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清純派魔導書と行く異世界旅行(改訂前版)  作者: 三澤いづみ
第二章 「ハミンスの街へようこそ!」
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第九話 『エリート門番尋問中』

 

「さ、魔法使いさん。こちらにどうぞ」

「……お邪魔します」


 逃げようかとも思ったが、まだ挽回できそうな感じがある。門番の女性兵士の対応としても、そこまで危険視している様子でもない。

 魔法使いを名乗った段階で不思議そうな顔をしたが、これが俺にとって嬉しいことなのかどうかも分からない。

 ただひとつ言えることは、翻訳用の魔法を使っておいて良かった。それだけだ。


 大きな門の脇にある兵士の詰め所。そこに通された。

 椅子を勧められ、鞄をそっと脇に置く。

 ここが取調室のような感じを覚えるのは、きっと気のせいではあるまい。


「で、どうなさったんですかねー。しばらく見てたんですが、門に近づいても来ないし、かといって別のところに行くようでもなし。もしかして何かやましいことでもあるのかなーと思いきや、そんな風にも見えませんし」


 こっちもお仕事ですからねーと、柔和な笑顔を見せてくれた。

 間延びする喋り方は、たぶん職業柄、相手に敵意を持たせないために培ったものだろう。なんとなくのんびりしたいい方というか、どことなく他人事のような軽さがある。


「今ちょっと街の中が騒がしいんですよ。騎士さまも何人かいらっしゃってますし。だからあんまり怪しい人に出入りされると困っちゃうんですよねー」

「騒がしい、というと」

「えー。魔法使いさん、見てなかったんですか。さっきの」

「……あ」

「もう、街では大騒ぎですよー。あんな巨大モンスター、普通こんな場所にいるはずないですからねー。普段ならモンスターが出たら金稼ぎのチャンスだーとか息巻いてる冒険者の皆さんも、すごい勢いで逆方向に逃げましたからー。いやー。あのままあのでっかいの、こっちに来たら私もどうしようかとー」


 《不諦炎フレア・ストーカー》によって予期せず生まれた炎の巨人か、あるいは燃えるように真っ赤な空か。

 どちらにしても事情が分からなければ驚くだろう。

 そして思っていた以上にあの魔法がヤバイものだったことを再発見した。あの手のことがよく起きるなら誰も驚かないだろう。


 俺が納得した顔を見せると、守衛さんはうんうん頷いた。


「あー。やっぱ見てましたよねー。というか、そっちの方から来たのなら何か知ってないかと思いましてー」

「すごかったですよ、あれ」


 嘘は言ってない。凄かったのだ実際。


「もしかして、近く通りましたー? 何か気づいたことがあれば教えて欲しいんですよねー。私、ただの守衛なんですがー。騎士さまたちから情報を集めておくように言われましてねー。いやー。困っちゃいますよねー。なんでもいいんです、知ってたら教えてくれませんかねー」

