第40話 厄日=rainy day?
「つまんなぁ〜い!!」
午前。洗濯物を部屋の中に干すオレに死神がまとわりつく。
「仕方ないだろ、外へは出られないんだから」
そう。今日は雨なのです。それも凄い勢いの。まぁ最近はいろんなトコへ行ったりしてたから、たまには良いかも。
でも外は曇ってて暗いからテンションが下がるよね。
でも全然下がらないヤツがオレの腰にぶらさがってんだよね。
「ちくしょー!こうなったら雨水を全部飲み干してくれるわ!」
やれるもんならやってみろ。
「ぅおりゃぁぁぁぁ!!」
うわーホントにベランダ飛び出しやがった!!
「こ、こら死神!無駄なあがきをするな!」
死神を止めるべくベランダに出る。
ヤツは・・・
「うひょー!すっごぉぉい!!」
ベランダに吹き込んでくる雨でただ水浴びを楽しんでいた。
・・・。
無駄にオレまでずぶ濡れじゃねぇか。
アホらし。風呂入ろ。
―――
昼間に風呂ってのも悪くないな。
風呂から上がったオレは頭にタオルを乗せながら死神の様子を見にベランダへ向かった。さすがに飽きるだろ・・・
「アハハハハ!!」
「死神ちゃん冷たいよぅ!」
・・・。
二人?
「さあ由良ちゃん、ここで雨に打たれながらセリフ!はい!」
「《雨を降らすのは神様のエゴである!》」
渡瀬!?
ガラッ
「渡瀬が何でいるんだよ!!」
ずぶ濡れになった二人は意味もなく水をかけあっていた。
「あ、里原くんお邪魔してまーす」
渡瀬、軽く不法侵入だ。
「え!?ごめんなさい。今日うちの両親出掛けてて、雨だしバイトないし、暇だなぁってベランダの窓を開けたら上の階から死神ちゃんの声が聞こえたから里原くんの部屋を訪ねてみたんです。そしたら死神ちゃんが出てくれて・・・」
・・・。
オレは居間と玄関までの廊下を眺めてみる。
どんなエイリアンが這いずり回ったのかってくらい水のラインが続いていた。
・・・拭かなきゃ。
「とにかく死神と渡瀬は風邪ひくといけないから・・・」
「行こう由良ちゃん!」
「あ、はいはい」
死神は渡瀬を引っ張って浴室へ向かった。
って、部屋中水浸しじゃねぇか!!
やれやれ。
仕方なく雑巾で床を拭きはじめる。死神はオレが風呂に入っている間部屋の中をあちこちうろついたらしく、アイツの行った場所が床に付いた水の線によって丸分かりだ。
試しに床を拭きながら水の行き先を辿ってみる。
んー、まずはベランダから居間へ続き・・・奥の廊下へ続いている。つーことは一回浴室の前を通ったんだな?気付かなかった。
浴室では二人のはしゃぎ声が聞こえてくる。頼むから風呂を壊さないでくれよな。
さらに水線は続き、一室の中へ入った。
・・・って、オレの部屋かよ!
嫌な予感を感じつつ中へ入る。
・・・。
あれ?
机の上に飴玉が乗っているだけだ。
先日ゲルさんに貰った飴玉をお裾分けしてくれたのか。何もずぶ濡れの時にこんなことしなくても・・・。
ま、サンキュな死神。
水はUターンしてオレの部屋を出た。ちゃっかり片道ずつしか水を拭き取っていないオレ。
水は部屋を出るとさらに奥へ。死神用に用意した部屋があるが、大抵はオレの部屋か居間にいるからあまり意味はない。
水はその部屋まで続き、扉の前で大きめな水溜まりを作っている。どうやら入ろうかやめようか迷ったようだ。
おそらくその時に渡瀬が来たのだろう。水の線が走ったことで点々となって居間へ戻っていく。
居間から玄関へは行かず、一度冷蔵庫の前を通った痕跡がある。ゴミ箱の中を覗いてみるとプリンのカップが一つ。
ちょっと笑みがこぼれてしまった。
キッチンを出てやっと玄関へ向かったらしい。で、渡瀬を連れてベランダへ逆戻り・・・か。
死神の行動ルートを巡り終え、同時に床拭きも終了したのでオレは居間に座ってくつろごうとした。
『――――っ!―――っ!』
・・・ん?
