第63話 準と魔列車
前回の続きです。
20両連結の巨大魔列車の中。現在時刻は深夜であり、死神達の両親が居る城の結界が弱まる日になった。
寝台車両で眠る皆とは別に、オレは一人別の車両にいた。
今オレが居る車両は、二つ隣の寝台車両もそうだったが、列車の中だとは思えない程に広い。座席は前の車両に集中しており、オレ達が乗っている後方車両はVIP特別車両らしい。
その中の一つ、ラウンジのようにテーブルと椅子が点々と広く間を取って並べられた車両の、窓際の席にオレは座っている。本当に列車とは言い難く、むしろ豪勢な部屋を連結させていると言った方が良いな。
窓の外を眺めてみるが、ハッキリ言って何もない。夜だから暗いのではなく、何もない。
この魔列車は異空間を走っているんだから仕方ねーけど。
地獄を発進した魔列車は動きだして早々、先端に埋め込まれた三つの宝石を光らせ、でっかいワープゲートを作り自らその中へ突っ込んでいったのだ。
なんなんだこのファンタジック夢列車は。
みたいなことを考える暇はオレには無く、ひたすら広い室内(寝台車両は一車両につき個室が二つ)で暴れ回る死神の相手をするので一杯一杯だった。
で、やっかましい連中が寝静まった今、オレはダミーで丸めた布団を死神に抱きつかせておいて、こうしてまったりと夢列車のラウンジでくつろいでいるわけだ。
とその時、寝台車両以外の全車両にアナウンスが流れた。
[次は〜、魔賓図書館前駅〜、魔賓図書館前駅〜]
まひん・・・何?
『ホホホホ、《魔賓図書館》でございますよ里原様♪』
!
ジョーカーさんがコツコツと靴音を鳴らしながらやってきた。
「ジョーカーさん、寝ないんですか?」
『寝る?ホホホホ!まさかまさか!大切なお客様を持つ私が眠るわけにはいきませんよ。シャドーは爆睡ですけどね』
立派すぎかつ社長の鏡的なウサギ頭は、オレの向かい側の席に腰を下ろした。白いスーツに紫のネクタイのウサギは、金色の模様が描かれている黒い壁に囲まれた部屋の中では一層際立って見える。
『ホホホホ、今夜の里原様は何やらいつもと雰囲気が違いますね』
「記念企画ですから」
『ぶはっ!』
ウサギ頭が変なリアクションした!
『記念企画ですから♪』
・・・。
「と、ところで何ですか《魔賓図書館》って?」
『あらゆる不思議な世界のお話を詰め込んだ奇怪な魔書を管理する場所でございます。正確には魔書館《Phantom・Stack》と言いますがね』
「へぇ、行ってみたいですね〜」
『ホホホホ、里原様は行かない方が宜しいかと』
「何故です?」
『コメディーから遠く掛け離れていますからね』
ぶはっ!
「それじゃあオレがコメディー人間みたいじゃん!」
『コメディー人間!ホホホホホホホホ!大爆笑!』
ウサギ頭引き裂くぞコラ。
『んん、失礼。しかしあの館長も奇人ですからねぇ・・・』
「知り合いなんですか?」
『館長は私の《従兄弟》でございます』
うわー、こんなのがもう一人居るのかよー。ジョーカー一族滅びやがれ。
「地獄に天国、魔導社、魔工場。更に城や魔賓図書館まで。この異世界ってのはどれだけ広いんですか」
『ホホホホ、加速用ワープゲートを用いても結構な距離ですからね、私でも想像ができませんよ』
大会社の社長までが想像不可能だとよ。
『さて、私は車掌さんとお話がありますので』
そう言いながらジョーカーさんは立ち上がった。
「お疲れ様です。ジョーカーさんは凄いですね、こんなに忙しくて辛そうなのに常に笑っている」
ずいっ、とオレの目の前にウサギの顔が近づいた。きょ、距離にして数センチ・・・。
『私はですね里原様、魔導社での仕事が楽しくて仕方ありません。楽しんでやっている仕事でお客様のお役に立てる。こんなに幸せなことはございませんよ♪』
ジョーカーさんはオレの額をツンとつつき、車両を出ていった。
『それでは、あまり夜更かしなさらないように♪ パッパパヤパヤパヤパヤパヤ〜♪ホホホホホ!!』
・・・。
やっべ、オレマジであの人好きだわ。
再び背もたれにもたれかかると、今度は反対側の車両から誰かが入ってきた。
「う〜ん・・・あれ?準くんです〜」
ナイトメアだ。
目が覚めてしまったのだろう。目を擦りながらトコトコと歩き、先程までジョーカーさんが座っていたオレの向かい側に座った。
「どうしたメアちゃん、目が覚めちゃったのか?」
「眠れないですー」
「はははっ、両親に会えるんだもんな」
「わくわくですー!」
本当に嬉しそうだ。満面の笑顔で鼻歌を歌いだした。
「〜♪〜〜♪ あ、そういえば準くんのご両親はどうしているんですか?」
「ん、オレの両親か? うーん何してんだろうなぁ・・・。ま、地球上のどっかには居るだろうさ」
「あ・・・。そ、そういえば昔から外国に行ったままなんでしたね。ごめんなさいです」
「んぁ、なんで謝るんだ?」
「だって寂しいじゃないですか」
