最終話 死神といっしょ!
「僕はね、準くんに憧れてたんだよっ」
「うーん。一般人に憧れる吸血鬼ってのも、おかしな話だぞ」
「でも憧れなんだよっ。料理だって頑張ったし。だって僕、準くんと会うまで料理なんてした事なかったもん」
「そうか。一年であれだけできりゃあ大したもんだ」
ベランダに出て話すオレとバンプ。
まだ冷たい朝の風は肌に心地良い。
昨日の彩花さんとバンプによる大暴露の後、すぐに宴会がスタートし、今朝にいたるわけだ。
大暴露。
彩花さんが留学のために海外へ行き、バンプも付いていくのだという。
まぁ半年も経たずに帰ってくるらしいから大袈裟に受けとめる程の事ではないのだが……。
他の連中は大袈裟だった。
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―――――
―――
死神:【やだ!】
準:【こら、わがまま言うんじゃない】
死神:【だってやだもん!】
メア:【私もイヤです! 寂しいです!】
準:【メアちゃんもわがままはダメだ】
死&メ:【う〜】
(そりゃ寂しくはなるけど、仕方のないことだ)
冬音:【冬音お姉さんもやだ!】
(オイ)
彩花:【あらあら♪ なんだか嬉しいわねバンプ】
バンプ:【うんっ。嬉しいねー】
彩花:【寂しくないように《彩花お姉さんブロマイド》をプレゼントしてあげるわね♪】
(うわぁ、貴重だから欲しいような欲しくないような……)
彩花:【アーンド、《バンプの甘えん坊さんブロマイド》も付けちゃう♪】
(あ、ちょっと欲しくなった)
バンプ:【そんなの、いつ撮ったの!?】
彩花:【えーと、バンプが『あ、彩花さーん、足が痺れたよ〜。もう崩してもいいでしょ〜?』とか言ってた時♪】
(正座イジメ!?)
死神:【彩花お姉さんブロマイド、欲しいー!】
メア:【欲しいですー!】
(意外に人気だ……)
冬音:【よしお前達。《冬音お姉さんブロマイド》も付けてあげよう】
(もらう意味がわかんねー)
死神:【欲しいー!】
メア:【水着ですー!】
(意外に人気だ……)
(………)
(………)
準:【じゃあオレからは、《閻魔お兄様ブロマイド》を……】
死神:【いらなーい】
メア:【いらないですー】
(閻魔さーーーーん!)
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―――
これが昨日の話。
結局バンプが『だいたい僕が彩花さんのトコへ来るまではロシュ達と離れてヨーロッパ支部にいたんだし、そう考えれば半年なんて短いよ』と、死神とナイトメアに言い聞かせてその場をまとめた。
オレは昨日だれにも受け取ってもらえなかった閻魔さんの写真を取り出してぴらぴらと振ってみた。
……結構レアなんだけどなー。
閻魔さんが真面目に仕事してる時の写真。
欲しい人はめちゃめちゃ欲しがると思うんだけどなー。
「あ、それって昨日のやつ?」
「おう」
写真に気付いたバンプに渡してやる。
「ほんとに貴重な写真だよこれー。閻魔さんが仕事してる姿なんて」
本当に貴重な姿らしい。これをオレにくれた白狐さんも、額にいれて飾るとかなんとか言ってたし。
「これ僕にちょうだい」
「ん? いいぞ」
「やった! あと準くんの写真も!」
「……オレ?」
「うん! あとで早苗さんに貰うー」
やめれ。
どうせろくな写真じゃないから。年賀状に貼ってあったやつを見たかぎりだと。
「むこうに行っても準くんが一緒〜♪」
………!
………!
「ちくしょー! 可愛いなオレの弟分、コノヤロー!」
名残惜しくなってきたじゃねぇかー!
小悪魔だな吸血鬼テメー!
