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移り気な彼女  作者: ふとん
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世の仕組み

 この世界には人間の他に獣人と呼ばれる人種が存在する。

 しかし獣人というのは人間側の総称で、彼らにとっては蔑称に近い。

 それは彼ら一つ一つが種族であり、国であるからだ。


 獣人は大きく分けて三つの種類がある。

 まず狼や羊といった大地に住む種族。これは一番数の多い種族だ。大地に住む動物の数だけ種族があるといってもいいほどで、大陸のほとんどが拓かれたと言われるこの時代にあって未だに人間が出会ったことのない種族が毎年現れるという。

 次に海や空に近いところに住む特殊な種族。彼らは海に住んでいたり、高山に住んでいたりするので滅多に人の前には現れない。最近では山や海から出てきた者が街に住んでいることもあるが、数は少ない。

 最後に自然界には存在しない、もっと原始的に異なる種族。この種族は、人間が神や魔族と呼ぶ、人でも獣でもない非常に特殊な種族だ。彼らは獣人とくくるにはあまりにも特殊な力を持っているので、どんな獣人も彼らに対しては敬意を表して決して争わない。

 人間にしてもそうだ。彼らと争うことのないよう、中には彼らの代表を国に招いて爵位を持ってもらうこともある。


 ニアケリスの授業は実に分かりやすかったが、途中からうとうとと舟を漕いでしまった私に彼は「休憩しましょうか」と苦笑した。

 申し訳ない。歴史は苦手なんです。

 手早くお茶を入れて戻ってきたニアケリスは私にカップを渡しながら、彼はプチ講義を続ける。


「力があるからといって、他の種族より身分が高いとかそういうわけではないのです。そもそも種族が違いますから。人間でいう、国が違うということと同じです」


「……なるほど」


 分かったような分からないような。


「では、旦那様もお呼びしてまいります」


 あっという間にティーセットを用意したニアケリスがほとんど音を立てずに部屋を出ていってしまった。

 そういえば今日はレスローも屋敷に居るのか。

 茶を飲みながら溜息が洩れた。


 あの夜会から一週間、結果として、私は家庭教師の職を失った。

 先方からの理由としては、さくらがすでに私の手を放しても良いほど言葉を覚えたこと。しかし届けられた手紙には、もう少し気持ちの整理をしてから私と会いたいというものだった。

 怒って詰られるかと思っていた私にとって、正直さくらの反応は意外だった。


 彼女は、確かに男装の私に恋をしていただろうから。


 もっと詰ってしかるべきところを彼女は結局涙混じりに微笑んだだけで、私と別れたのだ。

 ただのお嬢様だと思っていたが、さくらは存外強い女の子なのかもしれない。

……傷つけただろう私が、何を言っても言い訳にしかならないが。


 彼女は再び私に求婚しようとするノヴァを上手くあしらってもくれているらしい。ノヴァに手を焼いていたレスローが関心するように言っていた。

 

(――これからどうしよ)


 あっという間に家庭教師の職を失くした私は今、レスローの屋敷で厄介になったままだ。怒濤のように押し寄せた出来事に未だ頭の中が整理できていないし、元の職場に何食わぬ顔で戻れるかといえばそうでもない。職場で何が問題かといえば、人間関係だ。きっと私のことは面白おかしく噂されているに決まっているから、噂の的が出戻ってきたらそれこそ店に迷惑がかかる。


 そういうわけで、私はレスローの屋敷でニート生活を満喫しているのだった。


(いや、満喫じゃないか…)


 レスローは時々仕事だと言って自分の執務室に私を呼びつけて書類渡しをさせている。驚くべきことに、彼は私の後見人を降りず、今も給料を加算し続けているのだ。


(早く次の仕事見つけないと)


 よもや詐欺でもなく純粋にもらえるという給料を踏み倒して逃げようなどと思う日が来るとは。人生って本当によくわからない。


「――なんだ。暇ならこっちを手伝え」


 そう言いながら部屋に入ってきたのは竜頭の長身。レスローは夜会以来いつもの竜型に戻っていて、人型にはなっていない。

 ドラゴンの口から響く声にもすっかり慣れてしまった。

 私の向かいに巨体が腰かけたというのに、彼はテーブルクロスすらほとんど揺らさず、優雅にカップを指で摘んだ。


「暇そうだな」


 表情などない顔がにやりと笑った気がして顔をしかめる。


「暇じゃありません」


 こちらのしかめっ面に底意地の悪いドラゴンはますます笑って、


「獣人のことを勉強していたんだったな。何か分かったか?」


「……いつも人で居てくれませんか。ややこしいので」


「いいのか?」


 逆に尋ねられて、あのぞっとする目を思い出して私は意気地なく首を横に振った。


「……やっぱりいいです。やめてください」


「お前がその男装をやめるというのなら考えよう」


 そんなことをいうので、自分の姿を見下ろしてみる。簡素なベストとシャツにズボン。それから今日は支度を手伝いに来たメイドさんにチーフをつけられているから、べストが少しだけ華やかだ。


 もういい。レスローには何も頼まない。

 うんざりした顔をして茶を飲むと、レスローはまた笑った。よく笑う男だ。


「…ああ、そうだ。街に行ってみてもいいですか」


 前々から提案しようと思っていたのだが、レスローとの会話が億劫でなかなか言い出せなかったのだ。


「街へ?」


 今度はレスローの方が少し難しい顔をする。


「気分転換がしたいんですよ。お屋敷に籠ってばかりですし」


 私の言い分に「なるほど」とレスローは少し頷いて、


「ニアケリス。ミキに付ける侍女を見繕っておいてくれ」


「侍女!?」


 がちゃんと音がするほど乱暴にカップをソーサーに置いてしまったが、そんなことはどうでもいい。


「どうして侍女なんか必要なんですか!」


 私は一人で行ければそれいい。

 きっとレスローも私の考えに気付いている。だが、彼は断言した。


「街へ行くのは、女装が条件だ。それ以外は認めない」 


 この条件が飲めなければ、私は街へ出られないということだ。

 女装をしたからノヴァがあんなことを言いだしたのをもう忘れたのか。あんな疲れることはごめんだ。

 舌打ちしたい気分になったが、私は不承不承頷いた。



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