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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第三章 「暗闘、ゴブリン皇帝!」

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第三十一話  『一難去って』

 

 ティナとアラティーン、そしてお付きの爺さんとの宴会は深夜まで続いた。

 あのメケメケのソッダンを食べた店である。

 ゴブリンジェネラルやゴブリンカイザーのドロップを入手できなかったのは丸損だが、それを差し引いても亜種を殲滅したことで得られた銀貨は相当な量があった。


 ティナとアラティーンが露払い、俺がゴブリンカイザーを仕留めたのを役割分担と考え、帰り道で拾った大量の貨幣はきっかり三等分にした。

 それでも十分に儲けになった。


 テーブルの上を眺め、俺は思う。

 メケメケ、これは――


「ほら、食べてる? もっと食べなさいよ! 強敵を倒した記念なんだから!」


 考え事をしていると、背中をばしばし叩かれた。

 俺たちの前には皿が所狭しと並べられている。高級料理はメケメケのソッダンがメインだが、他の料理も十分以上に美味しい。舌鼓を打つ。


「ああ……女神の薦める料理はやはり素晴らしい。じい、よく味わうのだ」

「若様、このような贅沢な料理……孫にも食べさせてやりたかったものですな……」


 盛り上がっているというか、しみじみしているというか。

 見れば、周囲のテーブルにも温度差がある。

 静かに、お通夜みたいな雰囲気で安価のメニューと安酒でちびちびやっている中年冒険者の一団もいれば、俺たちのように明るく騒ぎながらすごい勢いで酒と料理を口に運び続けている連中もいる。


 冒険、というか稼ぐのに成功したのが後者。失敗したのが前者であろう。

 空気ひとつでもよく分かる。

 実力があれば、とは言わないが、運と実力が備わっていれば一攫千金は夢ではない。


 こうした店での立ち振る舞いで、勝ち組と負け組がはっきりしているのは面白い。

 一週間後、その表情と雰囲気は逆転しているかも知れない。

 大なり小なり、掴める場所に夢はある。だが同時に命の危険もある。

 それが彼ら――冒険者なのだ。


「なーに他人事みたいな顔してるのよ! あんたも冒険者になったんでしょ?」

「そうだな」

「ふ、ふふっ、このAランク冒険者にして――」

「分かった分かった。それより……ティナ、ありがとう」

「え?」


 俺は頭を下げた。銀貨一枚を手渡してから。


「え、えと、なに」

「依頼してただろ。無事、魔力の制御が出来るようになったんだ。その報酬だな」

「いいわよ。こないだご飯奢って貰った分で、十分もらったわ」

「いや、こういうのはちゃんとした方が良い。取っておいてくれ」


 ティナは仕方ない、と言いたげに微笑んで受け取った。


「でも、ここの払いはわたしが持つわよ。先輩冒険者として、Aランクとして、そして何より凄腕美少女魔法使いとして! 今日はしっかり奢らないと気が済まないわ!」

「さすがは女神! 素晴らしい心がけである!」

「わしの分まで……若様、この方、本当に女神だったのでは」

「ようやく分かったのか、じい!」


 がはははは、と笑う三人。すでに酒が入っているようだった。





 宴もたけなわといったところで、料理の大半は食べ尽くし、皿は綺麗になり、酒の並々と継がれたコップも空になったあたりで、隣の隣、少し離れた席で険悪な雰囲気で内緒話をしていた中年冒険者たちの一人が、さりげなく近寄ってきた。

 アラウィーンは目が座っており、虚空に向かって話し続けている。


「我はな、ゴブリンには決して負けぬのだ! 見よ、オークより強いゴブリンもいる。人より、ドラゴンより強いゴブリンもいる。しかし所詮ゴブリンであると、ただそれだけで馬鹿にされる。これは良くない。非常に良くない。ドラゴンより強いゴブリンであってもゴブリンであれば打ち倒せる我はもはやドラゴンスレイヤーを名乗っても良いのではないか?」

