第88話 ジャック・O(オー)・ランタン
ふぃー、危ない危ない。
オレ達は大広場でお菓子泥棒の正体だった閻魔さん、カブキさん、シャドーをなんとか撃破(?)したわけだが、急いで雑貨屋へ戻ってきた時にはもうパレードがすぐ近くにまでやって来ていた。
「危なかったですねー」
渡瀬が吹き抜けから下を見下ろしながら安堵のため息をもらす。エリート餓鬼達は店の奥でテキパキと動いていた。
オレも下を見下ろしてみたところ、大勢並んで歩くパレードが螺旋状の大階段を上ってくるのが見え、その中に一人だけ浮いているカボチャ頭の奴を発見した。
あれがジャック・O・ランタンか。
『さぁみんな、合い言葉はーー!?』
『トリック・オア・トリート!!』×無数
本当に人気者だ。夜叉さんが言っていた至上・最高の引率係って肩書きがあるのも頷ける。
パレードがゲルさんの店までやってきたので、オレと渡瀬も店の中に入る。
エリート餓鬼達はやってきた子供達にせっせとお菓子を手渡す。
『はい、どうぞ』
『ありがとー餓鬼さん!』
オレと渡瀬もせっせとお菓子を手渡していく。
「あいよ」
『ありがとー狼男さん!』
「狼男!?」
「どうぞ♪」
『ありがとー化け猫さん!』
「化け猫!?」
あ、そうか。仮装してた事忘れてた。
次々と配る中、見慣れた三人の姿を見つけた。
黒ローブとニット帽と銀髪だ。
「あーっ!準くんと由良ちゃんだぁ!」
「ほんとですー!」
「やっと見つけたー!」
三人の持つ袋は巨大に膨らんでおり、重力魔法で浮かせて運んでいる。
「おっ、三人とも今日は大収穫だな」
「えへへ」
「わ、私は準くんのお菓子が一番楽しみだったです!」
「僕も僕もー!」
おー、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
オレ達からお菓子を受け取った三人は列に流されてすぐに行ってしまったが、帰ったら存分に話を聞かされる事になるだろうさ。
それよりも、死神達が去った後でオレと渡瀬は若干混乱していた。
『ナルホド〜、君達だったか』
!!
オレと渡瀬の間に、その、なんつーか。
いきなりカボチャ頭が現れたのだ。
「うひゃっ!」
渡瀬は当然のリアクション。
無理もない。まったく誰にも気付かれずにココに居たのだ。その気配の無さは近くで動いていたエリート餓鬼でさえ声を聞いた瞬間に初めて気が付き、突然の乱入者に身構えた程。
『初めまして。僕の名前は《ジャック・O・ランタン》』
知っている。そのカボチャ頭を見れば一発でわかる。
その引率係は忙しくお菓子を手渡すオレに構わずのんびりとした口調で話してくる。
『いやぁ、君達には感謝しているよ』
?
『お菓子を盗んじゃおうとする者達を僕より早く感知して対処してくれたからねっ』
閻魔さん達の行動の事を言ってんのか?
多分そうだろう。この人は夜叉さんが《最高の引率係》と銘打つ存在だ。安全を確保する能力に長けている筈だ。
しかしそれを引率したり子供の相手をしながら感知したっていうのかよ。マジで何者だこの人。
『何者もなにも、僕は運命の案内人さ』
!?
ふむ。言いたい事を読まれている。
『皆が道を間違えないようにカボチャの蝋燭立てで道を照らし、素敵な出会いをお菓子を通じて知ってもらう。みんなの笑顔が僕の望みであり、それを生み出すのが唯一の仕事さ♪』
穏やかな光を放つカボチャ頭はケラケラと笑い、突然オレに小袋を手渡した。
忙しすぎてジャックの言葉を聞く一方だったオレは、ここで初めて手を止めた。
「これは?」
『お菓子さ♪君と僕が出会った証!』
出会った証?
