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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第二章 「ハミンスの街へようこそ!」

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第十二話 『おかげさまで、おみせ、できます』



「つまり、リスペクトがあればいいんだ」

「……リスペクト」


 ソフィアのお目々ぐるぐる、ではない。

 身じろぎひとつせず、しっかりと頷いている。


「ベースが同じでも、元の形から離れるようにアレンジしてさえいれば、そこに独自性、すなわちオリジナリティが生まれる」

「ベースが同じでも、アレンジすればオリジナルを標榜できる……」


 張り詰めた弓の弦をさらに引き絞るような、そんな雰囲気だ。

 ソフィアは俺の言葉を繰り返しつつ、何かを思い描いている。


「もちろん元ネタとなったものを指して自分が作りました、というのは最悪だ。それは盗人の論理だから決してしてはいけない」

「パクリ死すべし!」


 ソフィアが叫んだ。

 俺はびくりと震えた。いきなりの叫び過ぎてびっくりした。


「あくまでその影響を受けて、インスパイアされて作らなければならない!」

「インスパイアーッ!」


 最終的には二人してノリノリであった。


 我が心の一冊『実践! 詐欺師の心得!! ~これを身につければ、アナタも明日から口先の魔術師になれますッ!~』を思い返し、ソフィアの頑なな心を解きほぐしているところだった。

 すでに淹れてもらったお茶は三杯目であり、さりげなく昼食までいただいてしまった。


 びっくりするほど話が弾んだ。

 というか、元の世界のことを思い出して、ちょっと切なくなった。

 俺の顔を真正面から見てくれた女の子など数えるほどだったのだ。


 ソフィアにも色々あって、無理をしているのかもしれないとは思った。

 無理をしていないように装ってくれるだけでも、俺にとっては十分以上だった。

 そして、こうして普通に会話できるだけでも嬉しい。

 まあ、内容や話の流れが普通かといえば、そんなこともなかったが。


 昼食は誘われたので、ありがたく承諾した。

 遠慮しなかったのは、社交辞令でよくあるそのうちお食事を、という感じではなかったからだ。


 そもそも空腹ではまともにものが考えられないのは当たり前のことだ。

 なので、一緒に良い案を考えてやると半ば押しつけるように食事を要求したのである。


 なにしろ、貴族から受けた注文の納品日というのが一週間後に迫っているというのだ。

 オーダーメイドでの服飾と考えるとこれでもかなり早い速度だ。

 寸法だけ採ってあるのが幸いして、あとはどんな服を選ぶかまでは煮詰まっていたそうだ。

 しかし、どれを選んでも要求に完全に応えるのは不可能と、職人ゆえのこだわりが、彼女に早いうちから結論を出させてしまった。


 妥協か、ぎりぎりまで思案するか。

 二択を迫られた追い詰められていた彼女が見つけたのが、俺のスーツだったということだ。


 期限の問題もあるし、決断するなら急ぐべきだ。

 というわけで俺は今、ひたすら説得を試みている。

 もうぶっちゃけこのスーツをベースにしてアレンジしたやつでいいんじゃね、と。


 デザインの盗作は許されないと必死な彼女だったが、それを言い出したら服という文化そのものが先達の作り上げてきた形式を真似る文化だと言い返した。

 ドレスを作ることだって、結局のところ、最初にした誰かの真似に過ぎないのだ。


 もちろん気持ちは分かる。俺の着ていたスーツをそのまま仕立て服として提出したり、このスーツをちょっと改造して商品でござい、とやったらそれは完全にアウトだ。

 しかし、彼女の望みも、望まれていることも、そうではない。

 アウトラインやコンセプトだけ似せて、その上で、あくまで彼女の作品を作ればよいのだ。


 あらゆるジャンル、あらゆる商品、あらゆる人間がそうしてきたように。

 自分が見て、良いものは取り入れる。要らない部分は切り捨てる。

 そして何も無い荒野に道を切り開いてきた先人に対し、敬意を忘れてはならない。

 それこそが職人が目指すべき地点ではないのかと。


 無論、猿まねであってはならない。越えるべき目標として、このスーツを使うんだ。

 俺はソフィアの目を見つめ、そっと語りかけた。


「で、でも……このスーツは、ヨースケさんの、たった一着だけの……」

「気にすることはない。ソフィアははこれを良いものだと思ったんだろう。だったら、広めればいい。自分の手でこのスーツのようなものを作りだし、誰かに着てもらえば良い」

「あ、あたしの手で」

「自分が信じて送り出したものは、まわりが勝手に評価してくれる。不要と思われればすぐに廃れるし、必要なら誰もが必死になって欲しがる。何もしないのが一番ダメだ。挑戦にこそ価値がある……!」