なんか聞こえたような気がする。
オレは半座りの状態で聞き耳を立てた。
『たす―――てぇ!』
気のせいじゃない。外から確かに声が聞こえる。
外は暴風雨だ。こんな日に外にいる馬鹿はいないだろうと思いながらも嫌な予感がし、オレは傘を開いてベランダに出てみた。
・・・。
ガラッ
『ギャーーーー!!助けてぇぇぇぇぇ!!死ぬ、これはマジで死ぬー!!』
バンプの声だ。
オレは尋常でない事態を察知し、隣のベランダを覗いた。
そこには
真っ白な布にくるまれ、頭だけを出した吸血鬼が須藤彩花宅のベランダに吊されていた。
「バ、バンプーーー!!」
ベランダ同士は壁で遮られているため、隣から身を乗り出すオレ。
「じゅ、準くん!!助けてー!このままじゃ風邪ひいちゃいます!」
縛られたヴァンパイアは身体を全力で振って助けを求めている。いつもは愛らしく、世の中のお姉様方が絶対に放っておかないであろうその童顔は今にも力尽きそうである。
「よ、よしちょっと待ってろ!今助けてやる!」
こうしてマンション七階のベランダにてアクション映画のような救出劇が始まった。
雨で濡れた手摺りの上に乗り、隔壁に捕まりながら隣へ移る。
落下したら間違いなく地獄旅館のお客様の仲間入りだな。
手摺りに乗ったまま軒に結ばれたロープを外し、金太郎飴みたいなヴァンパイアを抱えて我が家のベランダに撤収。
必死で頭が真っ白だったからか、ベランダに降りた瞬間に自分が行ったスタントアクションに恐怖した。
腕のなかの少年吸血鬼を部屋の中に入れ、布と束縛ロープを外してタオルで頭を拭いてやる。
「ちょっと待ってろ、そろそろ死神達が出てくるから。そしたら風呂に入れてやる」
少し経つと死神と渡瀬が頭から湯気を出しながら居間へ来た。二人共予備のローブを羽織っている。
「あれぇ?バンプじゃん!どうしたの?準くんもまたベトベトだし」
渡瀬は精神的に瀕死状態の吸血鬼を珍しそうに見ている。
「まぁいろいろあってな」
そう言うとオレはヴァンパイアを連れて本日二度目の風呂へ入った。
「はぁ〜っ、生き返ったぁ・・・」
お前が言うと妙にリアルだな。
浴槽で一息ついたところで事情を聞く。
まぁ大体予想はできるが・・・。
「えっと、あれは朝ご飯の支度を終えた後でした・・・」
「一通り家事を終えた僕はいつものように長い棒を持って彩花さんを起こしに行ったんです」
「何で長い棒を?」
「近づくと危険だから」
「そ、そうか」
危険?