「しかし若様、ドラゴン相手には手も足も出ませんな」

「うむ。ゴブリンより弱いドラゴンであっても、ゴブリンでないのなら決して勝てぬ。我が一族に遺されたこの宿業にして呪い、なんとかならぬものか……」

「ああ若様! なんとおいたわしや……!」


 酔っ払いは放置推奨である。

 ティナは酒を何杯呑んだのか、酔いが回ったようで、小さく寝息を立てている。


「すぅ、すぅ」


 近づいてきた中年男が、立てかけてあったティナのスタッフに手を掛けた。

 宝石があしらわれているわけでもないロングスタッフだが、質は決して悪くない。

 一流冒険者が使うだけあって、売れば金貨何枚にもなる装備だと聞いた。


 俺は別の方向を見ている、というフリをしていた。

 いよいよ手癖の悪いその男が、足音を消して遠ざかろうとしたとき、俺は立ち上がった。

 それより早く、テーブルの上に突っ伏していたティナが寝ぼけた顔で男を見た。


「そこのあんたァ!」

「は、はいっ」


 ティナが完全に寝入っていると思い込んでいたのだろう。俺もちょっと思っていたが。

 男は驚愕を露わにした顔で、走って逃げ出すか、それとも謝るかの算段をしていた。

 俺は逃げ道を塞ぐため、店の入り口側に移動した。


「それはわたしの、……武器よ。武器。そうよ武器なのよ。殴るのよ。殴っちゃうのよ。殴れば。殴るとき。殴る。ええっと、悪いことしたのはあんただし、本気で殴っても、いいかなー?」


 酔っ払いらしいろれつの回らない口調で、物騒なことを笑いながら言い出すティナ。

 男はヤバイと思ったのか、手にしていた彼女の武器を投げ捨て、店から走って出ようとした。

 取っ捕まえようとしている俺の手元に来るより早く、別の客が足を出して引っかけた。


「ぎゃ」

「殴っても、いいかなー?」


 ロングスタッフ片手に、店の中で他のテーブルに当たらないよう器用にくるくる振り回しながら、盗人にゆっくり近づいていく無表情で愉しげな声を発する美少女魔法使い。


「殴っても、いいかなー?」


 返事がないと見るや、何度も問いかける。

 くるくる。ぶんぶん。びゅんびゅん。どんどんスタッフの回転速度が上がる。

 あれで殴られたらひとたまりもないだろう。

 盗人は床に膝を突き、低頭平身謝罪をした。


「ごめんなさい……ごめんなさい……出来心なんです……」

「そんなことは聞いてないわー。ねえ、殴っても、いいかなー?」


 ティナが表情を消したまま、声だけで笑いながら言い続けると、男は恐怖で震えていた。

 俺はそこにようやく割り込んだ。


「はい、そこまで」

「ちぇっ。ヨースケに止められたなら仕方ない。そこのおじさん、わたしの前に二度と顔を見せるんじゃないわよ」


 酒場食堂の中に緊迫した雰囲気が流れていたが、ようやく和らいだ。男が店の外に逃げ去っていったのを見届けると、俺たちもテーブルに戻る。

 一時的に静まりかえっていた店の空気が、騒がしいものに戻っていった。


「ティナ」

「なによー。どうして止めたのよー。ああいう連中は一度骨身に分からせないと」

「やっぱり起きてただろ。最初から」


 寝ぼけた顔を続けるティナに、俺は指摘した。

 彼女は、今日一日すっかりなりを潜めていた一流冒険者の顔をして、にやりと笑った。


「教育よ、教育」

「誰に対する?」

「んー。盗人に五割、その他に四割、ヨースケに一割くらいかしら」

「そいつには?」

「正体なくすほど酔っ払ってる子に見せたって意味ないじゃない」


 そう言って、ティナはふふん、と笑った。

 ちなみに酔っ払ってる子供扱いされたアラウィーンは、たぶんというか、間違いなくティナより年上だった。

 


 