「挑戦を、する……」

「想像してごらん。自分の手で作り上げたものが、誰かに喜んでもらえることを」


 俺は何を言っているのだろう。

 自分でもよく分からなくなってきたが、ソフィアは感動したように話を聞いてくれている。


「あ、あたし! やります! やってみせます! あの方に、女性用にデザインし直したあたしなりのスーツを着ていただいて……そして喜んでいただけるよう、精一杯努力するんです!」

「その意気や良し!」

「ヨースケさん!」

「ソフィア!」

「あ、あああ、ありがとうございました! あたし、頑張ります! やってみせます!」

「ああ。分かってくれたならいいんだ」

「そしてゆくゆくはこの街をスーツ発祥の地として広め、グリンスパール王国にスーツ文化を広め、ありとあらゆる人々がスーツを着こなしている世界を作り出してみせます……!」


 ……あれ、やりすぎたか?





 さすがに世界全土にスーツを! スーツによる革命を! という洒落にならない暴走は収まったが、どういうわけかソフィアが俺を見る目が変わっている。

 完全にぽーっとしてしまっている。

 瞳が濡れたように潤み、表情は熱に浮かされたよう。


 半日、ひたすら話に付き合ったから、というだけでは理屈が合わない好意的な視線だ。

 しかしこうもあからさまに好意を示されて、気分を害するはずもない。


「夕食、食べていってくれます、よね?」

「悪いな」

「泊まるところも決まってないんですよね。なら、どうぞうちに泊まってください」

「いいのか」

「はい、是非!」


 一人暮しの娘が、家族でもない男を泊めることがどういうことなのか、分かってないのだろうか。

 まじまじと見てしまった。

 不思議そうに見返された。あれ?


 もしかしたら分かってない可能性がある。

 話していて分かったように、ソフィアは服のこととなると常識や躊躇がすこんと抜け落ちる。というか、あらぬ方向に飛んでいっている。

 とすると、これは完全にスーツ中心のものの考え方をしているようだ。

 スーツを見せてくれたお礼。もしくは、俺が泊まればスーツが外に出て行かない。興味の対象の中心がスーツであって、俺ではないのなら、身の危険とかも意識の外なのだろう。


 このスーツを参考にすればいい。そう煽ったのは俺だ。

 だから、しばらくはソフィアの仕事に付き合うことにすると確かに口にはした。


 色々話したあと、スーツを上下ごと貸したのだ。

 代わりになりそうな服を見繕ってもらい、それを受け取った。ここまではいい。

 俺にとってもこの世界で不自然に見られない服装は早いうちに欲しかったもののひとつだ。

 それが労せず手に入ったのだから、遭遇こそインパクトがあったが、振り返ってみればむしろ良い出会いだったと考えられる。


 スーツを受け取ったソフィアは、ドレス用のものを駆使し、型が崩れないように上手く納めた。

 仕事用の場所に吊し、満足そうに眺めていた。





「この部屋、使ってください」


 店の奥から住居側に通され、夕食まで馳走になり、そう言って連れてこられたのは寝室だった。

 使っていない部屋で良かったのだが、そんな部屋はありませんと言われてしまった。

 どう見ても、ソフィアの寝室であった。

 少しだけお洒落をしたがるような、少女らしい趣味が垣間見える。

 寝台はひとつだけ。


 鞄を壁際に置いて、ベッドを見る。

 ソフィアもついてきていた。


「いや、俺がここに寝ちゃうと、ソフィアはどこに」

「い、一緒に寝れば良いじゃないですか」


 ……え?


