三話
部屋に戻ったロイルは、リックが門番に沢山預けていた菓子の袋を覗き込み、ため息をついていた。こうも安月給のリックに見舞い品を貰っていては、上官としてしめしがつかない気持ちがあった。
つき返すのもなんなので、その菓子たちを棚にしまったロイルは、ふらりと部屋を出て、
兵士宿舎がある十階へと降りていった。
もしかしたらリックがいるかもしれないと、付近の兵士に番号を尋ねて、ロイルはその部屋番号に目を見開いた。何の縁か、昔ヴァレスが使っていた部屋。彼が軍人だった頃によく訪れて騒いだことをぼんやりと思い出していた。
ロイルは部屋をノックした。だが、当然ながらボランティア最中のリックは不在だった。
流石に基地から出てまたドーナにうるさく言われるのも嫌なので、あっさりとその日は諦めることにした。
エレベーターが混んでいたので、階段を歩いていたロイルは、リックには何を返してやればいいのかを考えていた。物であれば何が好きであるとかという情報を集めなくてはいけなくて面倒だと感じた。
ならば得意の料理は?だが男の料理姿を延々と見つめてそれを食べたところで美味しくもないかもしれない。だったら実戦訓練は?まるで仕事と同じだった。
ロイルは部屋に戻ると盛大にベッドへダイブして絡まった脳を休ませる為に目を閉じた。
こんな送り物なんてレニにだってしたことがなかったロイルは心底考え疲れて、
そばかすだらけのリックの顔を思い浮かべた。
いっそランガーに頼んでそばかす除去の薬を作ってもらったら喜ぶんじゃないかとまで考えた。
「ん?ランガー?」
ロイルはがばりと起き上がった。
傷口が痛んで少しそれを後悔したが、そのままポン、と手をついて
ロイルはニタリと微笑んだ。
「よし、善は急げだな」
そしてあっさりとドーナの約束を破って再びランガーの私室へと向かうのだった。
「いきなり戻ってきて何だお前は?無理に決まっているだろう」
ロイルはつっけんどんに否定されて、眉を上げた。いつの間にか帰っていたマリアがロイルに茶を出しに奥へ引っ込み、ロイルは書き物に没頭するランガーに近寄り、ふてぶてしい声で返した。
「じゃあ、いくら出せばいいんだ?言い値で買ってやる」
ランガーはロイルを見上げて、呆れた顔をした。元々ロイルがこんなに自室を訪れることや、こんなわがままじみたことを要求してくることはなかったので、ランガーも少しばかり驚いていた。
「馬鹿か貴様は…本人がいなければ、どんなものを作ってやればいいか分からん。本当に作って欲しけりゃそいつを連れてくるんだな」
「それでは駄目だ」
「じゃあ諦めろ、鬱陶しいゴミめ」
「…おい」
ロイルはランガーから羽ペンを取り上げると、ポケットから取り出した四つ折りの紙面を取り出して机に広げた。書いたばかりの文字がじんわりと滲んで黒ずみを作っていたが、ロイルはお構いなしに紙面を指差した。
「随分前、ウィーゲルの戦闘能力を測ったデータだ。これさえあれば作れるだろう?こいつの武器が」
「ふざけた真似は止めろ、ロイル。クソ、資料が台無しだ」
「頼む」
ロイルの両耳にぶら下がった翡翠色のピアスが揺れた。ここに来たばかりの頃、何も持たないロイルにわざわざオーダーメイドしてやった世界に一つしかない特殊な武器。
昔は武器や兵器の研究をしていた為、人形を直すのにも長けていたランガーが作る武器は一級品だっ
た。頭まで深く下げたロイルを見つめて、ランガーは折れてため息をついた。
「製作費用はお前に送りつけるからな、あと維持費」
「構わん」
「ハッ、お優しい上官だな」
ロイルはマリアが帰ってくると、ソファーに腰掛けて不敵な笑みを浮かべた。
「お前も随分優しいじゃないか」
「地面に頭こすり付けるまで見ててもよかったがな、床が汚れる」
「…ゴミ溜めのような部屋でよく言うな」
マリアが出した茶を飲みながら、ロイルは微笑んだ。
先ほどまでの刺々しさはなくなっていたものの、ロイルは少しランガーと会うのが躊躇われていた。
そっと自分の武器であるピアスに触れたロイルは不機嫌そうなランガーの横顔を眺めて
茶を飲み干した。