第九章 おかしなお茶会
ロイルは無理やり肩を持って自分を立たせた少年、レインの手を振り払って、
よたよたとふらついた足でしっかりレインを睨んだ。
レインは愉快げにふらふらなロイルを見つめていたが、やがて再びロイルの肩を持った。
「そんなに警戒しなくていいよ、ほら、肩貸すからさ」
「そんなことはどうでもいい…僕はお前に聞きたいことが…」
「しかし僕には答える義務がない、行くよ。君、結構重いな」
「チッ…!」
また振り払おうと、ロイルは手をかざした。だが一撃目でもう疲れていたロイルの二発目はまるで紙で叩かれたように弱弱しく、レインはそんなロイルを鼻で笑って歩き出した。
もう振り払う腕を上げる元気もないロイルは諦め、レインが抱えている反対の方角へ顔を逸らした。
レインはくつくつと嘲笑する。
「意地っ張りなんだ?」
「うるさい、黙れ」
「ふふ、はいはい、僕も君が昔からだぁいっ嫌いだからそっぽでも向こうかな」
「………。」
昔から。ロイルはその言葉を頭の中で反芻させた。
やはりこの男は何か知っている。ヴァレスのことがあった今、ロイルはどうしてもそのことが気がかりだったが、先ほどあっさり断られたところを見て、すぐ流されてしまうだろうと察した。
お互いが反対の方向を見つめる奇妙な二人は、やがて大きな扉の前で立ち止まった。
ロイルが眉を上げてその扉を見上げる。
「おい、僕をどうするつもりなんだ」
「そうだね、僕は焼いて煮て原型もとどめないほどにして鶏の餌にでもしてやりたいけど、したらいけないって兄さんが言うからしないよ、ご飯を食べるだけ」
「…いちいち癪な奴だな…」
「ふふ、褒めてくれているの?どうもありがとう」
自分と同じ顔、そして同じ声の人間がニコニコと微笑んで甘い声で皮肉を垂れ流す様子を
気分悪くロイルは眺めた。できれば二度と喋ってくれなければ幾分か笑顔ぐらいは許せたものの、
この気持ち悪い話し方や笑い方も、ロイルは気に入らない。いっそ言ってやろうかと口を開くより先に、レインがその大きなドアを開いた。
「さあ、どうぞ」
そしてとん、とふらついたロイルの背中を押した。
勿論ロイルはつんのめって倒れて、顔からぶつけて悪態をついた。
自力でなんとか立ち上がると、豪奢な長いテーブルが目の前にあった。
思わず頭をぶつけそうになって少し後ろに後退し、その華やかなダイニングを見つめて顔をしかめる。
ここは一体何処なんだ?そう考えていると、椅子に落ち着きなく座っていた少年と目が合った。
「お前…!」
その少年は紛れもなくあの日、アクアドームで殺人を犯して自分を連れ去っていった血まみれの少年。
思わず掴みかかりたくなったが、怪我が急激に痛んでロイルはキッと少年を睨んだ。
少年はロイルから視線を逸らして無邪気そうに歌を歌っている。
「座って」
レインに強く肩を掴まれ、ロイルは渋々近くの椅子に腰掛けた。
フォークをべたべたと触って尚歌う少年を睨みながら、ロイルはさっと少年の隣に腰掛けている人物に目を遣った。
まだ誰かいたのかと驚いてその人物を見つめる。それは少女のようであったが、垂れ下がった銀髪の前髪でほとんど顔が隠れていてよく分からない。時々隣の少年に足を蹴られるらしく、嫌そうに何か訴えていた。
「あと一人…もうすぐ来るだろうけど…」
レインは嫌がるロイルの隣に腰掛けてにっこり微笑んだ。
やはりこの笑顔は慣れない。そう思って顔を逸らすと調度入ってきたドアが見えた。
そしてタイミングよく開いたドアから、最後の一人が姿を現した。
「あ、来た来た」
ロイルは思わず立ち上がった。
ドアから入ってきた人物はスッと顔を上げ、真っ直ぐとした眼差しでロイルを見つめ返した。
「遅かったね、ヴァレス」