 また今度、一緒に組んで何かをする約束をして、店の前でティナと別れた。

 すでに支払いは済ませて置いたし、くだを巻いているアラウィーンたちは放っておいた。

 一応声はかけたが、あの様子ではちゃんと聞いていたかどうか怪しい。

 しかし、俺が世話を焼くのもなんだか微妙だった。


 今日はソフィアの家に戻るつもりはない。とすると、どこかで宿を探さねばならない。

 ギルドハウスの周辺から少し歩けば、冒険者向けの店が立ち並ぶ一画がある。

 適当に彷徨っていると、大人しくしていたスピカが険しい声を発した。


 せっかく良い気分だったのに。

 俺は小さく嘆息した。

 宴会の最中、ティナもアラウィーンも魔導士であることについて言及してこなかった。

 多少は聞かれることを覚悟していただけに拍子抜けだったが、気遣いがありがたかった。

 そのまま眠れたら、良い一日だったと締めくくれた。


「ご主人様」

「ああ、分かってる」


 ティナの教育という一言、そして「あの連中」と言葉にした意味は分かっていた。


 やはり、ティナと別れた途端、尾行してきていた。

 誰狙いだったのか、あの時点では分からなかったが、これで確実になった。


 先ほどロングスタッフを盗もうとした男の仲間だろう。

 スピカとの会話はまったく気取られていない。

 距離が随分空いているし、追跡の仕方もお粗末だ。


 先手必勝も考えたが、今のところ俺には何の被害も出ていない。

 出方を見るしかないか。

 すでに暗くなっている道を、なるべく人気の少ない方へと進んでゆく。

 どこという目的地もなく、ほろ酔い混じりの足取りで。


 人目が完全に途絶え、民家の灯りもほとんど届かない通りに差し掛かると、


「なあ、兄ちゃんよう」


 フィーッシュッ!

