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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第二章 「ハミンスの街へようこそ!」
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第十一話 『すごかったので、おみせできません』



 少し歩いた先にソフィアの店があった。

 店内に入るまで、彼女の顔見知りによる視線が俺の後頭部に突き刺さり続けた。


 といっても、俺が振り返ると全員そろって目を逸らすのだが。

 そんなにヤバイ気配なのだろうか。ちょっと切なくなった。


 対外的には魔法使いで通すことにしたため、今回もスピカは姿を隠している。

 まあ、門番の女性のときと比べれば随分と気は楽だ。

 なにしろソフィアは俺と同じく一般市民だ。

 ということは、気軽な雑談なんかをしても問題はない。


 スピカは魔導書で、守衛の彼女は目上の公僕である。

 この異世界に来てから初めての、普通のお話が出来る相手なのだ。

 相手から俺がどう見えているかについてはいったん保留しておく。

 考えるとより切なさが増すので。


 ソフィアに先導されている最中、互いに自己紹介をした。

 俺は、最近になって他国からやってきた魔法使いということにしてみた。

 名も知らぬ守衛の女性と話していた感じからすると、隣国から旅をしてきたことで特別目を付けられるということはなさそうだ。

 おそらくは、旅人が行き交う程度では、密入国扱いにはならないのだろう。


 地政学的にも隣り合う国同士の関係が良いはずがないのは分かりきっている。

 しかし、どうも国家間での出入りが問題になるのは、おそらくは公権力に属する、それこそ話に出来た「騎士さま」の往来くらいのようだ。

 この国、グリンスパール王国が緩いわけではなく、この世界では国境の概念がそういうものなのだろうと認識した。


 日本では江戸時代以前ですら関所があったことを鑑みるに、近世どころか中世ヨーロッパあたりでも似たようなシステムはあったはずだ。

 国境が重要なのは、金銭、物品、人員、情報が他国へ渡ることの危険性による。

 それが曖昧だとすれば、考えられることは二つ。必要でないか、無意味かだ。あるいは両方重なっていることも考えられる。


 この異世界と地球とを比べたとき、最大の差異は何か。

 俺は最初それが魔法だと思っていたが、実際にはむしろ「モンスター」の存在のようだった。

 どこぞのSF作家が言った「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない」という法則はこうも言い換えられる。

 魔法と科学技術は、相互互換であると。


 つまり魔法で出来ることの大半は、おそらく科学技術で可能なのだ。ならば魔法の存在が異世界の文化文明に影響を与えているとしても、程度の問題であって、その質や種類は科学技術が存在している場合とほとんど変わらないのではないだろうか。

 

 では、何が地球の文明とこの世界の文化の育ち方を変異させたか。

 思うに、モンスターの存在に起因するのではないか。

 まあ、モンスター発生が、そもそも召喚なる古代文明によるとんでも魔法技術が元凶と門番の女性が口にしていたこともあり、魔法が原因と言えなくもないのだが、そこはそれ、である。


 というわけでモンスターの存在に端を発する、のっぴきならない事情か、単なる現実的な事情によって、国家間における冒険者や商人、つまりは一般人による国境の踏破は、さほど重要な行為ではないと認識されるに言ったのではないか、と結論づけたのである。

 もちろん事実関係については何も知らない。確認もしていないし、しようとも思わない。

 下手をすれば藪を突いて、ということにもなりかねないからだ。


 ただまあ、人間が生活していて、文明を持っている以上、安定しているのならばなんでも良いような気もする。

 俺にとって致命的に都合の悪い何かが起きない限り、文化の違いで受け入れられる程度のことだ。

 と、自己紹介のために適当にでっち上げた内容について、益体もないことをつらつらと考えていた。

 

