七話
「ランガーはいるか?」
部屋のドアがノックされ、返事を待たずにドアが開いた。中で邪険にされながらもくつろいでいたロイルは、突然の来訪者を見上げて驚く。また、来訪者も伸び伸びと居座ったロイルを見つめて驚いた表情を見せていた。
「ロイル?何故ここにいる?」
「アイリーン、お前こそ何しに来たんだ?珍しいな、お前が人の部屋を訪れるなんて」
「私はこの男に用があったのだ」
アイリーンは部屋を見渡し、自分を見つめるランガーの姿を発見し、その机に膨大な資料の山を置いた。
「ロイル、出ろ」
「な、ん」
「いいから出ろ。大事な話がこの女とある」
ロイルはアイリーンとランガー二人を交互に見つめて、立ち上がった。
まだ納得がいかないのか表情は険しく、堅かったがやがてランガーの部屋を出た。
マリアはロイルを見送りに出て行き、静かになった部屋でランガーは小さく息をついた。
「セイラン・リーは死亡が確認された」
「やはり…か」
「死んだのは今から調度八年前…そうだな…」
アイリーンはロイルが出て行ったドアの方向へ一度視線を遣って、ランガーに向き合った。
「ロイルがお前に拾われた頃の一年ほど前か」
「死因は?」
「心臓麻痺だ。持病かといわれているが」
ランガーはアイリーンを見上げた。この前見たような露出度の少ない服に身を包み、表情は暗い。
空軍が撤退した今も占拠されたことを悔やんでいるのは一目瞭然だった。
しかしながら、そんな時に優しく声を掛けてやる術を知らないランガーはそのまま黙ってしまった。
「…ロイルは何の用だ?絶対安静だと聞いていたが」
「部下に世話になったそうだ。その礼に武器を作ることを頼まれてな」
「相変わらず甘い男だな、あいつは…」
アイリーンは暗かった表情をほんの少し明るくさせて笑んだ。ランガーはアイリーンが持ってきた資料を流し読みながら、やや低い声で呟いた。
「数年前…ジュリアを殺した実験体が、今騒がれている連続殺人犯と同一だと判明した」
「…そうか…一刻も早く駆除しなければいけんな…」
「…この任務、ロイルに任せろ」
「ランガー、ロイルは数日の任務が重なった上…ヴァレスに刺されたあげく傷をもう一度抉られて監禁されていたのだぞ?流石に休ませてやらなければ…」
「それでもいいが、あいつはロイルにしか倒せない」
アイリーンは驚いたように顔を上げてランガーを見つめた。
そして、少し考えるように俯くと、誰宛てでもなく呟くように一言、
「…ラグナロクの研究か…」
と苦い顔をするのだった。
ロイルは部屋に戻ると、肩にぶら下げていた軍服を脱ぎ、ベッドに倒れこんで大きく深呼吸を繰り返した。体は重く、思考は曖昧な情報しか捉えない。急激な眠気が襲い掛かり、ロイルは天井を見上げて片手を挙げた。
「アイリーンが直々にランガーに用…一体なんだ?」
広げた手のひらを開いたり閉じたりを繰り返して、眠気に身を任せるようにロイルは目を閉じた。
夢を見ているような感覚に落ちて行き、そっと息を吐いて体が機能を止める。
本格的な眠りに落ちそうになった時、ロイルの脳裏に一人の人物が浮かんだ。
『俺は、お前が生まれる前からお前のことを知っているよ』
それは穏やかな声。子供に向けられた優しい声音が耳に心地よい。顔を覗き込むようにする男の顔には見覚えがあった。そして男は自分の頭を撫でている。視界は自分目線だがやけに低く感じられた。
『そして俺はお前が死ぬまで、お前に忠誠を誓おう。』
『ちゅうせい?』
『そうだ。俺はお前を裏切らないし、何があっても守ってやる。それが、俺の罪滅ぼしだ』
『罪?罪なんてダリウスにはないよ』
男は少し困ったように微笑んで、抱きしめた。
『俺は、お前に許されようなんて思っていないよ。済まないな××××』
ロイルは汗が滲んだ体を起こして辺りを見渡した。
記憶の断片が蘇り、そしてはっきりとしたダリウスと呼ばれた男の顔。
ロイルはアシンメトリーに垂れ下がった前髪をくしゃりと掴んで汗が伝う首筋を袖で拭った。
「………レニ…?」