 声を掛けられた相手は、強面の中年男性たち。

 筋骨隆々としているが、数時間前に見たゴブリンジェネラルと比べると随分しょぼい。

 いや、比較対象が悪いのは分かっている。

 しかし、なんというか、見せかけだけの筋肉という印象なのだ。


 たぶん力比べしたら、今の俺なら勝てる。それが見れば分かる程度だった。

 ただ、あまり荒事にはしたくない。

 あの人さらいは 『生死問わず』(デッドオアアライブ)だったが、こちらは下手に反撃すると面倒そうだ。

 正当防衛で許される範囲はどの辺までなのか、誰かに聞いておけば良かった。


 魔法を使った場合、オーバーキル確定なのが厳しい。まともに当たったら致命傷は確実だ。

 かといって殴り合いでは、一応勝ちの目は大きいだろうが、少し不安も残る。


「ずいぶん羽振りが良さそうじゃねえか。なあ、おれたちにも少し奢ってくれよ」

「理由がないな」

「あん? 理由? んなもんいらねーだろ。ちょいと財布を預けてくれりゃあいいんだ」


 ちなみに金貨の詰まった鞄はソフィアの家に置いたままだ。

 魔力制御の訓練のために動いていたのだから、わざわざ鞄ごと持ち歩く意味もなかった。

 金貨一枚がわりと大きかったため、財布にはほとんど入れられず、最低限の量だけ丈夫そうな布袋に入れて持ち歩いている。


 さて、観察した感じ、何日か前のチンピラ冒険者よりは強そうだ。

 が、それにしては間が抜けている。

 チンピラ冒険者と同じで、相手の見極めが出来ないのだろうか。

 そこまで考えて、俺はついに気がついた。


 ティナのおかげで魔力の制御が、出来るようになっていた。

 つまり危険人物っぽさが減っていたのだ。

 だから先刻、アラウィーンにも見習い見習いと格好だけで判断されていたわけだ。

 納得である。


「おい? 無視すんなよ! って、何笑ってやがる。状況分かってんのかコラ」

「あっちの嬢ちゃんと違ってよう、お前、大して強くねえだろ?」

「そうそう。怪我したくなきゃ素直に言うこと聞けよ。なあ」


 ティナに撃退された盗人の姿は見当たらない。

 同じテーブルについていた連中のはずだが、見捨てたか、見張り役にしたか。

 俺がしばらく黙っていると、彼らはすごんできた。

 手を出してくる様子がないのは、脅しだけなら言い訳が効くと思っているからか。


 睨み合いを続けているうちに、だいたい読めてきた。

 冒険者同士の諍いにギルドは関与したがらない。

 特に低ランクのうちは、ギルドの恩恵は最低限と思った方がよい。

 彼らはそれを計算して小遣稼ぎをしたいのだ。


 低ランク同士の、人目に付かない場所でされた脅迫には真面目に取り合ってくれない。

 証拠があればまた別なのだろうが……。

 手を出した場合は重い腰を上げる、かもしれない。

 しかし、ここで現金やアイテムを差し出した場合には泣き寝入りさせられる。


 ただし、これではティナの武器を狙ったことが説明が付かない。

 いや、単純に見た目や話しぶりからAランクと思わなかっただけか。

 俺が肩をすくめたのを、どう勘違いしたのか彼らの威勢が良くなった。

 

