五話
ロイルは鮮血が噴出し、その多量の血を浴びて呆然とその場に座り込んだ。
ルイスは突然のことに一体何が起こったのかついてゆけず、真っ赤に染まったロイルの横顔を見つめて、更にロイルの足元に視線を遣った。
先ほどまで巨体を存分に振るっていた獅子はさっと姿を消し、代わりに胸から血を流した少年が横たわっていた。
ロイルの右手に握られていた刀の持ち手を両手で掴んで離さない少年は、柔らかく笑んで口から血を吐き出した。
そして定まらない視線でロイルを見上げて目を細める。
「やっと…楽に…」
そう一言呟くと体が色を無くして行き、少年は石像のように灰色になる。ルイスがもう一度瞬きした瞬間に少年の体はまるで泥人形のようにパッと砕けて砂となった。ロイルは馬乗りになっていた少年―エックスの中から真っ赤な球体が転がり出すのを見つけて目を見開く。
ルイスは一人状況が把握できずにロイルを見つめた。
「な…何があったんだ、ハーゲン?」
ロイルは手のひらでギラギラと輝く一つの球体に視線を奪われていて答えない。
ルイスが球体に視線を遣る。そしてその存在が何であるのかに気づいて驚くと、ロイルを押しのけるように近づいていった。
「これは…っコア…!?何故、人間の体にこんなものが…」
「…じ…だ」
「ん?何だ、ハーゲン、どこか怪我したのか?」
「僕と…同じだ…」
ロイルは胸の辺りをぎゅっと握りしめて叫んだ。
あの時、獅子の胸に飛び込んだロイルは、心臓を突き刺すべく、刀を構えた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは、無数の血管のような管が盛り上がった傷。それが心臓の辺りに広がってドクドクと脈打っていた。それはよく見下ろす自分の胸の傷と酷似していて、
それに気を取られていた隙に、獅子は腕を振り上げてロイルの刀を自らの胸に差し込んだのだ。
事故だったのか、本意か。
見事に獅子の胸を貫くと、獅子は少年に姿を変えてことりと倒れこんだ。
そして砂になった少年から転がり出たのは、人形の力を増幅させるコアだったのだ。
これが意味しているのは一つだけ、ロイルが押さえた胸には、全く同じコアが埋め込まれているという事実だった。
レニは、ランガーの目の前に立ち尽くし、これで十分程度が過ぎたことを知った。
ランガーは相変わらず無表情でロイルに頼まれた武器の製造を行っていて、マリアは険悪な雰囲気の二人を不安げに見つめているのだった。
「それで、貴様の用事はそれだけか」
「…私が尋ねている方です。答えて下さい」
「…思うに、この事はあいつ次第だろ。知るも知らないもあいつが求める次第」
レニはランガーの背中を睨むつけて肩を掴んだ。ランガーはやや抵抗したが無理やり正面を向かされ、着物の襟元を強く引っ張り上げられて忌々しくレニを見上げる。
レニは真剣な表情で返す。
「ロイルさんの過去を思い出させるのは危険です。これ以上彼に刺激がないように、またあの部屋に…」
「閉じ込めてどうなるんだ?」
ランガーはレニの手を振りほどいた。マリアは悪い雰囲気にどうにもできないのがもどかしいのか、エプロンの端を握っていた。
「また記憶を消して、あいつはまた同じ事を繰り返すのか永遠に」
レニは少したじろいで視線を逸らした。
「確かに危険だろうが、何度やったって記憶はいつか蘇る。あの部屋から出したのはお前だ。そして、研究に関わってしまった我々と同じ罪を、自分だけがどうにか逃れようと結局はロイルに接触する」
「私はそんなつもりは…!」
「じゃあ、お前が何にも知らないガキを出会う前からパートナーとして指名したのは?あのわがままに忠実なのは?」
レニは少しよろめいて、唇をかみ締めた。返す言葉が見つからない。ランガーは鼻で笑ってレニに向き合った。
「全てお前が許されたいからするエゴだろ?善意を押し付けて少しでもロイルに許されたいと思うからだろう?所詮お前がやっていることは、自己防衛なんだよ」
レニは思わず、固く握った拳をランガーに振り上げていた。だが、そんなランガーの前に、かつて彼女の妻だったジュリアの面影のあるマリアがさっとそれを庇うように両手を広げて立ちはだかった。
勿論勢いがついた拳はそのままマリアに直撃して、マリアは本棚に体を打ち付けてよろめいた。
「わ、わたしは…そんなつもりは…」
「だったら、どうしてロイルがとパートナー解消したんだ?怖かったんだろ、お前の全てを思い出されることが…」
「…ランガーこそ…どうかしています…死んだ子供の名前を…つけるなんて」
レニは部屋を逃げ出すように出て行った。
大きくため息をついたランガーは、マリアに手を差し伸べて抱え起こした。
マリアは悲しげな表情で俯く。海の外には冷たい雨が降り出していた。
冷え切った室内。俯くマリアを抱き寄せ、ランガーは静かに目を閉じた