七話
病院から帰宅したダリウスは、新しく自分の部屋となる一室のドアの前で座り込んだ少年に顔をしかめた。マーリスは随分前からダリウスを待っていたようで、ダリウスにようやく気がつくと急いで体を起こした。
「…一体何の用だ」
「…おこがましい…真似やとは思う…けど」
マーリスは俯いて、ポケットから一枚の紙を取り出して、すっとダリウスの目の前に差し出した。
顔も見たくもないと言った手前、無視してしまおうかとも思ったが、その紙を受け取ったダリウスは、たった一言、人物の名前が書かれた紙を見下ろし、眉根を寄せた。
「何だこれは…?」
「…あんたから、子供ができたと聞いたとき、実は考えていたんだ」
紙には綺麗な字でメルディス、と刻まれていた。
ダリウスはそれがマーリスが予め考えていた弟の名前だと理解し、その紙を突き返す。
「だったらなんだっていうんだ。もういいだろう、早く自分の部屋にかえって…」
「…こんな俺でも、必死になって考えたんや!お前と、お前の父さんは気に食わんかったが、それでも母さんと弟は血が繋がっとるんや…」
マーリスは目をぎゅっと閉じて大きな声を出した。些か驚いたダリウスは、真剣なマーリスの言葉をようやく受け止める。
「…母さんに、伝えたらいいのか?」
「…頼む…俺は合わせたらいい顔がないんや…」
ダリウスはもう一度差し出された紙をそっと受け取って、マーリスの横を過ぎ去った。
その瞬間、ふと思い出したように最後、声を掛ける。
「…あの実験、お願いしようと思う」
「えっ?」
「これで母さんが助かるなら…合わせる顔も、その間に作ればいいだろう」
そう言ってダリウスは自分の部屋に入っていった。
覚悟は決めた。自分が彼女を救ってみせる。そう誓うダリウスのドアを挟んだ向こう側では、複雑そうな顔をしたマーリスが一人、考え込んでいるのだった。
それから、無事に彼女とダリウスの父の間にできた子供は生まれた。ダリウスは部屋にこもってしまったマーリスに何度か声を掛けたが、彼は返事すら返さず、中から響く作業の音だけが、彼が生きていることを伝えていた。
真っ白な病室は、清潔感を感じさせた。
病室のドアが開く。大きな花束を抱えたダリウスは、女のすぐ側に腰掛けて花束を渡した。
「おめでとうございます、あいつも喜んでました」
「そうなの?ふふ、まああの年で初めての弟ですものね」
「名前を考えたそうですよ」
「あら、どんな?」
「この子の名前はメルディス。メルディス・ターナー」
強い風が流れ込む。新しい命に命名された瞬間、母親はふっと目を細めて微笑む。
「いい名前…」
ダリウスは微笑んで、彼女が抱いていた子供をそっと抱き上げる。
「心配しなくていい。お前の母さんは、僕が…いや俺が守ってあげるから」
無邪気に笑う子供を、そっとベッドに戻して、ダリウスは母親に向き合った。
「母さん、来て欲しいところがあるんだ」
「えっ?でも私は入院中だし…」
「大丈夫、すぐ側だから」
ダリウスは母の手を引いたもう迷いはなかった。目指すのはランガーの研究室。わが子が心配で振り返る母を無理やり病院から出して、ダリウスはぎゅっとその手を握った。