「ええと、あの背の高い、グランプルとかいうモンスターをいっぱい焼いてたみたいですよ? それが終わったら消えた、みたいな」


 面接の練習で培った、相手に正直さをアピールしつつ都合の悪いことは言わないテクニックを遺憾なく発揮してみた。

 ははーなるほどー。テンポがゆっくりめのまま、女性兵士はほうほうと頷いた。


「うーん。不思議ですねー」

「なにがです?」

「ウソはついてないみたいですが、何か言ってないこと、ありませんかねー」


 ぎょっとした。ただの守衛さんとか名乗ってなかったか。俺は内心びくりとしながらも、彼女の微笑みと同じような曖昧な笑顔で流した。

 なんというか、あれだ。うちのかみさんとかよく言うどこかの刑事の取り調べを受けているみたいだ。

 実際、街を騒がせてしまった原因は俺なのだろうが、それを正直に語るのはまずい気がする。かといってこの守衛さんはゆったりと語りながらも、よく見ると目が笑っていない。


 怖い。異世界怖い。

 やっぱり色々先に決めておいて良かった。というかスピカこういうときにこそ役に立てよ! と思わなくもない。

 だんまりを決め込んでいる我が魔導書に心で文句を言っておく。

 いや、ここで口を挟まれる事態が余計に悪化するのは分かっているのだが。


 くそ。やるしかないか。

 どう足掻いても落とされれる面接を通るため、何度となく読み返した某掲示板推薦の一冊。

 あの『実践! 詐欺師の心得!! ~これを身につければ、アナタも明日から口先の魔術師になれますッ!~』を思い返す。


 一つ、ウソをついてはいけない。しかし、すべてを語る必要はない。

 二つ、真実だけを語ることで、ひとに信じてもらうことが一番大事である。

 三つ、騙すのではない。みなが幸せになるために必要な言葉を探すだけだ。


 ゆっくりと、彼女に見えるように、横に置いた鞄に手を伸ばした。

 彼女は俺の動きを見て、目を細めた。

 やはり油断しないよう目を光らせていたのだ。

 魔法使いの杖を持っていない状態だから、強硬手段に出ないようにしていたというだけらしい。下手に動けば取り押さえられるだろう。そんな位置取りをしている。


 鞄の中から武器になりそうなものを取り出したら、即座に叩きのめされるだろう。さっきのレベルアップで身体能力が多少上がっているかもしれないが、俺は技術を持っていない。

 守衛ということは、街の最前線にある防衛者である。つまり本職。弱いはずがないのだ。他の門番もいるだろうに、俺をこの詰め所に連れてきてからは彼女以外目にしていない。


 案外、危険視されている可能性がある。

 近づかないように、と周りに告げていたとしたら。

 実力者か、それなりの地位にあるか、その両方というこだ。


 俺は中身を彼女に見えるように鞄を開いた。

 様々な状況に対応できるように自然体で構えていたであろう彼女は、さすがに驚いたようだった。


「実は……」


 



「……あー。なるほどー。そういうことでしたかー」


 張り詰めていた雰囲気がかなり丸くなった。

 完全に心を許してくれたとはつゆほども思わないが、少なくとも俺の隠し事には一定の理解を得た。そんな風だった。


「うーん。この場合、どうなんでしょうねー。グランプルをあの炎の巨人が倒した。炎の巨人は消え去ってしまった。だからグランプルの落とした(ドロップ)金貨の所有権は誰にもない。あの巨大モンスターを誰かが倒していたとすれば、その方が得るのが順当なんでしょうが……それもいないようですしー」


 鞄の中に詰め込んだ大量の金貨を見せたのだ。

 《不諦炎フレア・ストーカー》がグランプルを掃討している場面を前に、これはチャンスとばかりに拾い集めた。

 そういうことにしたのである。


 口に出しては言わないが、グランプルと適時距離を取り、あの炎の巨人に狙われる危険をかいくぐってひたすら金貨を拾い集めた風に苦労話っぽく、けっこう頑張りましたと茶化してもみた。


 最悪、この金貨が没収されても問題はないのだ。もともと無かったものと思えば大したことではない。

 こんな大金を持ち歩く段階で、一般市民であった俺には荷が重い。


「これで、あなたがあの巨大モンスターを倒した冒険者さんだ、というのなら話は簡単なんですがねー。……そういうわけでもないようですし」

「分かるんですか」

「鞄の中も見させていただきましたし、その変わった服――貴族の方が好みそうな服のポケットまで探らせていただきましたからね。金貨は拾うのに、武具は置き去りのまま。命とお金に聡い冒険者の方なら、そんなもったいないことはしないでしょう?」


 首をかしげたところ、彼女からはもっと首をかしげられた。

 二人で首をかしげている奇妙な場面であった。


「ああ! もしかしなくとも、駆け出しの冒険者の方ですかねー。だとしたら知らないのも無理はない、のでしょうかー」

「俺に聞かないでください」

「あははー。ええとー、モンスターを倒すと何かを落とす(ドロップする)のは当然ご存じですよねー」

「グランプルなら一体あたり金貨三枚、みたいなことですよね」


 そこらへんの理由をスピカに聞きたかったのだが、聞くより先にこんな状況に陥っている。

 何が語られるのか分からないでひとの話を聞くというのは、けっこう怖いことでもある。

 余計な騒ぎは起こしたくないのだ。これからのために。


「その通りですー。最低位のゴブリンなら銅貨一枚。オークなら銀貨一枚。オーガなら金貨一枚。トドメを刺した瞬間、必ず落とす(ドロップする)わけです。冒険者の方が生計を立てられるのは、この法則が絶対だからですねー」