「でもなかなか起きなくて、そんな時は無理に起こさないほうが良いからそのままにしておいたんです」
正しい判断だ。
「とりあえずいつものように居間でレモンティーを飲みながら料理番組を見てたんです」
どんな生活だ・・・。
ピンクだらけの居間でテレビを見ながらメモを取るヴァンパイアを想像してみた。
ちょっといいな。
「今日は手羽先を柔らかくする方法を学びました」
「おー。今度教えてくれ・・・じゃなかった。それで?」
「しばらくすると彩花さんが起きてきました。そこまではいつも通りなんです」
ふむ。
―――――――
彩花さんはカーテンを勢い良く開き、いつものように〈快晴よバンプ!〉と言うところでしたが・・・。
「凄い雨だったわけだ」
はい。カーテンを開けた彩花さんは
『キャーー!雨だわバンプ!!』
と悲鳴を上げたのです。
そして
『あなたの力で晴らしなさい!』
とか無理難題を押しつけてきたんです。
「うん、さすがに無理だろそれは」
はい。当然僕も無理だということを必死にアピールしました。
すると彩花さんは・・・。
『じゃあアレ作ろうよバンプ!』
『アレ?』
『そうそう!』
・・・嫌な予感がしました。
(そりゃあなぁ・・・)
彩花さんは大きな布をどこからか持ち出して
『やっぱ雨を晴らすのは《てるてるバンプ》しかないわよね!(ニヤリ)』
『てるてる・・・僕?うわぁぁぁぁぁ!!』
――――――
「・・・という具合です」
・・・。
オレは無言で吸血鬼の頭を撫でた。
その後オレ達は風呂で他愛もない話をし続けた。
風呂から上がると、脱衣所で服を着ながらバンプの頭を乾かす。
「なぁバンプ。彩花さんに嫌だと言ってもいいんだぜ?」
バンプは少し考える素振りを見せ
「うーん、まぁこれはこれで楽しいし・・・」
マジかよオイ。
「それに彩花さんああ見えて本当は・・・」
ドンドンドンドン!!
なんだ!?
このマンション防音設備はトップクラスなのに玄関の扉を叩く音がこっちまで聞こえてくる。
非常識な来客にはどうやら渡瀬が応対してくれているらしい。
『あ、あの、―――』
『―――いる?―――本当!?』
『あ、ちょっ、―――!?』
ドタドタドタ!!
ガラガラッ
「バンプ!?」
彩花さんだった。
「あ、彩花さんだ!」
ヴァンパイアは突然走り込んできた非常識女子大生を見上げた。
彩花さんは何やらホッとした様子を見せる。
「あー良かったぁ!そろそろ《てるてる彩花》に交替しようと思ったら吊してたバンプがいないんだもん!落ちたんじゃないかと思ってマンションの周囲を走り回ったわよ!」
よく見てみると彩花さんはびしょ濡れで、さらにマンションの周囲に植えてある木の葉や風で飛んできた草とかが体中にくっついていた。
「ひどいよ彩花さんっ!風邪ひくところだったよ!」
「アハハ、ごめんね。ちゃんとお風呂湧かしておいたんだけど」
彩花さんは笑いながらヴァンパイアの頭をポンポン叩いた。
今日は押し入りが多いな・・・。
彩花さんは渡瀬と死神と少し話した後ヴァンパイアを連れて帰っていった。
「なにバンプ〜、先にお風呂入っちゃったの〜?」
「準くんといろんな話したんだよっ」
バタン
帰ったか。
死神は同じようにローブを羽織った渡瀬の腰にぶらさがり、渡瀬は死神を引きずりながらウロウロして遊んでいる。
「バンプはいじられるのに慣れちゃったみたいだねぇ!」
「バンプって?あ、あの銀髪の子?須藤さんとは良いコンビに見えたけど・・・」
どうでもいいが・・・
彩花さんのおかげで再び部屋が水浸しだ。それどころか今度は草とか土とかまで散らばってる・・・。
「じゃあ水遊び後半戦スタートだよ由良ちゃん!」
「ぉ、おぉ〜ぅ」
・・・。
こいつらは・・・。
「ふぎゃっ」
「ふぎゃっ」
死神と渡瀬のフードをつまんだオレは二人を汚れたフローリングの前まで引きずり、雑巾を手渡した。
「さ、お前等も掃除だ」
「えーー!」
「わ、私も・・・?」
・・・。
「文句はねぇよな?」
「ありありだよ準く・・・」
「ぁあ?」
「あゎゎ、鬼だぁ!」
「ひぇぇっ恐い顔です!」
さ、掃除掃除♪