四話
「どういうことだ、それは…?」
ロイルはマーリスが一体何を言っているのか理解できなかった。しかし表情には真実であることを物語っているかのように、演じられた風はない。ロイルは胸に手をあてて、隣に座っているマーリスの肩をつかんで揺さ振った。
「何を言っているんだ貴様!お前は僕の一体何なんだ!」
マーリス答えず、手も振り払わずただ首を振った。ロイルは胸がざわつくのを感じて、マーリスを言及することを止めることが出来なかった。頭は痛んできて彼が突きつけてきた過去の話が、まるで他人事のようだった。ロイルはマーリスを揺さ振るのを止めて、肩を落として床を見つめた。
「僕は…何者なんだ…」
マーリスはロイルと座っていたベッドから立ち上がって、数歩歩き出した。ロイルはそれを見遣る気力すら失せて、ただ朽ちた屋敷の床をぼんやりと眺めていた。マーリスは自分の背丈ほどある本棚を軽くずらして、大量に散らばった本を足先で蹴り上げて、地下へと続く階段の扉を開いた。
「心配せんでええ。君は今日から、生まれ変わる、いや、生まれ戻るんや」
マーリスは右手を差し出した。
「そんで、辛い過去から永遠におさらばや。」
冷たい風が吹き込んでいた。微かにマーリスの前髪を浮かせるその冷たい風を頬に受けて、ロイルもまた、立ち上がる。
「僕はお前の思い通りになんかならない。絶対に」
そして、マーリスが何か言う前に一人、階段がある穴へと走り出したのだった。
レインは、マーリスが到着する数分前に彼のアトリエで一人、考え込むように俯いていた。
まだめそめそと泣き続けるトレストゥーヴェを慰めるイナーシャは、レインがやけに静かなことを不審に思っていた。
「ねえ、レイン。一つ聞いていいかな」
「どうぞ」
「君…、どうしてそんなに落ち着いているんだい?」
「ふふ、」
レインは笑いを堪え切れなかった、というように笑ってみせると、椅子から立ち上がって無数に部屋に飾られた中身のない人形達を見つめた。そしてイナーシャに振り返って、尋ねた。
「どうしてそんなことを聞くんだい?もしかして僕が死んでしまうからかい?」
イナーシャは答えない。レインは薄く笑って、壁の人形を蹴り上げた。
「僕はそうだとは思わない。むしろこの時をあいつに出会ってからずっと望んでいたんだ」
「レイン?」
レインは空を仰ぎ見るように両手を広げて、天井を見上げた。そしてひとしきり笑って、くるりと一回転する。やけにご機嫌な様子のレインに、イナーシャは不気味だとすら感じた。
「さあ、ロイル。早く僕のところに来て。そして僕を人間にしてくれ!」
部屋は、異様な空間となった。レインの狂ったような高笑いと相反してすすり泣くトレストゥーヴェの声。そして、一人じっと時を待つイナーシャ。役者が揃いつつあるこの空間は、これから始まる儀式の前菜であるかのように、静かに事が運んでいった。