銀色の髪をこれでもかってくらいに撫でまくる。
「なんだよ準くんー!」
「バンプが好きだぁぁぁ!」
「アハハハハ!」
まだ朝方。部屋のなかでは夜中にさんざん盛り上がっていた死神やナイトメア、冬音さんに彩花さんの四人がまだ寝ているだろう。
ベランダのオレとバンプはしばらく二人で盛り上がっていた。
初めに出会ったのはいつだったか。
たしか彩花さんが買ってきた《パシリ入門》とかいう本で呼び出されたんだっけ。パシリ呪文をくらって彩花さんのパシリに決定したんだったな。あれから一年が経つなぁ。
たぶんこの吸血鬼は、パシリ呪文なんかいつでも解いてもらう機会があっただろう。死神業者最強決定戦のときには上司だったヴァルキュリアさんにも会っていたし。
それでも解こうとはしなかった。
彩花さんとバンプは当たり前のようにパシリと家主みたいな関係であり続け、彩花さんも何も言わなかった。
そして今も、それは変わらない。わかりやすく互いにくっついていたい気持ちが見え見えだ。
………。
ははっ。
彩花さんに少年趣味があったとは意外だね。まったく。
半年後に帰ってきたら、様子次第でからかってやろう。
たぶん《ゲヘナ・ワールド》でボコボコにされるのはわかりきっているけど。
彩花さんとバンプ。
同じようにナイトメアも冬音さんと暮らしている。ナイトメアいわく、かなり居心地が良いのだそうな。
まるで姉妹のようにいつもくっついて楽しそうにしている。互いに互いが大事で仕方ないのが見え見えだ。
これも変わらない関係だな。
………。
なら、オレと死神は?
一年間くっついていたわけだが、それが当たり前のようになっているわけだが。
奴と出会った時はマジでビックリする事ばっかりだった。突拍子のない事言いだすし、行動はわけがわかんねえし。
自分が死神で、地獄の仕事に飽きたから来た。なんて聞いた時には、頭がおかしいんじゃねぇかって思った。
そもそも居候させてやることにしたのは、その時にアイツが大暴れしたからだったっけ。
それからは当たり前のように飯を二人分作ってやり、当たり前のように布団の中にもぐりこんでくるのを引っ張りだしたり、当たり前のように地獄なんていうトンデモねぇ場所を行き来したりするようになった。
そんな変わらない生活。
もしアイツが地獄へ戻るぜー、なんて言いだしたらオレはどうするんだろ。
もしアイツがもう会えないけど楽しかったぜバイバイ、なんてあっさり消えちまったらオレはどう感じるんだろ。
最初の頃は、とっとと帰れバカヤローと考えてばかりだったが。
今となっては……この生活が当たり前になっている。
変わらない日常になっている。
それは何でだ。
彩花さんとバンプも、冬音さんとナイトメアも、互いにくっついていたいから今の関係でいる。
なら……オレもそうなのか?
あのアホ神と、くっついていたいから今もこうしているのか?
そう思うようになったのは、いつからだ?
オレは死神が……好きになってるのか?
………。
思えばたいして知らない奴に対して攻撃的な性格だったオレが。奴が腰にぶらさがったり、背中に乗ってきたり、布団に入ってきたりしても、ため息だけで片付けていた。別に本気でうぜぇとは……思わなかった気さえする。
おいおい。
こりゃあどういうこったオレ。
バンプ達が日本を離れるっていう日常の変化が起きて初めてこんな初歩的な疑問に気が付くオレって……どうなの。
………。
あー! いかん! どうにもこういう思考は不慣れだ!
神楽……に相談できるわけがねぇし。そもそもアイツ日本に居ねぇし。
いかん、顔が熱くなってきた。
オレを冷やせ、朝の冷風!
「おーい、どうしたんですかー?」
はっ、と我にかえって隣を見下ろすと、バンプがこちらを見上げていた。
どうやら自分の世界に入りこんでしまっていたようだ。
「い、いや。なんでもないぞ」
「顔、赤いよ?」
「へ!?」
「こんな時に息止めガマン大会なんかしなくてもいいのに」
「そ、そうだな。一分は余裕なんだがな」
すげぇ発想だなバンプ。これも彩花さんの影響か。
オレが苦笑いで居ると、突然バンプはベランダから下を見て明るい顔になった。
「あっ! 見て見て準くん」
「ん?」
同じようにベランダから下を見下ろす。
遊歩道に、見知った人影が二つあった。
『――もうっ、早く三笠くん!』
『――手、手を引っ張らないで下さいよ美香さん』
………。
どうやら。
「新たなお客さんみたいだな」
「だね!」
――――――――
―――――
―――
美香と三笠、そして渡瀬は昨日のうちに死神から連絡をもらっていたらしく、朝一番で飛び込むように部屋に入ってきた。
「ちょっと彩花さーん!」
美香は叫びながら、居間でまだ寝息をたてていた彩花さんに添い寝っぽい体勢になった。
ちなみに彩花さん以外のメンバーは三人が飛び込んで来た時点で目を覚まし、キッチンテーブルに着席。
