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Dark plant  作者: 神崎ミア
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九話

 

 それから、ランガー、ダリウス、マーリスの道は違えた。

ランガーは研究内容をがらりと変えて、コアの製造と研究を永久に放棄し、ダリウスは医者を志すのをやめてしまった。そしてマーリスは軍人となり、人形と兵器製造に携わる仕事を選んだ。そして何より衝撃的に、コアを推薦して兵器を作るようになった。誰よりもこの存在を疎むだろうマーリスが、何故だかコアを秘密裏に製造を継いで人形を兵器活用する道を進む。


そして何も知らない少年、メルディスの運命も、この時既に間違った方向へと、着実に進んでゆくのだった…。






 ランガーはレニが去った部屋で、一人思案しているように見えた。眉を寄せ、机に頬杖をついてマーリスは昔のことを振り返っていた。それはひと時も色褪せることなく胸に焼きついたあの日の記憶。友人である、マーリスの母親を実験台とし、生命能力を高めて救おうとした欺瞞があの惨劇を生んだ。

マーリスの母はコアの強大な力に体が耐え切れず、腹を破裂させて死んでしまった。

もがき苦しみながら死の間際、胸を掻き毟ったマーリスの母の鋭い爪が己にも飛び火し、そのときから左目は光を失った。

しかしその代償は左目だけではなく、今では多くの人が悲しみ、苦しむ結果をも巻き込んで、

ランガーは自分の罪の重さに、耐えられない時があった。

レニの苦しげな去り際を見つめて、その思いは再び明るみにさらけ出された。


「ランガー様、お顔色がすぐれませんね…少しお休みになられては」


マリアは心配そうにランガーの顔を覗き込み、彼が気に入っているカップに紅茶を注ぎ込んで差し出す。ランガーは浮かない顔でマリアを見上げて、薄く笑んだ。


「…大事ない…。だが少し家に戻って進めたい仕事を片付けてくる。留守番を頼むぞマリア」

「畏まりました」


ランガーは椅子からゆっくりと立ち上がって、部屋を出た。部屋をでる間際、少し自室を振り返った。昔は散々潔癖だと言われていた自室だとは思えないほど荒れている。ランガーは胸の内で自嘲して、ドアを閉めた。





 ロイルはエックスの死体を抱えて、基地へと歩き出した。目立ってはいけないからと、教会の裏を回ってこそこそと歩く二人に会話はない。

突然襲い掛かってきた野獣はエックスと呼ばれていたこの少年だった。そして彼は死ぬ間際、ロイルの刀を自分から胸へと突き立てて自殺してしまった。ルイスはロイルの言葉を信じたが、あの現場は誰が見てもロイルが無抵抗の少年を殺したとしか見えなかった。ルイスはやや視線を落としたまま、言葉を探す。


「あれは一体…何だったのだろうな…」

「…さあな」

「ハーゲン、君はこの少年と面識があったのだろう?君が見た時も獣のような姿だったのかね?」

「いや、人間だった。この通りの姿で細い路地に返り血だらけで座っていた。」

「…そうか…」


ルイスはエックスに視線をやった。自害したとは思えないほど安らかな表情をした少年は、まるで眠っているかのように静かに抱えられている。人形だと言われれば、信じられるかもしれない、そう思った。ロイルは手のひらに握った血まみれのコアの存在が頭から離れず、今度こそこれに関してはレニやランガーを問い詰めようと覚悟した。自分の過去がもしかしたら特殊なのかもしれないことは薄々気づいていて、それを知りたい気持ちが今はとても強かった。

それも、ヴァレスが妹を残虐的に殺したと告白してから、胸の内がつっかえて何をしていても自分の真実だけが知りたかった。そうすれば何か変わるわけでもないのだが。


「…ハーゲン。僕はお前が嫌いだ、そしてこの先もずっと馴れ合おうなんてことは微塵も思わない」

「…お互い様だな」

「だが、…少しだけお前の気持ちを今なら、分かってやりたいと思う。」

「…憐れんでくれんでもいいと何度言ったら分かる。この気持ちがお前に易々分かったら、僕はこんな胸が焼け付くような感覚を覚えたりしなかっただろうよ」

「辛いならそれこそお互い様だな、ハーゲン。そんな弱気な君を見ているのが僕は一番不愉快なのだよ」


ルイスは無理やりロイルからエックスの死体を奪って、体に返り血をこすりつけた。ロイルが制止しようと声を出すと、それを遮ってルイスが大げさに笑った。


「これで、フェアじゃないか」


ロイルは何か言おうと口を一度開いたが、すぐにそれはため息に変わった。

そして弱弱しく、ロイルはルイスから視線を外して返した。


「アンフェアだ…お前がそんなに格好つけると」


二人はそうこうしている内、基地の裏側までぐるりと戻ってきたことに気がついて足を止めた。

裏口から入って棺おけを作り、すぐさま教会の葬儀を頼もうと思っていたが、裏口に入った途端、出くわした男に、ロイルとルイスは目を見開いて驚いた。

髪は跳ね放題、目は細く色白の男が突っ立っている。基地の軍人ではなく、ラフな姿でたまたま出くわした男は、血まみれの二人を見つめて特に驚いた様子もなく、ただ黙っている。

秘密裏に事を運ばせたかった二人は、裏口に立っていた一般人の男を見上げて言葉を失った。

すると男から不意に声がかかる。


「お宅ら、仕事帰り?」


言葉がいやに訛っている。聞きなれない訛りに少し困惑したが、やがてルイスがロイルの目の前に割り込んで代わりに話した。


「見ての通り。我々は秘密裏に調査していた為、ここで見たことは他言無用でお願いしたい」

「構わんよ、僕もちょ~っと用事があってね。その、何、タゴン・ミョ―でいいわ。いや、お邪魔しました」


軽く笑って受け流した男に、ルイスは妙な違和感すら感じた。人一人死体をぶら下げた血まみれの人間を見つめてあんな風にいられるなんて普通の人間ではないのは明らかだった。

彼が何者なのかと怪訝そうに見つめていると、通り過ぎようとしていたその男はロイルの前で立ち止まった。


「…あれ?君、どうしてここにいるんや?」

「は?え、ちょ、何を…」


男はロイルの腕をにこにこと笑みを浮かべたまま強く捻り、持ち上げた。ロイルは痛みに顔を歪ませると、中からごろりと重い音を鳴らしてコアが転がり出た。ロイルがしまったと素早く手を振り払ったが遅く、男はコアは拾い上げて、ロイルを見つめた。


「こない危ないおもちゃ持ち歩いて、いけない子やね」

「ハーゲン!」


困惑して、油断しきっていたロイルはみぞおちを強く殴られて膝を折った。ルイスは急いで銃を構えて、男へと銃口を向けた。男は静かに笑みをたたえたまま、動きが鈍くなったロイルを抱えた。

そうして、震える手で銃を構えるルイスに向き合う。


「撃ってみ。その弾、僕には当たらんで」


ルイスは頬を冷たい汗が伝うのを感じて、安全装置を外し、ぎゅっと力を込めて引き金を引いた。ダン!と鋭い銃声が響いて、硝煙がたちこめた。弾丸は、男の耳を掠めて飛んで行き、反対側の壁に身を預けて動かなくなった。ルイスは言い知れぬ恐怖を感じて、銃を落とした。


「な?言うた通りやろ?」


そして男は銃を拾い上げて、躊躇なく銃口をルイスへと向け、引き金を引いた。



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