「こ、ここです。……えっと、カゲヤマ、様」

「陽介でいいですよ、ソフィアさん。俺、別に偉いわけじゃありませんから、様付けもしないでいいし」

「で、では、ヨースケ、さん? で。あ、あたしもソフィアと呼んでください……」


 失礼があってはまずいと思っていることがありありと分かる笑顔であった。

 気持ちは分かるけどな。

 危険人物ではなく、貴族か何かと勘違いされている可能性もある。

 いや、その二つが矛盾するかどうかも知らないが。


 むしろ、顔を青くしながらも逃げずに店に誘った彼女を褒めるべきなのだろうか。

 恐怖に負けない根性によるものか、物珍しいスーツ目当ての職人魂なのか、それとも一度は声をかけてしまった責任感からか。

 なんにせよ、ソフィアはすごいと思う俺なのであった。





 やはり仕立屋で、こじんまりとした店であった。

 ディスプレイ用に何着か服が飾ってある。

 ほとんどが女性用のドレスなのだが、男性用の衣服もある。


 ここが仕立屋である以上、オーダーメイドが基本だろう。

 もちろんディスプレイ用以外にもある。

 売り物として置かれているのは毛糸で編まれたケープやセーターだ。

 あまり体格に関係なく使えそうなものを、手が空いているときに作って売り物にしていると思われる。


 こうして店内を見た感じ、それにここまで歩いてきたときに見た市民の格好を思い返すに、スーツ姿が存在しないだけで、そこまで服飾文化が遅れているとも思いにくい。

 ちょっと素朴な着こなしだと感じる程度で、あまり違和感を覚えなかったのである。


 つまりは、単にスーツが必要とされていなかっただけらしい。

 江戸時代から明治維新あたりまでの日本を考えれば、それもそうかと納得する。

 ドレスコードの問題か。あるいはフォーマルな場での格好が他にあるのか。


 じっくり見ていたせいだろう。ソフィアがおずおずとこう言った。


「あ、あんまり流行ってませんが……」

「そのようですね」

「あ、あの。そんなあたしなんかに丁寧な言葉使い、しなくても」


 様子を窺いつつ、どもりどもり喋られる相手である。

 言葉使いで少しでもあたりを良くしておこうと考えたのだが、逆に緊張させてしまったらしい。

 ソフィアの言葉に甘えて、同年代相手の雑な口調に切り替えておく。


「分かった。で、このスーツが見たいんだろ」

「す、すすす、スーツって言うんですかこの服!」

「はいどうぞ」


 脱いでそのまま渡してやると、受け取った瞬間からソフィアはスーツの布地から裁縫の程度からじっくり観察を始めてしまった。

 肩の部分や首回りもなめ回すようにして凝視している。

 完全に見入っている。

 

「すごい! 大量生産みたいなのに……こんなに綺麗に縫ってある……!」

「分かるのか」

「分かりますよ! 手縫いじゃこんな風には出来ませんから!」

「お、おう」


 さっきまでどもっていたことなど忘れたかのような大声であった。

 俺の存在は完全にソフィアの意識から抜け落ちているようだった。

 スーツを拡げて見て、布地を触ってみて、匂いをかいで、袖口を開いて。

 表から裏から、ありとあらゆる角度から眺めた挙げ句、ソフィアは、はぁ、とため息をついた。

 まるで恋する乙女のような、完全に熱っぽい表情、上気した頬で、スーツの手触りをもう一度。


「全く魂が籠もっていないのに、こんなに正確に仕立てられているなんて……! それにこのデザイン! なんてすごいのかしら! とても洗練されていて、生まれたばかりとは思えないシルエット……。この手触りも不思議……羊の毛のようだけど、他にも織り交ぜてある……?」


