五話
しばらく歩いていたロイルは、霧の奥に光を見つけて身を屈めた。
このイヴンは随分前に伝染病が蔓延してからは人が住んでいなかった。先ほど出会った少女以外に人形は見かけなかったが、万が一と瓦礫に隠れたロイルは、現れた人物に息を飲んだ。
(なんだあの男は…)
片手にランタンを持った男は、巨躯で
霧を突き破って現れたようにずっしりとした両足を踏みしめ、何かを探すように歩き回っていた。
どうやら人を捜している風だったため、尾行が難しく、しばらく動向を追っていたロイルは更に隠れて男を監視した。
男はあらかた歩き回ると、来た方向へとゆっくり帰ってゆく。
数メートル距離を置いていたロイルは不審なこの男の後をつけ、すばやく走り出した。
男は建物の入り口で周囲を気にして振り返り、ロイルに気づくことなくその建物に入っていった。
男の死角になりそうな高い屋根の上からその様子を窺っていたロイルは、一つの確信に至り、屋根から飛び降りた。
「あの男、ウィーゲルの所在を知っていそうだな…」
落ちていた白い布をじっと見つめて、ロイルは小さく呟いた。
帰宅したリジアは、愚鈍なオリビアの行動にまず、腹を立てていた。
普段からオリビアの行動はゆっくりで、自分より体の小さいオリビアがこうものろまであることが、リジアには我慢ならなかった。
持っていたランタンの火を消し、行方をくらませたオリビアをリジアは吠えるように呼びつけた。
「オリビア!こののろまめ…!一体何処にいる?!」
おどおどと荒れきったキッチンから顔を出したオリビアは、機嫌のすこぶる悪いリジアに怯えながら室内に入った。
「おい、お前!一体いつになったら俺の服を直すつもりだ?三年前から穴が開いたままだ!今日はいい布が見つかったから直しておくように言っただろうが!」
オリビアはただ頷いているだけで、リジアの怒りの歯止めにはならなかった。
よほど腹が立ったのか、近くにあった小さな椅子は、リジアの腕が振り下ろされ、粉々に塵となった。
「貴様もこうなりたくなかったら、すぐに、今すぐ取り掛かるんだ!」
オリビアは何度も頷き、破れたリジアの服と、新しい白い布をひったくり
再びキッチンへと姿を消した。
あらましを窓からのぞいていたロイルは、しばらく腕を組んでリジアの動きを窺っていたが
そのままリジアは床に寝そべり、動かなくなった。
オリビアと呼ばれていた少女。その姿にロイルは見覚えがあった。
(勝手口は向こうか…)
そっとその場から離れたロイルは、キッチンを目指し、その場を後にした。
オリビアは言いつけ通り、リジアの服を裁縫していた。
視力が著しく低下していたため、その作業は困難を極めていた。
針に糸はまともに通らず、縫い目はがたがた。完成までは時間がかかり、歪であった。
ロイルはゆっくりと窓から降り立つと、そっとその少女の背後に回り、刃物を突きたてた。
「お前の音声機能が損傷しているのは知っている。おとなしくしろ」
体をこわばらせるように突っ立ったオリビアの耳にそう囁き、ロイルは刃物をしまって
少女に向かった。
「どうしてあんな男の言いなりなんだ、オリビア」
名前を言われて、オリビアは咄嗟に後ずさって背中を打ち付けた。
名前は極力関わらないようにするため、ないのだと伝えていたからだった。
そんなオリビアの表情を読み取り、ロイルは右手を差し出した。
「教えてくれ。何があったのかを」
差し出された右手をじっと見つめて、オリビアはそっと指先を走らせた。