第三十八話 『装備しないと意味がないぞ!』
俺とスピカは馬車に揺られて、街へと戻ってきた。
ギルドが出している乗合馬車であれば無料であるものが大半だが、普段巡回している通常ルートを外れる場合には場所に応じた料金が発生する。
公共バスではなくタクシーを使うようなものだ。
今回の場所は銀貨三枚。複数いれば人数割りになるが、俺しかいないからそのままかぶった。
とはいえ、道中にもモンスターは出現しうる。危険度との兼ね合いを考えれば、それくらい徴収されるのは当然とも考えられる。
というわけで、今日のレベリング終わり!
無事、Bランク向けのモンスター出現地帯から戻ってきたのである。
物理攻撃主体として選んだのだが、後で聞くと普通のBランクには危険が多い、稼ぎになりにくいと評判の場所だったらしい。
他の冒険者が少なめのところという条件で探して貰ったが、皆無とは思わなかった。
道理で俺しかいないわけだ。
まあ、おかげで気兼ねなく《氷狂矢》連発とかやれたのだが。
今日はこれまで見なかった顔の受付のお姉さんだったから、出発時に心配そうな顔をしていた
一応、帰る前にギルドの窓口に軽く顔を出したら露骨に安堵の表情をされた。
最初、Bランクと記載されたギルドの登録証を見せると驚かれたし。
背伸びして危険地帯に向かった扱いだったと後で気づいた。
「剥き出しの刃のようなご主人様の雰囲気も素敵だったんですが……今のご主人様は見事に一般人に偽装されておられますから、そこもまた素晴らしいと言いますか」
「偽装って何だ、偽装って」
スピカから謂れ無き扱いを受けた。
どう見ても一般人……ではないかもしれんが、そこまで極端な行動をした覚えはない。
「ご主人様、それで……これからどうします?」
戻ってきた時点で夕方だったが、一度ギルドに寄って外に出ると暗かった。
夕飯時だ。何か食べてから動くべきかもしれない。
そこまで考えて、ふと思いついた。
「この時間ならまだやってるな。一度見てみるか」
「はい?」
「あそこの店」
俺が指を指したのは、暗い中にオレンジ色の光が漏れている一画だ。
冒険者ギルドハウス近くに武器屋防具屋その他店舗の集中地帯している。
今使っている見習い魔法使いセット。
あからさまに初心者向けのローブや杖は盗賊ギルドで用意して貰ったものだ。
Bランクに上がったことだし、いい加減次を見繕うべきかもしれない。
「そういえば……結局、ホークアイさんから一般的な相場とか聞いてませんね」
「あのときの話からすれば、金貨四十枚で中位ランク向けの装備一式ってところか。Bランクが中位なのかどうかはいまいち分からんが」
「え」
「ホークアイの基準だと、Aランク中堅でようやく中位もありえなくはない」
ちなみにレベリング中に稼いだ銀貨は三百枚近くになる。
金貨で換算すると三十枚前後。
計算とホークアイの基準が正しければ、今日の稼ぎだけでBランクが使う装備品としてはそこそこ良い物が買えるはずだ。
俺は意気揚々と冒険者ギルド公認と看板を掲げた店へと乗り込んでいった。
◇
「おう、どうした兄ちゃん。むつかしい顔をしてよう」
「……いや、目移りしてるだけだ」
「そうかい。あと三十分くらいしたら店閉めっから。買うなら早めに頼むぜ」
鎧などを買う場合、身長に合わせて調整したり体格によっては詰め物が必要になる。
その分の時間を考慮して買え、という意味合いらしい。
ちなみに真っ先に来たのは防具屋である。
攻撃力はあるに越したことはない。
しかし、俺は魔導士である。
Bランクのあいだは《氷狂矢》一本で十分だ。
魔法使い向けの装備は本来、杖なり指輪なりの魔法発動体が必須だが、俺の場合はスピカがそれにあたる。
手持ちの杖も偽装だ。ティナの持っているロングスタッフのように殴る用途には使いづらい。
次は気楽に振り回せる鉄杖なんかがいいかもしれない。
とまあ武器屋に興味はあるが、まずは防具に金を掛けるべきなのである。
「……ふうん。兄ちゃんは武器じゃなく、防具を先に選ぶか。よく分かってんじゃねーか。そうなんだよな。駆け出しの奴らは武器にばっかり目がいって、なかなか守りを考えない。そりゃあダメだぜ」
ふっ、と笑いながら防具屋の店主はパイプを口にした。
煙をくゆらせて、薄い頭を撫ぜながら、苦み走った笑みを浮かべた。
「命があればなんでもできる。命がなくなったら意味が無い。そんな当たり前のことが分からないヤツは元から冒険者に向いてねえんだ。だがな兄ちゃん、だからといって防具だけでも意味がねえ。敵を殺しきるための火力がなきゃあジリ貧だ。あんたはそいつが分かってるのかい」