 ますますゲームじみているが、こういう法則のある異世界ということか。

 今更ではあるが、日本というか、地球との認識の差が命取りになりかねない。

 ありがたい講義である。ちゃんと聞かねば。


「つまりモンスターは死んでも、死体を残しません。代わりに経験値と貨幣を残します。不思議ですねー。びっくりですねー。でも当然なんです。モンスターには実体というものが存在しないからです」

「実体が、ない?」

「うーん。これは本当に初心者さんの反応ですねー」


 試されていたらしい。少しむっとして見せると、彼女はにこにこと笑った。

 まるで出来の悪い生徒の反応を確かめている教師のようである。


「まあ、だいたい古代文明のせい、という言葉に収束するんですがー。ええと、モンスターには実体がない。というのも、モンスターというのはこの世界に元々いた存在ではないんですねー」


 実体はない。しかし、攻撃されれば死ぬ。

 一時的に実体を持つようになった、か。話の先が気になってきた。


「古代文明はこの地にあった金銀銅、あるいは他の鉱物や宝石を取り尽くしてしまったあと、召喚術というものを発明しました。呼び出そうとしたのは、他の世界に存在する価値あるもの。それこそ硬貨から金銀財宝、ありとあらゆるものを呼ぼうとしました……」

「まさか」

「わざわざモンスターを呼ぼうとしたわけではないのでしょう。ただの結果ですねー。金銀財宝。魔法の道具。そして強力な武具。そういうものをこの世界に呼び寄せたところ、余計なものまで一緒にくっついてきてしまった。そう言われていますねー」


 依り代、というやつだろう。


「だから銅貨一枚にはゴブリンが憑いています。銅貨一枚という媒体を元にして、ゴブリンというモンスターが実体化します。このゴブリンが死ぬと、銅貨一枚がその場に落ちます。こんな仕組みになってますねー。おそらく、飛び散る経験値は、このモンスターを形成していた何かですねー」


 モンスターが死ぬと、その体内に充満していた経験値が破裂し、周囲にまき散らされる。

 経験値を蓄積した肉体が強化されるのも、そこらへんに理由があるのだろう。

 強力なモンスターを倒せば倒すほど、そのモンスターの強さを得られる。


 まさにゲームめいたレベルアップのシステムである。


「ただ、冒険者の方にとって、この辺の理屈は割とどうでもいいみたいでしてねー。どのモンスターを倒せば、どれだけ儲かるか。そこにしか興味がないかたの方が多いようですがー……」

「はあ」

「あなたは違うみたいですねー。興味津々、という顔をしています-。でも、ここらへんの理屈は調べようとすれば誰でも知ることができる話だと思うんですが、ね?」


 さりげなく探りを入れるのやめてほしい。さっきから笑顔を取り繕うのが大変である。

 冒険者としては初心者、から、世間知らずという風に受け止められているようだ。


「まあ、そういうわけですから、あの巨大なモンスターは金貨どころではなく、魔法の道具や、それ以上の……いわゆる伝説の武器、みたいなものが元になっていると見込んでいたんですがー」


 なるほど。俺が《不諦炎フレア・ストーカー》を倒していたとしたら、その強力な装備品を見逃すはずがない、という理屈らしい。

 

「その手の武具を持っていないのは間違いないようですから……とりあえずあなたが持ち主の存在しない金貨を拾っただけ、ということにしておきましょうねー」


 怪しまれてる。超怪しまれてる。

 しかし、善意なのか、それとも証拠不足で突っ込めないのか、それ以上は突かれなかった。


「あれ、でもその話からすると、モンスターはそのうち絶滅するんじゃ……」

「いえいえ、ダンジョンにいるゴブリンとか、根絶やしにしてもいつの間にか増えているらしいですから……どれだけ倒しても問題ありませんよー。理由は分かりませんけどねー」


