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其は獣なり

「大丈夫か、アリシア」


 線路の奥へと退避しながら、紅き瞳のオルフェトから降り、銀色の狼は片腕のなくなった友軍機へと歩み寄った。


 周囲の二機も同じく地下道の隅に座り込み、壁にもたれかかったアリシアのオルフェトへと歩み寄る。


 そしてヨロヨロと首元から這い出す人影を捉え、銀の狼男は地面を蹴り飛び上がる。


「よかった……」


「隊長……すいません」


 そこには肩装甲に寄りかかるままに、あり得ない方向に曲がった右腕を垂らす獣人の少女がいた。


 だがそれ以外に身体的外傷は胸元の折れたアバラ骨ぐらいでユウは満足げに頷く。


「生きているだけでいい……ユン、ミナト、大丈夫だッ」


「よかったぁ……アリシア、ボケッとすんなよ頼むから!」


 片腕の無いオルフェトの足元、黒い狼男のユンから飛び出す涙の罵倒に、アリシアはぎこちなく笑みを零した。


 と、スッと折れた腕に這う太い指。


 痛みに体毛の滲んだ顔をしかめながら、目線を上げれば、そこには険しい表情を浮かべ寄り添う銀の狼男の姿。


 突き出た口腔を僅かに開き息を吸い、紅い瞳を細め五本の指を折れた部分に這わせる。


 目を閉じて、囁く――


「エトリア―――アストライア……」


 ――手の平から噴き上がる光の粒。


 刹那、囁く銀の狼男の手の中に円形の模様が浮かび空中に刻まれ、光の粒が零れた。


 光の粒は、円形の模様から少女の腕を癒す様に纏い、腕全体を包みみ込んでいけば、ポカンと惚ける少女の腕の形が真っ直ぐになっていく。


 ゆっくりと紅い瞳を開ける――


「……少しは楽になったか?」


「は、はい……今のは」


「仲間には内緒だ―――ユン、ミナト、アリシアを前線まで送れ」


 手を閉じるままに、消えていく円形の模様。


 ソレと共に光の粒もその姿を消し、ユウは肩装甲の上に立ち上がるままに、線路の向こうへと振り向いた。


 フワリ……


 噴きこんでくる生温かい風。


 ―――ガシャン……ガシャン……


 ヒクリと耳を尖らせながら、遠くから聞こえてくる重たい足音。


 にじり寄る敵意に逆立つ首の体毛。


 徐々にだが、敵の気配が近づいてくるのが突き出た鼻をつき、鼻筋に皺を浮かべながらユウは険しく目を細めた。


「……敵が来る。時間がない」


「隊長は?」


「増援を連れて前線には戻れん。ここで食い止める」


「はぁ!?」


 惚けた声を上げるミナト、ユンは同じくぽかんと耳を垂らし口を開いたまま絶句していて、ユウは小さく肩をすぼめた。


「まったく――ならお前達が食い止めるか?」


「いや……でも……」


 言い淀む二人をよそに、蹲る彼女の身体を両腕に抱え上げると、黒い装甲を蹴りあげ銀の狼は二人の下へと降り立つ。


 そして、二人にぐったりとなる獣人の少女を渡すと、銀の尻尾を翻し地下道の暗闇を見つめる。


「……。俺一人でもどうにかなる、お前達は帰ったらゴルドチームの支援に回れ」


「本気だしこの人……」


「無茶はお前らより下を行っているつもりだ。早く行け」


「……」


「ああ。俺のオルフェトを使え。お前達のオルフェトじゃ、アリシアの搬送はできんだろうし」


「―――しかも生身で戦うと言う……副長失禁しますよ」


「友達が待っているからな……」


「はぁ?」


「―――なんでもない……」


 おどけたように肩をすくめるままに三人に向き合うと、銀の狼は惚けるユンとミナトを促す。


「ほら行け。ここは俺が食い止める」


「――五分経って帰って来なかったら……援軍にきますから」


「心配性だな……」


「アンタのせいでしょうがッ!」


 怒号が古い地下鉄に迸り、ミナトはムッと顔を引きつらせながらアリシアをユウのオルフェトへと乗せた。


 そしてユンとミナトもオルフェトに乗ると、やがて三機の巨人が銀色の狼を見下ろす。


 少し心配そうに立つ三機の友軍を見上げ、銀の狼はペタンと耳を垂らし困った笑みを滲ませた。


「大丈夫、早めに帰るさ。銃も弾薬込みで結構持ってる」


『―――帰ったらガングレド副長にチクりますから』


「後で怒られるさ。……行ってくれ」


『あんたは俺達の希望なんだ。……死ぬなよ隊長っ』


「ここから百メートル奥に行ったら地上に上がれ。敵はすべて本隊が対応しているが一応索敵は怠るなよ」


『了解、御武運を』


 迫り出す脚部のキャタピラ。土煙を上げ、騒音と共に二機のオルフェトはアリシアのオルフェトを肩に担ぎながら線路を走りだした。


 噴きこんでくる風とは反対方向に、闇の奥へと沈んでいく――


(―――別に、一緒に戦ってもよかった……)


 ペタンと零れる尖った耳。


 静かに眠る闇の中、スゥと紅い瞳を細め困った笑みを滲ませるままに、銀の狼男は腰に手を当て踵を返した。


 そして僅かに俯きながら地面を蹴り歩き出す。


 巨大な迷路の中、反響する自分の足音を聞きながら、静かに息を吐き出し鼻をヒクつかせる。


 獣の顔を強張らせ、闇の中にゆっくりと目を閉じる。


(ただ、これは俺の我がままだ。……最初から最後まで、全部)


 ザワリ……


 風の向こうに感じる敵意に逆立つ体毛。


 鼻筋に自然と皺がより、牙を覗かせ獣人は体を僅かに奮わせ、腰から二丁の拳銃を引き抜いた。


 十五発装填の大口径の自動式拳銃。


 グリップが手に吸いつく感触。


 銀の狼は緊張に小さくため息を零すと、強張った獣の顔を上げ、入り組んだ蛇の如き道の向こう、やってくる十機の気配に尖った耳を震わせる。


 向けられる激しい敵意に、脚を止めて二丁の銃口を向ける。


 鋭く、ナイフのように鋭く目を細め、狼は闇に紅く残光を引く――


「……一週間ぶり、だな」


『……生きてたか……化け物が』


 立ち尽くす銀色の獣人を前に、従軍を止める十機のエルザ。ソレと共に十の銃口が狼男を捉え、その内の一体、白い装甲のパワードスーツが彼の下に歩み寄った。


 装甲から吐き気がするほどにドロドロと滲みでる敵意。


 剥きだす憎悪。


 十年前から何も変わらず――


 狼はニィと目を細め困ったような笑みを滲ませては、二丁の拳銃を構えたまま目の前の巨大な白い巨人に肩をすくめた。


 そして、口を僅かに開いて、闇に囁く――


「……よぉ、タクト」


『ユウ……ユウ・アトラ……!』


「やろうか……」


『殺してやる……!』


 ――それ以上の会話はなく、ただ獣は紅い瞳を細める。


 ガシャリッ


 殺意と怨恨を露わに、白いエルザは持っていた巨大な突撃小銃を両腕にサッと構えてトリガーを引き絞る。


 ソレと同時に銀の狼は、二丁の拳銃のトリガーを絞り、マズルフラッシュが闇を裂く。


 光に遅れて、激しい銃撃音が闇の中に響き渡った。






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