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死神といっしょ!  作者: 是音
101/116

第101話 死神と正月

 すぅっ、と空気を吸い込めば、冬の冷たい夜風がそのまま肺に入り込んで微々たる痛みを感じることができる。


〈ゴーーーン〉


「これで十二回目だ」


 吐き出した言葉は白く染まり、暗闇に溶け込む。


〈ゴーーーン〉


 十三回目の除夜の鐘。

 百八の煩悩を清めて新年を迎える為に大晦日に鳴らされるものだ。


 オレは一人でベランダの手摺りにもたれかかり、耳をこらしてその音を聞いていた。


 部屋の中にはコタツの上に額をくっつけて熟睡する死神が居る。

 年越しそばを食べながら『年が変わった瞬間にジャンプする!』と張り切っていたのだが、見事睡魔に敗北したわけだ。


 起こしてやろうか、寝かせておいてやろうか。


……。


『なんで起こしてくれなかったのーーー!!』が一番怖い。


 もうすぐ日付が変わるので、部屋の中に入って起こしてやる事にした。


「死神ー、起きろー。日付が変わるぞー」


「……ぅん、知ってる知ってる」


 あ、コレ寝言です。


「おーい、年が変わった瞬間にジャンプするんだろ!?」


「……うぅ、はい夜叉さんお酒。《鬼ころし》」


 やめろ!


 まずい。新年まであと数分だ。


「しーにーがーみー!起きろー!」


「すー」


「後で悔しがる事になるぞー!」


「すー」


 いくら肩を揺すっても起きる気配が無い。

 無理もない。アホなコイツはよりによって昨晩は遅くまで起きていたのだ。


 どーしよ。


……。


 アレ使うか。


 実はメアちゃんに教えてもらった、死神をビビらせる為の必殺の言葉がある。


 けど、すげぇ言いたくない。


 けど、コイツを起こさないと後が怖い。


……。


 よし。


 オレはコホンと咳払いをして死神の耳元に顔を近付けた。


……ふぅ。


「《赤と緑のヒゲヅラ兄弟♪》」


「ビクッ!!」


「《しかも土管工ときた♪》」


「イヤァァァァァァァァ!!」


 起きた。

 すんげぇ悲鳴と共に死神は起きた。


「キャァァァァ!やだやだ!どこ?どこなの?」


「お、おい死神」


「ひぃ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!《キノコで急成長》だけは勘弁して下さい!」


 凄い怯えようだが、とりあえず起きてくれたみたいだ。


「そろそろ年が明けるぞ」


「あっ!有難う準くん!」


 コタツから身を起こした死神はテレビに顔を向けた。

 どのチャンネルに切り替えてもすべての番組でカウントダウンを始めている。

 どっかの作者もカウントダウンライブで既に死にかけていることだろう。

 ともかく、テレビ画面には残り秒数をカウントする表示があらわれ、死神は手を叩きながら数字を唱えだした。


「10秒32ーー!」


 細けぇよ。

 今や世界中の人が同じ数字を同時に叫んでいるだろう。

 考えてみればなかなか凄い事だ。


「5ーーー!ほら準くんも!」


「あいよ。4ーーー」


「3ーーー!」

「3ーーー」


「2ぃーーー!」

「2ぃーーー」


 死神が少し膝を曲げて腰を落とす。ジャンプする体勢だ。

 ちなみにオレも一緒にやらされるので同じく腰を落とした。


「1ーーー!」

「1ーーーっ」


……。


ピョーーーン!


「新年だよぉー!」


 ははっ、面白い奴だ。


 さて新年!

 明けましておめでとうございまーす。


「おめでとー!準くん、明けましておめでとー!」


 金髪パジャマがオレの両手を掴んで上下に激しく振る。


〈ブンブンブンブン!〉


「はい、おめでと」


〈ブンブンブンブン!〉


「今年もよろしくねー!」


〈ブンブンブンブン!〉


「うん、よろしく」


〈ブンブンブンブン!〉


 興奮している為なのかまったく手を止める様子が無い。

 オレもされるがままに笑うばかりだった


 しかしそれも少しの間だけ。だんだんと腕を振るスピードが落ちてきたかと思うと、死神の目はまぶたの重さに耐え切れなくなっていた。


「ほら、もう寝とけ」


「うん……。初夢見るんだぁ♪」


「そうだな」


「おやすみー♪」


「あいよ」


 欠伸をまじえて挨拶をした死神は眠い目を擦りながら居間を出ていった。


 さて。年越しそばの片付けをした後、一人コタツの中に入り、朝まで続く番組をのんびりと見る。

 うっすら外から聞こえてくる除夜の鐘の音を耳にしながら。


 元旦はまたのんびり出来そうに無いな。

 午前中はゆっくりして、午後は……


 ボーっと画面を見つめながら予定を考え――


 そのうちにオレはうとうとしはじめ――


 こんな時くらいは何も考えずに寝ようかな、と思い――


 死神がコタツの上に忘れていった腕輪をころころと触るうちに――


 眠っていた。


――――――――


―――――


―――


………。


……。


(夢……?)