 理由が分からないのは怖いと思うのだが。

 というか、国が発行するのではなく、モンスターが落とす貨幣が流通しているとか、貨幣経済はどうなっているのか。国が食料やら塩の専売でもして調整してるのだろうか。

 いや、税金を貨幣ではなく、農作物や加工品など、金銭以外の物品で納めさせている可能性もあるか。目を付けられも困るので、このへんの考えは口には出さなかった。


 口に出さなかったが、表情には出ていたようだ。


「ああ、普通、金貨級のモンスターなんて一般人には倒せませんから。モンスター退治で金銀財宝ががっぽがっぽ、なんてことも滅多にありませんし。そんな経済に影響するような方は超高レベル冒険者くらいですよ。駆け出しさんが気にすることじゃありません」

「そんなもんですかね」

「そんなものですよー。確かにその鞄の中の金貨数百枚は一般的な生活をしていたら一生暮らせそうな大金ではありますが、あくまで個人のレベルですからねー」


 つまり普通の冒険者の稼ぎは、国家としてみれば気にするほどのことではないと。

 稼いだらある程度税金として取っているっぽいな。これだと。つまり金鉱山代わりか。


「街にある商会には年間で金貨数万枚を当たり前に稼ぐところもあるようですし、高名な冒険者の方が使う装備品を買おうと思ったら、そのくらいの額は一度に使っちゃうでしょう。そんなに心配することはありません。ただ、危ないですからねー。あんまり見せびらかしちゃダメですよー?」


 なんとなく見透かされている気もするが。

 そういえば、倒すと死体も残らないモンスターでは、食料にすることはできないだろう。

 気になったし、たぶん喋ることが好きなのだろうと見込んで、ひとつ尋ねてみた。


 生きているままなら、食料に出来ないのか。


「おお、面白いこと考えますね-。実は私も試してみたことがあるんですよねー。一匹、イノシシ型のモンスターを捕まえて、殺さずにお腹のお肉だけ切り取ったことがあったんです。少しのあいだは残っているんですが、しばらくすると消えちゃったんですね。だから食べられませんでした。あれはもったいなかったですねー」


 その部分が切り離されると、本体が生きていても、その部分だけでは実体化していられなくなった、ということだろうか。


「ここら辺の仕組みはよく分かっていないんですが、血の場合は地面に飛び散ったらそのままですし、服とか鎧とか、あと剣とかにくっついたらそのまま汚れとして残るわけで……これも不思議ですねー。植物型モンスターは燃やしたら、たまに灰が残りますし」

「残るには、なにか条件がある、と?」

「かもしれません。まあ、モンスターを倒せばその死体は消える、駆け出しさんであれば、そこだけ覚えておけば十分じゃないでしょうかー」


 実にあっさりした返答であった。

 というか、かなりの疑問が解消された。良い出会いであった。


 それからしばらく雑談となった。

 この街の特産品や、余所者が巻き込まれやすいトラブルなんかも聞かされた。

 騎士は偉いので喧嘩を売ってはいけない。

 冒険者がいるのはギルドか酒場だが、駆け出しならギルドに行くべき。

 最近になってスリが多発しているので、気をつけること。

 騒ぎを起こしたら捕まえます。などなど。




 突然、ぐう。とお腹が鳴った。

 食べ物についての話をしたせいだろう。

 俺の可愛らしい腹の虫を聞いて、彼女は出逢ってから一番面白げに、くすくすと笑い、俺の顔をまじまじと見つめて、こう口にした。


「ここまでにしておきますねー。色々お話しできて楽しかったですよー」

「ええと、いいんですか?」

「まあ、大丈夫でしょー。悪い子には見えませんし。あ、そういえば名前を聞いてませんでしたね。教えていただけますよねー?」

「陰山陽介と言います」

「ヨウスケ=カゲヤマさん、と。他国の方なんでしょうが、やっぱり珍しいお名前ですねー?」


 翻訳魔法のおかげだろう。姓名の順番も普通に聞こえたようだった。

 街への入場者の名簿らしきものに俺の名前を記載し終えると、彼女は言った。


「では、ハミンスの街へようこそ! ヨウスケさんにどうぞ星のご加護がありますように!」



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