にして、一発でリズム、発音、込める意味まで全部再現出来るわけがないってことだな」
「ですです! ……今ご主人様はやっちゃいましたけど! さすがご主人様!」
褒められている気が全然しない。
現に、ティナからはため息を吐かれた。
俺たちのやり取りそのものに胡乱な視線を送っているとも言う。
かなり強いアルコールだろうに、火酒のグラスをもう一度煽って飲み干すと、手を上げて店員を呼んだ。
同じものを頼んで、店員が奥に消えるのと同時に、恨みがましい声でこう言われた。
「いま魔導士の理不尽さがよぉーく分かったわ。一発で詠唱の意味が筒抜けって何それひどい。……使えないから大した意味はないけど。これで詠唱魔法が使えたら、敵対する魔法使いの手の内全部バレるわけね。しかもその場で真似されるおまけ付き。まあ詠唱すっ飛ばして呪文だけで魔法使える時点でそんな利点とか要らないだろうけど」
「改めて聞くとひどいな、魔導士」
「わたしもズルイってよく言われるけど、そんなもんじゃないわね」
我ながら、聞いた限りの一般的な魔法使いと比べるとすこぶるタチが悪いとしみじみ思う。
ティナの半眼気味な視線から俺は逃れるように肩をすくめた。
別段、本気で憎々しく思われているわけでもないのだろうが、不満があるのは事実だろう。
「ティナさん。普通の魔法使いには難しいでしょうが……詠唱の即時読み取りは決して不可能ってわけではありませんよ? 辞書無しで未知の言語の文章を読み解くようなものですが、既存の詠唱から予想を付けることはそれほど難しいことではありませんし」
「気休めの助言ありがとう。うちの師匠なら出来そうなのが、よりいっそう頭が痛いわ。……でも、今やってることの良いヒントになったわ」
「ん? 何してるんだ」
「大枚払って研究用の魔道具……の一種と思しきものを手に入れたの」
「ティナの言う大枚って」
俺の経済感覚が少し狂っていることは自覚しているが、Aランクのティナからするとどこからが大金という扱いになるのかは気になった。
ちなみにさっきの火酒は五杯飲んでも銀貨一枚しない。
「金貨で二百枚近くよ。地道に溜めて預けておいた分まで全部溶かしたわ。何が安くしておくよ! 面倒をちょっと丸投げしただけなのに、実験室使用料とかで足下見られたし!」
「……そりゃまた」
よっぽどすごい魔道具なのだろう。
以前考えた金貨一枚十万円くらい、というレートが正しいのなら二千万円分である。
いや、先進科学の研究器材とかなら普通にそれくらいするのだろうから、高いと言ってしまうのは早計だろうが。
こないだ更新した俺の装備も金貨で三十枚ほど。
自分の格好を見下ろす。魔法のマント付き剣士セット。……これで三百万か。
命を守るためと思えば決して高いとは言えない金額だが、普通の生活をしていれば不必要な出費ではある。
「今朝まで粘ってた師匠からの課題に必要でね。おかげで財布が薄くなっちゃったわ。食費に困るほどではないけど急な出費もあったら困るし、早いうちに金策はしておきたいわね」
「でも今日はそんな気分じゃない、か」
「気分より体力の問題よ。部屋に籠もりっぱなしだったから陽の光を浴びたのも何日かぶりなのよ。判断力も落ちてるから……雑魚相手なら行けなくはないけど、小銭稼いでも無意味だし。低ランクの狩り場を荒らすくらいなら宿で寝てたほうがマシでしょ」
ティナのことだ。こういった話をできる相手が少ないのだろう。
見知った顔、というか友人を見つけて会話欲が刺激された風である。
「ヨースケの方はどうなのよ。アレのあと、Bランクに上がったのは聞いたけど」
「今はレベル上げを兼ねて資金集めだな。推薦してくれたって聞いた。ありがとう」
「どういたしまして! でも、正直さっさとAランクまで上がると思ってたわよ。世にも珍しい魔導士なんだから、足踏みしてないで昇級出来ると思うんだけど」
