二話
ロイルはそのまま大人しく部屋に戻ることにした。ランガーからは何一つ情報を聞きだせず、ロイルの胸にはもやもやと固まり切らないものがこもっていた。
ヴァレスの妹を殺してしまったという過去、そして何者か知れない顔の同じ少年。そして突然頭に浮かんだダリウスという人物。全てが繋がらず、それが一層もどかしい。
誰かに自分はこういう人間だったという話を聞いてもピンとは来ないだろうが、ロイルには一刻も早く安心感が欲しかった。失った過去という空白を埋める、絶対的な安心感が。
二十階に止まったエレベーターで、ロイルは俯いて向かってくるトレストゥーヴェを見かけて、
思わず声を掛けた。
足をエレベーターから降ろし、何故だか沈んだ様子のトレストゥーヴェは、ロイルの顔を見てもさほど反応を示さないほどだった。
「遅かったわね…どこに行ってたの?」
「あ…ああ、ランガーと話に…。どうかしたのか、トレストゥーヴェ」
「…べ、別にどうともしてないわよ…、とにかく無事でよかったわ…じゃあ」
「待て、茶でも飲んで…」
「…ごめんなさい、仕事があるの」
すっ、とロイルの側を過ぎたトレストゥーヴェに、ロイルは妙な違和感を感じた。
だが、引きとめようと思ったときにはもう遅く、トレストゥーヴェはエレベーターと共にいなくなった。普段なら大げさなほど抱きついて帰還を喜んでくれるトレストゥーヴェが、監禁されて海に投げ出されていた想い人をそっちのけで仕事など、考えられない程だった。
だが、それほど心配もしていなかったのだと、ロイルは首を振った。
「僕も少し自惚れすぎたな…」
そう自嘲気味に笑んで、ロイルは自室のドアを閉めた。
リックは、午後からの訓練を終え、街の復旧作業のボランティアに参加していた。
ボランティアは強制ではなかったが、初めてアクアドームを訪れたあの日の活気がとても心地よかったリックは、早く復興できるようにと尽力していた。
作業は家の修繕や、殺人鬼によって殺されてしまった人たちの葬儀の手伝いなど様々で、
あまり人と関わるのが得意なほうでなかったリックも次第に街の住人に溶け込んでいった。
「リックさん、ご苦労様です」
ケイはそんなリックに尊敬の意を示し始めていた。紙コップに注がれたコーヒーを受け取り、リックははにかむ。
「この前、演習に来ていた海軍の新人が手伝いや支援をしてくれて…俺こそ、こんなことしか出来ないのが申し訳ないよ」
「そんなことありません、とても助かります」
「ケイさんも大変ですね…」
「はい、葬儀に追われて通常運営がままならなくて、神父様も嘆いておられました。」
リックは湯気が立ったコーヒーに息を吹きかけて、暗く日が差さない海を眺めた。時々大きな魚がドームを覗き込むように過ぎ去ってゆく。
「でも、空軍は孤立してまで軍事力が必要だったのでしょうか…」
「孤立、そうですね、言ってみれば孤立したのかもしれませんね。海軍が手伝ってくれているのを見ると」
「…一体、誰と戦う気で、そんなに軍事力を高めるのでしょうか、わたくしは切なく思います」
「ケイさん…貴女みたいな方が沢山いたら、この国は平和だったでしょうね…」
ケイは俯いていた顔を上げて、リックをひたと見つめた。
「ロイルさんは…どうでしょうか?浜辺で倒れていたとお伺いしましたが」
「俺もよくは知らないんだけれど、無事であることは確かみたいです…リボンをレニさんに渡さなきゃ会いに行くチャンスがあったのになあ…」
「…リックさんは、ロイルさんと仲がいいんですね」
「えっ?」
リックは思わず聞き返してケイの顔を見つめた。ケイは逆に何故聞き返すのかと、ケイもまたえっ?と返す。
「いや、その。正直最初からロイルくんは苦手だなって思うことが度々あって…仲がいいなんて思っていなかった…んです。俺を採用したのがロイルくんだったから、上司ではありますが」
「そうですか、わたくしは聞いているかぎり、仲がよろしいのかと」
どちらかといえば、仲が良かったといえばヴァレスが思い当たる。だが彼はレイディアンを捨て、
海軍と共に消えてしまったとロイルは言った。そして実際もういないのだ。
色々とこみ上げるものはあるが、それ以上に付き合いが長かったロイルはどんな気持ちでいたかなんて、今の今まで考えたこともなかった。更にあんな不器用なロイルも、ふがいない自分を度々気にかけてくれていたこと、思い返せば多々あった。
リックはそうやって巡らせた考えを一つにまとめて、ケイに返す。
「今…考えていたんですが…ロイルくんは仲良し、とか友達じゃなくて、俺の中では憧れや、畏怖に似ているんです。人形に立ち向かえないのに無謀に挑む俺を何度も助けてくれて…俺もああなれたらなって…最近は思うようになった気がします…」
「上司関係として、素晴らしいものですね、リックさんあなたはいい軍人さんになれるかもしれませんね」
リックは少し照れて薄く笑って俯いた。
そして空になったカップをポケットに押し込んで、再び作業へ戻る為に立ち上がった。
「またお話聞かせて下さい、リックさん」
「はい、あの、ごちそうさまでした、コーヒー」
そして、清清しい笑顔でケイと別れたのだった。