 ひとしきり眺め、存分に感触を楽しんだ後、はっとしてソフィアは振り返った。

 俺の存在をようやく思い出したらしかった。

 みるみるうちに顔色が変わっていった。

 というか、お茶くらい出してくれると思ったのだが、完全に放置されていた。


 椅子も出てこなかったので、立ちぼうけである。

 一瞬口ごもり、ソフィアはいった。


「……あ、あの。袖を通してみても、いいですかっ?」

「どうぞどうぞ」

「軽い……大きさは仕方ないにしても、これなら」


 そんな気はしたんだ。

 ちなみにこの後、ちゃんと店の奥に通されて椅子とお茶とお菓子を出された。

 もう少し見せてあげても良かったのだが、スーツは一応返してもらった。

 ワイシャツだけだと、ちょっと寒かったのである。





「すすすす、すみませんっ。あた、あたし、服のことになると自分でもわけがわかんなくなっちゃうんですっ」

「いいからいいから」


 色からすると、紅茶だろう。テーブルに出されたカップから立ち上る香りもなかなか良い。

 ばたばたと慌ただしいわりに、手つきは案外滑らかだ。

 針仕事しているのなら器用なのも納得ではあるのだが。


 熱中して我を忘れる、というのは誰にだってあることなのだ。

 まあ、うら若き女性がそれだと色々と問題があるような気もするが。


 店内奥には客が待っていられるように椅子とテーブルが備え付けられていた。

 視線をずらすと、店と繋がっている裏側部分への扉がある。そこが居住スペースだろう。

 ソフィアの他に店員はいない。両親はいないのだろうか。


 十五、六程度の年齢にも関わらず、一人で店を切り盛りしているというのはかなり違和感があった。

 バイトが店番をしているのとは訳が違うのだ。

 現代日本の常識からすれば、責任者がこの年齢というのは考えられないことである。


 かといって異世界なら大丈夫なのかと考えると、より一層不可解だ。

 年齢と責任の重さというのはかなり密接に関わってくる。ほぼ比例する。

 つまり、年若い店の主人は、腕前以前の問題として信頼されないものなのだ。

 舐められるとも言う。


 治安はどうなのだろう。たちの悪い客がこの店を訪れる危険性もある。

 こういうところでこの世界の常識に疎いことがマイナスになる。

 下手なことを口に出してしまえば、怪訝な目で見られることは間違いない。

 しかし心配なのも確かである。


「や、やっぱり、変ですか、ね。あたしみたいなのがこういうお店やってると」

「どういう意味だ」

「その、年とか、女だからとか、そういう」


 ソフィアから言い出してくれて助かった。

 率直な意見を求められているようだし、ここは正直に言っておくべきだろう。

 女性にありがちな、単に同意を求めるだけの問いとも考えにくいし。


「変かどうかは俺の口からは何とも。ただ、不思議ではある」

「え、えっと」

「大丈夫なのか」


 若い娘が一人でやっている店。

 ということは、仕入れや販売、商売全般において不利なことが多いはずである。

 吹っかけられたり、仕事にケチを付けられて支払いを渋られたり。

 そういう元の世界の常識から判断すると、どうしても順調に経営をしている風には思えない。

 言葉から俺の思い描いた様々な危惧を察したようで、ソフィアは力なく笑った。


「は、はは……見ての通り、あたしなんかの店には、お客さん、あんまり来ないみたいです」

「みたいだな。客が来ないだけが問題なのか」

「その、近所の皆さんも気を遣ってくださいますし、あ、あたし、腕には自信があるんです。だから、たぶんヨースケさんが心配しているようなことは、無くて。でも」

「でも?」


 表情が曇っていた。


「このあいだ、あたしごときでは見たこともない、すごく位の高そうな貴族の方が当店に来てくださいまして……」

「言いづらいことなら無理は聞かないが」

「い、いえ。どうせ恥ずかしいところを見られちゃいましたし、このまま聞いていただける方が」


 愚痴をはき出してすっきりしたい、という感じなのだろう。