それだけ言うとジャックはパレードの上へ飛んで行ってしまった。
全然理解できない、本当に《謎》な人物だ。
「愉快な人でしたねー」
隣で渡瀬が笑っている。
愉快な人か。オレはあいつが何だかオレよりも忙しそうだったような雰囲気を感じた。のんびりとした口調だったのに何でかと考えてみればおかしな話だが、まぁなんとなくだ。
――――――――
―――――
―――
・・・。
パレードってのは嵐みたいなもんだと思う。
皆それに備えて準備をして待ち受け、やってきたらやってきたでてんやわんやの大忙し。ただしそれはとてもあっという間に過ぎ去ってしまうのも事実で、嵐の後には急に静かになったギャップを感じつつ片付けをするのだ。
ジャックのパレードが過ぎ去った雑貨屋は今まさにそんな感じだった。
オレと渡瀬、エリート餓鬼達、ゲルさんの八人で店の品物を整頓し直している。
残ったお菓子の少なさに笑みがこぼれ、幸せそうにお菓子を受け取っていく妖怪やモンスターの子供達の顔を思い出しては笑みがこぼれる。
実のところ全員が若干ニヤニヤしていたり。
「喜んでもらえて良かったですね《狼男》さん♪」
「作った甲斐があるってもんだぜ《化け猫》」
オレと渡瀬はパレードの間中呼ばれ続けたお互いの愛称を呼び合って再び笑った。
また店の前にテーブルを設置し、一休みする。
エリート餓鬼達はオレより遥かに行動が早かったのにまったく疲れを見せていない。
「エリート餓鬼達もお疲れさま」
『いえいえ』
『仕事柄、子供と触れ合う事は滅多にありませんから』
『良い経験になりました』
「ふふっ、大人気でしたもんねエリート餓鬼さん達!」
化け猫の仮装をした渡瀬が隣に座るゲルさんの身体をプニプニとつっつきながら言った。
「しっかしよぉ・・・」
オレは全員を見回す。
『まぁ・・・』
『なんと言うか・・・』
エリート餓鬼達も全員を見回す。
「あははっ、みんなボロボロです!」
『ふふっ、そうですな』
そう。思った以上にパレードの子供達は元気いっぱいだったのだ。
パレードが過ぎ去った後、オレの狼男の仮装は耳が片方妙に曲がったり尻尾がボサボサになってしまったし、渡瀬の化け猫衣装は尻尾を掴まれまくった所為で伸びてしまったり猫ヒゲの本数が左右非対称だったりする。
エリート餓鬼達は包帯がほどけかかった奴やネクタイが曲がった奴、手袋を片方奪われた奴、あげく顔の包帯に《イェイ!》とか書かれた奴までいる。
ゲルさんに至っては触られすぎてプニプニボディが変形してしまった。(オイ)
まぁ、いい感じにボロボロなのである。
さて問題の人物ジャック・O・ランタン。
なんだか気付けばいきなり現れて、いきなり意味不明な事を述べて、いきなりお菓子手渡して消えやがった。まさに嵐のような男だった。
あまりに謎すぎて、印象に残っちまったよ。
「そういえば里原くん、さっきジャックにお菓子を貰ってましたよね」
「ん、あぁ。そういえばそうだった。余ったお菓子と一緒に皆で食べよう」
というわけでテーブルの上に並べられたお菓子に、ジャックから貰った至って普通なカボチャクッキーを加える。
『しかし渡瀬様、先刻の指揮はお見事でございました』
『確かに。指揮官でもあそこまで臨機応変な戦術指揮はとれません』
『きっと立派な声優になれますな』
エリートな餓鬼達に誉められた渡瀬は顔を真っ赤にして照れ笑いしていた。
ゲルさんとエリート餓鬼の一人は最近の異界情勢について語り合っている。
パレードが終わるまでのんびりとお茶すんのも悪くねぇな。
・・・。
ん?
あれ?
手元に無造作に置いておいたジャックの小袋。中身のお菓子は出したから帰ったら死神に見せてやろうと思ったのだが。
・・・。
なんか入ってら。
――――――――
―――――
―――
パレードの最終目的地でお菓子を貰う頃には、私達の袋はもうパンパンに膨れ上がっちゃっていた。
バンプなんて、自分の袋を見上げて怯えてる。
「う、うわぁこんなに大きな袋、持って帰れるかなぁ?」
「というかバンプ、あんた逆に彩花さんに怒られちゃいそうね」
苦笑いするメアだけど、内心は冬音姉さんに早く持ち帰ってあげたい気持ちでいっぱいなのよきっと。
てゆぅか一番最後に貰ったお菓子がでかすぎじゃーー!
皆困ってるし!
