六話
ロイルはこの状況が一人理解できずにいた。裏切ったはずの友人、ヴァレスが死んだはずの妹とともに姿を現し、一人の老人を連れてきた。そして自分の顔そっくりな少年レインはやけに嬉々としていて、トレストゥーヴェは目を腫らし、その側に少女が立っていた。なんの役者で、お互いがお互いに何の関係性も感じられない。戸惑うロイルに、ヴァレスが声を掛けた。
「ごめん、ロイル」
「ヴァレス…お前は一体こいつらと何をしていたんだ?…それにセイラは…」
「…八年前、セイラは死んだんだ。大きな事故だった…」
ヴァレスはゆっくりとロイルに歩み寄って、その目の前で立ち止まった。頬には依然として涙が流れ、何故そんなに悲しげであるのか、謝罪の意味もロイルは全く理解できない。
ヴァレスは鼻声になりながら、その話を続ける。
「彼が製造していた人形の突然の暴走に、巻き込まれたんだ。」
八年前…
ヴァレスがまだ幼かった頃、彼の遊び相手はもっぱら妹のセイラだった。良家の跡取り息子だったヴァレスに将来の不安はなく、両親も仲むつまじくヴァレス自身、幸せを感じることが多々あった。
彼は時々、家の垣根からしばらく行ったところに、ポツンと離れて佇む一軒の屋敷にお邪魔していた。母屋であるその屋敷は、自分の家と引けを取らない豪奢な佇まいで、少し傲慢だったヴァレスはこれぐらいの屋敷の子供が自分にふさわしいと常々思っていた。
ある時、妹が無くしたボールを探しにあの垣根に頭を突っ込んだとき、彼と出会った。
「君のボール…?」
細い両手でしっかりと抱えられたボールを見上げ、ヴァレスは更に視線を上げた。身なりのいい少年の服を身にまとった少女が一人、生垣から顔を出していたヴァレスを見下ろしていた。
ヴァレスはすぐさま立ち上がって、少女を見つめた。
「お前、…女のくせして男の格好なんかして変な奴。ボール返せよ」
「ぼ、僕は男だよ」
肩ほどまでで伸ばされた艶のある金髪に中性的な顔が性別の判断を鈍くさせていたが、確かに言われてみれば少女らしき体全体の丸みはない。ヴァレスはふてくされて少年を見遣った。
「お前、名前は?」
「えっ?」
「なまえ!名前ぐらいあんだろ!」
「メルディス…ターナー」
ヴァレスは満足そうに鼻を鳴らして頷いた。
「俺はヴァレス。よしっ、じゃあお前、俺の子分にしてやる!いいか、俺のことは兄貴って呼ぶんだ」
メルディスは少し戸惑ったが、やがて恥ずかしそうに頬を染め、静かに返した。
「はい、兄貴」
それから、ターナー家の息子ともあって、両親も素直に喜んでくれる友人ができ、ヴァレスはメルディスとよく遊ぶようになった。学校や教養の時間がある時以外はずっと彼と過ごし、今まで寂しい思いをしてきたメルディスにとっても有意義なことだった。
「なあ、メルディス。お前の二番目の兄ちゃん変わってんな」
「えっ、そうかな?優しいよ?」
「優しいとか関係ねえよ。ただ、ああいうのってほら、変人っていうんだろ」
「そ、そんなことないよ…」
「ただな、俺、お前の兄ちゃんに憧れてんだ」
「どうして?」
ヴァレスは広い空を見上げて、呟いた。
「ああいう人ってさ、自由だろ」