「そんなに珍しいのか」
俺の問いにティナは考え込むような素振りを見せた。
そんなに悩むような質問でもないと思うのだが、ティナは眉をひそめていた。
「百年に一人か二人くらい出てくるって聞くけど、本当のところは知らないわ。現物見たのはわたしもヨースケが初めてだもの」
「現物て」
「昔は結構いたらしいわよ? 歴史上には百人単位で名前があるもの。でも今は、魔導士になるとか以前に、なるための魔導書そのものが入手不可能なのよ。現存してた魔導書――所在がはっきりしてた魔導書が悉く紛失しちゃったから」
「……へえ」
「百年くらい前には、才能在る魔法使いに魔導書を手にとらせて、契約できるかどうかを試させてたって話が残ってたみたいだけどね。記録に残ってるから本当なんだろうけど、各地に収められていた魔導書が影も形もなくなった以上、それすら今となっては伝説扱いよ。やあやあ我こそは魔導士なり、って詐欺師は結構頻繁に出てくるけど」
所詮偽者だからか、名を挙げようとした各地の魔法使いに挑まれて消し炭にされたらしい。
それでも魔導士を騙るものが後を絶たないのは、絶対的な力の代名詞であるからとも。
ティナは皮肉げに微笑んだ。
「だから本物はきっと珍獣みたいな扱いをされかねない。その危惧は分かるわ。場合によっては魔法使いギルドに祭り上げられるかもね。……イヤなんでしょ? そういうの」
「まあ、な。黙っててもらえて、ありがたく思ってる」
「と、友達だもの」
頬を赤くしたのは酒のせいだけではなさそうだった。
「でも、いつまでも隠し通せるものじゃないわよ。見る人が見れば分かっちゃう」
「だよな」
「今後のことは考えておくべきよ。なるべく早いうちに、ね」
なんとなく言葉が消えて、そのまま沈黙が俺たちの席を満たした。
妙にしんみりした空気が周囲に漂っていた。
グラスを眺めながら、ティナが無言のまま目線より上に持ち上げ、照明に透かした。
オレンジ色に光る炎に照らされて、グラスの表面が赤々と燃えていた。
◇
「そういや、アラウィーンはどうした? しばらく見てないんだが」
「一回、道ばたで会ったわよ。実家に報告しに一度帰ると聞いたわ。それ以来、わたしも見てないけど……そもそも普通の冒険者として活動する気があるのか、はっきり聞いたわけじゃないし。どうするのかしらね」
「ま、ゴブリン専門だしな。切り替えないと難しいか」
「せめて普通のモンスターと戦える技術が在ればいいんだけど」
ティナは口寂しかったのか、ツマミ代わりの菓子を頼んだ。
俺もお相伴にあずかっている。
ナッツ系の木の実が混じったクッキーだった。
酒の席での話題だ。当然のようにころころ切り替わる。
どこをどう彷徨ったのか、俺の女性関係についてどうなのと突かれた。
スタンが浚われかけたときに面識もあるため、ソフィアについて言及されたのだ。
どう答えたものかと迷ったが、正直に答えておいた。
恋人のようなもの、と。
はっきり明言しないあたりが我ながら男らしくない。この答えがお気に召さなかったのか、それとも他の理由からか、俺に向けるティナの視線は胡乱なものになった。
「へ、へー。そう。そうなんだ。正式に付き合ってるわけじゃない、と」
「まあ、好きだけどな」
「あ、あんたねえ。そういう態度、良くないと思うわ! あの娘が不憫よ!」
「……そう思うか」
「その、わたしにはそういう経験無いけど……そういう相手がいるのに恋人ですって胸張って言えないのって……口では強がっても不安だったりするはずだもの!」
口をとがらせ、そう批難された。
俺もそう思う。
しかしだからといって、愛していると口に出来ないのだから仕方がない。
さすがにそのまま言わなかったが、ぼやかした表現を聞いてティナに嘆息された。