「あー……俺、魔法使いっぽいものなんで」
「あん? 見りゃ分かるぜそんなもん。見習いなんだろ。だから魔法使いだって断言できないんだろ。だがな兄ちゃんよう。気にするこたーねえよ。ひとつでも魔法が使えるなら、そいつはその瞬間から魔法使いだ。だからおれだって魔法使いなのさ。……そう、おれにも使えるんだぜ。客を笑顔にするって魔法がな!」
ふっ、と満面の笑みを浮かべたおっさんに、俺は愛想笑いをかえした。
他にどうしろと。
「兄ちゃんよう。おめえはなかなか見所があるぜ。ま、駆け出しだからって魔法使い用の装備品は高いからな。そんだけ揃えてから動いてんだから結構ちゃんとしてるってこった。見習い用つってもCランクのあいだは通用する良品だぜ、それ」
「ああ、やっぱり良い物でしたか」
「その言い草だと官製品の下げ渡しか、魔法使いギルドから融通されたってとこか。ああ、入手方法がきちんとしてるなら別に構わねーぜ。おれの仕事はここに出入りする冒険者相手に、ここで売買してやることだからよ。他のことにまで首を突っ込むつもりはねえ」
紫煙が揺れている。
ばしん、と太い腕がカウンターを強く叩いた。
「だがな、いっぱしの冒険者になったなら……おれの店に来るのは運命みたいなもんだ。ハミンスでおれの店より良い防具屋は他にはねえ。なにしろ店主であるおれが……客を喜ばせる魔法に精通した、すげー魔法使いだからな!」
俺は強く思った。
……このひと、すごい面倒くさい。
というか、普通に店内の防具を見させて欲しい。
装備品を選ぶときは、もっと静かに、こう、穏やかな気持ちにならなきゃいけないんだ。
そんな俺のささやかな願いは叶えられなかった。
「で、駆け出し! 予算はいくらだ! 銀貨五枚か? 金貨一枚か? 予算の範疇で、お前に一番合った最高のもん見繕ってやるよ!」
「金貨三十枚以内で」
「冷やかしか! さっさと帰れカスが!」
「ええー……」
超睨まれた。
◇
登録証を見せた途端、ふう、とため息を吐かれてしまった。
「なんだ、Bランクなのかよ。早く言えよ。つーことはなんだ、別の街から活動場所を移ってきたか何かかよ。まさかこの街でデビューしたばっかりの新人ってこたーねえよな」
「いや、俺は」
「ま、Bランクに上がるのには結構かかるもんだ。それまでは稼ぎもそんなに大きくねえ。お前さん、よっぽど頑張って溜めたんだな。分かる。分かるぜ。安い竹槍から一つ上の銅の剣にすぐ切り替えるんじゃなく、ぐっと我慢して三段くらい上にあたる鋼の剣を買おうとするその精神! いいな、気に入った!」
「ちょっと待った」
「まったく、おれを驚かせるのも大概にしやがれ。……はっ、お前ってやつは……店主を驚かせる魔法の使い手ってことか! そうかそうか、そういうことなら仕方ねーなあ」
「……この街で初めて登録して、Bランクになるまで一週間だったが」
「失せろ! てめえみたいな苦労知らずに売る防具はねえ! これだから魔法使いは嫌いなんだ! クソが!」
俺が何か言おうとするのを遮って、店主の勢いは激しくなるばかりだ。
「おれだってよう、魔法……本物の魔法を使いたかったんだぜ。でもよ、才能がねえって……そう突きつけられたおれの気持ちが分かるか! あん? 恵まれてやがるてめえみたいなボンボンが金貨三十枚をぽんと出して装備くださいオジサマだあ? 世の中舐めてんのか!」
「ええー……」
オジサマとは言ってない。
彼の言葉が終わるのを待つ。
よく見ると今度は店主は笑っていた。冗談のつもりだったらしい。
「……なんてな。いや、たまにいるんだ。そういう突飛なヤツはな。まあ、さすがに一週間で昇級試験受けたヤツは初めて聞いたが……その手の規格外を下の方に置いたままだと、他の連中に悪影響が出るからな。さっさと適正なランクにやるのは冒険者ギルドの義務ってやつさ。てめーが気にすることじゃねえよ。ほれ、さっさと身体を出せ」
「……え?」
「脱げって言ってるんだ」
「……え? え?」
「自分で脱げないなら、おれが無理矢理剥いてやろうか」
熱っぽい視線に晒され、俺はモンスターと戦っている最中には感じなかった身の危険を感じた。
むくつけき店主の顔立ちは濃く、大きい鼻に、髪の毛の薄い頭、そして見開かれた目。店内の照明に照らされて輝く、ぬめった光にべたつく汗の匂いを感じた。
太い腕。がっしりとした腰周り。厚い胸板。普通の冒険者のような剣呑な雰囲気が無い代わりに、どこか強烈な個性を感じる。
狭い店内に二人きり。
そして外からは見えない位置。外は暗く、もう閉店間際の時間帯。
やばい。
