自伝小説 氷点下のアンビエントPart2
一話完結の短編になります。
高校二年生の年末だった。
そのころの僕は、たいした用もないのに部屋をうろうろする習性があった。若者にはそういう時期がある。エネルギーはあるが、向ける先がないのだ。
電話が鳴った。
「はい、Oです」
「あ、三組のMです」
僕は受話器を持ったまま固まった。
Mさんは男子のあいだで有名だった。かわいくて、胸が大きかった。つまり、高校生男子に必要な条件をほぼ満たしていた。
「もしよかったら、二年参り、一緒に行きませんか」
人生には、突然ボーナスステージ!のような瞬間がある。
「いいよ」
と言ったあと、僕はしばらく受話器を見ていた。
たった数分前までただのプラスチックだった電話機が、運命の装置に見えた。
その日から、世界は妙に明るくなった。
ラーメンが伸びても平気だったし、音楽制作がうまくいかなくても、「まあ彼女できそうだしな」と思えた。
まだ彼女ではなかったが、人間の脳は都合よくできている。
大晦日の夜、雪が降った。
僕はM65を着て、ジーンズを履き、どこで買ったか覚えていないブーツを履いた。ポケットにはウォークマン。コールドカットが入っていた。
待ち合わせ場所のMさんは、黒い服でまとめていた。
学校で見るときより数倍きれいに見えた。
女子という生き物は、夜と化粧によって性能が上がるらしい。
「待った?」
「ううん」
僕たちは神社へ向かった。
ところが、二人とも異常に歩くのが速かった。
まるで競歩だった。
恋愛感情と運動能力には何らかの関係があるのかもしれない。
僕は隣に女の子がいるというだけで限界だった。
肩が近い。
匂いがする。
息が白い。
それだけで脳がショートしそうだった。
参拝を終えるころには、少し会話ができるようになっていた。
願い事の話をしたり、学校の話をしたりした。
帰り道では、どうにか普通のカップルくらいには見えたと思う。
少なくとも競歩選手ではなくなっていた。
駐輪場に着くと、また沈黙になった。
するとMさんが言った。
「私、今日は遅くなっても大丈夫なんだ」
僕は理解した。
理解すると同時に、頭の中で大量の警報が鳴り始めた。
もしこのあと二人きりになったらどうする。
うまくリードできるのか。
童貞だと思われないか。
映画みたいに自然にできるのか。
高校生男子の脳は、だいたいこの程度のことで埋まっている。
そして僕は言った。
「帰ったほうがいいよ」
自分でも驚いた。
まるで口が勝手にしゃべったみたいだった。
Mさんは少し黙り、
「そっか」
と言った。
雪が降っていた。
鐘が鳴っていた。
そして僕の恋愛らしきものも終わった。
Mさんは帰っていった。
赤いテールランプが雪の中へ消えていくのを、僕は見ていた。
あとには、ものすごい後悔だけが残った。
家に帰ると、僕は寝間着に着替えた。
それからMさんのことを考えながら三回オナ〇ーした。
人間という生き物は、本当に統一性がない。




