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移り気な彼女  作者: ふとん
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ノヴァの下心

――それはいつの頃からだっただろうか。


 黒い瞳がひどく印象的で、会うたびに話しかけていた。

 あちらからすればノヴァは大勢居る客の一人。

 ノヴァの方もたくさん居る知り合いの一人として数えていたに過ぎなかった。


 それがただの知り合いではなくなったのは、異変の元を探して森に入った日。

 その日、ガージェル近くの森で異常が確認されたのだ。誰かに言えばノヴァ本人が行くことは許されなかったが、その日は誰にも告げずに出かけた。

 そして、少女を拾った。

 黒髪と丸い瞳の少女はこちらの言葉を解せなかった。しかし彼女の容姿に見覚えがあって、常連となっていた店へと急いだのだった。

 

 少女はさくらと名乗った。

 だが、聞きだしたのはノヴァではない。


「――彼女はさくらという名前のようですよ。ノヴァ」


 ノヴァが頼ったこの店のウェイターだ。


「お、俺が話しかけてもいいか。ミキ」


「私に聞かれても…」


 小首を傾げて傍らに居るさくらを見遣ったのは中性的な容姿のウェイター。黒のベストに白のシャツの恰好は男のものだが幼い少年のように細い。珍しい黒髪は肩より短いが頬にかかるほどなので、余計に幼く見えた。

 この国では女性は男の恰好をしないので、恐らく”彼”と呼んでいいはずだ。


「ご飯は食べたんですか? お腹は空いてませんか」


 そう言いながら、ミキは何気なく頬にかかる髪を耳の方へと払う。髪を避ける指先が思いのほか細くてノヴァは知らず知らず目を反らせた。 

 ノヴァとあまり変わらない目線のこのウェイターは、時々少女のような顔をするのだ。それは見てはいけないことのような気がしてノヴァは視線を泳がせてしまうことが多い。


「……腹は、減ってる」


「それはあなたのことでしょう」


 ノヴァの頼りない答えにミキは息をついて、さくらの顔を覗き込んでいる。


「――お前は彼女と同郷じゃないのか?」


 ミキが同郷だと思われてならなくて連れてきたが、彼は一向にさくらと会話しようとしない。


「おかみさんに何か作れるか聞いて来ます。――ここでこの人と待ってて」


 ノヴァの質問には応えず、さくらにそう言い残して店に向かう背中をノヴァは間抜けな顔で見送ったのだった。




 後日ミキはさくらと同郷だと分かったが、彼はそれ以上のことをノヴァに話そうとはしなかった。

 悪友であるレスローの力でミキをさくらの家庭教師に雇うことができたが、ミキに言い含められているのか、さくらの方も故郷のことをあまり話そうとはしなかった。

  

 そして家庭教師としてノヴァの屋敷にやってくるようになったミキは、女装をしていた。



「……レスローに言われたんです」


 家庭教師としてやってきた初日、ミキと顔を合わせたノヴァは言葉を失くした。


「変だというのならレスローにあなたから言ってもらえませんか。教師として来ているのだから、それ以上のことはありえないと」


 女装が気に入らないらしいミキはノヴァと対峙した応接間のソファで口を尖らせた。その様子は妙齢の美女が拗ねたようにしか見えない。

 首まで詰まったいかにも家庭教師らしい地味なドレスがミキの痩身を逆に引きたてて、清らかだというのに危うい魅力を醸している。滑らかな曲線は女性のまろみだ。


 ノヴァの心臓がどくりと唸った。


 彼は、いったい何者なのか。

 

果たして”彼”なのか、”彼女”なのか。



 その日から、ノヴァは時間を作っては後見人として理由をつけては、さくらの授業に割りこんだ。

 迷惑そうなミキの顔すら眺めていた。

 さくらに優しく微笑む顔。

 メイドと楽しげに話す顔。

 ノヴァが顔を覗かせるとちょっと驚く顔。

 

――どれもがどうしても愛らしい。


 油断すると顔が緩んでしまうのでノヴァはミキとさくらの授業の間中、難しい会議の懸案を頭の中で唱えて顔を引き締めておかなければならなかった。


 さくらは、ノヴァにとって最初から保護するべき娘だった。

 彼女は言葉は分からないながらも一生懸命に話そうとしてくれる姿は、子供の成長を見るようで嬉しい。

 ノヴァは未だ妻帯したことがないが、これが家族というものだろうか。

 愛らしい妻に可愛い娘が待つ屋敷がある。それがこれほどノヴァの心を満たすとは思わなかった。


(そうか)


 いつの間にか、ミキを愛していたのだ。


 彼でも彼女でも構わない。

 ただミキがそばに在ってくれるだけで幸せなのだ。


 

 それからのノヴァは、狂っていた。

 求婚を断られる度に想いは募り、自分でも止められないほど強くなっていった。


 悪友であり親友であるレスローの「もうやめておけ」という忠告も耳に入らず、最愛の娘であるさくらからも「もうやめてくれ」と懇願された。

 それでも止められない。


――もういっそ攫って声を聞くしかないのか。


 ノヴァの理性が狂気に堕ちかけていたその矢先、その夜会の招待は届いた。

 続いてやってきたレスローの手紙に、ミキも参加する旨があった。



 居てもたっても居られず、高鳴る胸を抑えて夜会の臨んだノヴァを待っていたのは、



「……ミキ、なのか?」



 珍しく人間になったレスローと、目の覚めるような美女となったミキだった。




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