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移り気な彼女  作者: ふとん
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鱗の返信

 ノヴァの贈り物が花ではなく、指輪は首飾りといった高価な贈り物になってきた頃、いつものようにレスローの書斎に呼ばれると、いつものようにレスローが書斎で仕事をしていて、


「こちらへ来い」


 また書類を渡されるものとすんなり近寄ると、渡されたのは小さな封筒。

 差出人もないその封筒を指してレスローが「開けてみろ」と促すので、不審に思いながら開けてみると、


「――何ですか、これは」


 少し厚い、上質な紙に綴られていたのは、


「招待状だ。お前もついてこい」


 貴族の夜会への招待だった。


「嫌です。他の人を雇ってください」


 招待状には男女同伴と書かれている。

 貴族の集まりなど冗談ではない。


「それにはノヴァも招待されている」


「なおさら行きたくありません」


 段々値が釣り上がっている高価な贈り物はすべて送り返していて、私のノヴァに対する評価は下降の一途を辿っている。

 頑なな私の態度を一瞥して、レスローは小さく息をついた。


「送り返すようになってからノヴァがお前に会わせろとうるさい。――お前も、一生このままでいいとは思っていないだろう」


 ぐっと言葉に詰まった。相変わらず嫌なところをついてくる。

 

「私も人間の集まりにはうんざりだが、傍に居てやるからノヴァと話をつけてみろ。うまくいかなくても悪いようにはしない」


「でも…」


 レスローのような異形が人間の集まりを嫌がるのは分かるような気がする。人間の貴族は自分たち以外の種族を認めていないところがある。ノヴァは特殊だ。

 それに自分も嫌な集まりに私を引っ張っていって、けじめをつけさせようとするレスローの言うことはいちいち正論だ。

 躊躇う私にレスローは背中を押す。


「それが嫌でここを出ていくというのなら、違約金を支払ってやる」


 支払う側が違う気がする。

 だが、レスローがおもむろに机に出してきたのは、私との契約書。トンと長い爪が示したのは契約書に小さく書かれた文字だった。


「……もしも契約を破棄する場合、雇用主側が違約金を支払う」


「もちろん今までの給料も支払ってやる」


 それはどれほどの金額になるのか。

 簡単に暗算しようとして――途中で止めた。


 違約金は給料半年分。そして月給はウェイター時代の三倍。それに家が買える基本の契約金が加わり、私は計算を投げたのだ。


……なんて雇用主だ。


 



 夜会があるのは一週間後。

 ただし便宜上一週間としているが、この国に週で数える習慣はない。七日後と告げられて、私が勝手に変換した。四年離れていても、七日を一週間とする習慣が抜けなかったのだ。


 私がどうでもいいことを考えているうちに夜会への準備は告げられたその日から始まった。ドレスに始まり靴にアクセサリー、短い髪へのかつらまで。まさに隅から隅、私は着せられたり履かされたりしながら、メイドたちに宥めすかされてその日を迎えた。

 前の日には「お好きでしたでしょう?」と果物がたっぷり乗ったタルトが出た。……私の夜会デビューは、メイドたちの良い刺激となったようだ。


 夜会は言葉の通り夜から始まるものだったが、準備が朝早くから始まる。メイドたちが自信をもって揃えた品々で私は飾り立てられ、ようやく解放された時にはすでに日が傾き、夕暮れが迫ろうかという時間。

 軽食を食べているとニアケリスが私を迎えにやってきて、私の姿を見るや目を丸くして固まったがそれは一瞬のことで、今度はにやにやと常ではない意地の悪そうな笑みのまま私をレスローの書斎へと案内した。


「――まさか今日も仕事を?」


 今日は夜会があるからと私にさえ休み言い渡したというのに。もっとも、私は居ても居なくても構わないだろうが。


 ニアケリスは「困ったものです」と苦笑して、


「旦那様にも再三休んでいただくよう申し上げたのですが、あの通りのお方ですので」


 どうせいつもの頑固を発揮して仕事を続けているのだろう。レスローは言いだしたら人の言うことなどほとんど聞かない。


「ミキ様からもお伝えいただけませんか」


 ニアケリスは私をまるで女主人か何かであるような扱いをしてくる。こちらも再三止めてくれと言ったが、頑として止めないのは主譲りだということか。


「……言ってみるだけ言ってみます」


 ついでに軽食でも用意してくれないかと伝えて、ニアケリスを見送ってからレスローの書斎のドアをノックする。


「ミキです。入ってもいいですか」


「入れ」


 何だろう。いつもの声だが、どこか違うような。

 いつものレスローの声は、静かだがドラゴンの口から出てくるものなので響くのだ。しかし今の声はもっと近いような。


「失礼します…」


 声だけ似た人間でもいるのか。

 

 そんな馬鹿げたことを考えながら書斎へと入ると、レスローの書斎に鱗の巨体が居ない。代わりに居るのは、


「――来たか」


 私を眺めて少しだけ満足そうに微笑んだ、人間の男だった。


 暗くて渋い茶のコートを着込んだ男はペンを置いて席から立つと、こちらへとやってくる。人間にしては長身だろう。それに表情は薄いが顔立ちは整っている。ノヴァのような華やかさはないが、堅実そうな薄い唇に鼻筋は通って、ほとんど動かないが形良い眉。しかし深い金の双眸だけは細くなるとぞっとするような色気が漂った。青白ささえ感じる顔立ちを彩るのは黒に近い青の髪。装いなのかその長い髪は横から後ろへと編み込まれて、残った髪は背中へと緩やかに流れていた。

 よく見かけるコートよりも幾分長いその裾を優雅にさばく様子は育ちの良さが十分見て取れる。

 その歩く様子をどこかで見たことがあるような気がして、私は逃げることも立ち去ることも出来ずに男が目の前に立つのをただ眺めていた。


「よく似合っている。やはり、黒髪のかつらにして良かったな」


 かつらに関しては私は別の色にしてくれるようにも頼んだ。どうせ変装ならとことんまで違う髪型にしてほしかったのだ。だが唯一の頼みであったにも関わらず、それは断られてしまった。

 

「……あの」


 どちらさまですか、と尋ねようとした私に、男は腰に手を当てうんざりしたようにぼやいた。


「いつもの姿では怖がられてしまうのでな」


 仕方ない、と潔く言う様子はやはりどこかで見たことがあって。

 同時に余計な勘めいたものが口をついた。


「……レスロー?」


 私の胡乱な顔に、彼はようやく口の端をあげて苦笑した。


――人間になるなんて聞いてない。




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