第9話 狂乱プリン
『食い物の恨みは恐ろしい』
昔の人の言葉はもっともなことだなとつくづく思う。
「ハァ、ハァ」
今オレは一人街中を全力で疾走している。奴から逃げるために。
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事の発端は一時間程前
「真っ坂さ〜ま〜にぃ〜、落ちてdesire〜♪」
「何歳だお前」
「……あれぇ〜? 準くん私の秘蔵のプリン知らな〜い?」
「プリン? あぁ、アレ賞味期限今日までだっただから食っちまった」
「え?」
「食っちまった」
『……食っちまっただ?』
ぞわっ
わぁわぁ殺気だぁよ、こりゃぁ殺気だぁよ、やばぁよ鎌持ってるよ、眼が光ってるよ、殺されちゃうよ〜。
『@℃%&∞$¥〒☆*………死ね♪(笑)』
逃げろぉ!!!
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で、今に至るわけですわ。かなり走ったからな、でもこういう油断が捕まるきっかけになるんだよ。
映画みたいにいくかっつぅの!
………?
んぁ?
首筋が冷たい。
振り替えってみる。
首筋には……。
鎌?
『だよねぇ、死神相手に油断すると首無くすわよ……。ウフフフフ』
イヤぁぁぁぁぁぁ!!
それからオレは逃げた。すっげぇ逃げた。途中で出会った塾へ向かう三笠を囮にしてでも逃げた。
「おや? 死神さん、どうしたんですかそんなに急いで?」
「夫輪!」
「プリンを漢字に充てないで下さいって……えっ、えっ!?」
ゴシャァ
「ひぎゃぁぁぁぁ!!」
後ろで眼鏡の砕ける音と悲鳴だけが聞こえた。すまん三笠!
大鎌を振り回す死神は尚も追ってくる。八重歯がギラギラ光ってる。
『待てぇ里原準〜!』
「うわぁぁ〜!」
と、逃げていたオレの目の前には何故か買い物袋を抱えたナイトメアがいた。
「メアちゃん! なんでこっちにいるの!?」
「あ! 準くんじゃないですか奇遇ですね♪ 私はちょっと買い出しに……。それよりそんなに急いでどうしたんですか?」
「それがさ、オレが死神のプリン食っちまったからメチャメチャ怒っちゃって。んで今逃げ……うわぁ来たぁ!!」
『グルルルル! 狩る狩る狩る狩るカラメル絡める!! たまには抹茶味でも良くってよ! 良くってよ!! オーホホホホホ』
ダメだ完璧に頭イッちゃってる。
「またロシュね〜! 準くん、ここは私に任せて!」
「ご、ごめんメアちゃん! 頼むよ!」
『そこを退け未発育小娘! 退かぬならば首をたたっ切る!』
「み、未発育ですって〜!? アンタに言われたくないわよ! くらえ《ブラックマターボール》!」
ナイトメアの手から黒い球体が何個も投げられた。
『《新鮮卵黄使用斬》!!』
わけわからん名前の死神の斬撃は黒い球体を全て真っ二つにしてしまった。
「いいかげんそのネーミングセンスどうにかしなさいよ!」
『黙れ小娘! 貴様の里原への想い今ここで断ち切っちゃるさかい、覚悟しぃやぁ!』
もうコイツわけわかんねぇよ。
「なななっ! それは言わない約束でしょうよ!」
『……隙あり!』
どっかーん!
何やら動揺した隙をついて死神がナイトメアを遥か彼方へ吹き飛ばした。
「覚えてなさいよー!!」
『ありきたりなセリフしか言えん奴め』
頼みの綱であるナイトメアがやられてしまった! さぁどうする?
『もう逃がしまへんえ、里原はん』
誰だお前。
あっ。
そうだ!
夜叉さんに助けてもらおう!
早速オレは夜叉さんに電話をかけた。
プルルルル、プルルルル
ガチャ
「あ! もしもし夜叉さ……」
『はぁ〜い、やっしゃでぇす! あっれぇ? その声は里原殿ではないですかなぁ? ちょっと待ってね〜。
{おーいみんな、里原殿だぞー!(イエーイ夜叉さん飲んで飲んで♪)(誰よ里原って?)(ねぇそれよりゲームしようよ!)ん、あぁみんな知らないか}
はいもしもしぃ! で、何の用でしたかな? あ! もしかして某の古典マル秘話を……』ブツッ
合コン中でした。役に立たねぇな。
『さて準くん、ご覚悟願おう!』
死神は鎌を振り上げた。
「よせぇーーー!!」
〈ハーイ今日はプリンの特売日だよぉ! 好きなだけ持って行きなー!〉
近くの店で叫ぶおばさんの声で鎌がピタリと止まり、死神の視線は《プリン特売》の旗に集中していた。
『……準くん』
「買います買います」
こうしてオレの必死の逃走劇は30個のプリンという代償で終結したのだった。
すまん三笠、ナイトメア。君達の犠牲は報われた。
「いや〜プリンだらけってゆぅのも悪くないですなぁ♪」
こっちは最悪だよ……。
オレは机で家計簿と睨み合っていた。コイツが来てから出費が激増したからな。
えっと、余分な出費は……。
まずアイツが来て食費が3倍になったな。
それから
・ネコ缶が20個(死神が三笠へ献上)
・ローブ1枚(なんかメチャ高かった)
・高級リゾート入場料およびその他施設利用料2人分(死神は無賃)
・座談会の食費(ナイトメアも食欲旺盛)
・死神が使用した携帯の通話料金(ジェイソンヨーグルトの話題で持ちきり)
・プリン30個(まぁコレで命が助かったんなら安いもんか)
・ん? 流行雑誌『殺伐{さつばつ}』?(死神の悪趣味の元凶か。名前からして怪しいぞ)
……こいつぁヤバい。ビッグ赤字だ。
何が一番高くついたかっつーと、なんと流行雑誌『殺伐』だ。1冊53万円って……。
バカだ。
バカだアイツ。
しかも週刊かよ!!
『殺伐』を削ると見事に問題解決だ。アイツがいつも買い物カゴにさりげなく放り込んでいたのはコレだったのか。会計額が半端ないと思ったのは気のせいじゃなかったんだな、うん。
「あ! 準くん! 『殺伐』に今年の流行は《虚弱体質》だって書いてあるよ!」
「そうかそうか」
流行るかゲス神。
とりあえず家計は何とかなりそう――
「あっ、通販でイビル・ハイマンが愛用してた棺桶が売ってる! これは買いだねっ」
でもないか。