オレが朝食を出すのを待っている。
つまり居間には、一人だけ爆睡する彩花さんと、しきりに彼女を起こそうとする美香、三笠、渡瀬だけ。
あっちは放っておいて、まずは朝飯だな。
バンプが手伝ってくれるから助かるぜ。
死神も手伝うと言ってくれたが、キッチンが混みあうからテーブルに着席させた。
「なんだ須藤はまだ寝てるのかー?」
冬音さんはテーブルの上で眠そうに頬杖をつきながら居間の方を眺めている。
「すごーい。美香ちゃんと由良ちゃんが相手でも全然起きないよー」
同じように死神もテーブルの上で頬杖をつき、居間の様子に感心していた。
そりゃあ奴が感心するのも無理はない。
美香が頬をひっぱっても、渡瀬がくすぐっても、三笠が《ゼノンの逆説》について耳元で講義をはじめても、彩花さんは全っ然起きないのだ。
「彩花さんもきっと疲れてるんですよ〜。夢への入り込み具合でわかります〜」
ナイトメアはさすが夢魔だけはあって的確な分析をした。
本人も眠そうに頭を揺らしてるけど。
さて、朝食の完成だ。
「よーし、飯にするぞー」
『おー!』
「その前に全員で彩花さん起こせー」
『おー!』
――――――――
―――――
―――
結局、彩花さんを起こす決め手となったのは、渡瀬が明るく語った話だった。
『《Hey、ミシェル。昨日大きな地震があったよナ?》
《おいおいマイケル。地震なんてなかったゼ》
《おかしいナ?オレの家だけカ》
《HAHAHA、きっとお前の母親がソファに座ったんダ》
《OH、なるほどネ!》
《DAHAHAHAHA!》
《WAHAHAHAHA!》』
………。
オレは彩花さんが腹を抱えて大爆笑する姿を初めて見たよ。
渡瀬、お前すげぇよ。
で、朝食を終えた現在。
「――というわけで、私〈須藤彩花〉と」
「パシリの〈ヴァンパイア・マーカス〉は、海外へちょっと行ってきます!」
『おぉー!』
拍手が沸き起こる。
オレ達は居間に集まって、彩花さんとバンプの挨拶を聞いた。
ちょっとばかし寂しくなるが、それもほんの少しの間だ。
みんなもそれをわかっているから、明るく送り出すようにしていた。
………。
ん?
そういえば。
「彩花さん、二人はいつ日本を発つんです?」
「へ?」
「へ?」
オレがぶつけた当然の疑問に彩花さんとバンプはぽかんとする。
「えっと、今日の……いつだったかしらバンプ?」
「とりあえず昼には空港に集合だ。って、〈きょうじゅ〉って人が言ってたんでしょ?」
「あら、そうだったわね♪」
………。
………。
しーん。と、居間全体が静まり返る。
彩花さん以外の全員が、視線を一点に集中させる。
みんなが向いたのはテレビの上。
そこにはデジタル式の時計が置いてあるだけ。
「お昼に……」
まず声優志望の〈渡瀬由良〉が、内気な性格らしくおどおどしながら首を傾げる。
「空港へ……」
隣のクレイジー女、〈七崎美香〉も、こればかりはさすがに苦笑いで首を傾げる。
「集合……」
その隣のグラサンスキンヘッド、〈三笠万座右衛門〉が、その頭から冷や汗を流す。
「んでもって……」
次に武闘派不良集団ファンタズマのリーダー、〈佐久間冬音〉さんが、斜めに流した前髪の下でヒクヒクっと頬を引きつらせる。
「い、今は〜……」
ニット帽の夢魔少女、〈ナイトメア・バッドドリーム〉が、ペイントを施したほっぺに両手を当てて震える。
「く、九時……」
銀髪の少年吸血鬼、〈ヴァンパイア・マーカス〉が、カタカタと異常に鋭い歯を震わせてその数字を読み上げる。
「四十分だにゃ……」
金髪で黒ローブの死神娘、〈ロシュケンプライメーダ・ヘルツェモナイーグルスペカタマラス七世〉が、口をあんぐりと開けてオレの服を引っ張った。
「………オイ」
そしてオレ、〈里原準〉は、ただ溜め息と一緒に突っ込むしかない。
「あらあら♪」
未だ謎多き無敵の女子大生、〈須藤彩花〉さんは……相変わらずニコニコ笑っていた。
『《あらあら♪》じゃねぇだろうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』×全員
まさかのALLツッコミが彩花さんに炸裂した瞬間でした。
――――――――
―――――
―――
………。
まぁ、なんつーかさ。
意外とあっけないもんだよな。こういうのって。
『じゃあみんな、また半年後に会いましょうねー♪ ほら掴まりなさいバンプ!』
『う、うんっ! みんな、アメリカ支部から手紙書くよっ。だからまた半年後に会おうね! ここが、僕の居場所だから!』
時間ぎりぎりで全員があたふたと彩花さんの手荷物を外へ出した後、ヤンキー保健教師、〈高坂早苗〉先生の乗るバイクの後ろにまたがりながら二人はそう叫んだ。
ちなみにバンプは彩花さんに抱えられてた。(オイ)
そういうわけで、名残惜しむ間もなく、みんなで息を切らしながらマンションの外で手を振るうちに、バイクは超高速で見えなくなってしまったのだった。