・・・。
勿論、最後に貰いに行ったのは《閻魔》さんのところだったよっ。
『フハハハハ、さぁてめぇら!俺様の等身大チョコを持ち帰って若奥様達に・・・ぐはぁ!』
言い終わる前にパレードの突撃を食らってたけどね。
そういえば閻魔さん、何故か既にボロボロになってたなぁ。
あとジャックと何か話してたみたい。
ま、そこら辺は《おとなのじじょー》ってやつだねっ!準くんが言ってた!
パレードを終えた私達は、全員《大広場》って場所に到着したの。
床の下に水が流れていてね、水面を歩いてるみたいでとっても素敵な場所なんだよー!
「あら?見てよロシュ、バンプ」
「補修工事でもしたのかなぁ?」
メアとバンプが床に打ち付けられた板を見て首を傾げている。
ホントだー、所々に補修した跡があるー。
・・・ん?
な、なんじゃあのでっかい亀裂はーーー!
「うわ、すっげ」
バンプも亀裂に気付いた。
「高速で走った車が事故った時に道に残す傷跡みたいな・・・。ここだけ補修しきれてないわよ」
よくわからない現場検証を始めるメア。
ここでジャックがみんなの上に飛び上がった。
うーん、この素敵な人気者ともお別れかぁ・・・。
『いやぁ〜、みんな出発前に持っていた袋がとっても大きくなったね!』
私もどうしよう〜。こんなに大きな袋を持ち帰ったら準くん怒るかなぁ?
『その袋の大きさはね、君達が今夜たくさんの人と出会い、触れ合った証なのさ』
ほぇ〜。そう言われてからこの大きな袋を見上げると、すごく実感が湧くよ〜。
周りからも思わずもれたため息が聞こえてくる。
『ね♪出会いの数ってのは気が付かないものさっ。けれどその出会い一つ一つがあるから今の君達が存在するという事は忘れちゃいけないぜ?・・・人の認識はすべて受動的であり、他人が居なければ発展は望めないのさ』
ぬー。よくわかんないよー。
『つまり《出会いは大切に》ってことだね! OK?』
『OKー!!』×無数
『さて、僕の役目もここまで。今夜は実に楽しい夜をみんなと過ごせて幸せだったよ。そろそろお別れの時間だ』
ジャックはマントの中からカボチャ型の蝋燭立て(ランタン)を取り出して揺らし始めた。
おぉ〜、揺れるランタンのリズムに合わせてジャックの身体が透けていくよ。
大広場の全員は手を振ったり叫んだりしながらジャックを見送る。
勿論私達三人もねっ!
『騒げ騒げよ盛大に♪ 合い言葉だけは忘れるな♪ お菓子が欲しいぞ・・・』
『トリック・オア・トリート!!』×無数
ジャックの中から溢れる軟らかいオレンジ色の光がぼやけてく。
『おっと駄目だぜ気を付けな♪ 僕の頭を食べてはいけない♪ 愉快、壮快、大喝采♪ 僕の名前は・・・』
『《ジャック・O・ランタン》!!』×無数
『ふふっ、有難う』
こうしてハロウィンパーティーの主役である謎の人物はやっぱり謎のまま、みんなの前から姿を消しちゃったのでした。
「あっ!メアとバンプにジャックから貰ったお菓子あげないとねっ!」
私はローブの中から小袋を取り出した。
・・・。
あ。
「さっきお腹減ってたから食べちゃった!」
「ぶっ殺すぞこのアホ死神!!」
「あははは!ロシュもメアも食いしん坊さんだ」
むぎぎぎぎぎ!
・・・。
ん?
あれ?