「ふふーん、メアちゃんは両親がそばに居なくて寂しかったんだ?」
「そそそ、そんなことないです」
分かり安いなぁ。
「はははっ!うん、まぁオレの場合、寂しかったのは最初のうちくらいかな?その後はごたごたしてて寂しがる暇も無かったっつーか・・・」
「へー。準くんも色々あったんですねー」
「おうよ。それはもう色々あったさ。身の毛もよだつようなブラックな過去がなぁ!」
「ひっ!」
「悪い悪い。ところでメアちゃん、一番先に城へ着くのはメアちゃん達だったよね?」
「そうです」
「じゃあ朝早いからもう寝ようぜ、オレも一緒に戻るから」
「はい!」
オレとナイトメアは席を立ってラウンジ車両を出、二人で寝台車両へと戻った。
冬音さんが爆睡する部屋の前でナイトメアと別れる。
「じゃあ準くん、おやすみなさいです」
「あいよ〜。・・・ん?メアちゃん、ほっぺのペイントがいつもと違うね」
今回のナイトメアのペイントはハートと星マークだ。
「へへへ、似合います?」
「うん、似合うぞ。両親に見せてあげな」
「はいです!」
ナイトメアはご機嫌で部屋に戻っていった。
オレも寝よっと。
部屋に入ると片方のベッド(本来はオレのだ)で死神が爆睡している。
オレはもう片方のベッドに横になった。
・・・。
『ムニャムニャ・・・あ、運転手さんそこを《右に左折》して下さい・・・ムニャムニャ・・・』
・・・。
『ムニャ・・・《アルミの鉄板》だよ・・・ウフフ』
どっちだ。
『おーーーーい!』
!?
『お茶。伊○園・・・』
やっべぇ、寝られねぇ!誰かぁぁぁぁ!
――――――――
―――――
――
け、結局あんまし寝られなかった・・・。
「準くんおはよー!よく寝たよー!」
うーん、殺気が沸き上がって来たよ〜♪
このアホ神をどう料理してやろうかと考えていると、
コンコン
ガチャ
冬音さんとナイトメアがやってきた。二人の手には荷物。
「おはよう準、死神!」
「おはようございます準くん!」
あぁ、この二人は朝一で着くんだったな。えーと・・・。
あ、そうそう《インキュバス・バッドドリーム夫妻》の居城だ。
「もう着くんですか?」
オレが聞くと冬音さんはあくびをしながら頷いた。
「んー、そろそろだな。早く城行って寝ようぜメア」
「ツッコミづらいです冬音さん!」
ベッドの上では死神が笑いながら左右へ転がっている。
「アハハハハ!メア、おじさんとおばさんに宜しくねっ」
「うん、わかったわよ」
「優しい私が鞄の中にお土産入れておいたから♪」
「へ?何を?」
「《日焼け止め》」
「私達の両親は城から出られないでしょうがこのアホロシュ!」
「うーん、じゃあ《育毛剤》?」
「ウチの両親ナメんなバカヤロー!!」
どーーん!
ぼかーん!
・・・。
冬音さん、ケラケラ笑ってないで止めてください。
と、ここで魔列車のスピードが落ちた。
[えー、間もなくグングニル街道駅〜グングニル街道駅〜・・・]
死神達の両親は隠居に近いから辺境の土地に住んでいるのだ。
「おっ、そろそろだぞメア。荷物持てよ〜」
「はい!」
四人で部屋を出ると、車両の出口では既に彩花さんとバンプが立っていた。
「フフフッ、楽しんでいらっしゃいな、メアちゃん♪」
「帰りの列車に乗り遅れちゃダメだよメア!」
魔列車が停車し、冬音さんとナイトメアがホームに降りる。
地獄以外の異世界の景色を初めて見たが、この《グングニル街道》という場所は普通に空の青い田舎町だ。とはいっても人間界とは所々異なっている。
なんつーか、古びた感じだ。アバウトでよくわかんねぇよな。
ちなみに地獄の空は年中暗いのだが、それは閻魔さん曰く〈雰囲気作りだ、フハハハハ〉ということらしい。
「あ、冬音さん」
オレが呼ぶと、んぁ?と冬音さんが振り替えった。
「城は結界で守られてはいても万一の為にセキュリティが備わっているらしいですから気を付けてくださいね」
普段なら引っ掛かるはずもないのだが、冬音さんだからな。
「セキュリティ? おいおい準、それ私に言ってるのか?」
・・・あ。
「そういえばそうでしたね。すみません」
「わかればよろしい」
・・・。
忘れてた。
未だこの世で冬音さんを止めることのできるセキュリティは存在しないんだった・・・。
無敵な変人は最悪かつ素敵なのだ。
「じゃ、行ってくるよー」
「行ってきますー」
扉が閉まり、発進した魔列車は再び加速用ワープゲートの中に入った。
彩花さんとバンプは冬音さん達と先に朝食を終えたらしく、部屋に戻って行ったのでオレと死神は二人で食堂車両へ向かった。
―――――
「むふ!うゅんひゅん、ふぁいおほっほもほー!」
うわぁいつもより何言ってんのかわかんねぇ。
死神が食物を飲み込むのを待ってから聞き返す。
「なんて言った?」
「・・・さあ?」
ぶっ飛ばすぞ。
「魔列車に乗れるなんて超嬉しいよー!」
「オレはファンタジーな気分だ」
夢列車で不思議世界を走っているんだぜ?