「ま、まあ、相手を適当に引っ替え取っ替えする男はどうかと思うし、蔑ろにしてるわけじゃないのは分かったけど……」
酔いが回ったのか、俺も口が軽くなっている。
少し頭を冷やそうと、手を挙げて水を頼んだ。
その間もティナが口の中でもごもご言っていた。そして突然声を大きくした。
「きちんとちゃんと養えて、全員を大切に出来る甲斐性があるなら! 複数同時に、なんて話はあるわよ! 普通よ普通! だって貴族が妾持っても、雑に扱わなければそんなに批難されないのだってこれと同じ理由だし! 高ランクの冒険者にも結構いるし!」
「……ええと、つまり?」
微妙に話が飛んだ気がしたが、ティナのなかでは繋がっているのだろう。
俺の問いに二度頷いてからこう続けた。
「二股とか三股しろって話じゃないわよ……ただ、ちゃんとお互いが納得してるんだったら二人でも三人でもそれ以上でも恋人ですって宣言するべきよ……それだけ」
「そういう話だったか」
「そういう話よ。その娘にとってはね。ヨースケは一人に決められる確信がないだけでしょ。だから状況を理由に心を誤魔化してるのよ。正しい答えを出したいからって、今ある問題を先送りにしてる。いくら理屈っぽく考えてもその程度の話よ。まあ、その娘が許してくれてるんだからヨースケは好きにすればいいんじゃないかしら!」
「ティナ、なに怒ってるんだ」
「怒ってないわよ!」
と言いつつ、ティナは不満そうだ。
半眼気味に睨まれている。
顔が近い。
美少女だから、怒り顔も絵にはなるのだが、そのぶん迫力も凄い。
ティナの言葉の速度が急に落ちた。
「わたしが言うのもなんだけど、ヨースケってバランスが悪いわ」
「参考にしたい。どういう意味か教えてくれ」
「魔導士だからってこともあるんだろうけど……あまりにも戦闘の才能に偏ってて、普通の人間関係を作ることについては臆病……いえ、違うわね。不慣れというか、歪んでるというか。極端なのよ。誠実ではあるんだろうけれど、きっとそれ、他人のための優しさじゃないわ。それが自分のためなのか、身内と判断した人間のためかについては濁すけど」
そこで一度言葉を切って、心底苦痛そうにティナはこう呟いた。
「そういうとこ、わたしと似てるわ……」
自分で言って落ち込むティナであった。
方向性が違うだけで、コミュ能力に難があるのは俺も同じなのかもしれない。
言われてみれば、そういう面は確かにある。
仕事用と割り切っている対人用の仮面と、ずっと就職出来なかった自分の素。
なるほど。
俺とティナは、しばらく無言でグラスを傾けた。
さすがにこれ以上は悪い酒だ。以降はアルコール無しの飲み物に切り替えた。
◇
暗くなった空気を吹き飛ばすように、別の話題が飛んできた。
「そうそう、ゴブリンと言えば……あのときの金属はどうしたの?」
「すっかり忘れてた。借りた倉庫に預けっぱなしだ」
「そう? なら、借りても良いかしら。ゴブリンカイザーの話をしたら……魔法使いギルドの幹部の一人が妙に興味持ったみたいでね。調べさせて欲しいって言ってたのよ」
「今のところ使い道も無かったから構わないが……」
「ちゃんと返すわよ」
「そこは心配してない。ただ、調べて何か分かるのか?」
ティナは肩をすくめた。テーブルに立てかけたロングスタッフの先端を叩く。
考えていた時間は数秒だが、まだ酔いが残っているようで、言葉が出るまでにタイムラグがある。
「難しいわね。簡単に何か分かるようなら冒険者ギルドにぐうの音も出ない証拠品として叩きつける手立てもあったんだけど、まともな形も残ってなかったみたいだし……『調べても何も分からない』ことが分かれば十分だと思うわよ」
「……それなら武具級のドロップ品だった、って証明になるか」
