八話
若干グロテスク注意です
彼女の容態に変化ないよう、そっと優しく連れ出したダリウスは、研究室のドアを閉めた。
母は不安げに怪しげな実験器具を見つめて、どうしてここに連れてこられたのかを尋ねた。ダリウスはそんな母親に大丈夫だからと声を掛けて、手術服に着替えたランガーを見遣った。
「母さんの体はこれから生まれ変わるんだ」
「どういうこと?」
「今まで侵されていた病から開放されて健康になれる。弟とハイキングにだっていけるようになる、出産したら是非ここに来て欲しいと思っていた」
「なんなの?一体何が始まるの?」
ダリウスは混乱気味の母親の背中を撫でて、優しく抱きしめる。
「大丈夫、母さん大丈夫だから」
そして、ランガーは彼女の腕に麻酔薬を打ち込んで、彼女を横たわらせた。不健康な体は出産後だというのに痩せ細っていて、見ているだけでも不憫に思えた。ダリウスはそっとランガーに任せて研究室の隅に座り込んだ。
「…マーリスは?」
「呼んだけど返事が無い…」
「そうか、もう一度呼ばなくていいのか?」
「いい、特に反対もしていなかった」
静かに目を閉じた。その脳裏には優しい彼女の面影と、生まれたばかりの愛らしい弟がよぎった。
「始めてくれ」
数十分後、病室を訪れたマーリスは泣きじゃくる弟と、空のベッドを見つめて焦燥していた。
今日はダリウスに話しかけられて、弟の顔を見えてくると言っていたのを思い出し、そして重なる実験を頼んだという言葉。それに当てはまる現状に、マーリスはどうするべきなのかを考えていた。
わんわんと泣き叫ぶ弟―メルディスをあやし、マーリスは近くの看護婦に母がいないことを告げ、メルディスを預けた。
「きっと散歩だと思います、俺捜してきますんで」
そう言って走り出した足は、少しもつれていた。心配だった。
やはりやめておこうと言えなかった自分に焦りを感じ、渡り廊下から研究室へと走っていったマーリスは、異様な空気を感じていた。
なにか張り詰めた空気に、人だかりができた研究室。
一抹の不安を感じて人ごみを掻き分けると、その現場に我が目を疑った。
一面部屋は血の海だった。
壁や天井は元の色を忘れてしまいそうなほど赤く染まり、様々な肉片が飛び散っていた。
そしてその中心でうずくまった一人の少年と、一人の少年。
片方は小さくうめき声をあげながら顔をおさえ、もう一人は完全に動かない。
更に二人の側には、お腹が大きく開いた一人の女性が横たわっていた。
マーリスは人ごみを押しのけて、その女性まで駆けつけると、顔を確かめて飛びついた。
「母さん!母さん!」
もちろん既に息絶えているとは分かっていたが、体全体が悲しみと憎悪に支配されてその場から動けない。もう笑ったり泣いたりとしない母の姿そしてこうなった原因もすべて含めて憎しみがこみ上げ、マーリスは吠えた。
二人はそれに答えない。ただ、三人の間には凄まじい記憶がインプットされて悲しみだけが転がっていた。