三話
ロイルはぼんやりした頭で見慣れない部屋の天井を見上げた。起き上がると硬く、もうボロボロになったベッドに寝かされていたことに気がついて痛む腰を撫でた。
部屋は荒れていた。物が散乱して、すぐ近くの窓は割れて落ち葉が舞い込んでいた。昔は綺麗な色をしていたであろうカーテンももはや見る影も無く、縦に裂けてレールにぶら下がっていた。
「目、覚めた?」
ロイルはようやく自分が連れ去られたのを思い出して身構えた。ベッドの向かい側の綿が飛び出た椅子に腰掛けていた男―マーリスはロイルに穏やかな笑顔を見せた。そして手のひらでエックスから出てきたコアを転がして、それをそっと側に置いた。
「久しぶり…いうても、覚えてへんのか」
「お前は…誰だ…もしかして、僕の過去を知っているのか?」
「…君から記憶を奪ったのは、なんせ僕やからね」
ロイルは耳を疑った。記憶を奪う?突然現れて何を言い出すのかとロイルは警戒しながらマーリスの言動の意味を探った。マーリスは足を組みなおし、体を少しだけ乗り出してロイルに尋ねる。
「ここ、覚えてへん?前に君は調査に来てたってレインが言うてたんやけど」
「調査…」
ロイルは部屋を改めて見渡す。左右に倒れた本棚は確かに見覚えがあった。前に、人形の製造者と思わしき男の屋敷を調査したとき、似た部屋にトレストゥーヴェと入った記憶を思い出す。
そしてレインという男とも、ここで出会ったのだ。忘れるはずがない。
「じゃ…じゃあ、お前が人形の製造を…」
「…八年ほど前の話…僕はいつも通りこの屋敷の地下にあるアトリエで、人形の製作をしとった。需要があってからは僕一人で作っていたわけでもないんやけどな。」
マーリスは椅子から立ち上がって、両手を組んで後ろに回した。
「そして、納品日で僕は人形を納品する為に外に出た、数週間ぶりに。」
マーリスは思い返すように目を閉じて深く嘆息した。ロイルは尋ねた事とマーリスが話す内容が違う為、問い詰めたい気持ちに駆られたが、どうしてだかこの話が耳についてとても流せる気がしなかった。とても重要で、自分に関わる話であると、何故だか直感したのだ。
「この屋敷の隣の村は知っとる?タクスという名前の村で、もう人は住んでへんけど」
「…少し前に調査で赴いたことがある。」
タクス村は忘れもしないあの日、熊の調査に訪れていた陸軍兵士をたまたま発見してアクアドームまで連れ帰った村。そしてあの村は最初に人形の暴走で朽ちた村だった。
マーリスは頷いて、続けた。
「なら、あこが最初に人形が暴走した村やいうことも知っとんのやな。その通りであの日僕は屋敷のすぐ側まで襲い掛かるような巨大な火柱を見た。」
「ちょ、ちょっと待て、お前が襲わせたんだろう?」
「もしも君なら、一番最初に襲う村をわざわざ近隣で自分の家が危険に晒されるような場所を選ぶんか?」
「………!」
「あれは…半分は、事故やった。僕が駆けつけた時、村は様々な赤で染まっていた。そして、僕は村の中央で見つけたんや」
マーリスは顔を上げて、真剣な眼差しをロイルに向けた。真剣、それでいて、どこか悲しげな表情。ロイルが息を飲んで言葉を待っていると、マーリスは信じられない一言を最後に呟いた。
「君の死体を」
レニはロビーを走り抜けてアクアドームの町をひたすら駆けた。疲れは感じない。ただ胸の内の不安感だけは拭い去らなかった。走っている間は、マーリスが捨て吐いた言葉が何度も頭を駆け巡って落ち着かない。門を開いて海底通路を走り出した瞬間、レニは足に不調を感じて立ち止まった。
スジが切れていたのだ。普通なら到底もう一度走り出すことは出来なかったが、それでもレニは走った。立ち止まっている時間さえ惜しく感じた。
海底通路を進んでいると、一人の青年がレニに気がついて声を掛けた。
「オズボーン様?どうかなされたんですか?そんなに走って…」
「すみませんが時間がありません、またあとで」
「あ、オズボーン様!」
青年、キールはもう一度レニを呼び止め、真っ白な歯を出して微笑んだ。
「お急ぎなら俺を使ってください!俺、外なら馬車出しますよ」