四話
「そういえば…お前は巷で噂の殺人鬼の顔を見ているんだろう?」
茶菓子を遠慮なく次々と頬張っていたロイルは、今まで帰れだのもう来てくれるなだのと言っていたランガーの口から違う言葉が出て振り返った。ランガーはロイルに邪魔されて書き直しとなった資料を忌々しく眺めたまま、続ける。
「どんな容姿をしていた?」
「…そんな事を聞いてどうなる?お前が捕まえるとでも言うのか」
「いいから話せ」
菓子をお茶で流し込んで軽く笑ったロイルは、事細かに容姿の説明を始めた。
「まず、子供だった。髪の毛は茶色がかった金…目が猫のように釣りあがっていて…口調は飄々としていて落ち着きがない。僕と同じ顔した奴がXと呼んでいたな」
「…そうか」
ロイルはカップに口をつけたまま、ランガーを見遣った。何やら険しい顔つきで考えるランガーが、何を思ってこんな事を尋ねたのか。知りたい気持ちがあったが、聞いたところで答える様子は微塵もなかった。
マリアはロイルに新しいお茶を淹れようとポットの蓋を取って中身を伺っていた。
ロイルはそっと空になったカップを渡してマリアが注ぐのを待った。
「…僕が監禁されていた部屋には四人の男女が居た。まずはその少年と、僕に似た男、そして銀髪の少女に…ヴァレス」
「お前はブラックモアに刺されたらしいな。理由を知っているのか」
ロイルは首を振った。ランガーは腕を組んで眉根を寄せる。
「ヴァレス、きっと何かあったんじゃないかしら…あんなに仲が良かったロイルにそんな事するなんて…よっぽどの事情があったんだわ」
マリアはロイルがおかわりしたお茶を置いて、不安げな表情をみせた。
ロイルは少し困ったようにマリアの手を取り、優しく諭す。
「…マリア、ヴァレスは僕が、妹を殺したと言って僕を刺したんだ。身内だったから疑いたくない気持ちは分かるが、事情があって仕方なくっていう優しさじゃない。殺したくて刺したんだ」
「でも、ロイル…」
「こちらから、偵察を空軍に向かわせた。そいつらの素性も明らかでない今、うかつな行動は危険だな」
ロイルは温かい二杯目のお茶をすすった。ランガーは静かに目を閉じ、大きなため息を吐く。
「お前は次から次と厄介事しか持って来ないな、さっさと帰れゴミ」
「ああ、言われなくともこれを飲んだら帰るよ屑」
いつも通りのやりとりに戻った二人に、マリアは困ったように微笑んだ。
トレストゥーヴェは、荒く浅い息を繰り返しながら、壁伝いに歩いていた。
酷く体が重たく感じられて、苦しい。そしてその元凶は、ついロイルが帰ってくるまでと、彼の部屋で読んだ自分宛の郵便だった。鈍い頭痛に悩まされながら歩いてゆくと、手紙で指定された場所で猫と戯れる人影を見つけて、トレストゥーヴェは足を止めた。
「アンタ…猫きらいじゃないの」
「いや、この前から慣れたんだ」
声を掛けられた少女が立ち上がる。トレストゥーヴェは向かい合ったその少女を見つめて、やや視線を落とした。
「アタシ…もう…嫌なのアンタ達と関わる事が…」
「分かっているよ」
「お願い…もう、放っておいてよ…幸せなの今、アンタだって私と一緒に…」
「でも、僕はそうはいかない。まだ復讐していない、君だってそうだろ、トレストゥーヴェ!」
少女がトレストゥーヴェの肩を掴んだ。トレストゥーヴェは咄嗟に手で振り払って、
怯えた表情で少女から離れた。
「アタシは…アンタとは…違う…イナーシャ姉さん」
少女―イナーシャは残念そうに微笑むと、白衣のポケットに手を突っ込んで、すっと細長い注射器を取り出した。
「僕達、たった二人の姉妹だろう?残念だ」
そして逃げ出したトレストゥーヴェの手首を強く掴んで引き寄せ、強引に注射を腕に刺した。
「嫌っ…助けて!助けて…っ!」
「ごめんね…トレストゥーヴェ…これも全て、あの男のせいなんだ」
がくん、と力なく倒れこんだトレストゥーヴェを抱えて、イナーシャはその頭を撫でた。
そして高くそびえるアクアドームの基地を見上げた。