「うん、今回のテーマは《なんとなくファンタジーっぽく》らしいからね! ちなみに前回のテーマは《バトルLOVE!》ねっ」
・・・なんじゃそりゃ。
テーブルでまだ朝飯をがっついている死神はウェイターを呼んでは注文しまくっている。
「ヘイ、ウェイター!」
『ご注文ですかお客様?』
「《スマイル》一つ!」
どこのファーストフードだ!
『かしこまりました』
ウェイターすげー!
ちなみにこの魔列車で働く添乗員は全て魔導社所属の《パペット》つまり人形なのだ。ウェイターの服を着たマネキンみたいな感じ。
・・・スマイルは作れない筈だ。
『お待たせいたしました。《スマイル》になります』
「いただきまーす!」
《スマイル》って食べ物かよ!
―――――
[えー、次はフレス・ベルグ駅〜フレス・ベルグ駅〜・・・]
食事を終えて部屋へ戻り、荷物の準備をしたところで間もなくオレと死神が降りる駅へ着くというアナウンスが流れた。
「ほら行くぞ死神〜」
「おっけーい!」
車両の出口ではやはり彩花さんとバンプが見送るために立っていてくれた。それからもう一人
『里原様〜、死神ちゃ〜ん、今晩迎えに来ますので乗り遅れちゃダメですよ〜』
シャドーも居た。この人は気分屋だからおそらく自分の意思で来てくれたのだろう。
「じゃあ死神ちゃん、また夜に会いましょうね♪里原くん、死神ちゃんを頼むわよ〜」
「了解です彩花さん」
「ロシュ、準くん、行ってらっしゃーい!」
魔列車から降りたオレと死神は三人に手を振った。扉が閉まり、列車はでっかいワープゲートの中に消えていった。
さてと。オレ達が降りたこのフレス・ベルグという土地はどうやら港町だ。
「綺麗な所でしょー!」
何度も来たことのある死神は駅から出るとそこら中を駆け回っていた。
うん、確かに綺麗だ。この町は沢山の小島から成り、運河や小島同士を繋ぐ橋が編目のように連なっている。水の都市ってやつか?人間界で例えるならヴェネツィアだ。
移動手段は主に小型船といったところか?
「早く行こうよ準くん!お城はすぐだからさ!」
一本の橋の真ん中で死神が呼ぶので、オレは二人分の荷物を持って付いていった。
――――――
港にある船頭屋らしき建物に入った死神。オレも続いて中へ入る。
すると待っていたのは・・・魚人だった。
でかい目とエラ、肌は鱗{ウロコ}だ。
生で魚人を見ても驚かなくなったオレは結構ヤバいと思う。
「こんにちはー!」
『おや、いらっしゃいロシュ。一年ぶりだねぇ』
魚人はオレの方をギョロリ(多分本人はチラリのつもりだ)と見た。
『今年は付き添いが支部長じゃないんだね』
とりあえずオレは軽く頭を下げておく。
「ども。里原です」
相手も軽く頭を下げた。魚人と挨拶なんてレアなシチュエーションにも程があるだろ。
魚人は台帳に何やら書き込んだ。
『はい、これですぐに渡れますよ』
どうやら死神の両親が住む城は町から少し離れた島にあるらしい。結界が張られているから、この町の住人達もまさか自分の住む土地に伝説の死神業者の城がある等とは気付いていないのだという。
で、地獄の指示で唯一この魚人船頭が通行許可を出す係も受け持っているんだとさ。
つまりそこへ行けるのはこの死神と、その同行人だけだ。
―――――
魚人船頭が舵をとる船の上で、オレは周りを見回していた。確かに不自然なまでに大きな島の周りだけ、これもまた不自然に何もない。
死神は水の中に手を入れてはしゃいでいる。
「夏はフレス・ベルグへ避暑に来る人達もいるんだよー」
「おー、そういえば駅を出てからいろんな奴を見たなぁ」
そう。本当にいろんな奴がいた。この町の住人は主に魚人だが、この時季は観光や避暑として来たのであろう、およそ説明しがたい生命体を多数見かけた。
『ほらロシュ、里原様、見えてきましたよ』
船頭さんに言われて顔を上げると、島の上には結界が弱まっている為にぼんやりと巨大な建造物が浮かび上がっていた。
でかっ!バカンスで行った佐久間財閥の屋敷くらいか、それ以上だ。うん、間違いなくそれ以上だな。
『ヘルツェモナイーグルスペカタマラス六世ご夫妻の居城《マーバス・ドミナント城》です』
次回、ついにご両親登場です♪