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Dark plant  作者: 神崎ミア
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七話


 そしてそれから間もなくして、運命の日はやってきた。

その日は、朝から天気が優れず、家事を任せていた人形が洗濯物を取り込んでいる様子をヴァレスは部屋からぼんやり眺めていた。同じ部屋で過ごす妹のセイラは風邪で寝込んでしまい、ヴァレスはその看病を率先して行っていた。


「お兄ちゃん、今日はメルディス、来ない?」

「ばか、メルディスにお前の風邪がうつるだろ。明日良くなったら会えるさ」


自分と年が三離れた妹を守らなければという強い意志が、いつからか芽生えていた。彼女は体が弱かった為、お嬢様だといじめられた時はボロボロになってもそれに立ち向かってきた。

真っ赤な顔で辛そうな表情を見せるセイラを見つめて、ヴァレスは頭をそっと撫でてやる。セイラはくすぐったいのか微笑んで毛布に隠れた。


「ねえ、お兄ちゃん。私、大きくなったらね、お兄ちゃんと結婚したい」

「ばかだな、俺とお前は結婚なんか出来ないんだぞ」

「ふふ、そうだね、じゃあ私、メルディスのお嫁さんになる」


ヴァレスは目を丸くして尋ね返す。


「な、なんでメルディスなんだよ?!」

「お兄ちゃんとできないなら、同じくらい大好きなメルディスと結婚するの」

「だ、駄目だ!兄ちゃんそれは許さんからな!」


ヴァレスの必死な様子に笑んで、セイラは目を閉じた。


「でも、現実になればいいのに…きっと楽しい…」


ヴァレスは咄嗟に笑顔が自分の顔から消えていたことに気がついた。

そして、セイラの手を握ってそっと返す。


「そうだな、そうなるよう、俺も頑張るよ」


外の雨は一層強くなり始めていた。嵐の前兆である強い風の音を聞きながら、ヴァレスはろうそくに息を吹きかけるのだった。




 夕方過ぎ、雨足がひどく、部屋が冷えてきたのでブランケットを取りに一階に降りたヴァレスは何となく外の様子が気になってカーテンを引いた。すぐに雨が激しいことが分かり、閉じようとしたとき、視界に信じられないものが映って、ヴァレスは手を止めた。


「あれは洗濯物!?」


風で大半が飛んでいってしまっていたが、物干しには確かにシーツがはためいてた。ヴァレスは驚いてキッチンへと駆けてゆき、夕食の支度を始めていた人形に声を掛けた。


「おい、洗濯物取り込み損ねているぞ、このジャンク!」


人形が振り返った瞬間、ヴァレスは一瞬、背筋が凍りつくのを感じて息を止めた。キッチンは小麦粉で荒れ果て、真っ白だった。食材は四方に投げつけられた跡があり、人形はボールにあけた卵が既に無くなっているにも関わらず、かき混ぜ続けていた。


「母様に報告しないと…!」


ヴァレスは後ずさりして走り出した。今なら寝室かもしれない。そう思って勢いよく、ノックせずに寝室のドアを開け放った。


「母様!」


途端、顔に生暖かい何かの飛まつがかかり、ヴァレスは足を止めた。

ベッドに横たわる母と、斧を振り下ろした人形が視界いっぱいに広がって、ヴァレスは言葉を無くした。一体この悪夢は何なのか。縫い付けられたようにその場から動けず、立ち尽くしたヴァレスは、セイラのことを思い出して走り出した。

背後は振り向かず、一気に階段を飛ばし、子供部屋へ飛び込む。鍵をかけ、ヴァレスは荒い息をなんとか押し殺してセイラの無事を確認した。


「セイラ!」

「ど、どうしたのお兄ちゃん?!怪我、してるの?」

「話はいい、人形がおかしいんだ!逃げよう、セイラ!」


ヴァレスはセイラの手をとって、彼女を背負って窓を開け放った。

強い暴風雨が吹き付けて、ヴァレスは目を細めた。


「しっかりつかまってろよ!」


そして勇気を出して、窓から飛び降りた。




幸い、窓からはよく落ちて逃げ道に使っていたため、怪我はしなかったが、人形が追ってくる恐怖を感じてすぐさまヴァレスは走り出した。どこかに匿ってもらおう。そう路地まで出て村を見渡した瞬間、絶望的な現状に気がついて立ち止まった。


村は炎で覆われていた。雨が振りしきっているのを忘れるように激しい炎を吹き上げる民家の数々に、馬なりになって人に襲い掛かる人形たち。ヴァレスはどこにも居場所がないことをようやく知り、村から出て、すぐそばの森へと駆けた。そこまでは人形も手が届かないのか、人や生き物の気配を感じないその森の一角で、ヴァレスはセイラを降ろした。


「待ってろ!すぐ兄ちゃん帰ってくるから!」

「怖いよお、助けて、兄ちゃん!」

「メルディスが心配なんだ!隠れていろ、セイラ!」


そして、風邪をひいた妹の為、片手に持っていたブランケットを頭からかけてヴァレスは再び走り出した。メルディスが心配だった。人形の巣窟のような場所でいて、生きているのか不安だった。


(メルディス…!)


しかしそれと同じ時刻。メルディスはふらりふらりと件の森をさ迷っていた。やたらと体を引きずるように歩いていたメルディスは、片隅で泣いているセイラを見つけ、側に寄った。


「メルディス!聞いて、お兄ちゃんが…!」

「…げろ、」

「えっ?」

「僕から逃げろ!セイラ!」



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