俺の身体はすくみ上がった。おぞましい想像をしてしまい、逃げ出そうとした足が動かない。店主がゆっくりと近づいてくる。
内心悲鳴を上げたい気分だった。
唇の端を上げて、嬉しそうに笑みを浮かべた店主の顔立ちは、まさしく。
俺は後ずさった。
ん、と首をかしげた店主は俺の視線にようやく気づいた。
どんどん顔色がどす黒くなっていく。
血管の浮いた額と、赤らんだ顔。
「妙な誤解すんじゃねえよ!」
「いきなり身体を出せって言われたらそう思うだろうが!」
「やましい気持ちなんざこれっぽっちもねえよ!」
「脱げ、の前に一言あってしかるべきだろ!」
「ここは防具屋だ! 身体に合わせて防具を着けるなら、しっかり採寸しなきゃいけねえだろうが! 妙な想像するんじゃねえよ!」
……あー怖かった。
どうやら真実らしい。俺に男色の気は無いし、店主にもなさそうだ。
懐を探ると、スピカも震えている感じだ。怒りなのか恐怖なのかはよく分からないが。
「場合によっちゃタマの位置まで触って確かめなきゃいけねえんだぞこっちは!」
「えっ」
「……そういう趣味はねえよ」
「いや、でも」
「急所を守るための腰当てなんかだとな、結構当たるんだよ。そのせいであちこちこすれて戦闘どころじゃないっつー話も結構あるんだ。だから先にタマが揺れたり動いたりしても問題無い位置に金属部分をずらしておかなきゃならんことがある。分かったな」
低い声であった。
俺はこくこく頷いた。
「ところで女性冒険者、特に若い子の場合には?」
「そりゃあ……なあ。装備はちゃんとしねえとな。ほれ、命には代えられねーだろ?」
「セクハラ親父か!」
「少しくらいなら役得だろうが! 無理に触ったりはしてねえよ! 仕事上やむを得ない場合だけだっつーの!」
◇
というわけで俺の装備は新調された。
元々使っていた見習い魔法使いセットは名称からすると微妙な気もするが……
現品を店主が確認したところ、かなり高品質のものだったらしい。
同じような名称や扱いでも材質その他で使い勝手や着心地、動きやすさに差異がある、との説明をくだくだしくされた。
この辺は用意してくれたホークアイが手を回したのだろう。
これに変わる装備、それも魔法使い向けとなると案外難しかったようだ。
俺が適当に選ぶよりは店主のおまかせに従った方が間違いはなかった。
「でもなあ。……どう見ても剣士の格好じゃないか、これ」
「予算内だと、動きやすさと、一発食らってもダメージ少なめって要求を両方満たしたのはこれしかない。あえて魔法使い向けの装備で揃えても良かったんだが……お前さんの戦い方とはちぐはぐになるだろう」
「分かるのか」
「こっちは防具屋一筋三十年だ。分かるに決まってんだろ」
基本的には前に出ないで、速射の出来る高火力で殲滅、というスタイルである。
魔法使い向けの装備であれば、魔力の運用や集中がしやすくなる仕掛けが施されているらしい。
但し動きやすさが犠牲になる。
また、魔法使い向けのローブや服には防御力は期待できない。
囲まれた場合の対処が問題となる。
俺の抱えている事情からすると、ソロで動くことが多い。
それを合わせて考えれば、剣士風の格好が悪いわけではない。
用意されたのは鎖帷子と胸当てなど、急所を防ぐことを優先した装備だ。
膝当てとブーツも試着した感じ、使い勝手の良いものである。
剣を持たない剣士、という感じの一揃えである。
魔法使い要素どこいった。
「そこはほれ、マントだな。予算の大半がこのマントの代金だ」
「……へえ」
「これが金貨二十五枚。他が全部合わせて金貨四枚ってところだな」
「随分と極端だな」
「魔法の品だからな。このマントを身につけているだけで防御能力が跳ね上がる。まあ限界はあるけどな。……これでも赤字ギリギリだぜ」
◇
「こっちの見習い魔法使いセットはどうする? 杖だけ残してこっちで引き取ってもいいぜ」
「金額的にはどのくらいになるんだ?」
「そうさな。杖抜きだし……金貨九枚ってところか」
「買値でそれか……。結構良い値段だな」
「ボってねえぞ?」
「分かってるよ。閉店時間も過ぎてるのに……随分と世話になった。ありがとう」
「……お、おう」
店主は装備品の手入れの仕方なども色々教えてくれた。
相殺後の代金を支払って店を出るとき、店主から声を掛けられた。
「兄ちゃん、また来いよ」
「ああ、そのときはまた頼む」
防具屋の店主の声には寂しげな響きがあった。
どれだけ親身になって世話をしても、二度と来ない客もいるのだろう。
俺は夜空を見上げた。
月は出ておらず、ただ煌めく星が穏やかに瞬いていた……。
次話は 7/9 18:00 更新予定です!




