二話
任務が張り出された板をぼんやりと見上げて、ロイルは小さく嘆息する。
あれから、全くの連絡が途絶え、姿を見せないレニが気がかりで、任務に支障があるのではないかと、ロイル自身危惧していた。
側を兵士が少しの視線をくれながら通って行く。パートナーでなくなったことはあっという間に基地内を駆け巡り、陰では非難の声を囁く者もあからさまだった。こういう時、側に居てくれていたトレストゥーヴェは一体何処に行ったのか。最近行方が知れず、捜索部隊を組んだとも話を聞いた。
ロイルは任務状を掲示板から剥ぎ取り、その場を後にした。
勿論、任務を受ける為に歩き出したのだ。その足は何があろうと、マリルを死なせてしまったあの日から止まらずにいる。パートナーが変わったぐらいで立ち止まるような決意ではない。ロイルは気合を入れるかのように頬を叩いてしゃんと歩いていった。
任務の話をしに、アイリーンの部屋に訪れる予定だったロイルは、ふと空腹感を覚えて食堂に吸い寄せられた。この時間は任務や訓練に向かう兵士でがらがらに空いていたため、ロイルはだだっぴろい食堂を見渡して端に腰掛けて荷物を置いた。
上着も脱ぎ、食堂のカウンターへ向かう。手早く調理をする女性に声を掛けた。
「サラ、いつもの頼む」
「あら、ロイル!食堂を利用してくれるの久々じゃない~?私あなたの為にいつもビスケット注文しているんだから、たまには顔出してよね」
「すまん、早くしてくれ」
「はいはい」
サラは不機嫌そうなロイルの顔を見つめて軽く笑顔を見せた。彼女はこの食堂内で最も人気があるシェフで、その笑顔は釣られてしまいそうなほど明るい。
ロイルには通用しないものの、ロイルはこの食堂ではサラにしか話掛けなかった。
サラは調理中の鍋の火を止め、さっと近くの棚からビスケットの業務用袋を取り出し、これでもか!というぐらい皿に盛り付けて空いた片手で牛乳を取り出す。
そして先端がフォークになったスプーンを脇に置き、そのままロイルに手渡した。
「はいどーぞ」
「すまん。釣りはいらない」
「まいど」
今にも2、3枚こぼれそうなビスケットをお盆に乗せ、ロイルは荷物を置いた端の席を目指した。
だが、その向かいの席に、見覚えある派手な軍服を着た男の姿を捉えて眉を上げた。
「おい」
声を掛けるとキリッとした表情で振り返った青年―ルイスは、ロイルを見上げてこちらは眉根をぐっと寄せた。
「他に座るところはいくらでもあるだろう、僕が先に取って置いたんだ、移れ」
「何を言っているんだね。もう食事を始めてしまったのに席を立てるわけがないだろう!」
ロイルはルイスが食べていた食堂の定食に視線を遣る。きっちりと細かく切られたハンバーグが湯気を立てていて、匂いを嗅いだ瞬間吐き気を感じた。
「僕が退けというのか…ふん、意地でも退くものか」
ロイルは荷物を置いた席から少し離れて腰を下ろした。
ルイスはじっとロイルを見つめて、眼鏡の縁を持ち上げた。
「君、パートナーを解消したんだって?」
ロイルは答えない。
山盛りになったビスケット数枚を口に放り込んで少しへこんだ所に牛乳を流し込んだ。
ルイスは嫌そうにそれを眺めて尚続けた。
「ついにオズボーンも理解したのだろう、君と居るといいことがないだろうということに」
「黙れ、さっさと食事を再開しろ」
更に牛乳でべちゃべちゃにしたビスケットを砕いてロイルはうんざりとして返した。
ルイスは薄く笑い、ようやくフォークとナイフに手をつけた。
「私は今のパートナーとは別に個別に部隊を作るようにアイリーン様に命じられてね。まあ、これも実力の賜物かな」
「ティナとパートナーを解消するのか?」
「まさか!彼女は私の優秀なパートナー、言ったろう?別に部隊を作ると。今日そのパートナーをお伺いしに行くんだ」
「それは良かったな」
皮肉として返したロイルは、もうビスケットの原型を留めないそれを口へ流し込んでため息をつく。
ルイスと会うと長々しい自慢話を阿呆のように延々と続けることがロイルにとって苦痛だった。
今日も気分がいいのかまたつらつらと長話を始めたが、ロイルが聞き流してぼんやりとさっきルイスが言ったことを反芻していた。
(別部隊…そんなこと聞いたことがないが…訓練場はどうするんだ…全く)