 夢。


 どこかの大きな建物の中。

 まだ小さな体躯をしたオレの体は、なんだかその場所独特のツンと鼻について気になる匂いが漂う長い廊下。その壁ぎわに設置された椅子には座らず、その前で立って居る。

 外を見ようとしても窓は見当たらず、しかし足元から感じるこの冷たい空気と、肌で感じる独特の感覚によって、今は冬なんだとわかる。


 まー、季節なんざどうでもいい。


 何処だここは。


 眩しいくらいに白い。


 わけわかんねぇぞ。


 廊下は左右を見渡しても端から端まで延々と続いていて、先が真っ白で見えない。

 やっぱりこれは夢なんだと改めて自覚する。


 ただ昔見た映画のワンシーンを映し出しているだけだと思ったが――


 そういうわけでは無いらしく――


“ねぇ”


(?)


 いつのまにそこに居たのか。幼い体をしたオレよりもさらに小さな背の女の子が、オレの服を引っ張りながら見上げていた。

 オレはやはり、夢を傍観している存在じゃなくて、この状況に居るのか。


“ねぇ、どうしたの?”


 どうしたのって、まずお前が誰だよ。


“ねぇ、どうしたの?”


 繰り返しそう訊ねて来る少女。

 今のオレならともかく、こんなガキの頃のオレに話し掛けるのは危険だ。

 イラッとしたらすぐに攻撃するアホだったから。


 ところがオレはその少女に攻撃を加えることは無く。

 しかもオレはその問いかけに返事までした。


 ガキのオレは――


“―――――”


(なんて答えたんだっけ)


 思い出せね。


 うん?


 思い出せない?


 ああ、これ……


 オレの記憶?


 記憶っつーか、体験?


“ふーん、それでお兄ちゃんはどうしたいの?”


 その言葉に対してもオレは――


“――――――”


 なんて言ったのか思い出せねぇや。


 つーかオレの夢、ぼやけすぎ。


 景色も、少女の姿も、オレの身体までがぼやけている。


 はっきりしているモノなんて無い。


 ただ一つ。


 オレがその場所が大嫌いで、居たくなくて、やっぱりその少女をボコボコに、再起不能になるまで殴り飛ばして、そんでもって逃げ出したかったという感情以外は。

 うわ、ガキの頃のオレって最低。


 つーかさぁ――


 オレ、こんな少女と話した記憶は無いぞ。


 そりゃあガキの頃のオレはこんな感じだったさ。でも、それ以外は全部知らない。

 場所も。少女も。こんな感情もだ。


 うーん?


 夢の中のオレはボソボソと何か言ってるらしいが、こういうのが夢の卑怯な所だ。全然聞こえねぇ。

 小さな女の子はオレの手を取った。

 

“ふぅん、じゃあアタシと遊ぼうよっ”


