第70話 死神の厄日
「ぴゅーぴゅーっ!」
・・・。
「ぴゅーぴゅーっ!」
・・・。
「ぴゅーぴゅーっ!」
・・・。
いつものように朝飯の支度をしているオレ。
背後の死神の手には水鉄砲。
オレの服、水浸し。
「ぴゅーぴゅ・・・」
ベシッ!
「うわぁーん!準くんがぶったぁー!」
「部屋の中で水鉄砲で遊んじゃダメだと言ったでしょう!」
「・・・ぐすっ、はぁい」
まさか朝飯作りながら水鉄砲で背中を攻撃されるとは思っていなかった。
死神は居間で水鉄砲を振り回しながらテレビの前に立っている。
「あっ、大変だよ準くん!火事だよ火事!結構近くで!」
!?
「どこだ? 外に異変は無いみたいだが?」
「ふふふ、《私のハート》!」
貴様を燃やすぞ。
「準くん!早く愛の消火活動を・・・ふぎゃっ!」
オレはローブのフードを掴んでキッチンまで引っ張った。
「さ、朝飯だぞ」
「はぁい」
死神は相変わらずの猛スピードで朝飯を口に運ぶ。
「むっ、うゅんひゅん!(準くん!)」
いつもの様に飲み込むのを待ってから返事。
「なんだ?」
「今テレビの占い見たら、今日私の運勢最悪なんだぁ〜」
「ほ〜、そりゃ良かった・・・じゃなくて、気を付けないとな」
「うん」
と言った瞬間、死神は珍しく舌を噛んだ。
「いったぁぁぁぁい!」
「気を付けろよ。大丈夫か?ちょっと見せてみろ」
死神が舌を出す。うん、たしかにちょびっと血が出てるが、このくらいなら大丈夫だろ。
「痛むか?」
「うん、大丈・・・うぎゅ」
あ。
また噛んだな。
「みぎゃぁぁぁぁぁ!!」
同じ所を噛んだらしく、血もさっきより出始めたので舌に口内用の塗り薬を塗ってやった。
「厄日だよ・・・」
大げさな。
「ラッキーアイテムとか見なかったのか?」
「見た見た! うーんとね、確か・・・《国》」
占い師死ね。
食事を終えた死神は椅子から飛び降りた・・・のだが
ツルッ
ぽてっ
滑ってコケた。
「いたーーい」
お尻を撫でた死神は、そのままキッチンから居間まで・・・
ホフク前進で移動した。
馬鹿だコイツ。
だが本人は至って本気らしく、自分の身に危険が及ばないように細心の注意を払っている。
「A班、死神の周囲に異常なし。前進する!」
何やってんだよ。
ズリズリと床を這って居間へ向かう黒ローブ。
だが
〈ペキッ♪〉
「ぅにゅあぁぁぁぁぁ!!角に小指打ったぁぁぁぁぁ!!」
こ、こいつマジで今日厄日なんじゃねぇか?
「ぐすっ、助けて準くん・・・」
死神が厄日に翻弄されてんじゃねぇよ。
「どうしたものかね」
「そうだ、準くんとピッタリくっついていれば降り掛かる災難も確率が半分になるかも!」
ふざけんな。
結局死神の案で、オレは黒ローブと密着状態で一日過ごさなければならなかった。
ただ、可哀相なことに災難はすべて奴へ降り掛かった。そのまま死神の今日一日の出来事を述べると
―――――
・皿洗いでは、水が突然激しく出た為に落としてしまったコップが死神の怪我した小指に直撃。
・洗濯では、風で落下してきた物干し竿が死神に危うく直撃するところをオレがなんとか防御。
・色々な不運が重なってベランダから落ちそうになった死神(洗濯物が絡まって浮けない)を救助。
・しゃっくり44連発。
・くしゃみ0発(出そうで出なかった回数94回)
・舌を噛む恐怖により昼食断念。
・電話で《キヨ婆さん》と間違われた回数444回。
・間違えて届けられた《紅しょうがピッツァ》、13枚。
・小指打つこと13回。
・そして本日泣いた回数9回。
・本日キレた回数445回。(くしゃみ不発94回目で一回。残り444回は《キヨ婆さん》の件)
―――――
結果、怒り疲れてしまった死神はそのまま寝てしまった。
プルルルルル
本日445回目の電話だ。
ガチャ
「はい里原です」
『おんやぁ?その声はキヨ婆さん・・・って、あら?なぁんだ里原くんかぁ!アッハハハハハ』
犯人美香だった!!
