二話
ロイルが連れ去られる数時間前、レニはなんとなく訪れたロイルの部屋で、数十年ぶりに義弟と再会することとなった。自分の誤った判断で行った実験によって母を亡くして以降、どこかおかしくなった弟、マーリスの動向を危惧していた。血が繋がった弟、メルディスが生まれてから、不安定だった彼の心も幾分か和らぎ、暫くは父のヴィル、マーリス、メルディスの三人で暮らしていたが、その父がまた新たな女と結婚してからというもの、マーリスとは少し疎遠になり始めていた。
それでも彼は母と唯一自分との血のつながりがあるメルディスを溺愛し、出来る限りは会いに来て挨拶も交わしていた。
過去のことを腫れ物のように扱わず、マーリスは吹っ切れたとも言っていた。
それが本当のことであるかのように、軍での兵器開発を一任されていたマーリスは、軍事用、家庭用の機械人形で世界を発展へと導いたのも事実。
そして、ランガーは知らされていなかったが、コアを使った研究も、引き継いでいた。
「久しぶりやなあ、兄さん」
十少しの子供だった頃、生真面目で母親思いの堅い顔をしていたマーリスの面影はどこにもなかった。レニはロイルの部屋でまるで来ることが分かっていたかのように待ち構えていたマーリスに驚いて声も出なかった。
つい先ほど、ランガーにロイルの話をしていたことを、急に後ろめたく感じた。
「…マーリス!どうやってこの警備の中…」
「ま、それはこの子のお陰かな?」
マーリスの背後に隠れるようにしてたのは、マリアだった。
レニは一瞬息を止めてマリアを見つめ、また再びマーリスに視線を戻した。
「やはり製造者には逆らえないか…」
「何やら、ランガーが好きに弄ってくれたみたいやけどなー、僕が折角オーダーメイドで作った彼女に無粋な細工しよって」
マーリスはマリアに備え付けられていた暴走を止める装置を放り投げて笑顔を向けた。
レニは苦い顔をしてマーリスを睨んだ。
「一体、何の用だ…?」
「別に。最後や、見ておこうと思てな、この小ざかしい組織を」
「さい…ご?」
「まあ、兄弟のよしみで教えたるけど、僕は明日この組織を本格的につぶす為に手を下す」
マーリスはつぶす、という言葉を強調して、先ほど投げた装置を足で踏み潰して薄く笑む。
「見たやろ?僕が作って海軍のあほ共にやった戦闘機!すごいやろう?」
レニはマーリスに近づいて胸元を掴んだ。咄嗟にマリアがそれを防ごうと前に躍り出たが、レニはあっさり彼女を再び払い除けてマーリスの頬を殴った。
「貴様、人の命を何だと思っているんだ!」
「もう命なんてなんの価値もない…僕には不死の術がある」
マーリスはレニの手をぐっと掴んで顔を近づけた。
「世界は僕に逆らえない。それを明日、証明してやる」
マーリスはレニを突き飛ばすと、右手を上げた。その瞬間、二十階もあるロイルの部屋の窓を突き破って、デンが姿を現した。
「ほなさいなら。また来世で、あは、あはははは!」
マーリスはそのままデンに抱えられて窓から飛び降りた。マリアはマーリスに加担してしまったことを後悔してか、その場にうずくまってしまい、取り残されたレニは、もつれる足で立ち上がると、一階を目指して走り出した。
(あいつはまだあの屋敷に住んでいる!母さんと住んでいたあの屋敷に!)