「同じベッドのなかに入るのか」

「……イヤ、ですか?」


 俺の耳はおかしくなったのだろうか。

 それとも、《共通言語ファイン・トーク》の誤作動だろうか。


 違うよな。これ。

 さりげなくソフィアの顔が赤らんでいる。


「ソフィア。意味分かって言ってる?」

「……はい」


 なるほど。何も知らないで無邪気に同衾したいと言っているわけではないと。

 店主として振る舞えるのだから、箱入りのお嬢さんではないことは分かっていた。


 つまりそれは、そういうことだ。

 先ほどからのは彼女なりのアプローチだったと。


 うら若き女性にここまで言われて引き下がるような男は男ではない。

 据え膳食わぬは男の恥とは言うが……ここで断る方が恥を掻かせることになることくらい、俺にも分かる。


 会ってすぐベッドインとか、正直何かことが上手くいきすぎている。

 何か騙されているんじゃないか。美人局という言葉が頭を過ぎた。


 だが、後ろ手にそっとドアを閉めたソフィアの赤く染まった頬と耳、期待に満ちた顔は、俺を見つめる眼差しは、そんな疑いをすっかり消し飛ばしてあまりある威力だった。


「初めてなので、優しく……お願いします、ヨースケ、さん」


 暗くなった部屋での出来事は、詳しく語ることはできない。

 ただ、ソフィアはすごく可愛らしく、その身体は柔らかかったとだけ。






 目が覚めると、なんだかあたたかいものが身体に触れていた。ゆっくりと身体を起こすと、適当にかけられたシーツがはらりと落ちて、生まれたままの姿の彼女がそこにいた。

 肌色が眩しい。編み下げだった髪はほどかれて、肩の辺りにふわりと広がっている。


「ヨースケ……さん?」


 窓から差し込む朝の光から逃れるようにして、彼女は眠たげな声を出して、腕で目をこする。

 それから自分が裸であることを思い出したようで、はっとしてシーツにくるまろうとしたが、ベッドから床に投げ出されている。

 慌てて自分の手のひらで大事な部分を隠そうとした。もちろん隠しきれるものではない。


「隠すことはないだろ。昨日の晩、散々見せてもらったんだし」


 そう言うと、みるみるうちに顔は真っ赤に染まった。


 ソフィア。

 素朴な顔立ちと思っていたが、はにかむような笑顔が可愛らしかった。

 初めてだったのだ。シーツに散った赤色がそれを証明していた。


「おはよう」

「……あ、その」

「身体、大丈夫か」

「……はい」


 昨晩は、ずいぶん痛がっていた。身体がほぐれるまで随分と時間がかかった。

 いつの間に寝てしまったのか記憶にないのだが、疲れるまで延々としていたらしい。

 熱中しているうちに、あんなことやこんなこともやったかもしれない。


「キス、してくれませんか」


 俺としても予想外だった。たった一日でこんな関係になってしまうとは。

 しない理由もなかったので、請われるままに口づけてみた。


「……んっ」


 積極的だった。というか、向こうから舌まで絡ませてくるとは思わなかった。

 とりあえず、ベッドから抜け出るまでに体温を感じつつ、またいくらか楽しんだ。


 冷静になってみると、すごいことをしてしまったと我ながら思う。

 俺、なにしてるんだろう。

 自分でびっくりだ。

 少なくとも元の世界にいるときにこんな経験はなかった。


 ソフィアがくすくすと笑いながら、ベッド脇に畳んだ下着を身につけていた。

 俺もベッドから降りて、床に放り出した下着を履いた。


「朝ご飯、作ってきますから。ゆっくりしててくださいね、ヨースケさん」

「あ、ああ。ありがとう」

「ふふっ。昨日はあんなにすごかったのに。……紳士なんですね、ヨースケさんって」


 足取り軽くソフィアは部屋から出て行った。

 というか、ここはソフィアの家の寝室である。

 そう簡単に男を入れてはいけない場所だし、無理矢理ではない。ないのである。

 ただ、ちょっとだけ歩きにくそうにしていた。


 行為の最中、というかソフィアに話しかけられてからずっと沈黙を守り続けていたスピカが、いいかげんくたびれたと言いたげに声を漏らした。

 台所に向かったであろうソフィアに聞こえないよう、声は落としている。


「……ご主人様」

「悪いな」

「いえ、前も言いましたが、ワタシはご主人様の望みを叶えたいのです。なので、こういう展開になったことについては口を挟むつもりはありません。あ、もちろんご主人様に害を及ぼしそうな相手なら全力で止めさせていただきますけど!」

「そんなもんか」

「はい。ただ、その……」

「なんだ」


 多少言いづらそうに、スピカは口ごもり、それから半裸のままの俺にこう告げた。


「初めての女性相手にあの回数は……さすがに無茶ではないかと」

「……やっぱり多かったか」

「夜通しずっとは長すぎます。ソフィアさんもよく体力が尽きなかったというか。まあ、いくら世界最高の魔導書たるワタシでも、夜のお相手をすることは出来ませんし……昨晩はお楽しみでしたね、くらいしか言えませんので」


 スピカの声は呆れと感心の入り交じった、何とも言えないため息混じりのものだった。

 もしかしたら多少の羨望は混じっていたかも知れないが、声からは読み取れなかった。


 言い訳はすまい。

 ただ、ソフィアの本心が那辺にあるのかについては、大いに気になるところだった。


 

6/30 構成上の問題を解決するため、第十一話、第十二話におけるシーンの順番を入れ替え、いくつかの文章を追加しました。ストーリーの内容的には変更前とほぼ同じです。

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