――――――――


―――――


―――


………。


……。


……んぁ。


「朝……か」


 コタツに突っ伏したまま寝てしまっていたオレは、付けっ放しのテレビに映るハイテンションな番組司会者を見て、今日が正月だという当たり前な事を思い出して立ち上がった。


 朝飯は昨日作っておいたお節料理や餅、雑煮だ。


 キッチンでそれらの料理を準備しつつ、先程見た夢について考える。


……。


「新年早々、わっけのわかんねぇ初夢見させんじゃねぇ!」


 勝手にキレてみた。

 なんじゃアレは。

 もっと富士や鷹、茄子を見せろってんだ。


 正月の朝からプンプン怒っていると、死神が部屋から居間へやってきた。


「おっはよー準くん♪」


「おはよう。良い初夢は見られたか?」


 それを聞いた死神はパァッと顔を明るくさせる。


「すっごいんだよー! すっごい初夢を見たんだよー!」


「ほう」


「あのねあのね……っ」


「待て待て! 初夢は言わない方が良いんだぜ?」


「そーなの?」


「里原家ではそうなんだ」


「へーっ」


 顎に拳をあてて頷く死神を促し、コタツへ料理を運んだ。


「わぁっ、お節だね!」


「昨日はお前も頑張ったもんな」


「おうよー!」


 三段重ねの重箱。

 その二段目は死神が担当し、中身は……まぁ……。


ぱか♪


「………」


「………えへへ」


「全部ミルクプリンにしたんだよな」


 たぷたぷと正方形の重箱で波打つ白いデザート。


 発想すげぇ……。


 二人で正月料理とミルクプリンを食べて、届いた年賀状を見る。


 オレの友人は大体メールで済ませるから、来るのは親父の仕事関係か死神の友人からだ。


 未だになみなみと残るミルクプリンを懸命に食べる死神をよそに、オレは届いた年賀状を分別する。


「おっ、死神。閻魔さんから届いてるぞ」


「ホント!?」


 死神はオレの隣にやって来て、自分に届いた年賀状を嬉しそうに手に取った。


「……」


「どうした死神?」


「……閻魔さんのも夜叉さんのも、電話番号が書いてあるよ」


 絶対に女目当てだよね。


「あっ!これはデーモンさんからだ!」


「おー、良かったな。なんだって?」


「えっとね、《HAPPY NEWYEARだロシュ、里原。アメリカ支部では冬に死神業者最強決定戦が行われたぞ。ロシュ、冬は寒いから身体に気を付けろ。里原に迷惑をかけるんじゃないぞ》」


 優しい魔王キターーーー!!


 写真にはアメリカ支部長のデーモンさんと、恐らくアメリカ三強と呼ばれているであろう三人の補佐が写っていた。


「デーモンさん、元気そうだねっ! ふふふっ、ディアボロスさんも相変わらず疲れた顔してる♪」


 懐かしい顔ぶれに死神から笑みがこぼれる。


 次に出てきたのは……ヴァルキュリアさんからか。


「アハハハ! 見てよ準くん、この写真!」


 うわぁ……。

 相変わらず無愛想なヴァルキュリアさんを中心としてヨーロッパ三強らしき人物達が写っているのだが……。


 カメラを独占した聖剣エクスカリバーの所為で、ほとんど隠れてしまっていた。


 ちなみに写真にはピンクのマーカーペンで律儀に《賀正》と書かれていた。


「あっ!」


 死神が次の年賀状を見て声をあげた。


「どうした?」


「にゃ、にゃんでもないよ……!」


 多分、死神が苦手とするアフリカの支部長さんからだと、オレは予想する。


 その後も、冬音さんとメアちゃんや、彩花さんとバンプ、その他友人達から届いた年賀状を見ては一喜一憂していた。


 ちなみに魔導社とゲルさん、獏さんの年賀状には割引券がついていた。


 ん、美香からの年賀状が出てきたので手に取る。


………。


《どうか里原くんが餅を喉に詰まらせて『え、えげへっ!』とリアルな声をあげますように》


 アイツ死ね!


 み、三笠の年賀状は……?


 おっ、あったあった!


………。


《明けましておめでとうございます。里原くん、僕は昨年のお正月、神社で

『ヒゲが生えますように』

とお願いしようとしたら

『ハゲが冷えますように』

とお願いしてしまいました》


 知るかバカヤロー!


 渡瀬、渡瀬の年賀状はどこだ!?


 アイツならマシなメッセージを書いて………


《ねぇ、里原くん?この戦争はいつまで続くのかな……?》


 ああ。信じて戦い続ければいつかきっと………ふざけんなよ渡瀬ーーー!


「さて準くんっ」


 オレは三枚の年賀状を手に呆然としていたので、死神に呼ばれたときに少しビクリとした。


「どうした?」


「新年の挨拶に行こうぜー!」


 新年の挨拶。そうだな。

 個人的には白狐さんやカブキさんに、色とりどりの和紙で飾られた派手な年賀状をどうやって作ったのか聞きたいところだったし。


 あと高坂先生の年賀状にいちゃもんつけに行かなきゃだし。あれは、あの貼ってあった写真は間違いなく盗撮だ。


………。


「つーかお前、お年玉もらいに行くのが目的だろ」


「わはーっ!バレたー!」


 親バカの閻魔さんは大奮発が予想される……。


「今日はいっぱい歩くから大変だよ準くん?夜まで帰れないかもよ?」


 やだよ。

 正月番組見たい。


「ほーら準くん!立って立って!」


「い、嫌だ。オレは寝正月……」


「………」


「………」


「……準くん」


「なんだ」


「準くんもお年玉貰えるかもよ?」


「よし行こう」


「金の亡者キター!」


 まぁ、閻魔さん達に挨拶しとかなきゃいけないとは思っていたからな。


「あ、多分みんな超酔っ払ってると思うから気を付けてね♪」


……ヘルメットはどこだったかな?

明けましておめでとうございます。次回より、企画のお話に入ります。

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