ジャックから貰ったお菓子の袋。準くんに見せてあげようと思って持ってたんだけど。
・・・。
なんか入ってる。
――――――――
―――――
―――
パレード終了の知らせを聞いた後も相変わらずオレ達はお茶会をしていたが、美香と三笠がカオスディメンジョンまで迎えに来たのでエリート餓鬼達の案内で人間界に帰ることになった。
しかし地獄で新たな用事ができたオレだけは少し残る旨を伝え、渡瀬、美香、三笠とはここで別れたのだった。
てなわけで現在、地獄街からかなり離れた位置にある裏町みたいな所を歩いている。
暗くて道は狭くて、地獄旅館内でも一日中《夜の街》って感じ。
紙に書かれた字と地図を頼りにここまで来たのだが・・・。
お。あった。
暗くて狭い路地の間を進んだ先に見えたのは、人目につかない場所にひっそりとたたずむ小さな喫茶店。看板には《カノープス》と書かれている。
とりあえず中へ入る。
カランカラン
『いらっしゃいませー!』
店の奥から店員の声が聞こえた。
喫茶店内は意外なほどに明るかった。綺麗に掃除されている。それでも客は全然居ないのだが。
隅のテーブル席に座る。そう指示されたからだ。
ジャック・O・ランタンに。
貰った小袋の中には手紙が一枚入っていて、
《裏町区画五番街、喫茶店カノープス。左端のテーブル席》
とだけ書いてあったのだ。時間指定はない。
全然意味がわからん。
うーん、と悩んで座っていると、突然目の前にカップが置かれた。
「あ、オレまだ注文してないんですけど」
と言いながら店員を見たオレは一瞬びっくりした。
店員が迫力ある竜の仮面を付けていたからである。
「なんですかそれ!」
『あぁ、この仮面ですか?これは店名の《カノープス》つまり竜骨座の首星に合わせて作ったんです〜!』
げ、元気のいい店員だ・・・。
「あの、オレまだ・・・」
『この席に座る方にお出しするようにとのご注文がありましたので♪』
「・・・」
なるほど。
オレはカップと皿の間に挟まれた紙を見て納得した。
ドラゴンな店員も一礼した後にスキップで戻っていく。
オレは二つ折りされた紙を抜き取って開いた。
《やぁ!来てくれると思っていたよ。何故こんな回りくどい真似するのかって? 特に意味はないし、君を此処へ呼んだ理由も特に無い。それは僕のちょっとしたイタズラだと思ってくれよ!》
・・・。
このやろー。
《おーっと、怒らないでくれ!お詫びにこの店の美味しいお茶を奢らせてもらったよ。その一杯を飲み終わる頃、僕のイタズラも終わりさっ byジャック》
・・・。
オレは目の前の紅茶が入ったカップに目を向けた。
あのカボチャ頭、一体何がしたいんだ。
仕方なくジャックに奢ってもらった紅茶に口を付ける。
・・・!!
美味っ!なんだこれ!
カボチャの甘さと薫りが広がって、気付けば全部飲み干していた。
カランカラン
『いらっしゃいませー!』
いやぁ、こんな良い飲み物に出会えたんだから、ジャックのイタズラに付き合うのも悪くねぇなぁ。
オレはテーブルの上に置いた二枚の手紙をリズミカルに指で叩いた。
その時だった。
「あーっ!準くん!」
!!
聞き慣れた声が聞こえたので喫茶店の入り口の方に顔を向けると、なんとそこには死神が居た。
「し、死神!?」
奴はトテトテとこちらへやってきてオレの向かい側に座った。
「こんな暗い場所に一人で来たら危ないだろ!メアちゃんやバンプはどうした?」
「二人は先に帰ったよー。お菓子の袋は地獄の宅配業者に頼んじゃった」
言いながら死神は一枚の紙をオレに見せる。
「ジャックに貰ったお菓子の袋の中に入ってたの」
紙にはオレの袋の中に入っていた紙と同じく、喫茶店の位置を示す文章が書かれている。
「そしたら指定されたテーブル席に準くんが座ってるんだもん!ビックリしちゃった」
死神の声を聞きながらも、オレは三枚目の紙から目が離せずにいた。
紙の一番下に、
《運命♪》
とだけ書かれていた。
・・・。
ハッ、やってくれるよ。
「死神、ここの紅茶で超美味いのがあるんだぜ」
「えー!飲むー!」
こうしてオレはほんわか明るい小さな喫茶店の中で、死神と一緒にパレードの話を聞きながら、ハロウィンの夜を最後まで満喫したのだった。
――――――――
―――――
―――
ちなみに次の日、うちの部屋に閻魔さんとカブキさんとシャドーがやってきて、大量のお菓子を作らされた。
どうやらオレがそういう約束をしたらしい。
「うわぁーん!準くん!閻魔さんが私のお菓子食べたー!」
『す、すまんロシュ!間違えた!』
『やーい閻魔がロシュを泣かせたぞー!』
『やーい閻魔様が死神様を泣かせましたぞ〜』
・・・。
さ、騒がしい。