第十二章 ラグナロクの研究
また長い過去編です。今回は物語の核ですので、丁寧に書きたいです。
私は、母の死体を見下ろしていました。ただ冷静に、それが赤の他人であるがごとく見つめていました。心の中は薄暗く、汚い憎悪が凝り固まって、私の中で渦巻いていました。これは、私が望んだことではない、悪いのは私ではないとどこかで考え、澱んだ目で私を見つめる母から目を逸らしました。
―数十年前―
ランガー・エイボリーンの才能は逸脱していた。彼はわずか十歳という若さでその才能を買われて軍直属の兵器開発に関わる研究のチームの一員として迎えられた。
彼の才能を妬み、若いのにも関わらず莫大な研究資産を与えられて開発に口を出すランガーは、周りの大人からは倦厭されていたのは言わずもがな。
彼は入ったばかりのチームを抜けて独自に開発を進めた。
彼の友人であったマーリスは、ごく普通の少年としてすごし、仕事で引きこもったランガーをひっぱり出しては遊びに出かける仲であった。
「なあランガー、あない所で息がつまって死なない?俺、ちょっと寄るだけでもう駄目やわあ」
「死なないよ、むしろ楽さ。僕は僕だけの研究が許されるんだから」
「何の研究?」
「…人を…殺す研究、だよ」
マーリスは眉根を寄せる。理解しがたいと顔で返したマーリスに、ランガーは肩をすくめた。
「大人は人を殺すのが仕事の人だっているんだ。その人たちが効率的に別な人間を殺す為の兵器を作っているんだ」
「…楽しい?」
「えっ?」
「そんな研究して…、楽しいんか…?」
ランガーは少し目を見開き、やがてまっすぐとした眼差しで返した。
「楽しい…よ。僕の研究が認められて。」
「そう」
マーリスもまた、素っ気無く返した。
「マーリス」
マーリスの母は体が弱かった。持病で長生きはできないだろうということを、幼いながらもマーリスは悟っていた。今日は珍しく外出していたのか、羽織を片手で持ったまま、少し火照った顔で、そっとマーリスを抱き寄せた。
「いい話よ。お母さん、新しいお父さんを連れてきたの」
「あたらしい…おとうさん?」
「ええ、そうよ。あなた、寂しいと思って」
マーリスの母は扉を開いた。
目を開けていられないほど眩しい逆光で、目が眩んだが、
二人の人影が伺えた。マーリスが絶句し、何もいえないでいると、母は笑顔で続けた。
「ヴィル・ターナーさん。それと、息子さんのダリウス・ターナーくん。あなたのお兄さんよ」
背の高い髭を生やした男の側で、身なりのいい姿をした少年が立ち尽くしていた。その表情は冷淡で、なにか物を見ているような感情のない二つの瞳が、絶望に浸って惨めな姿のマーリスを映し出していた。
それからマーリスは母の腕を振りほどいて、挨拶の一言も無しに家を飛び出した。慎ましやかな生活と、優しい母。趣味で粘土を固めて作っていた人形が褒められることが嬉しい幸せな毎日を、
生活支援という鎖で繋ぎそうな男が介入し、マーリスは我慢ならなかった。
しかも男には子供がいる。あんな冷酷そうな子供と仲良くしろというのが間違いだ!
そう考え出しては止まらなかった。思わず飛び出したマーリスは、一生懸命自分を呼ぶ母が気がかりだったが、そのままランガーの研究室まで走っていった。それからは、一度たりとも振り向くものかと胸に誓って…。