「おい。お前の所為で死神がふて寝しちまったぞ?」
『マジで!?さすがに444回はやり過ぎたかしら?死神ちゃんのリアクション可愛いんだもん!』
いや、最後の方は疲れ切ってたぞ。
「で、何の用だ?」
『・・・えっと』
うん、間違いなくイタズラに夢中で用件忘れたよねコイツ。
『・・・あ!』
「?」
『里原くん死ね♪』
「よぉぉぉぉしテメェそこ動くんじゃねぇぞコラァ!!今からぶっ飛ばしに・・・」
ブツッ。ツーツーツー・・・
・・・。
何?
何なのこの敗北感・・・。
その一言を言うために444回も死神をイジメ倒したの?
新学期始まったらアイツの椅子に紙ヤスリ貼ってやる。
スカートが一発でボロボロだぜ!ワハハハハハ!
【準:怒りのあまりファンタズマ時代の性格がチラリ】
「みぎゃあぁぁぁぁぁ!」
死神の悲鳴だ。
アイツはオレの部屋で寝ていたはずだよな?
ガチャ
「どうした死神、大丈夫か?」
部屋に入ると、ベッドの上で死神がうずくまっていた。小指をおさえて泣いている。
ま、まさか・・・
「うぅ、寝ながら小指打ったよー」
不幸は続いていた。
「もーー!こうなったら準くん!」
キッ、とアホ神がオレを見る。
「現在時刻16:00!今日が終わるまで残り8時間、準くんは私に付きっきりで護衛するように!!」
無茶な要求キター!
「するようにぃぃ!」
超本気の目だコイツ!
つーわけで人を枕元に立たせて放置したまま再び寝やがった。
護衛ったって何から守るんだよ。小指打ったのはお前の寝相の悪さが原因だろうが。
毎回毎回夢の中でどんな強敵と戦っているのかは知らんが・・・
「ムニャ・・・駄目駄目それ反則・・・ムニャ」
一応ルールはあるらしい。
「あ、バレた?・・・ムニャ」
テメーも反則してんじゃねぇよ。
とまぁこれだけの間にオレは、ベッドから転げ落ちそうな死神の身体を押さえたり、暴れる足を押さえたり、蹴られたり、殴られたり、摘まれたり、噛まれたり・・・。
・・・。
ムカついたオレは気が付けば油性ペンを手にとっていた。
――――――――
夜。
オレの向かい側ではテーブルの席に座った死神が慎重に晩飯を口に運んでいた。
・・・。
オレも下を向いて食べている。
前なんて向けねぇ。
「ふぅ。一口一口が大変だよぉ」
「・・・」
「どうしたの準くん?」
「・・・い、いや」
「だってさっきからずっと顔伏せてるよ?」
「き、気にすんな」
「んーーー?」
死神がオレの顔を覗き込んだ。
・・・!
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
「大丈夫準くん?なんか震えて・・・」
・・・っ!
もう無理♪
「ギャーハハハハハハハハハ!!」
腹痛ぇ!
「!? !? どうしたの準くん!?」
だ、だって・・・!
だってお前・・・!
「顔真っ黒。ワッハハハハハ!!」
「ふぇ? 顔?」
死神が洗面所に走っていく。
アイツの顔、油性ペンで落書きしすぎて真っ黒にしちまったからな。
最初は猫ヒゲみたいな感じで遊んでたんだけど、だんだん夢中になってきて眉毛濃くしたり、黒ヒゲ書いたり、額に文字書いたりしてるうちに隙間が無くなってしまったー。
「ぬわんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
洗面所から響いてくる悲鳴。
ふっ、三笠の気持ちを思い知るが良いさ。
だが奴はあの《死神》だという事を忘れていた。
「うーん・・・あ、でもこれくらい黒いと逆に個性が出て良いかも♪」
「・・・!」
この瞬間オレはタオル片手に立ち上がり、洗面所へダッシュして奴の顔を拭きに行ったのだった。
さてさて、この日は死神にとって厄日だったわけだが、夏休みも終わりに近づいていくにつれ、更なる災厄がオレと死神を襲おうとは・・・
何となく予想していたさ。
「ぬ〜っ!何で拭くの!?準くんがやったんでしょっ」
「悪かった。悪かったから油性ペンを探しに行こうとしないでくれ」