「なあ兄ちゃんよう。痛い目みたくないだろ。なあ」

「オレたちは良いひとだからよ。良い勉強させてやるよ」

「見習い魔法使いがあんまり意地張るんじゃねえよ。なあ」


 俺はティナの口にした「教育」に倣ってみた。


「さっきお前らの仲間が狙った相手、Aランクなんだが。分かってるのか」

「……え」


 口々に小声で相談を始める三人は、少し困った顔をしていた。

 予想外だったらしい。

 喧嘩を売った相手の規模、それのヒモとして見られたらしい俺。

 足並みが揃わなくなった。


「おい」

「どうする」

「いや、でも。関係ねーよ。どうせ明日にはこの街を出るんだし」

「……だな」

「けどよ、告げ口されたら」

「馬鹿野郎。多少ぶん殴ったくらいじゃギルドは動かねーよ。前もそうだったろ」

「だよな。やるか」

「やっちゃおうぜ」


 決まったらしい。

 俺は呆れた顔をもはや隠しもしなかった。が、スピカが勝手に口を挟んだ。

 向こうが声が聞こえない程度に距離を取ったため、こちらも相談する暇が出来たのだ。


「ご主人様! こいつらアホですよ! 力の差を見せつけてやったらいかがですか?」

「……そうだな」


 何を言い出すのかと思ったが、すぐに分かった。


 スピカの思惑に乗ってみるのも悪くない。

 魔力の制御が上手くいって、物騒な気配が自然と抑えられている状態なのだ。

 つまり、逆に言えば。


 以前のような危険な雰囲気を――あるいはもっと極端な死の気配を意図的に出せる。

 そういうことでもあった。


 以前ティナからは「バランス悪いから周りにぶつかりまくってる感じ」と言われた。

 それをもっと研ぎ澄ましてみる。

 周囲にバラ撒いていたそれを一点に集中させる。

 目の前の連中に刃物を突きつけて、今にも突き刺そうとしているイメージだ。


 言うなれば魔力による殺気の放出だった。

 先日のチンピラよりも危険に対する察知能力の高さが災いし、彼らは目に見えてうろたえた。

 一人はあからさまに顔色を青くし、もう一人はぎょっとした顔でこちらを見つめ、最後の一人は仲間の二人に不安そうに目を向けた。


 どこかで聞いた言葉を思い出す。平和を望むのならば、まず戦争に備えよ。

 なるほど。これは抑止力としては十分使える。

 俺は手にしていた杖を取りだし――別に魔法を使う気はないし、そもそも杖を使う必要もないが――彼らに突きつけた。


「お、おれたちに手、手ぇ出してタダで済むと思ってんのか」

「そ……そうだぞッ! オレらの後ろにゃ二つ名持ちがついてんだぜ」

「あっ、ああ! ちょっと出来るからって粋がってんじゃねえぞ!」


 逃げるかと思いきや、その場に留まられてしまった。

 俺は面倒なことになった、と思いながらも一応、ひとつ気になったことを尋ねた。


「ちなみに、その二つ名持ちって誰のことだ」

「き、聞いて驚くなよ! あの鷹の目(ホークアイ)だぜ!」

「もしオレらに逆らうってんなら、鷹の目(ホークアイ)さんが黙ってないんだぜ!」

「分かってんだろうな! この街で冒険者を続けたいんだったら、さっさと有り金置いて逃げろよ! おれたちの我慢もそろそろ限界だからよおっ!」


 ……九分九厘嘘だろう。

 嘘だと思うのだが、しかしその名前を出されてしまった以上、俺としても困った。

 なんでこう、面倒ごとが次から次へと沸いてくるんだ。


 少しくらいゆっくりさせてくれてもいいんじゃないか。なあ。

 誰にともなく独りごちる。


 俺はさっさと逃げなかったことを後悔していた。

 殴り倒したり、魔法で再起不能にしたあとで本当に部下とか舎弟だったらまずい。

 いや、無いとは思う。思うのだが。

 ホークアイのことも、そこまで詳しく知っているわけではないのだ。





 膠着状態を打ち破ったのは、俺の行動でも、中年ごろつき冒険者の一団でもなく。

 ふらりと現れた、メイド服の少女だった。

 暗い夜道には似つかわしくない清楚な印象のメイド服に、目を引くのは細い首輪だ。

 チョーカーと呼ぶほどファッション風ではない。


 あきらかに、首輪。

 謎の素材で作られており、奴隷であることを示す分かりやすい身分証明。

 一言で言えば、美少女である。

 年の頃なら十七、八くらいで、ソフィアやティナよりも年上だろう。


 赤みがかった茶髪に、鳶色の瞳。

 切りそろえられた前髪が、メイドらしさを強調している。


 言葉を交わしたわけではなかったのだが、俺はその顔に見覚えがあった。

 ホークアイに会いに行ったとき、お茶を持ってきてくれた娘だった。


 いつから話を聞いていたのか、彼女は無表情のまま呟いた。

 その響きこそ涼やかではあったが、感情のこもっていない声だった。

 このあいだお茶を運んできてくれたときには、お客様用だろうが、笑顔と華やかさがあった。

 いま目の前にあるのは、まるで人形のような顔。淡々とした動きと仕草だった。


「その方々は旦那様の部下ではございません。騙りですので、ご遠慮なく」

「……だ、そうだが? ああ、彼女はホークアイのところの」


 俺が喋った瞬間、というかその直前に、全員すでに逃げ出していた。

 え?

 追い掛ける気も起きないほどの全力逃亡に、なんとも言えない気分になった。

 逃げ足の速さには感心するが、さっきまでのやり取りは何だったのか。


「私はよく旦那様にお供させていただいて、冒険者ギルドの方にも顔を出しますので」

「……わりと有名ってことか」

「そのようです。ヨースケ様におかれましては、旦那様の配下を騙った者とはいえ、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします」

「いや、ホークアイが悪いわけじゃないし。気にしないでくれ」

「そう言っていただけると助かります。……彼らの人相は憶えましたので」


 静かすぎる口調に、少し怖くなった。

 まあ、あとはホークアイだか盗賊ギルドと彼らの問題だ。事態は俺の手を離れた。


「では、私はこれにて失礼いたします。お手数をおかけしました」

「……送ろうか。夜道の一人歩きは」

「結構です。これ以上ヨースケ様のお手を煩わせるわけには参りませんので」

「さっきの連中が逆恨みして、どこかで襲ってくる可能性があるが」


 俺の言葉に、彼女は冷たい視線を向けてきた。

 気づけば、その手にはナイフが握られていた。先ほどまでは無手だった。

 いつの間に手の中に現れたのか、俺には見えなかった。

 なるほど。俺の手助けはいらないと断言するわけだ。強いのだろう。


「旦那様のお供をしている、と先ほど申し上げました」

「分かった。……ホークアイによろしく」

「伝えておきます。では」


 メイド服に首輪というすごい格好の彼女は背中を向けた。

 足音もほとんどさせず、しずしずと夜道を歩いて行くなか、軽く振り返った。


「その……善意のお申し出とは分かっておりますので」


 表情を消したまま、それだけ言って、彼女は去っていった。

 姿が見えなくなるまで立ち尽くし、その後、俺はスピカに小さく告げた。


「……宿、探すか」

「ですね」


 まだまだだなあ、と俺は思った。

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