 俺のスーツに並々ならぬ関心を示した、その本題に関わる部分のようだった。


「それで、あたしに一着、服を作れとの仰せでした」

「つまり、無理難題を吹っかけられたか」

「……はい。あの方のお求めは『貴女は下々の者とはいえ腕はまあまあのようですから斬新でスタイリッシュ且つフォーマルな感じのピシッとしてパシっとしたエレガンスの香り漂う、しかしながら決して華美過ぎてはいけないことを留意しつつスペシャルでエクセレントな一着を私のために作らせてあげるから涙を流して喜びなさい! おーっほっほっほ! おーっほっほっほっほ!』とのことで。でも、あの方が満足出来るものを作れなければ、お父さんたちから引き継いだこのお店、続けられなくなっちゃうんじゃないかって……」


 ……?


 はっ。一瞬固まってしまった。

 翻訳魔法《共通言語ファイン・トーク》の不備じゃないよな。今の。

 伝聞系の表現だから若干ズレているのだろうか。

 違いそうだ。ソフィアの口調と同時に見せた仕草から、それらしいニュアンスの発言であったことは確実である。


「……あ、あたしもう、どうしたらいいか分からなくてっ!」

「奇遇だな。俺も同じだ」


 そんな台詞聞かされたらフリーズするに決まっている。

 というか無茶ぶり過ぎるだろそれ。 

 でも聞く限りでは女性用の服だろう。スーツを見て何かの参考になるのだろうか。

 聞いてみたところ、力強く頷かれた。


「なります! あれほど完成された形式はこの街で仕立屋を始めてから初めて見ました! あのお貴族様が仰られたなかで一番困ったのが華美過ぎてはいけないという部分でして……っ」


 確かに。ドレスが専門っぽいものな。

 店内にある何着かを再度見てみる。胸元が強調されたり、華やかさが花開くようなものが多い。

 冷静に見れば、齢にして十五六の娘が作ったにしては出来すぎなほどの見栄えである。

 幼い頃から職人として技術を磨いてきたに違いない。


「誰も手を伸ばしていない方向性は何かを付け加える――増やす方にしかないとばかり思っていたのですが、あたしはヨースケさんのスーツ姿を一目見た瞬間からその思い込みを完全に粉砕されてしまったんです! あれほどシンプルでありながら決して貧相ではない、むしろ無駄をそぎ落としたフォルム! 袖を通して見て分かりました。一件窮屈そうでありながら、裏地にも気を遣い機能性を追求した着心地!」


 興奮してきたらしい。声はどんどん早口に、口調は流麗になっていく。

 熱弁を振るっていると喋りが上手くなるタイプのようだ。

 どんな職種でもそうだが、自分が好きなこと得意なことをしている、話している瞬間というのは見ていて気持ちの良いものである。

 目的のために一直線という感じがして、非常に好感が持てる。


「これなら! そう思ってしまったんです……っ!」

「だったらこのスーツの作り、真似すればいいんじゃないのか」

「そんな恥知らずなことはできません!」

「職人の矜恃ってやつか」

「……あっ、そ、その、すみません。せっかく来ていただいたヨースケさんに、こんな話をして、その上で大声なんか出してしまって……」


 しゅんとしてしまった。

 ううむ。ここまで聞かされて放っておくのも、なんだかなあという気分になる。

 一応、スーツについてはじっくり見せたのだし、望まれたことは果たしたと思うが。

 どうしたものか。 


 俺が考え込んでいると、勢いに乗って喋っていたソフィアの表情に陰が差した。

 それはほんの一瞬だった。

 もしかしたら、気のせいだったかもしれない。


 ……少し、思い詰めたような顔をしたように見えたのだ。


 確認するためにじっと見ると、ソフィアは気恥ずかしそうに笑顔を見せた。

 どうやら気のせいだったらしい。

 俺はほっとして、ソフィアとスーツについての話を続けた。


6/30 構成上の問題を解決するため、第十一話、第十二話におけるシーンの順番を入れ替え、いくつかの文章を追加しました。ストーリーの内容的には変更前とほぼ同じです。

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