「なるかもね。ま、冒険者ギルドもわたしも……ゴブリンカイザーについてはもう終わった話にしたから、たとえ調査結果で何か分かってたとしても――冒険者ギルドに提出するつもりは一切ないけど」
「じゃあ何のために?」
「言ったでしょ。魔法使いギルド幹部の抑えきれない好奇心よ。何か面白い調査結果が出たらそれはそれで良いし、何も分からないならトンデモ金属である証明になるだけ。まあ、相応の謝礼は出ると思うわよ。対価についてはしっかりしてるみたいだから」
話題としてはこんなところだった。
得るものがあったような、なかったような、何とも言い難い飲み会が終わる。
割り勘で支払ったあと外に出ると、まだ空は明るかった。
話に出た金属の塊を渡すため、銀行の隣にある貸倉庫へと歩く途中、数人に絡まれた。
「おうおう、昼間っから飲んでて良いご身分だなお兄チャンよお」
「そうだそうだ! こんな可愛い子ちゃんを連れてデートたぁ羨ましいぜぇ!」
「俺たちにもちょっとお裾分けしてく――っと、俺、武器屋に用事があったんだ。先に帰るわ」
「え、ちょ」
四人組のうち、二人が俺かティナ、どちらかの顔を見た瞬間に顔を青くした。
やべ、と声ならぬ声が聞こえた。
「……げ。……っと、俺もトイレに行かないと。いやあ最近お腹の調子がね。うん」
「え、え? な、なに、どういう」
「あ、俺たちは少し気が大きくなっていただけでして、あはは。――失礼しました!」
「しましたぁ!」
俺とティナが何かを言うより早く、彼らのうち二人がダッシュで逃げた。
残る二人は呆然と逃げ去った二人を見て、俺たちを見て、目があった。
それから彼らは空を見上げた。
上を見ながら後ずさってじりじりと遠ざかっていくという器用な真似をした。
一定距離離れると、先に逃げた二人を追うように彼らも駆けていった。
「……良かったわね。顔、売れてきたみたいよ」
「今の、ティナを見てビビったんだろ。さすがAランク」
「すごい速度で荒稼ぎしてる新人の噂が流れてるわよ、Bランク」
「……不毛だな。やめよう」
「そうね」
お互いに笑みは浮かんでいたが、双方に悪目立ちしている自覚はあった。
そして俺たちは肩をすくめ合うのだった。
◇
倉庫から出してきたドロップ武具の残骸をティナに手渡し、その場で別れた。
見るからに金属の塊だ。
何か分かれば御の字とはいうものの、少し期待している自分がいる。
俺とスピカはそのまま通りを歩いた。
冒険者ギルドから続く道並みを進み、散歩がてら路地に入る。
あんまり流行って居なさそうな薄暗い一画に、『魔法道具取り扱いあります』と看板が出ている。いわゆる雑貨屋なのだろう。
冒険者向けとも言い難い雰囲気であり、店内はそこかしこ雑多な印象だった。
武器や防具ではなく、あんまりオシャレじゃない日用雑貨や金属製のごついティーポット、寝袋や使いづらそうなカンテラなど、他の店からあぶれたような商品が適当に積み上げられている。
興味を持って店内に足を踏み入れると、ちょうど外から死角になっていた場所に、店内の雰囲気に溶け込むような汚らしい箱が置いてあり、そこに大量の紙があった。
紙が飛ばないようにか、一番上に重石として丸い岩石が鎮座ましましている。
そこに大きな文字で、こんな表示が書いてあった。
『大量入荷! 薄い! 燃えない! 染みない! 破れない!
謎の文字も描かれていて、見た目も超オシャレ!
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より正確には、うっすらとした文字が、こんな感じで小さく付け加えられている。
『(簡単には)燃えない! (滅多に)染みない! (素手だとそんなに)破れない!』
正直に書いていると主張するためだろうが、随分せこい表記だ。
「……うわあ」
と口に出したのは、俺とスピカ、たぶん同時だった。