いってらっしゃい。彩花さん、バンプ。
「ん〜! しっかし、こんな時までお騒がせな奴だよなぁ須藤は」
「ん〜! ですねぇ。でも彩花さんらしいです〜」
マンションの前。
冬音さんとナイトメアは二人で大きな伸びをし、互いに笑い合った。
たぶん、彩花さんはわざとギリギリまで引っ張ったとオレは思う。
やっぱどうしてもしんみりとしてしまうからな。むしろ今みたいにあたふたとせわしなく別れた方が気分がいい。
うん。オレは一生あの女子大生にはかなわないだろうな。
「いやぁ。少し寂しくなりますなぁ」
「でもすぐに帰って来るわけだし、大丈夫よ!」
「そうですよ!」
両手を腰に当て、彩花さん達が見えなくなった道を眺める三笠。
その両隣では、まだピョコピョコと跳ねて手を振り続ける美香と渡瀬。
ほどなくしてナイトメアが全員に声をかけた。
「じゃあ皆さん、地獄へ行きますよーっ。二次会というか、閻魔さんの《ちょっと寂しいから盛大にパーティーやろうぜ!》会があります〜!」
ははっ。閻魔さんらしい。
それを聞いたメンバーはぞろぞろとナイトメアの開いたワープゲートの中へと入ってゆく。
「おい準、行くぞー」
「ロシュ、早く行くわよ」
冬音さんとナイトメアに呼ばれるオレと死神。
「あ、オレはちょっと買い出ししてから向かいます」
「私も準くんに付き合うぜー!」
隣で死神もピコピコと手を振った。
「そっか。早く来いよなー!」
「準くんといっぱいお話したいですー!」
そう言って二人もピコピコと手を振り、ワープゲートの中へと入っていったのだった。
………。
さて。
にぎやかだったマンションの前も、オレと死神だけになる。
宴会をやるなら、たまにはオレも何かを持っていかないとな。
「じゃ、行くか」
「うん! 買い出しへしゅっぱーつ!」
――――――――
―――――
―――
街までの道のり。
いつものように歩くオレの隣で、ふわふわと付いてくる死神。
一体、何度こんなふうに移動しただろうか。食材を買いに行くときも、備品を買いに行くときも、こんなふうに。
「――でねでね、ジェイソンくんはヨーグルトに――」
「――そりゃすげぇなオイ」
一体、どれだけこんなふうに移動しただろうか。
そして今も、変わらない。
隣で死神がアホみたいな話をして、そのアホさ加減に呆れるオレ。
でもってアホとかばかり言ってると死神が怒りだして、オレがなだめる。
彩花さんとバンプが、少しの間だけ居なくなる。それだけで違和感を感じまくっているのに。
……やっぱり朝のベランダで考えてた事に行き着くわけか。
「………」
ふと見ると、今まで元気よくペラペラと喋っていた死神が、黙り込んでいた。
こいつも日常の変化に影響されているのだろうか。とまどっているのだろうか。
「……ねぇ準くん」
「ん?」
「私はね、どこにも行かないからね」
「………」
いつになく真剣な表情。その目はオレをしっかりと捉えて放さない。
「彩花さんとバンプが居なくなっちゃって、それだけでも結構ショックだったの」
まぁ、わかる。
こいつはオレや冬音さんよりも若い。オレも若いけど。
だから出会う事は多くても、別れるとか離れるとか、そういう経験は少ない筈だ。
でもオレは意外に思った面もある。こいつは、というか死神業者三人組は、幼い頃に両親と離れて暮らすことを余儀なくされた。つまり、若いとはいえ別れるという事を経験しているのだ。
それでもやっぱり慣れることなんてできなかった。ということか。
死神は続ける。
「ちょっとの間居なくなるだけなのに、すごくショックだったの。それはね、きっと、みんなとの生活が楽しくって仕方なかったからだと思う」
オレは頷いて相づちを入れながら、死神の話を静かに聞いてやる。
「でね、私、ふと思っちゃった。じゃあ、もし準くんが居なくなっちゃったら、どれだけ私はショックを受けるのかな。って」
「………」
「そう考えたらね、なんだか怖くなっちゃったの」
「オレは……たぶん今のままだと思うぞ」
「うん。でもねでもねっ」
すがりつくような視線。こいつのこんな目を、オレは初めて見た気がする。
「私が、どれだけこのままがいいって思ったところで、準くんが私を嫌がったら……」
「おいおい、この期に及んでそれを言うか?」
言われて死神は、あう、とバツの悪そうな顔をした。
……つーか、らしくねぇ事を考えるんじゃねぇよ。
「お前はこのままがいいんだろ?」
「うん……。私は―――だから」
うつむいて、口をもごもごさせる。
「んあ? なんだって?」
「私は、準くんが好きだから」
………。
………。
自然と、足が止まっていた。
「………へ?」
おもわずこんな声が出ちまう。
「キャー! 言っちゃったよ私! すごい勇気だぜ私! ブレイブハートだぜ私!」
一人ですっげえ盛り上がってるけど……。
なに?
いつもの冗談とか?
「えーと。オレはいつもみたいに〈ふざけんな〉ってツッコミをするべき……なのか?」
一応、訊いてみる。
「うーっ。そんなのやだぁ!」
死神は顔を真っ赤にしてうめいた。ローブのフードを被って隠そうとするも、隠しきれていない。
本気、らしい。
………。
ほ、ほほほ本気!?
「そ、そうか」
「……それだけー?」
「えっと、うん。まぁ、オレも別に構わないぞ。今の生活で」
心臓バクバクもんだな、こりゃあ。
「曖昧な返事はダメー!」
死神さんはとても厳しかった。
「返事はキスがいい!」
いきなりふざけんな。
「早くー!」
せがむんじゃねぇ。
新婚のノリか。
「ぬーーーーー!」
怒りはじめちゃったし。
頭から煙を出しながらムスッとそっぽを向いている。
………。
………。
……もー。
「ほれ、こっち向け」
「へ?」
………。
………。
振り向く金髪娘に、間髪入れずに――
オレは死神に顔を近づけ――
「ん」
「!?」
〈♪〉
………。
………。
これで勘弁。
「ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! やったぜー!」
「……さっさと買い出しに行くぞ!」
オレは早足でスタスタと歩きだす。前を歩かないと。さすがに恥ずかしい。
しばらくボーッとしていた死神が後ろから追い掛けてくる。
「ちょっと準くん! 〈ほっぺ〉は反則ーー!」
は、反則!?
「反則! 反則ー!」
まるで審判がホイッスルを鳴らす時のような勢いでオレを責め立ててくる。
やかましい事この上ない。
「反則だから口にもう一回!」
ふざけんな。
「あと《ゼロ距離ラブ!》って叫んでないからもう二回!」
もっとふざけんな。
………。
「……家に帰ったらな」
「やったぜー!」
「その前に買い出しだ」
「了解!」
「宴会では暴れすぎるなよ」
「了解!」
……やれやれだ。
さて、宴会はもう始まってる頃かな。
夜叉さん、白狐さん、歌舞伎さんの好物は知ってるから買っていってあげよう。
閻魔さんの好きな物は……。
やっべえ。女性しか出てこねぇ。
そんな事を考えつつ、笑みがこぼれる。
「どうしたのー?」
「いや、やっぱ変わんねぇな。って思ってさ」
「アハハハハ! うんっ、変わんない変わんない♪ 私は、いつも通り準くんといっしょ!」
「そうだな」
「準くんは?」
「ん……死神と……いっしょ?」
「疑問系ダメー!」
な、なんかよくわからんが。すんません。
「死神と……いっしょ」
「もっと元気よく!」
なにこの指導?
「死神といっしょ!」
「よくできました♪」
意味がわからんが、なんか誉められた。
ともかく、またこれからも、こんなふうにオレと死神はやかましく日常を送っていくんだろうな。
居心地の良い日常。だがかなり変わった日常。
これからもきっと、オレは死神と並んで歩き、向かい合って食事をし、厄介な事で駆け回る。
楽しくて仕方ねぇよ。まったく。
空を見上げてみる。
陽が高く登りはじめた空は快晴。午前の空気は、清々しい。
空が突然、真っ黒なローブに遮られる。
ふわりと鼻をかすめた金色の髪からは、オレと同じシャンプーの香りがした。
「ん」
「ん♪」
………。
空よりも晴れやかな笑顔が、目の前にはあった。
「えへへ、帰るまで我慢できなかったぜー♪」
「ったく。早速か」
日常。
ちょっとだけ、変化があったかも。
だけどやっぱりこれからも。
オレはコイツと――
死神といっしょだ。
「準くん、手つなごうぜー!」
「はいはい」
【死神といっしょ! お・わ・り♪】